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ログインして目覚めると心地良い感触をしばらく楽しんだ。
昨夜は大変だった。
群れを成していたイビルアントの死体から剥いだドロップ品の数は尋常なものではなかった。
とてもじゃないが、一つ一つを【鑑定】するだけの余裕もなく、集めた品は作業場にそのまま放置してある。
今日は朝からそのドロップ品の仕分けをするよう、師匠から指示されているのだ。
しかも冒険者ギルドにポーションを納品する予定もある。
時間を無駄に出来ない。
《運営インフォメーションがあります。確認しますか?》
こういう時に限ってこれだ。
メッセージの右上に『しおり』を付けて先に保存しておき、件名だけは確認しておく。
《統計更新のお知らせ:本サービス3日経過時点データに更新、開放データ項目にスキルを追加しました!》
緊急性がないと受け取った。
中身は後で読んでおこう。
次に昨日読んでなかったレイナからのメッセージだ。
『矢羽根で試作した矢が出来ました!【鑑定】結果を送るよ!』
データを見ると比較データがぞろぞろと並んでいた。
矢羽根を加えても名前には+が付くだけで特に大きな変化はないようだ。
最初は兎角の矢からだった。
※草原鷹の翼を使用
【武器アイテム:矢】兎角の矢+ 品質C レア度2
AP4 破壊力1 重量0+ 耐久値40 射程+7%
野兎の角を矢尻に利用した矢。
貫通力は程々であり使い勝手は良い。
※銀鶏の翼を使用
【武器アイテム:矢】兎角の矢+ 品質C レア度2
AP4 破壊力1+ 重量0+ 耐久値40 射程+3%
野兎の角を矢尻に利用した矢。
貫通力は程々であり使い勝手は良い。
※通常の矢羽根:比較用
【武器アイテム:矢】兎角の矢 品質C- レア度2
AP4 破壊力1 重量0+ 耐久値40 射程±0%
野兎の角を矢尻に利用した矢。
貫通力は程々であり使い勝手は良い。
次は邪蟻の矢だ。
こっちの比較データはちょっと興味を引かれた。
※草原鷹の翼を使用
【武器アイテム:矢】邪蟻の矢+ 品質C- レア度2
AP8 破壊力0+ 重量0+ 耐久値30 射程+20% 継続ダメージ微
邪蟻の針を矢尻に利用した矢。
貫通力を高めて出血ダメージを狙ったもの。
※銀鶏の翼を使用
【武器アイテム:矢】邪蟻の矢+ 品質C- レア度2
AP8 破壊力1 重量0+ 耐久値30 射程+15% 継続ダメージ微
邪蟻の針を矢尻に利用した矢。
貫通力を高めて出血ダメージを狙ったもの。
※通常の矢羽根:比較用
【武器アイテム:矢】邪蟻の矢 品質C- レア度2
AP8 破壊力0+ 重量0+ 耐久値30 射程+10% 継続ダメージ微
邪蟻の針を矢尻に利用した矢。
貫通力を高めて出血ダメージを狙ったもの。
邪蟻の針と銀鶏の翼で組み合わせて出来た矢がバランス的に良さそうな性能に思える。
両方とも森で確保できるし。
そして最後に蝙蝠牙の矢の比較データだ。
※草原鷹の翼を使用
【武器アイテム:矢】蝙蝠牙の矢+ 品質C+ レア度2
AP6 破壊力1 重量0+ 耐久値60 射程+25%
蝙蝠の牙を矢尻に用いた矢。
矢尻形状の影響で威力と射程に優れる矢となった。
※銀鶏の翼を使用
【武器アイテム:矢】蝙蝠牙の矢+ 品質C+ レア度2
AP6 破壊力1+ 重量0+ 耐久値60 射程+17%
蝙蝠の牙を矢尻に用いた矢。
矢尻形状の影響で威力と射程に優れる矢となった。
※通常の矢羽根:比較用
【武器アイテム:矢】蝙蝠牙の矢 品質C+ レア度2
AP6 破壊力1 重量0+ 耐久値60 射程+10%
蝙蝠の牙を矢尻に用いた矢。
矢尻形状の影響で威力と射程に優れる矢となった。
こっちもだ。
邪蟻の針は蝙蝠の牙と同様、銀鶏の翼と組み合わせて出来た矢がバランス的に良く見える。
射程の伸び幅は蝙蝠の牙との組み合わせだとより大きくなるようだ。
相乗効果かね。
