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本日更新4回目です。
サモナーさんが行くⅡは7月25日発売予定です。
『おお、来たか小さき者よ』
『少し待つがいい。案内を付けるのでな』
「はい?」
サニアの町でいつもの通りドラゴン達と挨拶を済ませてたら呼び止められてしまいました!
目の前にいるのは水晶竜とブロンズドラゴン。
思わず他の面々を見る。
金紅竜、黒曜竜、柘榴竜、白金竜、翠玉竜、蒼玉竜、翡翠竜がこっちを見てます。
エルダードラゴンの長老様もいるけど、今は寝ているらしい。
「何かありました?」
『サビーネ女王とここ最近、会っておらぬであろう?』
『女王直々の要請でな』
『諦めて同席する事だ』
はい?
確かに初日、二日目と闘技大会では遠目で見ているだけでしたけど。
ここで捕捉されるとは思わなかったな。
無差別級の初戦は試合場B面でアデルとイリーナの対戦があったんだけどな。
雛壇があるのは試合場A面だ。
サビーネ女王がいるとなれば、生で観戦するのは無理か。
その時間、予定ではフィーナさん達の対戦が組まれている。
悪くは無い、と思う事にしよう。
案内役は屈強なドラゴニュート達だ。
どうも逃げていい雰囲気がしない。
ここはおとなしく従っておいた方が良さそうだ。
「あら、キースちゃん!」
「ども」
雛壇の上だけあって、見晴らしはいいな。
ここからだと試合場A面は良く見える。
問題は心穏やかに観戦出来るかどうかだ。
ジュナさんが両手を拡げて歓迎しているように見える。
だが騙されませんよ?
僅かにだけど、腰の位置が低い。
捉えられたらきっと、投げられるだろう。
当然だけどサビーネ女王もいるのだが、コンティ家関係の賓客もいる。
例の女教皇シュザンヌとご一行様だ。
その中にはストークもいる。
女教皇はオレを一瞥しただけで試合場に視線を転じてしまった。
ストークはどこか恐縮した様子で目礼で挨拶をしてくれてます。
席に座っているのはサビーネ女王と女教皇シュザンヌだけ。
まあ、そうだろうな!
だが、そこに気を回している余裕は無い。
目の前にジュナさんが迫る。
来るか、と思ったが来ない。
ヴォルフの頭を軽く撫でるだけか。
だが、まだ油断出来ないな。
いつ戦闘が始まっておかしくないぞ?
「師匠、壮健でしたか」
「そうであれば良かったんじゃがの。ゲルタの奴に絞られてしもうてな」
「こっちもだよ。大変だったねえ」
オレニュー師匠の後ろで隠れるように佇んでいるのは元宮廷魔術師のシルビオさん。
その声に過敏に反応している法騎士ハイメとアルマン。
その視線は明らかに好意的ではなかった。
竜騎士ラーフェン、プリムラ、グリエルとも目礼を交わす。
彼等もまた、臨戦態勢か。
そして法騎士達も同様の気配がある。
停戦してはいてもそこは交戦していた国同士だったのだ。
緊張感が伴うのは仕方ない事なのだろう。
ジュナさんの場合は少し様子が違うな。
多分、警戒している相手は女教皇シュザンヌだろう。
他の法騎士は眼中に無い。
確かに、オレの立場でも警戒すべき相手はこの女教皇になるかも?
魔神に転じるような存在に思えるからだ。
その可能性を否定出来ない。
同時に期待もしてたりするけど、指輪を呑み込んでいるかどうかを知る術は無かった。
事故は不可避、下手したら国家間の戦争再開だしな。
いや、別の理由もあるのかもしれません。
魔人、いや、魔神の襲来を警戒している可能性だってある。
その可能性は高いんじゃないかな?
近くで見ると、サビーネ女王が男装の騎士、女教皇シュザンヌはその花嫁に見える。
但しこの女教皇なんだけど、年齢が分からん!
法騎士ハイメは明らかに女教皇よりも年上に見えるけどね。
同じホーリーナイトでもハイメの方がレベルが低いのだ。
「そちらの方は?」
「キースと申します」
「不肖の弟子でな」
「私には孫弟子って所ね!」
オレは素っ気なく応対しつつ、女教皇の態度の変化を見ていた。
こっちを探っているのが分かる。
そんな女教皇の様子をサビーネ女王も気にしているようだ。
外交は、戦争だ。
血が目の前で流れないだけ。
そんな雰囲気でここは満ちている!
あのジュナさんですら警戒を解けない、そんな相手がここにいる。
それだけの力量を持っている事は明白だ。
例え魔神候補ではないのだとしても、ここでセンチネルゴーレムが出現したら?
護衛役のドラゴン達が来るまでに甚大な被害が出ておかしくはないのだ。
「我が王家の剣指南役でもあります」
「サモナーなのにですか?」
「ええ」
サビーネ女王が余計な事を言っちゃった!
何故か興味深そうな視線が女教皇から飛んで来る。
他の法騎士からは疑惑の視線も飛んで来てるけどね。
例外なのはストークだけだ。
「信じられんな」
「大会には出場しないので?」
「殿堂入りなのよねー」
ジュナさんまで余計な事を!
そこは正確に伝えるべきですよね?
単に出入禁止なだけですよね?
でもここで抗弁出来ないのがオレの弱い所だ。
全く小心者なのが恨めしい。
「ハイメ伯、この方の力量であれば確かです」
「ストーク公?」
おいおい!
君まで何て事を言うんですか?
