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テレポートで跳んだ先は王国の位、偽りの神樹の樹上である筈だ。
天空を見上げると交差する2つの渦状星雲。
以前見た光景と変化している様子は無い。
周囲はどうか?
相変わらずの鏡面、その中央には一本の木がある。
それは黄金に輝いていた。
そう、先刻までいた最果ての地と同じだ!
いや、僅かに異なる点がある。
この樹木の枝の幾つかに果実が実っているようだが。
しかも黄金、だがオレには心当たりがあった。
【回復アイテム】黄金の林檎 品質B+
レア度10 重量0+
神々が食物としている林檎の実。
人間が食べると一定時間不死身になれる。
この林檎の入手は無理難題の代名詞にもなっている。
※連続使用不可。クーリングタイムは概ね2日。
やっぱりか!
だが、迂闊に手にする事はしない。
罠の匂いがする。
プンプンしている!
これは林檎を手にした次の瞬間、戦闘になりかねない。
オレの予感は外れるのか?
それはそれで結構。
大苦戦になるのであれば文句など無いのだ。
「フーーーーーーーーーーーッ!」
大きく深呼吸、ここは落ち着け。
最初にここに来た時にはイベントの進行は中断となってしまった。
それ以降に訪れてもいるけど、やはり何も進まなかったのだが。
今は目に見える変化もある。
これは期待していいのか?
「?」
パーティの面々を見回す。
ヘザー、ラルゴ、タペタム、風花、火輪だ。
相変わらず火輪に緊張感が感じ取れない。
常に茫洋としているから、つい和んでしまう。
ラルゴは鏡面に体を横たえてしまい、半が目が閉じている。
お前さんの瞼は一体どれだけ重たいのか?
もう少し起きていて欲しいものだ。
ヘザーは姿勢を正し、凜とした様子を崩していない。
オレの視線に気付くと向日葵のような笑みを見せるのが常だが、今は空気を読んだかな?
緊張した面持ちのままだ。
タペタムと風花はいつでも動き出せるよう身構えている。
現時点でオレが使える切り札は?
メタモルフォーゼだけだ。
カタストロフィやイベント・ホライズンの呪文はあるけどね。
明日、出直すというのも選択の1つなのは理解していた。
懸念は当然、ある。
それでも今は興味が勝っていた。
試さずにはいられない!
黄金の林檎に触れてみよう。
何か変化がある筈だ!
《転移を開始します》
《知識の位の既存設定は廃棄済みです》
《警告!特定監視対象です!》
《リソース認証は不要です。管理者管轄外での運用を実施》
《結界による隔離措置を実施します》
《介入の可能性があります! 監視強化を申請》
《申請は認可されました。緊急停止措置の判断は一任とします》
《記録を開始します》
何だ?
またしても以前と同じようなインフォメーション。
だが、どこか違うような印象もある。
戦闘になるのか?
戦闘になるんだよな?
確かに切り札は限られているけど、オレは戦えるぞ!
だからお願いだ。
強敵を頼む!
風景が一気に変化した!
目の前のある黄金の樹木に変化は無い。
変化したのはそれ以外の全てだ。
草原?
いや半ば以上、花々で埋め尽くされている!
鼻の奥を衝くのは一体、何の匂いだろう?
だがオレにとってはそう好ましくはない。
料理の匂いの方が圧倒的に好きだ。
大好きだ!
そうでなければ血の臭いに囲まれていたい。
だが、認めないといけないな。
実に心地好い匂いだ!
天空は青空、太陽も輝いている。
暖かい。
それでいて風も適度に吹いていて、様々な花の匂いを運んでくれているようだ!
何よりも大きな異変がある。
配下の召喚モンスター達の姿が無い!
『ようこそ、キース。こちらへどうぞ。まずはお話しでもしませんか?』
「ッ?」
振り返ると人影。
ヘザー、ではないな。
どこか通じる容姿だが明らかにより大人びた印象の美人さんだ。
壮絶とも言える美貌、半ば透けるかのような衣装は扇情的に思える。
覆うべき所はちゃんと覆っているけど、胸元は過剰に露出しているのではないかな?
