1282 多分、蛇足
もうちょっとだけ続くんじゃよ
目を開けるとそこには星空があった。
幾つもの球状星団が競うように輝いている。
ただただ、美しい。
だがその実態は?
球状星団のそれぞれが隣り合う平行世界の集団だ。
一つの星が一つの世界を意味する。
そして増える事はなくいずれかの星は消えてしまう。
それはその世界の消滅を意味している。
その筈だ。
『ああ、気付いたか』
「?!」
『良かった。これならもう少し楽しめそうだね』
星空よりも強い輝きを放つ存在が私を見下ろしていた。
黄金に輝く人形だ。
最初に辺獄で会った、あの人形達と同じ姿。
だがあいつ等は誰もが無味乾燥な反応しか返さなかった。
いや待て、例外的に人間のような奴がいたな。
こいつがそうだろうか?
『ようこそ辺獄へ。いや、涅槃だったかな? 彼岸だったっけ?』
「どうでもいい。それよりもその姿では話がし難い。なんとかしろ」
『そうかい?』
私が立ち上がると黄金人形がその姿を変え始めた。
その姿には見覚えがある。
こいつ、叩き壊されたいのか?
作務衣姿の老人、それは私の父で間違いない。
必死で殺意を抑える。
殴ってみた所で無意味なのは知っていた。
それに壊してしまえば目的を果たせない。
「それはダメだ! 別の姿にしろ」
『ダメなの?』
そう言うとまた別の姿に、今度は一瞬にして変化する。
やはり見覚えがあった。
同時に言いようのない感情が私の中で爆発する。
私の妻の姿だ!
「いい加減にしろ! 壊されたいなら話は別だがな!」
『仕方ないなあ』
黄金人形がまた姿を変える。
今度はキースの姿に。
私の中で別の感情が生じる。
それは歓喜に近い。
だが耐えられる。
そして確信した。
こいつは私とキースがどういう関係にあるのか、知っている。
私の望みはどうやら叶えられそうだ。
『これならどう?』
「キースの姿か。まあいいだろう」
『あれ?』
私の反応は管理者にとって予想外であったようだ。
期待を裏切られた気分はどうだ?
少しだけ溜飲が下がる。
『しかし無茶をしたねえ。名前持ちの上位ドラゴンを二頭同時に相手するなんて』
「仕方ない。他に手段を思いつかなかったからな」
私が魔神になった際、幾つもの制約と誓約が課せられていた。
自決する事が出来ない、というのはそのうちの一つ。
当時、安易に思いついて付け足したものだった。
だが後悔はしていない。
雲母竜と琥珀竜を相手に戦いを堪能出来た。
負けはしたが納得している。
それに再戦する機会はこの先もある筈だ。
『それで、何がご要望かな?』
「待て。最初に状況を確認したいのだが」
『そう? まあいいけど』
「時間ならある筈だ。違うか?」
『違わないね』
「では質問させて貰おう」
困ったな。
いや、僕だけなら困りはしないが他の管理者は困る筈だ。
私はどうか?
面白い。
最初につい言っちゃったけどもう少し楽しめそうだ。
目の前にいるのは確かに魔神だ。
だがこれまでに見たどの魔神とも違う。
ここで彼を再現するのに莫大なリソースを費やしていた。
理由は分かっている。
彼に関わる時空連続体に割り込んでくるキースの記憶だ。
原因はこの魔神が持っていた魔神の指輪。
元々は魔神の持ち物であるのだが、一時期にキースが持っていた代物だ。
それが混乱の元であり、目の前の魔神の記憶を改竄出来ない理由でもある。
しかも魔神としての誓約と制約は消えてしまっていた。
魔神としての恩恵も消えていなきゃいけないけど残ったままだ。
不公平だよね?
まあその方が私にとっては都合がいいんだけどさ。
他の管理者には悪いが質問には全部、回答してしまおう。
ついでに余計な事も伝えてしまえ!
何、構う事はない。
平行世界に選別など私には興味はない。
それぞれの世界に生きる人間の生き様に興味がある。
目の前の魔神もそうだ。
きっとまた何かやってくれるに違いない。
どうなろうと面白ければそれでいい。
感情を失った人形とは私は違うのだ。
ま、後片付けは覚悟しておこうか。
今回みたいな面倒事は僕に回されるからだ。
それにしてもこの魔神、ここで何を代償にどんな力を欲するのか?
興味は尽きない。
そしてあの世界に戻ったらどうなるだろうか?
僕の想定を超えて踊り狂って欲しいものだ。
「では代償はどうする?」
『いらないよ。全然釣り合わないし』
「そうなのか?」
『全く、変な要望だったねえ』
「私にとっては最重要事項だ」
『僕にとってはどうでもいい事だったよ。だからお代は不要』
「それでは私の気が済まない」
『僕が困るから、やめて』
何だこいつ。
本気で嫌がっているが大丈夫か?
しかもキースの姿のままだから違和感が半端ない。
まあ、いいか。
元の世界に戻る方が優先だ。
いや、私の本来の世界はもう選別の上で淘汰されてしまっている。
今や私にとって、世界とはゲーム空間の中の事だ。
それが管理者達の掌の上であるのだとしても、元の世界とはそこにしかない。
それにしても興味深い。
どうやらこれは奇跡。
偶然に偶然が重なればそれは確かに奇跡なのだろう。
そこへ更に偶然が重なるのだとしたら?
それはもう運命であり必然なのだろう。
そうでなければ仕組まれていたとしか思えない。
キースが私の誘いを断り、魔神とならなかったのは偶然。
もし魔神となっていたら?
