1298 蛇足の蛇足11 家族の風景
何故だ?
何故、あの筋肉バカの魔神と同じ食卓を囲まねばならないのか?
分からない。
分からないが、分かっている事だってある。
ここで争うのは止そう。
ジュナさんの拠点を破壊するのはオレの本意ではない。
魔神を正面から見据える。
同じ椅子に座っているから視線が上を向く。
それでも見据える。
借りてきたネコ・・・
いや、クマかな?
超然としているように見えるが、分かる。
何故か魔神に覇気が感じられない。
オレを目の前にして激発しない。
挑発もしない。
時々、お茶で口を湿らせているようだが・・・
まさか緊張しているのか?
「お待たせ!」
ジュナさんだ。
手料理を運んできた訳だが・・・
この場にオレニュー師匠はいない。
ギルド長のルグランさんもゲルタ婆さんもいない。
いたらいたで大変だったかもだが、いて欲しかった。
間がもたない
視線が彷徨ってしまう。
魔神相手に隙を見せるつもりはない。
魔神に隙は見出せている。
いや、隙だらけだ。
だが仕掛けられない。
ジュナさんに迷惑を掛けていいとは思えなかった。
魔神の目の前に丼。
オレの目の前にも丼。
親子丼、だな。
食欲をそそる匂いから予想はしていたが・・・
魔神だけ大盛り。
別皿でレバニラ炒めも提供されている。
・・・
何でだ?
ジュナさんに視線を向けても微笑むだけ。
妙に楽しそうなんだけど、気のせいか?
「あのー」
「大丈夫、キースちゃんトコの子達にも食事は用意させてるから!」
「はあ」
いや、聞きたいのはそういう事じゃなくて。
何で、この筋肉バカがジュナさんの拠点に?
その答えが欲しい。
確かにジュナさんは転移前、寄る所があると師匠達に言っていた。
そしてオレと配下の召喚モンスター達が転移した先は深い森の中だった。
そこには森に同化するように尖塔が一つ。
これがジュナさんの拠点、そのうちの一つらしい。
ジュナさんに中を案内された訳だが・・・
いきなり食堂でこの筋肉バカと鉢合わせした。
無言で魔神に迫ったがジュナさんの足払いで派手に転んだ。
その時のジュナさんの笑顔ときたら、もうね!
おとなしくする以外にどうしろと?
そんなオレを見た筋肉バカの視線がまた酷かった。
気の毒そうにオレを見ていた。
・・・
哄笑してくれた方がマシだった。
ジュナさんが魔神の隣に座る。
疑問を込めた視線を送っても意に介さない様子。
魔神を見る。
こっちはもっと油断ならない。
メタモルフォーゼの呪文で嵌められたばかりなのだ。
お前、実はシルビオだなんてオチじゃないよな?
「話は食事の後でね!」
「え? あ、はい」
「「いただきます!」」
「あ、はい。いただきます」
唱和に遅れたが誰が責めるだろうか?
オレは今も困惑したままだ。
それにしても魔神が親子丼に挑む様子は妙に真剣だ。
オレも真剣に、食おう。
そうせねばならない。
そんな気がしていた。
「「ごちそうさまでした」」
「はい、お粗末様でした!」
丼物は上品に、そして丁寧に食うものではない。
かきこむものだ。
だから、そうした。
ゆっくりと味わって食べるのもいいけどね。
オレとしては魔神より後に食べ終えるつもりはなかった。
しかも魔神のは大盛りで別皿まであったからな。
負けた気分になるのは避けたかったのだが・・・
食べ終えたのは魔神の方が先だった。
何故、負けた?
「早速ですがジュナさん、お話が・・・」
「ちょっと待っててね! 後片付けがあるから!」
そう言うと食器をお盆に載せ台所へと消えてしまう。
・・・
再び筋肉バカとオレと二人きりだ。
仕掛けるなら、今かな?
「今のうちにやるか?」
「やめておけ。それに食後すぐに激しい運動はいかんぞ」
「・・・そうか」
らしくない。
筋肉バカめ、借りてきたクマどころじゃない。
クマのぬいぐるみにすら劣る、この腑抜け様はどうだ?
