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1313 番外編4 剣聖

『次のニュースです。次回のロシアとの次官級高官の協議は白紙に・・・』


 リビングで聞いたニュースはありふれたものだ。

 でもオレにはそうではなかった。

 ニュースによれば白紙としているが実は合意は終えている筈。

 日本の総理とロシア大統領は秘密裏に合意文書へのサインを終えている筈。

 ・・・元の世界では明らかになるのはかなり後になってからだった。

 この世界でも同様だろう。


 このニュースが聞ける、となると時期的にはどの辺りだ?

 ・・・

 北方四島の返還の発表、ロシア領カラフト島の経済特区化開始まであと半年。

 石油・天然ガスのパイプラインがシベリア・北海道間に開通するまであと二年。

 そんな所かな?

 これを機に日本とロシアは政治的にも経済的にも急接近する事になる。

 その一方で日本はアメリカとの外交で微妙な舵取りを迫られる。

 ロシアは中央アジアへの影響力を強めつつ東欧諸国の実質併合を進める。

 イスラム過激派の勢いは不自然に強くなり始める筈だ。

 その頃には民間軍事会社という名の傭兵組織も大盛況になってたしな・・・

 だがそれらもオレには関係ない。

 予備知識として必要なだけだ。


 カラフト経済特区、か。

 以前の世界なら成立した辺りでオレは戦場で半身不随になっていた。

 その後、アメリカのとある組織に強引に引き取られ、モルモット同然になる。

 その筈だった。

 しかしオレはこうして五体満足なまま、ここにいる。

 既に傭兵稼業からも足を洗っていた。

 逃げた訳じゃない。

 うん、逃げたんじゃないぞ!

 やるべき事があったからだ!

 困るのは未だに昔の仲間からお誘いがある事だが・・・

 人手が足りていないらしいが仕事を請ける気はない。

 戦場に行ったら半身不随になるのが分かっていて、行けるか!

 こっちはこっちで生活があるのだ!

 ただ長い間、戦いに身を置いていないと心が揺らぐ。

 戦闘成分が足りない。

 ・・・こればかりは仕方ないか。


 そろそろ次の段階に進もう。

 経済特区に進出する企業ならもう把握してある。

 加えて恩恵を受けるであろうエネルギー関連企業も把握済み。

 今のうちに投資しておく。

 無論、資金を得る為だ。

 現時点でもオレの資産は個人としては相当なものだと思う。

 それでも今後の活動資金に足りるかどうか、確信出来ない。

 あって困る事はないから稼いでおくだけだ。


 活動拠点の確保はもうしてある。

 但し現時点ではロシア側、ウラジオストクにあるだけだ。

 日本側から経済特区への個人投資はまだ出来ない。

 だからロシア側から手を付けている。

 手始めに運送業をやっているが意外な利益になっていた。

 ・・・日本で起業するなら中古車販売業にするか?

 いや、オレは商売人じゃない。

 投資までに留めて経営者を雇い任せるべきだ。

 何だったらペーパーカンパニーでもいい位だ!

 現地に事務所があるだけでも助かるからな。


 日本では人捜しもある。

 探偵を雇っている訳だが・・・

 数社が請けてくれているが予想以上の出費になっている。

 その結果は芳しくなかった。


 探しているのは久住。

 以前の世界でアナザーリンク・サーガ・オンラインの出資者だった。

 間違いなくキーマンであり、早い段階から監視しておきたい人物。

 これは可能な限り、慎重に進めたい。

 あいつは以前の世界で自らの死を偽装して逃げている。

 奴を狙っていたのは幾つもの多国籍企業。

 それに幾つかの政府機関。

 当然、日本の公安やアメリカCIAも含まれていた筈だ。

 そしてこれらの組織から結果的に逃げ切っている。

 ・・・正直、難儀な相手だと思う。

 だが今の段階で運営からの手助けは皆無。

 そこは間違いない。

 運営が影響力を持つのはカラフト経済特区に拠点を構えてからになる。

 久住をマークするならその前段階、早ければ早い程いい。


 もし見付けたらどうする?

 実際に接触するかどうか悩ましいが、泳がせる方がいいだろう。

 オレの目的は久住ではない。

 飽くまでも運営なのだ。

 久住はその糸口に過ぎない。


 運営がどのような形で久住に接触するのか?

 それはもう分かっている。

 分かっているから慎重になる。

 遠隔でしか連絡を寄越さず徹底的に姿を見せない、そんな相手だ。

 ジュナさんの見立てが確かなら、管理者の誰かの人格を宿した人物。

 平行世界の高度な技術を持ち込み、久住を使って実現させた人物。

 久住以上に難儀な相手になるだろう。

 どんな人物なのか興味深い。

 ・・・ワクワクしてきたぞ!