攻撃範囲がここまで伸びると、戦い方により幅が出来るかも知れない。
どの組み合わせにせよ戦力の上乗せになることは間違いない。
最後にレイナのコメントがある。
『結果はまだ公開してない。キースに見せて意見を聞かなきゃだもんね!』
これらの矢は弓使いにとってどれ程の戦力の上乗せになるのか。
その価値は弓技能に無縁のオレには現実感がないんだが。
場合によっては素材確保を目的にして、西の森に冒険者が殺到する事になるかも知れない。
同時にあの蟻の被害者も増えるんだろうか。
師匠の家の周辺も騒がしくなるのかね。
作業場に降りると師匠がまた作業台で寝ていた。
突っ伏して、ではなく作業台の上で身を横たえて寝ていた。
台の上に毛布を敷き、上掛けにも毛布もかけてある。
メタルスキンの仕事だろう。
作業場の中は酒の匂いが僅かに残っていた。
作業台は広く、師匠が横になって寝ていても広さには余裕がある。
だがそのスペースはイビルアントの甲と針で半ば埋め尽くされていた。
椅子の数には余裕があるので台の代わりにしよう。
まずは甲を品質毎に仕分ける事にした。
【鑑定】を始めてすぐに謎の代物が見つかった。
【素材アイテム】邪蟻の甲 原料 品質X レア度- 重量0+
イビルアントの甲。
品質Xって何?
レア度がマスクデータか。
品質Xって評価しようがないって事か?。
いや、マスクデータの方は【鑑定】のレベルが足りないとか?
でもイビルアントで?
良く分からない事態だ。
仕分けし始めたばかりの邪蟻の甲だが、やたらとこのタイプが多い。
黙々と【鑑定】しながら仕分ける。
今までに見たのと同様の品質のものもちゃんとあった。
【素材アイテム】邪蟻の甲 原料 品質C レア度1 重量0+
イビルアントの甲。小さめで軽くそこそこに丈夫。
さっきの品質Xのものとは説明文が違っている。
品質Cだけでなく品質C-も少しあった。
結局、品質Cは17、品質C-は2、品質Xが82となった。
品質毎に良く見比べると、品質Xだけ色が微妙に違うようだ。
品質Xのものは他の品質のものに比べて光を少しだけ反射しない。
光の照り返しで表面の質感が違う。
並べて比べないと分からない程度に微妙な差だ。
同じように邪蟻の針も仕分ける。
こっちは総量で甲よりも数が多い。
その結果、品質Cは32、品質C-は7、品質Xが157となった。
数が多いなんてもんじゃないって!
昨夜、オレとヴォルフ、それにヘリックスが屠ったアリの数は10匹は超えているだろうか。
20匹は超えてない、よな?
囲まれないように追い払うのだけで精一杯だったし。
少なくともオレが止めを刺したアリの数は5匹といない筈だ。
師匠の家の門番は強いな。
格が違いすぎる。
作業場の扉が開くとメタルスキンが朝食を運んできていた。
作業台の空いたスペースに並べていく。
ん?
どうやら昨日見た熊肉料理があるようだが。
「ん?もう朝か」
師匠が起きた。
昨日とは違って意識もハッキリとしているようだ。
さては料理の匂いに反応したか。
オレと視線が合うと、何故か恥ずかしげな反応を見せた。
食は細いが好物は別腹なのかもしれない。
そうでなければ元々が食いしん坊なのかだ。
「うん?仕分けはもう終わったのか?」
「はい」
「どれ、どんな感じかな」
6つの椅子に仕分けたドロップ品をざっと見て回るとオレに質問を飛ばしてきた。
「一番数が多いものは何が違うか分かるかの?」
「いえ、何かが違うとだけしか分かりませんでしたが」
「ふむ」
師匠は品質Xの甲と針から一つずつ手に取ると作業台に置いた。
メタルスキンがそれ以外の品質Xの甲と針を師匠の《アイテム・ボックス》に入れていく。
「残りはお前さんの取り分でええじゃろ」
「ありがとうございます」
「そしてこの甲と針もじゃ。但し売らんように」
「?」
師匠は食事にとりかかってそれ以上のことは言わなかった。
何のために売るなと釘をさしたのか。
一種の謎かけか?