苦戦を期待出来ない。
うん。
こんな相手に勝っても面白くない。
そう思わせる雰囲気だ。
「先に言っておく。誰にでも世の中には逆らえない存在があるのだ」
「・・・何が言いたい?」
「言わせるな」
「・・・ジュナさんに逆らえない、理由でもあるのか?」
「・・・言わせるな」
「言え!」
「無理だ!」
魔神の額に汗が浮かんでいた。
脂汗って奴だな。
それにしてもだ、どういう関係なんだ?
あのシルビオと同様、隷属でもしているのだろうか?
「お前にもいずれ分かる、と言いたいがな。分かった時点で手遅れだ!」
「意味が分からん! どういう関係だ?」
「言えん!」
「・・・手遅れなのか?」
「世の中にはそういう不条理があるのだよ」
何かを悟ったような様子の魔神。
その視線の先にオレはいない。
一体、何を思うのか?
「不条理、ねえ」
急にジュナさんの声が!
まるで幽鬼のように響く。
その姿は魔神のすぐ横にあった。
いつの間に?
呪文で姿を消していたか、影を使ったか、どちらかだろう。
魔神の様子が更におかしくなる。
彫像のように固まってしまった。
題名を付けるなら、不覚かな?
ジュナさんが再び着席。
当然のように魔神の隣だ。
「まあ、いいわ。ところでハヤトちゃん、今のうちに言っておいてね!」
「う、うむ」
「・・・ハヤト、ちゃん?」
魔神を見る。
名前、あったんだ。
いや、そうじゃなくてだな!
ハヤト、ちゃんだって?
え?
どういう関係なんだ?
「ジュナさん? ハヤト、ちゃんって・・・」
「だって・・・ねえ?」
ジュナさんはそれ以上、何も言わず魔神を見る。
モジモジした様子、それに何かを期待している目だ。
一体、何だ?
「キ、キースよ。我の事は今後、お、お父さんと呼ぶように!」
「・・・は?」
「いや、違う。お父さんと呼んでくれ!」
「・・・はぁぁぁぁぁぁッ?」
いかん。
幻聴が聞こえる。
いや、待てよ?
「・・・ジュナさん、食事に何を入れました?」
「変な物は入れてないけど?」
「体調が優れないせいか、魔神の話が変な風に聞こえるんですが」
「変じゃないと思うけど?」
ジュナさんは満足げなご様子。
おかしい。
何か色々と、おかしい。
「でね? でね? 私からもキースちゃんにお願いがあるの!」
「・・・え?」
「私のことはお母さんって呼んでね!」
「・・・はい?」
「あ、ママだったらもっと嬉しいかな?」
絶句するしかなかった。
間違いない。
食事に何か幻覚剤でも投入されたに違いない。
ジュナさんは入れてないと言うが信じていいだろうか?
先刻、嵌められたばかりだ。
そうでなければ呪文でも掛けられているに違いない。
そうだ。
そうに違いない。
家族ごっこでもしろと?
ロールプレイならまだ分かるが、そんな雰囲気じゃない。
「そうそう、キースちゃんに聞いておきたいんだけど・・・」
「はあ」
「弟か妹、どっちが欲しい?」
「・・・」
「名前を何にするか、キースちゃんも考えておいてね!」
「・・・」
「まだ妊娠してないけど、いずれそうなると思うから!」
「・・・」
再び絶句するしかなかった。
まさに混乱の極み。
まるで少女のように恥じらうジュナさんを見る。
続けて赤面したまま固まった魔神を見る。
・・・
何だこれ?
「えっと、どういう関係なんですか?」
「・・・キースちゃんったら、本当に鈍いわねえ・・・」
反論したいが脳内で警報が鳴り響く。
どうやらこの先に地雷がある。
オレは慎重に探るように言葉を紡ごうとしたが・・・
言葉が出ない。
何から話せばいいんだろう?
正直、強制ログアウトをしたい心境だった。
だが逃げるのは最大の地雷になりそうだ。
それだけは避けるべきだろう。