 いや、気分が高揚している理由はこれじゃないな。



「ねえ、何か楽しい事でもあった?」


「・・・いや、何でもない」


「本当に?」


 妻はいつもの笑顔。

 彼女は爺様に殺されずにここにいる。

 オレにとってはそれで十分な筈だが油断してはいない。

 爺様は行方不明のままだ!


 捜索願いを出してもう十年以上が経過している。

 どこかで人生を終えていてもおかしくないが・・・

 希望的観測はすべきではない。

 爺様も探偵を雇って捜しているがやはり芳しくなかった。

 妻は知らないだろうがこの家の各所に得物を潜ませてある。

 オレ自身、暗器を肌身離さず持っていた。


 オレは大きな失敗をしていた。

 爺様は殺せる時に殺すべきだった。

 オレの纏う殺意と狂気を察した爺様は、逃げた。

 そう、逃げたのだ!

 どういう心境であったのか、オレに知る術はない。

 いや、知る事になるかもしれない。


 最近、絡みつくような視線を感じていた。

 それは狂気を孕んだかのような殺意。

 オレは確信していた。

 爺様が近くに来ている。

 気配を断つのはそう難しくない筈なのだ。

 オレを誘っている。

 そうとしか思えなかった。

 殺意を向けられて気分が良くなるなんて、おかしいよな?

 でもそれが事実だ。

 何しろ最近、戦闘成分が足りていない。



「少し出掛けてくるよ。夕飯までには戻る」


「分かったわ」


 妻のキスを頬に受け、オレは家を出た。

 なあ、爺様よ。

 あんたに守るべきものはあるのか?

 今のオレにはある。

 妻とそのお腹にいる新たな命。

 負ける訳にはいかない。

 いや、負けるつもりなどない!


 父さん。

 きっと父さんもそう思ったんだろ?

 そしてオレと母さんを庇って死んだ。

 今のオレには分かる。

 痛いほど、分かる。

 そして爺様が何を求めているのか、それも分かっている。


 ここから先は鬼の領域。

 いや、修羅の道。

 オレの中には獣がいる。

 爺様の中にも獣がいる。

 獣同士が争う先にあるのは、どちらかの死だ。

 妻には見せられない、そんな世界にオレも足を踏み入れていた。




「さて、と」


 場所なら最初から決めていた。

 森の中にある小さなお寺の境内だ。

 普段から人が来ない。

 ただオレは毎朝、ここへの参拝を欠かしていない。

 祀ってあるのは不動明王様。

 今日の朝と同じく拝礼する。

 ここは爺様を迎え撃つのに相応しい場所だ。

 不動明王よ、ご照覧あれ!



「いるんだろ?」


 オレの声に応え爺様は姿を現した。

 ・・・老けたな。

 腰は曲がり片手には杖。

 仕込み杖だな。

 その姿は老いたと思ったが何かが違う。

 急に殺気が消えた。

 無論、狂気も感じない。

 それでいて空気が重く感じられる。

 今、オレの首筋に刃が押し当てられているような感覚。

 これは何だ?



「ッ!」


 無言の一撃は紙一重。

 剣豪の英霊達と対戦した記憶は体が覚えていた。

 だからこそ分かる。

 あの領域に身を置く者が放つ、そんな剣だ。

 爺様よ、何があった?

 少なくともオレの知る鬼神の如き剣ではない。

 誰が一番近い?

 オレの脳裏に浮かんだのは護法魔王尊の姿だった。



「チッ!」


 手にしたペンを投じる。

 先端はタングステン鋼で尖っている奴だが簡単に弾かれた!

 更に二つ、爺様に投じて森の中へ駆け込む。

 これで手持ちの得物は靴の中にある隠しナイフだけ。

 ただ、この境内に隠してある得物の位置は把握してある。

 オレの手には既に一振りの刀があった。



「儂は老いた・・・」


「・・・」


「老いたが技は冴えた。皮肉なものじゃな・・・」


 木陰で気配を断つ。

 爺様の声はか細く、それでいて幽鬼のように響いていた。

 変わらず殺気が感じ取れない。

 狂気も同様。

 風の音に木の葉が揺れている。

 その音が、消えた。

 今度はオレが先制させて貰うぞ!



「フッ!」


 オレが放った一撃は空を斬る!

 爺様に見切られた?

