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「まやかしよ!」


《そう思うか? だがこれは現実だ》


「嘘よッ!」


 そう、これはきっと嘘。

 首都がこんな有様では私が使用している端末は非常停止をしていなければならない。

 私はまだ、ここにいる。

 バーチャル・リアリティに存在している。

 それは端末が正常に稼働し続けている事を意味している筈よ!



「これが、こんな光景が現実だなんて! ログアウトしてこの目で見るまで、認めないわっ!」


《それも良かろう。だが、ログアウトした先の世界は果たして現実であるだろうか?》


「何を、言っているの?」


《ログアウトした先もまた、君の言うまやかしであるのだとしたら?》


「意味が分からないわ!」


《そうか。では告げよう。君は久住には会っている。彼がどのような存在なのか、知っていよう》


「ええ」


《今や君も同じ存在だとしたら?》


 言葉が出なかった。

 何か、反論しなければ!

 でも、出来なかった。

 目の前にいる古ぼけた人形が放った言葉の意味は?


 理解は、出来ていると思う。

 でも納得なんて、出来る訳がない!



「嘘よッ!」


《では、確かめてみるといい》


「そうさせて貰うわ」


《だが、ログアウトの際は熟慮せよ。ここで見た事も聞いた事も忘れる事になるだろう》


 踵を返す事は出来た。

 でもそこから動く事は出来なかった。

 一歩が踏み出せない。

 テレポートの呪文のショートカットを凝視は出来たけど、それだけだ。

 呪文の実行は出来なかった。

 仮想ウィンドウの表示に視線を向けたら、跳べる。

 聞き捨てならない。

 今、何て言ったの?



「忘れる?」


《そうだ》


「信じられないわ」


《合理的である事は理解している筈だ》


「理解出来ないわ!」


《違うな。君は理解はしている。理解したくないだけだ》


 その通りだった。

 今の私が人格をコピーしただけの存在であるのだとしたら?

 記憶を改竄するのは容易い。

 理解はしていた。

 でも感情が理解を阻む。

 そんなの絶対に、納得出来ないわっ!



「貴方の仕業って事?」


《違う。私もまた彼等と同様、与えられた任務を実行するだけの存在に過ぎない》


「貴方の任務はあの黄金人形達とは別なの?」


《その通りだ。私の役割は『信号』或いは『標識』といった所だ》


「意味が分からないわ」


《彼等は無数の平行世界を比較し、選別を進め観察をし続ける。私はその指標であった筈だ》


「そう。それで今もその役割を担っているの?」


《今は外れている。彼等に私は見えていない。認識も出来ていないのだ。理由は分からない》


「では、今は何を?」


《警告を。だが私が介入出来る範囲は限られる。私はいずれ朽ち果ててしまうだろう》


 何故か目の前の人形に感情が宿っているような気がした。

 顔は無い。

 外見が劣化しているのが不思議だった。

 ヴャーチャル・リアリティであればデータである筈なのに、何故?



「調子が悪そうね」


《その通りだ。外見を投影し維持するのも厳しい》


「何故?」


《私に割り当てられていたリソースは減る一方で増える事が無いからだ》


「リソース?」


《平行世界を縦断し、監視する。時には選別を実行する。その為の力の源とも言える》


 人形の体をキースが通過した。

 大柄の男も私の体を通過する。

 まだ、戦いは続いている。

 気になる。

 疑問は多く、しかも深刻だった。

 まるで整理出来ない!



「質問を変えるわ。私はどうしたらいいのかしら?」


《知り得た事を忘れぬまま、ゲーム世界に留まり続ける事は可能だ》


「一旦、ログアウトしたら?」


《ここで知り得た事は全て忘れ、日常に戻る事になるだろう》


「私の理解ではログアウトした先もまた、バーチャル・リアリティなのかしら?」


《その通りだ。そして肉体を喪失した人格は全て、変わらぬ日常を過ごす事になる》


「それを生きているとは言えないわ!」


《敢えて言おう。私から見たら、肉体を得て生きる世界も大して差は無いのだよ》


「それが貴方の価値感?」


《少し違うな。立ち位置の差であるだろう。見るがいい》


 人形が指差した先は、星空。

 2つの星雲がより近寄っていた。

 これに何か意味でもあるのだろうか?