オレが食事を始めるのが出遅れたとはいえ、師匠がオレよりも先に食事を終えていたのが驚きだった。
しかし朝から狩人熊の肉のステーキですか。
ステータスを見たらちゃんと筋力値にバフ効果が付いてる。
今日の狩りは一味違うものになりそうだ。
今日も師匠と同行してレムトの町へと向かう。
昨日と同じく、馬の残月と鷹のヘリックスの組み合わせだ。
昼間、この平原で狩りを行うには非常に相性の良い組み合わせなのだが、今日は様子が少しだけ異なる。
天候は曇り、そして時々雨。
小雨程度なんだが、魔物の反応が芳しくない。
アクティブ状態だとこっちに攻撃してくるから迎撃すればいいんだが、パッシブ状態の魔物がやたら多いのだ。
こっちから襲撃する形にどうしてもなる。
主な稼ぎ先になるウサギだが、明らかに昨日よりも巣穴の近くにいる個体が多い。
巣穴の傍にいたり、巣穴から顔を出す程度であったりするので、すぐに逃げられてしまう。
逃げる兎を追いかけてその尻をロッドで叩いて足を止めきれるかどうかの勝負だった。
仕留めた数はトライした機会の半数にも満たない。
ワイルドドッグは残月の機動力を活かして狩れることは狩れる。
問題はドロップ品がなにも得られない事だ。
これでは町の周囲の狩りで稼ぐのは難しいのではなかろうか。
そしてステップホークの姿は一切見えなかった。
ヘリックスの方も雨に煙っている草原では飛び回るのにも魔物を探すのにも好ましくないようだ。
なんとなく、ロッドの上で佇む様子で分かる。
町の門が見えてきた所でインフォがきた。
《これまでの経験で召喚モンスター『残月』がレベルアップしました!》
移動途中で残月がレベルアップしてしまった。
事実上、オレを乗せて運搬してるようなものだからな。
残月のステータス値が表示され、敏捷値が上昇していることが示されていた。
任意ステータスアップは精神力を指定しておく。
召喚モンスター 残月 ホースLv1→Lv2
器用値 7
敏捷値 19(↑1)
知力値 7
筋力値 20
生命力 22
精神力 7(↑1)
スキル
踏み付け 疾駆 耐久走 奔馬 蹂躙
蹴り上げ
穴を塞ぐべきか、極振りすべきか、どっちが正解なのかは分からない。
単に一番低いステータス値が同じ数字で揃うと美しいと思っただけだ。
町に到着、昨日と同じく冒険者ギルドに直行である。
道を行き来するプレイヤーの数は更に少なかった。
そしてプレイヤーの半数以上が雨避けのローブなりコートなりを装備している。
今は雨も小降りで気にならないが、雨避けに何か買っておいた方がいいか。
冒険者ギルド内は更に閑散としているように見えた。
大丈夫なのかね、これ。
師匠と共にギルド長の部屋に通され、昨日もいた年配女性が師匠の持ち込んだポーションを検品していった。
数が数だけにすぐには終わりそうにないな。
それに視界の中に揉めそうな代物が映っていた。
あえて無視しとこう。
仮想ウィンドウでメッセージボックスを開いて、フィーナ・サキ・ミオ・レイナのメッセージを一括表示した。
同じ文面で返信を出しておく。
《今レムトに到着。雑事を終えたら露店にでも顔を出します》
これでいいか。
売りたいアイテムもあるし互いに実入りがあるだろう。
「おお!今日は早かったな、オレニュー!」
師匠はギルド長の差し出す右手は無視して顎髭を掴んで引っ張った。
「何が早いじゃ、あれは何かな?」
部屋の出入り口の両脇には昨日なかった机が並んでいた。
そこに並べてあるのはポーションの空き瓶である。
机の上だけでは足りず、下にも並べてあるようだが。
「ん、まあなんだ。頼みが・・・」
「だが断る」
「全部言わせ・・・」
「言わせるかこの耄碌爺」
「お主は(・・・)」
「この(・・・)」
おお、ギルド長も反撃に出た。
互いに髭を掴んで引っ張りあっていて会話は成立しなくなった。
そのくせ意思疎通ができているように見えるのは何故だ。
「ああ、気にせんでいいです。いつものことです」
昨日もいた中年のギルド職人がオレに話しかけていた。