 続けて横に薙いだがこれも空を斬った。

 共に殺意を感じさせない斬撃だった筈。

 見切られた?

 いや、爺様はどこだ?

 ・・・それはもう分かっていた。

 オレの背後にいる。

 そうだろ?



「抜刀術、じゃな」


「・・・」


「僅かに息が漏れておる。それではいかんのう・・・」


「チェァァァァァァァァァァ!」


 蜻蛉の構えから今度は殺意と狂気を込めた一撃を放つ。

 続けて殺意を感じさせない、必殺の一撃。

 手応えは皆無。

 爺様の姿は陽炎のように消えていた!



「そうそう、それじゃよ・・・」


「何?」


「儂は、逃げた・・・お前から、な・・・」


「・・・」


「あの時、その殺意に、狂気に恐怖した・・・だから・・・逃げた・・・」


「・・・」


「今はどうか? それを確かめたかったが、な・・・」


 爺様の声はか細いまま。

 何故だろう?

 オレの耳には明瞭に聞き取れていた。


 爺様に正対する。

 曲がっていた背中はピンと立ち、片手に直刀をぶら下げている。

 まさに幽鬼。

 どこにも力が入っていない。

 脱力の極致だ。

 その表情はまるで意識朦朧の様相。

 口元に浮かぶ笑みは獣のものではなかった。

 おかしい。

 どこか寂しげで悲しそうでもある。

 その笑みは・・・自嘲?



「これで・・・終いじゃろう・・・」


「ッ!」


 滑るように爺様が動く。

 音が消えた。

 再び耳にした音は、何かが倒れたかのような轟音。

 ・・・何だ?

 横目に見た、その光景に戦慄する。

 オレの傍にあった木が両断されていた!



「・・・何故?」


「これが儂の・・・限界・・・じゃな・・・」


「何ッ?」


 爺様は片膝をついていた。

 細かく胸が上下し、息苦しそうだ。

 整息もままならないのか?


 今の一撃は何だ?

 予備動作すら見えない、神速の一撃だった。

 ただ僅かに踏み込みが浅かったか?

 そうでなければオレは両断されていただろう。

 木の断面はまるで磨かれでもしたかのよう。

 幹の太さは呆れるしかない。

 ・・・オレに真似出来そうになかった。

 剣豪の英霊様達でもこれを可能とするのは果たして何名いるだろうか?



「・・・外したのか?」


「肝心の・・・所で・・・体が動かんとは・・・な・・・」


 爺様は地面に転がり大の字になった。

 その口元には変わらず、自嘲の笑み。



「老いとは・・・どうしようもない・・・の・・・」


「・・・神業だ」


「何、お前ならば・・・この先に・・・行けるじゃろ・・・」


「・・・」


「狂気もな・・・極めれば神仏の境地に・・・手が・・・届くようじゃ・・・」


「・・・」


「極めよ・・・お前が・・・最後の・・・い、出水・・・兵児・・・」


 爺様の動きが唐突に止まる。

 首元に手を当て脈を測るがもう事切れていた。


 ・・・なあ、爺様よ。

 先刻の一撃、本当はワザと外しただろ?

 それでもオレは神業だと思うよ。

 越えられるって言ってたけど相当厳しいって。


 爺様の瞼を閉じ、一歩退く。

 両手を合わせて拝んだ。

 何故だろう。

 爺様はオレの両親を殺した相手だ。

 なのに怒りはない。

 悲しみもなかった。

 ただ、寂しさだけが残った。

 爺様の人生を思う。

 剣鬼として生き、剣鬼として死んだ。

 オレの目の前に現れたのは何故だ?

 剣鬼のまま死ぬ、その為のように思えた。


 いや、剣鬼というのは少し違うな。

 剣鬼にして剣聖。

 爺様が踏み込んだのは多分そんな境地なのだろう。

 そうとしかオレには思えなかった。


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― 新着の感想 ―
彼女の生きていた世界、そして爺さんの剣が神の業に届いた世界か… ここでは爺さん逃げたお陰で彼女と一緒になれたんだね。良かった良かった
[良い点] 恋人さんの生きてる世界だー! 奥さんになってる! 子供もいる! [一言] オリジナルと数万人のキースさんに 恋人さんが無事で縁を結べた世界もちゃんとあるって 教えてあげたいな ゲーム時代…
[一言] 神仏の境地にたどりついた爺さん・・・狂気も獣のような心も呑み込んだ先のところにたどりつくまで一体どんな修行をしたんだろう。最期にたどりついた技を孫に見せに来たのかなと思うとしんみりする。
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