1288 蛇足の蛇足 出水兵児、暁に散る
「ご馳走様でした」
「お粗末様でした」
妻の手料理など何年食べていなかっただろうか?
昼食のメニューはチャーハンに焼売、野菜スープに麻婆豆腐。
中華に限らず料理は苦手だった筈だが、旨かった。
食事中、何度か感想を聞かれたが正直に旨いと告げている。
その言葉に嘘偽りはない。
だから妻は終始、上機嫌だった。
良かった。
妻は何故か私の嘘をすぐに見破ってしまう。
結婚する前からそうだった。
別世界であっても多分、同じである筈だ。
「・・・随分と腕を上げたな」
「まあね。信じられないでしょうけど」
「苦労したからではないのか?」
「女手一つで子育てだしそりゃ苦労はしたわよ?」
「・・・そうか。済まなかったな」
「何だか変な話よねえ」
確かに変だ。
かなりややこしい会話になってしまう。
午前中はお互いに身の上話をした。
目の前にいる妻の平行世界で私は死んでいる。
臨月間近の妻をかばった結果だ。
犯人は誰なのか、聞くまでもなかった。
動機はやはり私の狂気を喚起する為であるように思える。
父が妻とお腹の中の子供を手に掛けなかった理由は不明だ。
自らの血脈が途絶える事を危惧したのか?
そうとも思えるが違うような気もした。
それはそれとして私は私を褒めたい。
死んでしまっているけど別世界の自分を褒めたい。
かばってくれていなかったらこの出会いはなかった。
いや、再会と言うべきだろうか?
本当にややこしいな!
「苦労も報われたら苦労とも思えなくなるわ」
「そういうものか」
「そういうものよ」
生まれた息子はどうなったのか?
成人して結婚、孫も生まれたのだと聞かされた。
全力で耐えた。
号泣するのには耐えきった。
ただ望外の喜びに顔が緩むのは耐えきれなかった。
とてもじゃないが外で待つ雲母竜と琥珀竜には見せられない。
「ところでハヤトちゃん、お願いがあるんだけど」
「うん?」
私の脳内でアラームが大音量で鳴り響く。
間違いなくそれは最大級の警報だった。
確かに私が知る現実の妻の姿と目の前の姿は全く違う。
アバターなのだから当然だ。
だがその仕草と声色は同じだった。
上目遣いに猫撫で声。
懐かしい、という思いもあるが危険回避が最優先!
但しあからさまに逃げるのは悪手だ。
話をすり替えるのがベストだが果たして可能だろうか?
「子作りしない?」
「ッ???!」
声が詰まった。
食事中じゃなくて良かった。
喉に詰まらせるか盛大に噴き出したに違いない。
「ま、ま、マズいだろう!」
「大丈夫よー」
「運営に消される!」
「と思うわよね? それが大丈夫なのよねー」
「何でだ!」
「確かに現実の世界に戻れるプレイヤーには禁則よ? でも私は違う」
「違う、とはどういう事だ?」
「現実の世界にもう私の肉体はないのよ」
「・・・そうなのか?」
「ハヤトちゃんの場合は世界そのものがないわねよね? だから大丈夫」
「大丈夫って・・・」
「NPCだってそう。戻る場所がない場合は子作りもオッケー!」
何だって?
NPC?
新たな疑念が生じたが妻は話を続ける。
「NPCは適当に記憶を消した人格のコピーを利用してるから元々ないのよ」
「そうなのか?」
「人格を持つ存在は全部よ。お外にいるドラゴン達も召喚モンスター達もそう」
「運営、いや、管理者は何でそんな事を?」
「楽だから、じゃない?」
合理的だ、と思う一方で論外だとも思う。
だがそれ以上、考えはまとまらない。
ゆっくりと、席を立つ。
悪手なのは確かだが退散したい。
妻に激怒されてもいい。
今はゆっくりと考えを整理する時間が欲しかった。
だが、おかしいぞ!
右脚が動かない?
「逃がすと思う?」
「・・・何をした?」
「ハヤトちゃんにずっと操を立てて待ってたんだから! 逃がさないわよー」
答えは足下にあった。
私の影の中から何者かの腕が伸びている。
いつの間にか私の右足首にはロープが巻かれていた!
その何者かが影から全身を現す。
バンパイアデュークだ!
申し訳なさそうな顔付きで律儀に一礼する。
そして屈み込むと私の左足首も別のロープで縛り始めた。
「ッ?」
今度は背後から肩を掴まれた!
振り返ると人影が二つ。
半透明の人形?
いや、インビジブルストーカーか!
片方のインビジブルストーカーがその姿を変える。
私の姿だ!
こいつはレプリカントか?
だが問題は二体が手にするロープが私の腕に巻かれている事だろう。
両腕も動かなくなる。
このロープには覚えがあった。
グレイプニル。
神をも拘束するアイテムだ!
これはダメだ。
罠に嵌まってしまった!
「は、謀ったな!」
「ええ。じゃあ寝室に運んどいてねー」
「お、お前っ! 本気か!」
「勿論!」
「よせ! こっちは心の準備が出来ていない!」
「聞ーこーえーまーせーん!」
私の姿となったレプリカントに抱えられた。
相談がある。
この際、私と入れ替わってくれないかな?