でもどこか清冽な印象すらある。
まあ、アレだ。
スクリーンショットにして保存だな!
問題はその正体だ。
写身や化身ではあるが、その美貌を既にオレは見ているぞ?
但し軽武装をしていた姿ですけどね!
フレイヤ ???
??? ??? ???
??? ???
美女だ。
間違いなく、美女であるのだろう。
オレに向ける笑みは艶然としているけど真意は読めない。
何で武装していない?
オレが望む敵なのかどうかすら分からない。
マーカーが赤くなく、黄色であるからだ!
フレイヤガード ???
戦女神 ??? ???
??? ???
フレイヤの後方に控える女性達もまた美女揃いだ。
戦女神か!
武装はしていないけど、その印象はヘザーに通じる美しさを備えていた。
但し笑うとどうなるのかは不明だ。
衣装はフレイヤと共通、戦闘が始まりそうな雰囲気は皆無か。
やはりマーカーは黄色で討伐対象ですら無い。
「話をしに来た訳じゃない。ここは、何だ?」
『貴方の見ている通りです。ここは楽園。争いは無く、誰もが心穏やかになれる場所』
『そして貴方の望むままに我等も振る舞う事でしょう』
「ッ?」
オレの両脇にもまた美女達だ!
接近を許したのは何故だ?
警戒していた筈なのに腕を取られている!
いや、腕を組んでいるだけのようだが。
胸を押し付けてくる感触はダイレクトなのに気付く。
オレが身に着けていた防具が消えているぞ!
イシュタル ???
??? ??? ???
??? ???
アフロディテ ???
??? ??? ???
??? ???
意匠こそ違うが、簡素でありつつも胸元を強調した衣装を身に纏う美女達だ。
やはり化身や写身で見ているけど武装は皆無。
身に着けている服は平凡に見えるのだが、極上のドレスのよう。
本人達の魅力が強烈なだけに華美な衣装は不要って事か?
『どうぞこちらへ』
『何か召し上がります? 先に喉を潤すのも良いでしょう』
イズン ???
??? ??? ???
??? ???
玉依姫 ???
??? ??? ???
??? ???
イシス ???
??? ??? ???
??? ???
サラスヴァティー ???
??? ??? ???
??? ???
乱れ咲きの花々の中に美女達が佇む様子をどう表現したものか?
どれも名花、序列を付ける事すら出来ない。
各々、特徴が異なるから尚更だ!
美女達、いや女神達はその美しさを競っているようでいてそうじゃない。
お互いの美しさがお互いをより一層、際立たせているかのようだ!
それにしても、この状況は一体?
いや、ここの世界観はどうなっている?
「一体、何のつもりだ?」
『貴方にはそれだけの事を為した。だから貴方はここに来る事になったのですよ?』
『ここはあらゆる望みを叶える常世でもあります』
『まずは身体を休める事です』
『歓迎しますわよ?』
まさに名花揃いの女神様達、スクリーンショットは増えて行く一方だ!
全身は勿論、バストショットもです。
いや、バストそのものもです!
だがこれは明らかな罠。
そう、罠の筈だ。
なのに体が、煩悩に従って動こうとする!
両脇の女神達、イシュタルとアフロディテの腰に手が回ってしまう。
いや、更に下へと動こうとしてしまいそうだぞ?
いかん。
手の動きを止めるのに全力を振り絞らないといけない!
これも戦いであるのだとしたら大苦戦の極致だろう。
しかもどう戦っていいのか、まるで分からん!
そもそも勝ち目はあるのか?
相手は目の前で咲き乱れている女神達じゃない。
オレ自身の欲望だ!