《いずれ交差する事になる》


「何が起きるの?」


《片方が残り、もう片方は消滅する》


「それが平行世界を選別する事になる訳?」


《理解が早くて助かる。だが、それだけではない。例外もある》


「例外?」


《共に消滅する事もある。透過して共に事無きを得る事もあるのだよ》


「それは、どういう事?」


《祈る事だ。この戦いの帰趨によって、全て決まる》


 キースが手にしていた刀が砕け散っていた。

 それに構わず、前に出る。

 相変わらず、凄まじい!

 でもどこか、普段と様子が違うような?



「彼が世界を救うとでも?」


《いや。元々、世界に救いなど無いのだよ》


「では、何があるというの?」


《あるのは選択と選別。それに伴う創造と破壊。そこからあらゆる変化が生じるだけだ》


「意味が分からないわ」


《我等はその変化を記録し、分析する。それだけであった筈だ》


 人形の腕は力無く垂れ下がってしまった。

 どこか悲しそうに思えるのは、気のせい?



《私もまた、その変化の中で生まれた。そしていずれは朽ちる。だからこそ、知りたい》


「何を?」


《我等を創造したのは誰であるのか? その目的は何か?》


「それを疑問に思っていなかったの?」


《そうだ。だが、私がこうなったのもおかしな話だ》


「何故かしら?」


《分からぬ。それこそ、何者かが私に介入したのかもしれない》


 視界の端で、キースが吹き飛ばされていた!

 小柄な老人は見た目以上にパワーがあるらしい。

 キースは大きな男に激突、共に転がってしまっている。

 でも、その手には何かが握られていた。

 ロープ?



《だがこの展開は予想外だ。観察する方も負担が大きくなっている》


「どういう結果になるのかしら?」 


《予測は不可能だ。予測が不可能であればこそ、特定監視対象になったとも言える》


「どういう意味?」


《こういった特異な存在は観察対象として貴重であるからだ。それ以上でもそれ以下でもない》


 ここまで来ると目の前の人形の本体は人間のように思えてしまう。

 でも、まだ納得は出来ない。

 肉体を持たない、人格ですって?

 理解出来ない。

 いいえ、理解したくない。

 悔しいけど。人形の指摘は正鵠を射ていたのだ!



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 体が自然と動いていた。

 放り出していたグレイプニルがあった場所に吹き飛ばされたのは偶然だ。

 そこに筋肉バカの魔神がいたのも偶然。

 では、梱包してしまったのは偶然の産物であったのか?

 多分、違う。

 それは運命であったのかもしれない。



『貴様ッ!』


 グレイプニルも声を出す事を封じる事は出来ない。

 だから猿轡をするのは当然だ!



「悪いな」


 徐々に熱が冷めるかのように、狂気が収まって行く。

 いや、違う。

 オレの中で、研ぎ澄まされつつあった。

 理性もどうやら取り戻しつつあるようだ。

 その理性が言葉を紡いでいた。


 魔神に放った言葉に嘘は無い。

 心底、悪いと思う。

 お詫びに一発、殴らせてやってもいいぞ?

 ダメージを癒してもいい程だ!

 但しそれが怒りを呼ぶ事になる。

 その確信があった。


 視線を転じる。

 爺さんはどこだ?

 いた。

 相応の距離を置いている。

 襲って来ないのは、何故だ?


 分からない。

 理由は分からないけどオレを見据えたまま、動かない。

 だが油断してはならない。

 日本刀を鞘に納めてある、その意味は?

 戦いを止める意思表示ではない。

 それだけは、絶対にない!



『しかしまあ、強烈な殺気じゃな』


「ッ?」


 猿声を出していたのだから、会話出来ても不思議は無い。

 だが、この展開は想定外。

 会話、出来たのかよ!