「昨日より酷いみたいですけど」
「二人きりなら更に酷い有様ですから。今更ですな」
「はあ」
オレの方も冒険者ギルドから依頼を受けている身だ。
師匠のとは別口の《アイテム・ボックス》からポーションを取り出していく。
「昨日の依頼分が出来ました」
「ほほう、早いですな」
互いにポーションの数を確認すると検品を受けた。
依頼数は30本だが、納品数は53本である。
職員の【鑑定】では1本だけ撥ねられてしまった。
おかしいな、と思ってオレも【鑑定】してみたら確かに品質C-だった。
昨日の時点でチェックしてあったが、混じったのか【鑑定】に失敗したのか。
どっちにせよオレのミスだ。反省。
「依頼数を超えて納品とは助かります」
手早く計算を済ませたようで、小袋で買取り金額を渡された。
中を確認したら100ディネ銀貨が13枚だ。
1,300ディネってことは買取価格は1個あたり25ディネか。
昨日より元値が上がっている、ということは冒険者への販売価格も上がってる筈だ。
個人的には嬉しいのだが、プレイヤー全体としてはどうなんだろう。
《ギルド指名依頼をクリアしました!》
《ボーナスポイントに5点、エクストラ評価で2点が加点され、ボーナスポイントは合計9点になりました!》
「では引き続き依頼したいのですが宜しいですか?次はポーション60本を納品となります。期限は5日後です」
《ギルド指名依頼が入りました。依頼を受けますか?》
どうしようか。
期限が5日後なら西の森で薬草採集しながら自力で達成できそうではある。
問題は師匠だ。
師匠はギルド長と髭を引っ張って睨み合ったままだ。
まあどうにかなるだろう、受けておこう。
「分かりました、受けます」
《ギルド指名依頼を受けました!5日後までにポーション60本を納品して下さい》
「お願いします」
そう言うとその職員さんが予備で持ち込んでいる《アイテム・ボックス》に空き瓶を入れ始めた。
明らかに60本を超えているのだがそこはあえて指摘しないでおく。
なんとなく、何を期待してるのかは分かるし。
中年の職員さんは空き瓶を入れ終えると、師匠の分の検品を手伝い始めた。
師匠はといえば。
まだやっているし。
「お前さんは暫く町の中でも見物しておれ。ワシはこの耄碌爺に引導を渡さねばならんのでな」
「阿呆めが。返り討ちにしてくれるわ」
師匠は一旦、髭の引っ張り合いを中断してそう言うと、今度は相手の顎を掴んで痛めつけようとする。
ギルド長のルグランさんの反撃は両こめかみへのアイアン・クローだ。
奇妙に拮抗しているようだ。
そして2人の職員さんは黙々と検品を続けている。
スルー耐性高いな!
これが師匠の日常なんでしょうか。
そのまま見物するのもアレだし師匠の言葉に甘えてその場を辞去することにした。
フィーナさんの所の屋台に行く前に買いたいものがあったので寄っていく。
昨日、綿の服を購入した服飾店だ。
オレがやや濡れ鼠になってたのを見て店員がやたらと積極的に服を勧めてくる。
苦心して能面を作り上げながら目的のものを告げた。
雨避け用のコートだ。
品揃えはそこそこで値段は一緒だったから全部をざっと見て良さげなものを購入する。
ポーション作成依頼で得た金額、その半分近くが吹っ飛んだ。
フィーナさん達が露店を開いていた場所に行って見る。
ちょっとだけ場所的にいいポジションになっていた。
いや、雨の影響なのか露店が弱冠少なくなっているのが影響してるのだろう。
「ちょっと早かったですかね?」
ミオの屋台ではまだ何も料理ができていないようだ。
仕込みの最中であったらしい。
女の子らしからぬヤンキー座りで何かを捏ねているようだ。
フィーナさんの露店の魚は、昨日の半分以下の品揃えになっている。
代わりにといってはなんだが、屋台奥に袋やら箱やらが積まれていて売り場をも圧迫していた。
「あら、いらっしゃい」
「おっす!」
ミオはそのまま作業に没頭していった。
そしてフィーナさんからユニオン申請があったので受諾する。
内緒で何か話があるんだろうか?