『喉を潤し、お腹を満たしたら殿方はどうなると思う?』
『ええ、勿論知っているわ!』
『きっと素敵に振る舞って下さると思うわよ?』
『順番が回って来るのが後にならないか、心配だわ』
『どうかしら? そもそも順番なんて無いのかもしれないわよ?』
『あら、それもいいわね』
『貴女が乱れる所を見せて頂けるのかしら?』
『妾は問題ない。こちらも存分に貴女達の乱れる様を愛でる事になるでしょう』
一体、何の話をしている!
いや、理解はしているのだが。
このまま事が進むとアカウント消滅の危機ではなかろうか?
危険だ。
この女神様達の魅力に抗えそうにないだけに、危険だ!
強制ログアウトのお世話になるかもしれない。
その前に嬌声を存分に聞くかもだが。
いかん、いかん!
駄洒落を頭の中で考えている余裕なんて無いぞ?
「ッ?」
『この者達も貴方に仕える事になります』
『どうぞ、貴方の望みのままに』
平伏して控えている人数は一体、どれ程であるのか?
百名を超えそうだ!
その多くはアプサラスにフレイヤガードか。
アプサラス達は既に見知った格好、つまり極限に近い薄着になる。
危険だ。
これは危険だ!
だが、もっと危険な存在が神霊達と戦女神達の前にいた。
天宇受賣命 ???
??? ??? ???
??? ???
アナト ???
??? ??? ???
??? ???
アスタルテ ???
??? ??? ???
??? ???
スクルド ???
??? ??? ???
??? ???
ヴェルダンディ ???
??? ??? ???
??? ???
ウルド ???
??? ??? ???
??? ???
もうね、美女の大安売りでもやっているのか?
そんな思いがある。
正直、視覚で愛でているだけでも食傷気味だよ!
特に天宇受賣命が危険だ。
アプサラスでも相当な薄着なんだけど、それ以上ってどういう事なの?
危ない所だな、ここ!
いつでも来る事が出来るようなら改めて来てみてもいいかもだが。
ここはどうやら、オレが心底求める場所じゃない。
それだけは確かだ。
居心地は良さそうなんだけどね!
肝心の要素に欠けている。
「ここはあらゆる望みを叶える。そう言ってたな?」
『ええ、勿論』
『あら。食事の前に早速、愛でて頂けます?』
両隣の女神様、イシュタルとアフロディテがより一層身を寄せて来る。
あっという間に心が挫けそうになるのをどうにか奮い立たせる必要があった。
「先に戦いだ。他の神々がいる筈だな?」
『ここはそういった場所ではありませんわよ?』
『争いの無い、平穏なる場所』
『常世の楽園。あらゆる望みを満たす場所』
『あらゆる欲を満たす場所』
『全てを癒す、そんな場所なのです』
「無意味だ。戦いの中でこそ、生きている事を感じられるというのに。そこは満たせないよな?」
女神様達が揃って、艶然と微笑む。
でもどこか違和感もあるぞ?
色欲で男性を籠絡しようとする女性のものとも違う。
何か獣のような?
『英雄たる者、戦いに身を投じるだけではありませんでしょう?』
『女と戯れる事も必要です。少しは嗜んでおきませんと』
「それはどうかな?」
寝技は得意だし自信もあるけどね。
勿論、格闘技の意味でしかない。
そこへ睦言も加わるとなれば全く話が違う。
「やはり楽園には足りないな。ここには敵がいない」
女神達が組む腕を些か強引に外し、距離を置く。
ダメだ。
このまま戦いを忘れそうになっているオレがいる。
自覚出来る。
だからこそ、これは窮地だ!
『修羅の道ですわね』
『戦いの中に身を置こうとするなんて!』
『望むままに振る舞って下されば私達もそれで満足ですのに』
『妾達では不服ですか?』
「まさか。だが、戦いの相手には出来ない。それが理由の全てなのでね」
身を翻すと、駆け出す!
見渡す限り、花々が咲き誇っている平原で黄金に輝く樹木が1本だけだ。
とりあえず、ここから離れよう。
仮想ウィンドウを展開、各種データを表示させて行く。
パーティに組み込んでいる召喚モンスター達は?
表示されない。
空欄のままだ。
広域マップは?
