1296 蛇足の蛇足9 終結
「シャァァァァァァァァァッ!」
オレの中にある熱はまだ収まる気配がない。
だが別の何かが生まれつつあった。
前回は途中で得物を持ち出してきた筋肉バカの魔神。
今回はその気配がない。
短期決着を宣言してオレを挑発したよな?
攻勢に出ているのはオレの方だぞ?
全部、いなされてるけどな!
だから違和感が生じていた。
何かが、おかしい。
打撃は当然飛んでくるが、関節技や投げを仕掛ける事が多い。
オレの打撃を受ける場面もあるが、どこか楽しげに見える。
戦いを長引かせるようにしている?
そうとしか思えないが理由が分からない。
何故?
何故だ!
「フッ!」
「?!」
まただ。
肘が側頭部に飛んできたがフェイクだ。
オレの肩に魔神の腕が押しつけられる。
また関節技狙いか!
肩を拘束される前に体を半回転、だが視界も反転していた。
投げられた?
どうやって、とは考えなかった。
地面に叩き付けられたが踵で魔神の脚を刈る。
しかし魔神の姿が、消えた。
いや、視界を埋めるのは魔神の笑顔だった!
マウントされてる?
いや、動け!
首を絞めに来るぞ!
首に絡む前に両腕を差し込み肘を張って抜け出す。
その瞬間を狙われた。
側頭部に衝撃!
何が飛んで来た?
「もう少し楽しむとするか」
「クッ・・・」
武技と呪文で強化していなかったら?
今ので終わっていた、だろうな。
恐らく今の打撃は掌底。
やはり違和感が強い。
不十分な体勢だったとはいえ、掌底?
いや、待て。
視界の端に映る幾つかの風景にも、違和感。
もしかして、これって・・・
「ムッ?」
筋肉バカの魔神は迎撃の構えだ。
だがオレからは仕掛けない。
予想通りならこれは仕組まれた舞台。
「茶番はここまでにしませんか?」
「茶番、だと?」
「ええ。私が戦いたい相手は魔神であって貴方じゃない」
「我は魔神だが」
「違いますね。魔神の姿を借りているだけじゃ魔神じゃない」
魔神の動きが止まる。
いや、魔神じゃない。
その正体は?
「ジュナさん。貴方ならメタモルフォーゼの呪文を使えますよね?」
「ジュナなる死霊術士ならそこにいたであろう」
「あれも違いますね。多分、ゲルタさんじゃないですかね?」
メタモルフォーゼの呪文。
オレですら使えるのだ。
ジュナさんやゲルタ婆さんが使えて当然。
「違いますか、師匠?」
「ん? な、何を言っておる、キースよ」
「オレニュー師匠・・・」
言葉とは裏腹に態度がおかしい。
視線は定まらず狼狽しているのが明らかだ。
ギルド長のルグランさんが肘鉄を喰らわせている。
オレに見えないようにしているようで見えてますよ?
益々、怪しい。
いや、もう確信していた。
残るは誰が、どこまで関わっているか、だな。
「シルビオさん、貴方も知ってますよね?」
「エッ?」
ふむ。
ノット・ギルティ
どうやら知らされていなかったようだ。
金紅竜は?
オレが凝視し続けていると視線を逸らせてしまった。
ギルティ。
雲母竜は?
やはり視線を逸らせてしまう。
お前もか!
水晶竜は唖然とした様子で魔神と金紅竜を交互に見ている。
ノット・ギルティ。
『ん? そろそろ始まるかの?』
『最長老様・・・』
エルダードラゴンの最長老が起きた。
しかも欠伸までして!
オレの全身から力が抜ける。
まさに茶番。
真面目になど、なれるか!
「理由をお聞かせ願いたいものですが・・・」
「それは私から説明します。キース様」
えっと。
サビーネ女王陛下が?
つまり、陛下もまた共犯か!
「ジュナ様、ここまでに致しましょう。願いは叶ったのでは?」
サビーネ女王の呼びかけに魔神が構えを解く。
その姿は一気に縮んでしまう。
女性の姿だ。
間違いない。
やはりジュナさんか!
「もうちょっと、楽しめると思ったのに!」
「仕方ありません。キース様が相手でしたし」
「オレニューちゃん、バレた責任は取って貰うわよ?」
「わ、儂が?」
「当然!」
オレニュー師匠の隣にいたジュナさんの姿も変化した。
ゲルタ婆さんだ。
戻った途端に師匠の後頭部に一撃を加えている。
無言なのが怖い。
確かに大きな違和感を覚えた発端は師匠だ。
ジュナさん達が失敗したとしたら師匠をここに呼んだ事だろう。
まあいないならいないで違和感の元になっただろうけど。
「キース様、ジュナ様もドラゴン達も責めないで頂けますか?」
「はあ」
怒りならない。
理由が分からないから混乱しているだけだ。
望んでいた魔神との戦いが実は違っていた。
愕然としていた、というのが正しい。
「でも、どうして」
「私が本気のキースちゃんと戦いたかったから!」
「それだけの為に、これですか?」
「そう!」
もうね。
脱力の極地だ。
たったそれだけ?
確かにジュナさんを相手に対戦は何度かしている。
ただ打撃戦は仕掛けた事はない。
だって女性だし。
師匠の師匠だし。
女性の姿をしていても敵モンスターなら躊躇はしない。
だが、違うのだ。
ジュナさんがそこらの魔物とは段違いに強いのは知ってる。
多分、魔神級かそれ以上だ。
それでも打撃戦は遠慮したい。
「ジュナ様の願いならば叶えてあげたいと思いました」
「はあ」
「金紅竜には私から頼みました」
『雲母竜と琥珀竜には最長老様が話をしてあったのだ』
「はあ」
おいおい!
ジュナさんの為に雲母竜と琥珀竜まで協力?
意味が分からない。
本気で、分からない!
水晶竜ならオレの気持ち、分かるよね?
・・・
あれ?
水晶竜!
何故、オレの視線から目を逸らせたの?
金紅竜も水晶竜も、先程の怒気は本物だった。
雲母竜もそうだ。
本当に怒気を発しているとしか思えなかった。
アレが演技?
到底、信じられない!
「まさか、交渉とか言ってたのは・・・」
「交渉があったのは本当ですよ? もう終わってますけど」
「はあ」
サビーネ女王は深く礼をする。
謝罪の気持ちがそうさせたのだろう。
周囲の竜騎士達が驚嘆しているけどお構いなしだ。
そして女王がオレを見る目は?
気の毒なものを見る目だ。
もうね。
誰か慰めてくれませんかね?
・・・
いや、待て。
まだ望みならある。
あったぞ!
「それでジュナさん、確認したいのですが」
「確認って何?」
「魔神ですよ。どこにいるんですか?」
メタモルフォーゼの呪文。
接触した対象の姿に変化する呪文だ。
ジュナさんは魔神に接触してその姿を借りていた事になる。
いる。
魔神なら確実に、いる。
雲母竜と琥珀竜はここに転移してきた。
多分、その転移元にいるものと思われる。
「知りたい?」
「ええ」
「あの魔神と戦いたいの?」
「ええ、勿論!」
「いいわ。連れてってあげる!」
一抹の不安ならある。
また、茶番に付き合う事になりはしないか?
実際に今、騙されたのだ。
その可能性はあるだろう。
油断してはいけない