『ごめんね、昨日ちょっとあって今日はもう何人か会ってほしいプレイヤーがいるんだけど、いい?』
『それはいいんですが。何か問題でも?』
『まずは掲示板でいくつか情報を流してくれてありがと。やっぱり骨の一件は先手を打っといて良かったわ』
『?』
『鍛冶職人に片手槌の試作依頼をしたの。柄の素材は例の骨で。ちょっとした騒ぎになってるわ』
『騒ぎですか』
『ええ。武器としての性能はさほどじゃないんだけど、鍛冶生産職が使うと若干の品質向上効果があるらしいわ』
そう言われてもなあ。
鍛冶方面は正直、分かりません。
『で、今日は現物を持ってきて貰うことになってる。他の生産者ギルドからも追加で一人来る予定』
『はあ』
ミオがいきなりフィーナの顔を覗き込んだ。
『はいはい、仕込みは一段落したから!内緒話は終了!』
その手には昨日見せて貰ったつくねが2本。
フィーナさんとの『ウィスパー』を解除する。
「まずは試食分からいこうか!」
手にしたつくねをオレとフィーナに振舞うミオ。
そのドヤ顔はなんだ。
【食料アイテム】縞野兎のつくね(塩) 満腹度+3% 品質C レア度3 重量0+
敏捷値微上昇の効果約5分
ホーンドラビットの肉を細かく叩いて複数の香辛料で味を引き締め焼いた料理。
クワイと枝豆が入っていて食感にアクセントがある。
えっと。
バフ効果が付いちゃってるじゃないの。
「なんて顔してるの、食べなって」
「なんか勿体無いんだけど」
「む。バフ効果はどうでもいい、味が大事!」
フィーナさんにも促されて食べてみた。
うん、確かに美味い。食感もいいな。
ビールが欲しくなる味だ。
少しだけ食べ残して鷹であるヘリックスにも与えてみる。
生肉じゃないけど普通に食べてしまった。
「うん、かなり美味いですね」
「でしょー!」
「私も料理だけはミオに勝てないわね」
「なにをー!!他にも色々勝ってるぞー!」
本物の姉妹みたいなやり取りは実に微笑ましいものであった。
いや、サキも含めてリアルで本当の姉妹なのかも知れないが。
ミオとフィーナの会話に入り込めずにいると、乱入があった。
レイナだった。
「おらー!来たぞー!」
どうやらこれが彼女が登場する時のデフォルトっぽいな。
そのままガールズトークに突入してしまい、身の置き場はあっというまになくなった。
「あら、いけない」
フィーナさんが最初に自重した。
「そうだ、キースは運営インフォのデータは見た?」
「いえ、ずっと手が空いてなかったのでまだですね」
「そう。じゃあ今からちょっと気を悪くするような話になるけどいい?」
何だろうな。
ちょっとだけ身構えて返答する。
「はい、いいですよ」
「運営は前にも初日終了時にプレイヤーが選択した種族と職業のデータは公開してるんだけど」
「色々と調べると面白いのよね!因みにプレイヤーがエルフを選択した数は凡そ100人、全体の3%もいないのよ!」
「今みたいに種族や職業でどの位の数のプレイヤーが存在するのかが分かるの」
「へえ」
そういえば2日目に運営からのインフォがあったような。
件名だけ見て中身を読まずに保存した覚えがある。
2日目はパーティ募集の一件で凹んでいたから忘却の彼方に押し込んでしまったのか、オレって。
「で、サモナーを選択したプレイヤーは貴方だけ。そして今日来てたデータでもそう」
「人気がないみたいですよね」
「キースは何故だと思う?」
「えっと、なんかお荷物的な扱いだったような気がしますが。弱いって事なんですかね?」
パーティ募集で味わった記憶が呼び覚まされる。
あれは地味にきつかった。
「そこがもう違うわね。レイナ!あなたはサモナーが弱いって思う?」
「まさか!戦力として見るなら最強レベルだと思うよ!」
「え?じゃあなんで不人気なんでしょう?」
「ああ、どこから話すといいのかしらね」
フィーナさんが何やら苦悶するような表情を見せる。
ちょっと、いいな。
そんな不謹慎な事を考えていました。
「じゃあ、ここにいる私達三人とキースに召喚モンスターとで6名のパーティを組んで魔物を倒したとする!」
レイナが元気良く喋り出した。
「パーティ全体に与えられた経験値は仮に600あるとする!その配分は?」
「一人頭で・・・あれ?」
そうだ。
召喚モンスターの分は?
「実は召喚モンスターにも等分で与えられるのよね!」
「さっきの例で言えば私達は全員、召喚モンスターも含めて全員が経験値を100獲得するわよね」
「さて、ここで問題が発生する!」
「そう。例えば私から見たらキースが得た経験値は本当に100になるのかしら?」
え。
ああ!