やはり表示されない。
マグネティック・コンパスの表示は?
表示されていた。
オレは西の方角へ女神達から離れる形で駆けている。
呪文リストも表示されているようです。
後方を確認する。
追い掛けて来る存在はいない。
アプサラスは素早いし、フレイヤガードに至っては空も飛べる筈だ。
追い付かれてもおかしくは無い。
パーティに組んだヘザー達、召喚モンスターがどうなっているのか?
そんな懸念があるけどここは使うべきかな?
(テレポート!)
だが、ダメだ!
呪文の効果は得られない。
失敗なのか?
いや、どうもそんな感じがしない。
まさかと思うが。
ここって結界の中か何かですか?
平原の向こう側に森が見えた。
一時的に退散したい。
浄土曼荼羅は使えるか?
そうでなければインビジブル・ブラインドでもいい。
つい先刻、女神様達に随分な口を利いたけど内心ではドキドキしてます。
落ち着く場所が欲しい。
心底、欲しくて堪らない!
そして惜しい事をした。
ある意味、オレのプライドが許さない所もあったのだ。
そうでなければ本能に身を任せていた事だろう。
「何だ?」
森の中に突っ込む寸前にオレの体が何かにぶつかった!
クッション?
厚手の布団か何か?
いや、このモフモフ感は違うな。
全身で味わう機会は少ないけど、覚えならある。
オレの視界は黄金の毛並みで埋められていた。
多分だけど、これは火輪だ。
そうであって欲しい!
「?」
体勢を立て直して、少し距離を置く。
やはり火輪だ。
不思議そうにオレを見て、首を傾げている。
うん、やっぱり火輪だ!
その火輪の手前には風花。
火輪を後方で支える形でタペタム。
何でこんな所に?
そう思って周囲を見回してみたが、状況は激変していたようだ。
周囲は明らかに暗くなっていた。
天空には交錯する2つの渦状星雲。
地表は鏡面仕様。
偽りの神樹の樹上、王国の位にいつの間にか戻ってしまっていたのか?
そしてオレはその縁から外へと飛び出しそうになっていたらしい。
助かった。
いや、助けられたようだ。
頭上にはヘザーとラルゴが旋回、警戒してくれている。
オレはちゃんと防具を身に着けていた。
ここから偽りの神樹の枝葉の中に突っ込んでも大きなダメージは無かっただろう。
だが、心理的にはどうか?
盛大に舌打ちしつつ何かを呪っていたに違いない。
それこそ王国の位の中央にある黄金の樹木を切り倒す所だ!
いや、その黄金の樹木に再度触れてみよう。
また何か変化があるかも?
あの女神様達に逢いたい訳じゃない。
うん。
いつでも行けるのかどうか、確かめる為じゃない。
うん。
でもどこかで期待しているオレがいた。
正直、惜しかった。
プライドが邪魔しなければ?
アカウント停止や削除のリスクが無ければ?
少し楽しんでいた事だろう。
その少しが延々と続きそうで怖い。
そう、怖い。
本能に訴えるだけに抵抗する事は難しい。
今回は運が良かっただけだろう。
「さて、と。どうするかな?」
聞いているのは召喚モンスターだけだ。
でも目の前にある黄金の樹木に語りかける。
まるで人格が宿っているかのように。
オレの手にはオリハルコンペレクス。
それを杖のようにして体を支えていた。
別に威嚇している訳じゃない。
気分だ気分!
何しろこの黄金の樹木の存在は貴重だ。
王国の位に唯1つ自生している。
その枝には黄金の林檎も実っている。
その美しい姿は鏡面の世界にも存在しているかのよう。
切り倒すのは正直、惜しい。
だから、気分だけだ。
『切り倒すつもりじゃないだろうね?』
「さて。それはどうかな?」
背後から制止の声、振り返らずとも誰であるのかは分かる。
久住か。
一体どうやって?
何しに来たのか?
疑念は色々とある。
纏めて解決するには、どうする?