キースの世界はすぐに選別の上で淘汰されていただろう。
そして私はキースが別の平行世界における息子である事に気付かなかった筈だ。
私がキースに魔神の指輪を渡したのも偶然。
この指輪は魔神の誓約と制約を強いる為に所有者の行動を記録し続けるらしい。
魔神が死亡して辺獄送りになる際には指輪に記録された記憶を元に辺獄で再構築される。
だが私が指輪をキースに渡した事でイレギュラーが発生した。
所有者は私のまま、キースの行動を記録してしまったようだ。
理由は明確には分からない。
キースが私の息子だった事が影響した可能性はあるだろう。
例え別の平行世界であったのだとしても血の繋がりがあるのならおかしくはあるまい。
そしてキースが死に瀕していた私に魔神の指輪を返したのも偶然。
これが決定的だった、と目の前の管理者は指摘した。
死に戻ったキースは記憶を改竄されてゲーム内に戻った筈だ。
だが、その直前までの記録は魔神の指輪に残ったまま。
しかも本来の所有者である私の手元に戻ってしまった。
記憶と記録が交錯し整合性がとれなくなって当然だ。
どうにか私を再構築出来たそうだが、費やしたリソースは想像以上だったと愚痴を聞かされた。
今、私の手元には新たな魔神の指輪がある。
もう一つ、雲母竜と琥珀竜と戦ったあの場所にもある筈だ。
その指輪の中にはキースと私の両方の記憶が残ったまま。
目の前の管理者が嘘を言っている可能性はある。
だが信じてみるしかあるまい。
私が望んでいた情報は?
入手済みだ。
管理者にとっては無価値であるのだろう。
アッサリと教えてくれた。
でも私にとっては違う。
間違いなく最重要事項だ。
代償はいらないというのは納得しかねるが、今はいい。
元の世界に戻って、私の願望を果たす。
そっちの方がより重要だ。
「では私は行く。送って貰おうか」
『ここにまた来るかな?』
「問い質したい事があればそうする」
『そうならない事を祈るよ。僕は面倒なのが嫌いでね』
半分は嘘だな。
面倒なのは確かに嫌いなのだろう。
だが、面白ければ面倒事であっても首を突っ込んでくる筈だ。
この管理者は違う。
無味乾燥な他の管理者とは明らかに違う。
まるで人間のようだ。
いや、管理者達はいずれも元々は人間であった筈だ。
例え現実の肉体を失っているのだとしても、人間であった筈なのだ。
それは私自身に言える事でもある。
私は今、確かに魔神であるのだろう。
現実の肉体を失ってはいるが、元々は人間だった。
戻るべき現実の世界も失いデータだけの存在であっても人間の筈だ。
それは間違いない。
キースはどうだろう?
間に合えばいいのだが、心配だ。
いや、別の心配もある。
出水兵児として完成する事は人間でなくなる事に等しいからな。
心配だ。
かなり、心配だ。
こっちの方が危険であるのかもしれないぞ?
『遅かったではないか、ハヤト!』
『全く、待たせるにも程があるぞ』
「済まなかったな」
目を開けるとそこはもう元の場所だった。
雲母竜と琥珀竜は律儀に待っていてくれたみたいだ。
あの対戦のダメージはまだ残っているようだが、大丈夫か?
特に琥珀竜の消耗が激しいようだが。
それに雲母竜も琥珀竜も、何かを踏んでいるように見える。
何の魔物だ?
元の形状が分からない。
どれも死体の半分が喰い千切られているような有様だ。
『ふむ、外見は変わっていないようだな』
「そうだろうな」
『辺獄でどのような力を得たのだ?』
「何も得ていないな」
『『ッ!』』
本当だ。
何も得てはいない。
厳密には違うのかもしれないが。
魔神としての手枷足枷である誓約と制約、それはもう無いに等しい。
今、私の左手人差し指に嵌めてある指輪にはただ一つの誓約が込められているだけだ。
但しその代償で得ている力は微塵もない。
「ここに指輪が残っていたと思うが」
『おお、あったとも』
『結界を張って保管してあるぞ』
「そうか。ところでその魔物は何だ?」
『我等が弱っているのをいい事に襲って来たのだ』
『全て返り討ちにしてやったがな』
『それにしても不味い連中だ』
「ほう」
その考え無しの魔物はバカなのか?
本能で勝てないと感じ取ってもいいと思うが。
いや、チャンスと見て襲撃する可能性はあるかな?
普段の雲母竜と琥珀竜に勝てる存在はこのマップ周辺に存在しない。
私以外の魔神であっても複数で挑んで勝てるかどうか怪しい。
この世界で、となると?
雲母竜と琥珀竜と同じドラゴン、しかも最上位がいる。
神々であっても化身や写身では勝てない。
本体である必要がある。
他には?
ああ、キースと配下の召喚モンスター達がいるな。
高位のNPCにも可能性があるだろう。
だがここはゲームマップの中でも辺境とも言える場所でしかも地下マップだ。
遭遇する可能性は低い。
『これからどうする?』
「お前達の回復を待つ」
『余計な心配だ』
「心配させてくれ、我が友人達よ」
雲母竜も琥珀竜も、普段とは少しだけ違う反応だった。
この反応は照れているのだろうか?
そんな気がした。
『時間の無駄ではあるまいか?』
「そうだな。待っている間、お前達の武勇伝でも聞かせて貰えるか?」
『な、何?』
『どうしたのだ、一体?』
「今までお前達のことは何も聞いていなかったからな。語り合うのも悪くあるまい?」
雲母竜は明らかに困惑している。
琥珀竜の方は茫然自失といった所だろうか?
面白い。
急に雲母竜と琥珀竜が可愛く見えてきたぞ?