「同じパーティでありながら3倍の経験値を得ている。そういう見方ができる・・・」
「そう。私から見たら不公平と感じちゃうわね。サモナーと組むという事はそういったデメリットを甘受する必要があるわ」
「これが『ユニオン』、つまり複数のパーティが連合を組むと、更に格差は広がってしまう!」
「連合を組むと経験値はパーティの数で等分されるわ」
「そうか。6名のパーティとサモナーと召喚モンスター5匹のパーティが連合を組んだら格差は6倍って事になる」
「そういった見方ができるって話」
これか。
これがサモナーが敬遠されていた理由だったのか。
「そしてサモナーはレベルアップするに従って召喚できるモンスターの数が増えるわ」
「つまり成長すればするほど、サモナーと組むプレイヤー数の枠が少なくなるのは必定!」
これもか。
さっきの例で言えば、オレが3匹を同時召喚できるようになったら。
6名までしかパーティは組めないのだから、プレイヤーが1名、パーティから外れないといけない。
そして経験値の不公平感は3倍から4倍になる構図になる、と。
先に進めば進むほどに孤高の存在になっていく訳か。
「サモナーと組んだプレイヤーは自分がサモナーにとっての唯の駒みたいに錯覚するって意見は多かったわ!」
「サモナーと組めば先行して強くなれる。そう思っていてもサモナーのプレイヤーとの戦力差は広がる一方だわ」
「βでサモナーをプレイしていた側にも問題はあったけどね!」
「まあβでプレイしてた頃の誹謗中傷も酷くて的外れな意見も多かったんだけど。他にも揉める要因があったわ」
「ドロップ品の分配!あるサモナーが冒険における貢献に見合わないって暴れちゃった事件!」
「あれは酷い出来事だったわ」
そのパーティはプレイヤー4名に召喚モンスター2匹だったそうな。
レア度高めの品が4つが獲れてプレイヤーの頭数が4名であったために4人で分けようという話をしていた。
そうするとサモナーが活躍した召喚モンスターの分をも加えて2品を要求したのだとか。
うん、これは揉める。間違いない。
サモナー側が引くべきだよね。
「まあプレイヤー間の揉め事はよくあるんだけど。ちょっと目に余ったわね」
「β版をやってたプレイヤーはほぼ全員が知ってると思う!」
「まあそういった事情もあってねえ」
「サモナーは不遇職、なんて言う人は多いけど違う!周囲がどうしても不遇になるって訳!」
「そして因果はサモナーにも巡って来るわ。サモナーと組みたいってプレイヤーはいなくなったわ」
あちゃー。
「だからサモナーはソロプレイ専門と見做された。そうでなきゃネタプレイ扱いね」
「運営はこの不公平感を本サービスで修正しないって宣言をしたのが止めだった!」
そうだったのか。
それでだったのか。
「知らずにプレイしてましたよ」
「キャラ作成でサモナーの選択ができる可能性は親がサモナーの場合だけ。確率は多分エルフよりレアよね」
「βでは半日かけてサモナー選択が出来るキャラが出るまで再作成で粘った強者もいたのよ!」
「・・・」
「この一件の責任は運営にある!どうせ数は少ないし大きな影響はないって見切ったのかも!」
「いや、それはないでしょ。経験値分配をいじっても公平な形に修正できなかったって可能性もあるわよ?」
「甘い!それはシステム基幹全体を見直そうとしなかったのと同義!怠慢よ!」
レイナの運営に対する意見が厳しいな。
ちょっと引いちゃう。
「でもね。サモナーと召喚モンスターを一括りにして一人分の経験値を割り振ると今度はサモナーの成長速度が・・・」
「そういう所を調整するためのβテスト!バランスが悪いの分かってて放置するのが罪!」
「レイナさん、そう熱くならなくても。もう今更ですし」
「でも事実上のソロプレイって事になるのよ?この先大丈夫かしら?」