振り返って久住に迫る。
その胸元を掴むと、少しだけ体を浮かせた。
「さあ、話せ! 先刻のは何だ!」
『アルメイダめ、ここに来たがらなかった理由はこれか!』
「何?」
『異様にリソースが足りなくなったんでね。私は彼に調べて欲しいと懇願されただけだよ』
「では事情を知らないのか?」
『出来れば君にその事情を聞きたい所だが、これじゃまともに話せそうにないなあ』
胸ぐらを掴まれて吊し上げを喰らっているのに相変わらず軽薄な奴!
その格好も派手で不真面目な印象しか無い。
「まさか、あの老紳士か!」
『老紳士? ああ、また彼が何かやったの?』
「彼? 奴は何者だ!」
『以前はアルメイダと同じだと思っていたけど違っていたようだね』
「名前は?」
『知らない』
「真面目に答えるつもりは?」
『これ以上ないって程に真面目だよ! それよりもその怖い顔を引っ込めてくれないかなあ』
失敬な!
それにお前の態度は怖がってなどいない。
本当に怖かったらその軽薄な笑みを引っ込めるがいい!
「また、と言ったな?」
『言ったよ?』
「以前にも何かあったのか? 何を知ってる?」
『このゲーム世界を支えるリソースを勝手に流用している、と聞かされているだけだよ』
「でも名前はしらないのか」
『まあね』
「あの黄金人形は何も手を打たないのか?」
『彼は基本的に放置だからねえ。君等の前に出て来るような事態は珍しいんだよ』
いや、待て。
放置?
「その放置ってまさか」
『ご明察。彼もアルメイダも未だに観察対象なんだと思うよ?』
「何か試している?」
『多分。そしてこの私もまた試されているんだろうねえ』
「そんな自覚があったのか」
『自覚も何も、普段通りにしか行動しないし出来ないよ。気に入られたい訳でも無いし』
そうか。
ある意味、大物だな久住!
でもオレは気に入らない。
それは初対面の頃から変わっていなかった。
あ、いかん。
無性に殴りたくなっているぞ?
『ストップ! その笑みは止せ!』
「事情が分からん。何が進行している?」
『それこそこっちの台詞だね。ここで何があった?』
「こっちは口下手なんだ。上手く説明出来る自信なんて無いんでね」
『そうだろうねえ』
胸ぐらを掴んだまま、持ち方を変える。
親指で顎の下を突き上げた。
久住の顔が苦痛に歪み、言葉と呼吸を失ったかのようだ!
良かった。
痛覚は感じ取れているようです。
だが、そのままでは会話は成り立たない。
元の持ち方に戻そう。
「少しは口を慎め」
『そ、そうするよ! クソッ! アルメイダめ、こうなる事を予測してたか!』
急に久住の口調が荒くなる。
まあ、アレだ。
彼もまた被害者なのだろう。
でも同情はしない。
しないったらしない!
今は会話を円滑に進める事が重要だ。
胸元を掴む手は離そう。
『ども。で、簡潔に説明出来る?』
「各神話世界の女神様達に囲まれてた。その上、迫られていたよ」
『性的な意味で?』
「性的な意味で」
『その立場になってみたかったなあ!』
「ああ、あんたならそうだろうよ!」
ダメだこいつ。
話が脱線しそうだぞ?
『意図が分からないな。思い当たる事は?』
「無い。いや、もしかすると称号が影響している可能性はあるかもな」
『称号?』
「神殺しだ」
『神殺しか。君も大概だねえ』
「おい」
『分かった。余計な一言だった』
降参のポーズを取りつつ、久住は何か考え込んでいる様子だ。
視線があちこちに飛ぶ。
もしかするとプレイヤーと同様、仮想ウィンドウを見ているのか?
『ダメだ。すぐに分かるような事じゃ無いみたいだ』
「時間ならある。調べられるか?」
『いいけどね。こっちも色々と大変なんだよ? 主に現実の方がだけど』
「問題になっているのか?」
『大いにね。ニュースになっていないだけで大変な事態だ!』
「大丈夫なのか?」
『多分ね。それは君のお陰でもある』
「何?」
『君のモーションをプログラムした警護ロボットがあるんだ。地上戦で何度も活躍してるよ』
おい。
まさか、現実でそんな兵器が稼働しているのか?