無論、言葉には出来ない。
地雷を踏む事になるのは分かっていた。
「待ってたと言ったな? 一体、どれ位だ!」
「少なくとも二百年。三百年にはならないと思うけど」
「なっ・・・」
何だと?
頭の中で様々な思いが駆け巡る。
考えがまとまらない。
「平行世界は全て同じ時間軸じゃないのよ。結構バラバラなのよねー」
「じゃあ今のお前は何歳なんだ!」
「永遠の二十歳!」
「嘘つけ! その姿じゃ三十路だろう! しかも中身は婆さんだ!」
私は失敗した。
別の地雷を踏み抜いてしまったらしい。
妻が微笑んでいた。
但し仮面のような笑顔だ。
これは極めて危険な兆候だぞ?
その証拠に目の前にいるバンパイアデュークが怯えている!
「言ったわね? 言ってはいけない事をよくもまあ」
「ま、待て! 話せば分かる!」
「確かに私のこの姿、美人は言い過ぎだけど愛嬌はあるでしょ?」
「・・・悪くない。いや、いいと思うぞ?」
「私は気に入ってるの。それにね、脱いだら凄いのよ?」
「・・・そうか。それは良かった」
「お婆ちゃんには見えないわよねー」
いや、問題は中身だから!
中身の方だから!
でも口には出来ない。
これ以上、機嫌を損ねるのは地雷原に突っ込むのと同義だった。
「じゃあ続きは寝室でしましょ?」
「お、おい!」
「疑問があるなら朝まで寝物語で話したげるから」
「あ、朝まで? 今はまだお昼過ぎだぞ!」
「それで?」
「私を殺す気か!」
「ハヤトちゃんは魔神でしょ? 平気だって!」
私はもう半分、観念していた。
最後の望みは雲母竜と琥珀竜。
私が窮地に陥っている事に気付いてくれ!
友人なら助けてくれるよな?
そうだよな?
信じているぞ!
「ノォォォォォォォォォォォォォッ!」
『ッ?!』
今の情けない悲鳴は、何だ?
確かに聞こえた。
男の悲鳴だ。
だがおかしい。
ここは山奥にある深い峡谷だ。
あのデスカーディナルが所持する塔があるだけだ。
いや、山奥だけに魔物の気配は濃い。
塔を守る召喚モンスター達だっている。
物音を聞き違えでもしたかな?
『どうした琥珀竜』
『男の悲鳴が聞こえたのだが』
『こんな所でか? 幻聴ではないのか?』
『冒険者がここに接近しているかもしれんな』
『ここにか。かなりの実力者達ならあり得るだろう』
『うむ』
そうかもしれない。
まあ、放置しておこう。
別に冒険者を敵視している訳じゃない。
かと言って冒険者を手助けする義理もない。
そもそも我は魔竜だ。
煩わしいから無視していい。
「アッーーーーーーーーーーーーー!」
『『ッ?!』』
また聞こえた。
今度は雲母竜も気付いたようだ。
しかもその悲鳴は塔の中から聞こえたように思う。
『今の悲鳴はハヤトか?』
『まさか! ハヤトは魔神、しかも桁違いに強いのだぞ!』
『確かに。あのデスカーディナルに後れを取るとも思えん』
『念の為、感覚同調して聴覚の強化と拡大をするか』
『良かろう』
雲母竜と感覚を共有し同調する。
聴覚を強化、聞き取れる範囲を全方位に拡大した。
塔の中で物が落ちる音すらも細大漏らさず聞き取れる筈。
そう、その筈だった。
聞こえるのは衣擦れのような音ばかり。
いや、荒い息の呼吸音が二つ聞こえる?
これは、一体?
心当たりならあった。
『・・・放っておくか』
『・・・そうだな』
感覚同調を切る。
聴覚も元に戻した。
我とて人間の営みがどういうものなのか知っている。
興味などない。
それにハヤトがお楽しみの最中であるなら邪魔するのも悪い。
放っておくに限るだろう。
『暇だがどうする?』
『そうだな。適当にそこいらの魔物でも狩って食うか』
『出来れば海に行きたい所だが』
『海か。あそこに転移してもいいが金紅竜達がいる』
『それにどちらかがハヤトの傍にいた方がよい』
『うむ。では我が食料を調達しよう』
『旨い奴を頼むぞ』
雲母竜が飛び立つ。
話し相手もいなくなったが孤独には慣れていた。
何、そう長く待つ事もないだろう。
魔神共に使役された日々を思え。
あれに比べたら多少待つ事など苦にもなるまい。
「・・・」
『『・・・』』
「待たせてごめんなさいねー」
魔神ハヤトに言葉はなかった。
その憔悴しきった姿が全てを語っていた。
雲母竜と琥珀竜にも言葉はなかった。
友人の姿を見て全てを悟っていた。
その一方でハヤトの傍らに立つデスカーディナルはどうか?
スッキリ爽やか、清々しい様子であった。
その笑顔を前にして二頭のドラゴンは考えた。
彼等は賢明であった。
ここで余計な事は言ってはならない。
いや、危険を察知する本能がそうさせていたのかもしれなかった。
イチャラブ書こうとしてたらギャグになっていたでござる。
文才がないなあ...orz