「いや、早々にレア度高めの素材を提供してくるのだから彼に見込みはあると思う!」
「運営がイベントを仕掛けて何かしらの修正を試みているのかしら?」
若い時期にこの手のネットゲームに馴染んでいなかったのは不利に働いたか。
まあオレがこのゲームに参加しているのも他に目的がある訳で。
「難しい事はよく分かりませんが適当にゲームを楽しめれば十分ですから」
フィーナの露店の前にNPCが買い物に来たので、会話はそこで中断になった。
ちょっと間がもたない。
「あ、そうだ。また売れる素材を持ってきてるけどいるかな?」
ミオが先に食いついた。
「食材!縞野兎の肉は絶対!」
「残念。今日はないな」
「そっかー」
「ホーンラビットの肉はあるけど」
「欲しい!」
その後、ミオは1ディネ単位で値切ってきた。
媚まで売ってくるし。
色々とこっちがその気になる成分が足りません。
そしてアレを持ち出してきた。
「つくね。美味しかったでしょ?」
小悪魔め。
さすがに値切りすぎると起きるというペナルティは怖かったようだ。
そこそこ安いがまあ許容できる値段に落ち着いた。
今日は大した狩りの成果はなかったので、ほんの4つしか肉はなかった。
被害は最小で食い止められたと思えばいい。
「レイナさんにはこれがいいかな?」
邪蟻の針だ。
品質Cと品質C-で合わせて40本弱ある筈で束にしてある。
「ちょっと、この数は何!」
「いや、まあ成り行きで入手できちゃったんですけど」
そう、蟻の大群の殆どを殲滅したのは師匠の召喚モンスターであって、オレの功績は小さなものだ。
実際、ドロップ品の過半数が師匠の取り分になったんだし。
「キースの素材提供力は異常!」
「やった!西の森に行かなくていいかな?」
「ミオ!それはダメ!蝙蝠の牙も欲しいし、銀鶏だって狩りたいじゃない!」
「えー!昼はいいけど夜はイヤよー!」
そんなやり取りをしてる所にプレイヤーが割り込んできた。
緑のマーカーなので間違いない。
男性キャラの二人組で片方は非常に特徴のある外見をしていた。
背が低く豊富な髭、そして筋肉隆々とした体躯。
ドワーフだ。
ドワーフはプレイヤーキャラとしてはわりと見る機会が多い種族だ。
人間と比べると、敏捷値が大幅にダウン、知力値と精神力で若干ダウンするが、器用値・筋力値・生命力に優れている。
明らかに前衛向けで武器を振り回す為に生まれてきたような存在だ。
このあたりは昔やったテーブルトークと通じるようだ。
その隣の男も見事な体躯をしている。
筋肉隆々としていてエキゾチックな顔立ちをしている。
種族は間違いなく人間だが何やら不穏な雰囲気を感じさせる男だった。
この2人には共通する特徴がある。
汚れた作業着に幾つかの革ベルトらしきものを身につけており、そこには幾つかの工具らしきものが挿し込んである。
目を引くのは槌だ。
恐らくは鍛冶職人なのだろう。
汗の匂いを周囲に振り撒くような存在感があった。
「フィーナは接客中か」
「うん、もう少し待ってて!というか依頼の品は持ってきたの?」
「完成しておるとも。これじゃ」
そう言うとドワーフが背中に括り付けていた物をレイナに渡した。
それは槌だった。
その柄には見覚えがある。雪猿の骨だ。
「うん。確かに!」
「このサモナーはなんじゃ?」
「ジルドレ!うちのお客さんに失礼はよしてね!!」
もう1人が目礼を飛ばしてきたので目礼で返しておく。
サモナーとオレを呼んだって事は、オレに対して【識別】をかけたって事だ。
一応、2人とも【識別】しておく。
ジルドレ Lv.3
ブラックスミス 待機
カヤ Lv.3
ブラックスミス 待機
二人ともやはり鍛冶職人のようだ。
彼らがフィーナさんに呼ばれたって事は、騒ぎとやらに関係しているのだろう。
で、フィーナさんが言ってた騒ぎって何だろ?