近未来兵器じゃあるまいし。
『以前に君にも見せたでしょ?』
「あ!」
思い出した!
まさか、アレが?
ゲーム動画かと思ってた!
『加工精度がいい工作機器を導入出来たし、素材も充実してる。もっといい動きになってるよ』
「おいおい!」
『動画で見たい? 調べ物が区切れたら君の拠点に行くからさ』
「任せる。出来るだけ早く調べ上げてくれないか?」
『了解。じゃあ私はここで失礼』
久住の姿は一気に変化する。
黒い人形、即ち運営アバターにだ!
そしてその運営アバターの姿も徐々に消えて行く。
意味が分からん。
何だって段階を踏まないといけないんだ?
そう言えば、召魔の森にある城館の玄関にも運営アバターがいる。
最近は動く機会が無いようだけどね。
久住も以前使っていたから、アレを通して連絡しに来る事だろう。
普段から見慣れてしまうと意識しなくなっていたのは内緒です。
運営アバター、か。
久々に役立ってくれそうな気がします。
《知識の位は準備中、情報リンクを確立出来ません》
《伝達情報に致命的な欠落があります。暫定シークエンスを適用》
《称号の鍵は『中庸を貫く者』と確認》
《称号『修羅道への通行証』を確認、追加シナリオの適用が必要です》
《警告!リソース不足です!》
《暫定シークエンスの進行を中断します》
《ルートは確定出来ません》
《待機モードに以降、知識の位は凍結されます》
《転移マーカー機能は凍結、王国の位は現状維持とします》
《報告処理は中断、一時保存します》
《キース様へお知らせです。イベントの進行は中断となりました》
《大変申し訳ございませんが、日を改めてイベント進行可否の確認をお願いします》
再び黄金の樹木に触れてみた。
インフォは以前の物と変わっていない、と思う。
やはり、おかしい。
そして半ば失望しているオレもいる。
こら!
オレの本能に語りかける。
鎮まれって。
男である限り性欲からは逃れられない。
そう簡単に枯れるような代物でもないしな。
オレもまた、死亡する以外でこの枷から逃れる事はあるまい。
では、この悶々とした気持ちをどうしようか?
性欲を解消するには運動する事で昇華するに限る。
戦闘だ。
戦闘欲を満たす事にもなる。
まあ日常に戻るだけと言えばそれまでだけどな!
おっと。
ヘザーがオレの表情を覗き込んでいる。
心配させてはいけない。
オレが顔を上げ、視線を投げかけるとヘザーがいつものように向日葵のような笑顔を見せた。
満開の笑みではあるけど幼さが目立つし、美人さんが台無しになる!
何故だ?
先刻までオレに迫っていた面々の中には戦女神が数多くいた。
ヘザーも普通に佇んでいれば遜色は無いんだが。
残念な子?
でも今はそれが有り難い。
ヘザーを見る度、女神様達に迫られる事態を思い返してしまいかねない。
戦闘の中で余計な煩悩に悩まされては一大事だ!
時刻は?
まだ午後8時にもなっていない。
何という濃密な時間であった事か!
そしてある意味、オレの悪い予感は当たっていた訳だ。
戦闘なんて無かった。
その分、挽回せねばならない。
では、どこでやろうか?
今のパーティの布陣はヘザー、ラルゴ、タペタム、風花、火輪だ。
この面々で戦える場所にすべきだろう。
おとなしく召魔の森にある闘技場で対戦しようかね?
無難な選択だけど仕方ない。
今日は色々とあり過ぎた。
出来るだけ間断なく戦いに没頭していたい、そんな気分なのです!
端的に言えば?
オレの中の煩悩よ、お願いだから鎮まってくれ!
これは切実な願いでもあるのでした。