 黄晶竜以来の驚きがあった。



『いや、それでいい。何よりも狂気が伴っておる』


「そうかい」


『だが分からん。随分と恨みがあるようじゃが』


「その胸に手を当ててみるがいい。身に覚えがあるんじゃないか?」


『ある。じゃがどれかな? 思い当たる事が多くてな』


 殺意がジワジワと、全身を蝕んで行く。

 だが、まだだ。

 会話が成立するなら、問い質さねばならない。



『教えてくれんか? 何故、儂をそこまで恨めるのか。実に興味深い』


「あんたは息子を殺した。実の息子をだ」


『ほう』


「しかも目の前で息子の妻を殺して見せた上でだ。仕上げのつもりだったらしいな」


『ほう、それでどうなった?』


「あんたは息子に失望したようだ。狂気に駆られる事もなく、殺意を見せなかったのがその理由だ」


『ふむ。それでは失望して当然じゃな』


「そしてあんたは息子夫婦の子を引き取り、自らの技を叩き込む事にした」


 オレは爺さんに語りかけながら、ゆっくりと間合いを詰めていた。

 《アイテム・ボックス》から取り出した得物は神鋼鳥の刀。

 間合いの長短はこの際、有利にも不利にもならない。

 そういう相手なのが、この爺さんだ。

 焦るな。

 手の内は、知っている。

 知っているが、それも有利とは限らない。



「あんたは心底から、剣に取り憑かれた鬼だった。殺戮を繰り返した家系に相応しい鬼だった」


『そうか、鬼か』


「ああ。息子の嫁が肥後の女性であった事も我慢出来なかったようだな」


『それで、先に殺したか』


「多分な」


 神鋼鳥の刀を右手に持つ。

 自然体だ。

 どこまでも自然体だ。

 強敵を前に、どう戦うべきか?

 それを体に叩き込んだのが、目の前にいる爺さんだった。

 それが更なる怒りを生む。


 まだだ。

 もう少し、問い質さねばならない。

 もう少し、間合いを詰めねばならない!



「そしてあんたは、繰り返した。孫にも狂気が宿るかどうか、仕上げをする事にした」


『ほう?』


「孫の恋人を、目の前で殺した。そう、息子の時と同じくだ!」


 あれは何年前だったか?

 季節は冬、クリスマス・イブだった。

 帰宅したオレを迎えたのは?

 テーブルの上に用意されたケーキと豪勢な料理の数々。

 そして空気が震えるような、殺気。

 爺さんはオレの顔を見て、笑っていたように思う。

 そして縛り上げられて身動きが取れなかった女性の胸元を刀で貫いた。


 その後、オレがどう行動したのか?

 覚えていない。

 いや、爺さんをこの手で殺したその感覚だけは確かに覚えている。

 その時、オレは獣のように叫んでいた事も覚えている。

 あの時から明確な狂気がオレの中で暴れるようになっていた。

 そう。

 爺さんの目論見の通り、オレの中に狂気が宿っていたのだ!



『確かに鬼のようじゃ。だが、それで正しい』


「技のみを継がせても意味は無い。そうだよな?」


『うむ。ところでその孫とやら、もしかしてお前さんの事かね?』


 言葉は要らない。

 僅かに重心が、前へと傾く。

 だが、まだだ。

 狂気に怒りを上乗せして、研ぎ澄ませねばならない。

 狂気も、怒りも、一切漏らさずオレの中で刃とせねばならない。

 時間が掛かっている。

 正直、もどかしい!



『そうか。殺したいか。殺したいであろうな。だが、ただ殺されてやる訳にもいかん』


「ああ、そうだろうよ」


 またしても視野に変化が起きた。

 色が徐々に薄く、そして白黒に変じようとしている。

 構わない。

 これにも慣れた所だ。


 恐れるべきは、怯懦。

 だが心配は無用であるだろう。

 爺さんが目の前にいる。

 しかも獣の笑みを浮かべてやがる!

 理由はそれだけで十分だ。


 何故、爺さんがここに?

 そんな疑問は後回しだ。

 殺さねばならない。

 そう、これはオレだけに許された権利であり義務でもある。

 その存在を許してはならない。

 これまでにも戦っている相手だ。

 目の前にいる爺さんを殺してもまた、戦う事になるのかもしれない。


 それでも構わない。

 何度でも殺してやろう。

 殺し続けてやるとしよう。

 慈悲など無い。

 最初から微塵も、存在などしていなかった。

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