「お待たせ。サキが遅れてるけど始めるわ」
フィーナさんがそう言うと再び『ユニオン』申請が来ていた。
この件はどうあっても内緒話にしたいようだ。
口火を切ったのはジルドレだった。
『フィーナ、一応これは試作品であるから出来を確認するために使い勝手を試した。これは危ういぞ』
『そこまで貴方が言うの?』
『まずは確認が先だな。試作品の現物がここにあるから【鑑定】してみろ』
そこにいたメンバーが次々と片手槌を手にとって【鑑定】していく。
オレの番は最後になった。
【武器アイテム:片手槌】響音の槌 品質C+ レア度4
AP+3 破壊力2 重量1 耐久値110 投擲可、射程10
鍛冶スキル補正効果[微]
雪猿の骨に鍛鉄と鋳鉄のハンマーヘッド括り付けた槌。
ハンマーヘッドの重さに対して柄がやや長くて軽く、使いこなすのがやや難しい。
叩くと骨の中で美しい音が反響する。片手槌サイズで投擲もできる。
カヤが最初に口火を切った。
『これじゃ無理もない。ジルドレの所の騒ぎってどうなった?』
『見られただけでも痛恨事だが【鑑定】までされてはな。口止めはしてあるが油断はならん』
『身内なのにか?』
『身内だからだ。骨の情報は掲示板に上がっていたからまだ良かった。余計な事をしたら骨は入手できんぞと釘を刺してある』
『ご愁傷様』
『それにどこまでいってもこれは依頼品だからな。無法な真似をしてこんな序盤から悪堕ちしたくもあるまいよ』
何やら不穏そうな話が聞こえるんですが。
問題なのはやはり『鍛冶スキル補正効果[微]』の部分なんだろうか。
武器の品質もレア度も素材から少し上がってもいるようだが。
『フィーナ、事前に打診した件だ。この槌の使用権レンタル、それしかない。そうでなければ身内連中を抑える自信がない』
『ジルドレ、貴方達は拠点をレムトから北のキャンプに移すって聞いたけど?』
『槌の移動に手間をかける愚は分かる。だがこれは妥協できる最低ラインだ』
『無茶じゃないかしら』
『このキースが情報を上げておったが、信じておらん奴もいる。いずれは抜け駆けを企む者も出るぞ』
『情報はいずれどこかで漏れるものよ。情報の秘匿は利益の独占に他ならない。貴方がβで私に言ったわよね?』
『βの事を蒸し返すな。カヤ、お前さんの所は大丈夫か?』
『情報を得られないか伝手を通じて試してみるって誤魔化したよ。まあ誤魔化しではなく実際にここにいる訳で』
『そういう事ではなくてだな』
『暴挙はない。そこまでズレてないさ。でも序盤から悪堕ちをあえて選ぶプレイヤーが他にいないって断言はできないよ』
良く意味が通じない話だ。
暴挙って何?
悪堕ちって何?
訳が分からない。
『ちょっと待って!キースに話が通じてないっぽい!』
レイナがオレの様子に気がついたらしい。
フィーナとレイナによる補足説明がそこから始まった。
『この槌の性能で注目なのは鍛冶スキル補正効果[微]よ!この槌を使う事でより良い武具ができる可能性が高まるのよ!』
『そうね。それは鍛冶スキルを持つプレイヤーの成長を後押しする事も意味してるわね』
『序盤から成長を後押しする武器アイテム、そしてその素材!需要が高まるのも当然!』
『自然、雪猿の骨の入手経路に注目が集まるわ。鍛冶職人に高く売れるとなれば鍛冶職人以外も欲しがるでしょ?』
『フィーナがキースから情報を上げさせたのは次善の策!骨の供給元を守るためにね!』
『キース相手にPKを仕掛けるなり、脅して骨を奪うなり、暴挙に出るプレイヤーが出るかもしれないの』
『でも現在の所、キースが受けてるイベント絡みでしか雪猿の骨は入手できていない!そこもポイント!』
『キースがPKを受けてこのゲームを引退でもされたら鍛冶職人全員の恨みを買うことになる。そういう構図にしたの』
『情報の公開はキースが鍛冶職人に骨を提供する意思ありというサインでもある!』
『間接的だけどキースを守る力になるでしょうね』
えっと。
オレ、狙われる可能性があったの?
脅すとかなんか怖い。
それに意味が通じない単語がある。
『すみません、モノを知らないんで質問いいですか?PKって何?』
その場の空気が凍りついたような気がした。
主人公 キース
種族 人間 男 種族Lv3
職業 サモナー(召喚術師)Lv2
ボーナスポイント残9
セットスキル
杖Lv2 打撃Lv2 蹴りLv2 関節技Lv1
回避Lv1 受けLv2 召喚魔法Lv3
光魔法Lv2 風魔法Lv2 土魔法Lv2 水魔法Lv2
錬金術Lv2 薬師Lv2
連携Lv3 鑑定Lv3 識別Lv3 耐寒Lv2 掴みLv2
馬術Lv1 精密操作Lv1
装備 初心者のロッド 綿の服 布の靴 背負袋 アイテムボックス
所持アイテム 剥ぎ取りナイフ
召喚モンスター
ヴォルフ ウルフLv3 お休み
残月 ホースLv2(↑1)
器用値 7
敏捷値 19(↑1)
知力値 7
筋力値 20
生命力 22
精神力 7(↑1)
スキル
踏み付け 疾駆 耐久走 奔馬 蹂躙
蹴り上げ
ヘリックス ホークLv2