それにだ、ストークは公爵でハイメは伯爵、爵位ではストークは上なのだろう。
だが、法騎士としてはホーリーナイトとホーリーガードで格が違う。
枢機卿の肩書きが無くとも、風格で負けていますよ?
だが、ハイメ伯はストークの言葉を真摯に聞く態度を見せている。
見た目では頑固そうな雰囲気があるんだが意外だな。
「ほらほら、試合が始まるわよ?」
ジュナさんがオレの腕を抱えて女王の後方へと引っ張って行く。
どうも奇妙な構図になっているんだが、心配だ。
こんな雰囲気の中で観戦出来るんだろうか?
心配だ。
それにここに直接、あの筋肉バカの魔神が襲って来てくれるだろうか?
かなり、怪しい。
ジュナさんと師匠がいる時点で、かなり怪しい。
だが今更、ここを離れるのも至難だろう。
厄介な事になったな。
これも称号の効果であるのかな?
それにしても思う。
王家の剣指南者って称号だけど、どうにかなりませんか?
せめて格闘指導者辺りになって欲しい所なんですけど。
いや、どっちにしてもサモナー系が得ていい称号じゃないけどね!
飽くまでも、オレはサモナー系のプレイヤーで、現在の職業はサモンメンターだ。
忘れちゃいけません。
実の所、サモナー系である事を意識する機会は稀なものであったりしますけどね!
いかんな。
目の前で繰り広げられている対戦に集中出来ない。
今の対戦は中級なんだろうけど、内容は半分も把握出来ていないと思う。
ジュナさんはいつもの通りに見えるが、警戒を解いていない。
その一方で師匠は食い入るようになって観戦している所が恐ろしい。
危機感が皆無なんでしょうか、師匠!
オレにはそこまで出来ませんよ?
そんなオレも試合場の外に視線が向いてしまう。
フィーナさん達が待機していた。
反対側で控えているのは対戦相手だな。
壁役は4名で多い。
槍持ちが2名で後衛は弓持ちが4名に杖持ちが1名か。
あれ?
1名足りない、よね?
欠席かな?
まあ12名対11名でもひっくり返せない差ではないだろうけどね。
難事であろう事は確かだ。
何しろフィーナさん達のユニオンの連携を分断し、数の差を埋めるのは困難を極めるだろう。
それに与作も遊撃となって襲う形になるのだから、それを凌ぎながらだ。
生半可な事で埋まる差ではないぞ?
でもどうやらオレの見込み違いだったかも?
よく見ると、後衛の弓持ちは4名は全員がエルフだ。
何となく狙いが分かる。
誰か1名が【精霊召喚】を使って戦力を補う形にするつもりだ!
「冒険者達の力量も中々、侮れないようですね」
「ええ。ですがここからが本番でしょうか?」
女王と女教皇の会話も出来るだけ聞き逃さないようにしたいものだ。
今の所は差し障りの無い話題でしかない。
そしてサビーネ女王の力量が女教皇シュザンヌに及ばないであろう事も確かだ。
多分、女王の影の中には護衛役はいると思うし、傍にはジュナさんだっている。
師匠はちょっと心配だが、問題は無いと思えます。
ここまでは社交辞令で済んでいるけどね。
何かが起きそうな気がします。
「これは見応えがあるの」
「あれは水の精霊、ケルピーですね?」
「ええ、そうです。まともに真正面から戦うのは困難でしょう」
サビーネ女王も何故かオレに解説を求めるようになっている。
それは師匠も同様だった。
何でオレがそんな役回りに?
これも称号があるからなんだろうか?
「では何故、あの者は真正面から挑むのです?」
「それしか出来ないからです。それが正解でもあります」
試合場の中央に位置して動こうとしない水の精霊、ケルピーは攻防に亘って要になっている。
その排除に動いたのが与作だ!
彼の思考はシンプル、ダメージを喰らおうが先に始末してしまえば済む。
ま、そんな所だろうな。
それに相手も相手だ。
水の精霊ケルピーを召喚、先行させたのはいいが後方から突撃を繰り返す事に終始している。
工夫そのものはいいんだが、既に読まれた手を続けるのは感心しない。
実際、今の突撃は完璧に封じられ、後退していた壁役は溶岩風呂に落とされてすらいる!
与作の存在を軽く見ている訳ではあるまい。
水の精霊ケルピーを動かしているエルフが常に後方から警戒し続けていた。
だが、それ故に優香の動きに気付くのが遅れた。
彼女は刺突剣の使い手、その得物は転生獅子のレイピアだ!
武技の連続使用で一気に迂回、後衛のエルフを襲う。
彼女はショート・ジャンプも使えた筈、それを使わない意図は明白だ。
注意を逸らせる事。
それは半ば失敗していたとも言えるが、側面を衝く位置を確保したとも言えた。
そこから一気に攻勢に出た!
エルフも最初の直撃こそ避けたが、連続攻撃の全てを凌ぐ事は出来なかったらしい。
マーカーに状態異常を示すマーカーが重なる。
何が起きたのか、戦闘ログを見なくても分かった。
麻痺だ!
ついでに毒も喰らっているかも?
対戦の仕様上、即死は発動していない事だけが救いだな。
「今のは上手く回り込みましたね」
「ええ。ですがこれで終わりません」
優香の両翼にミオとレン=レンが位置する。
ショート・ジャンプで跳んだな?
これで挟み撃ちの構図になる。
相手ユニオンの指揮官役はそれが分かっていた筈だが、無視したようですよ?
その判断は、前へと進む事だった。
数の少ない後方から叩けたらそうすべきだっただろうが、それを与作が許さなかったか。
あれ?
与作め、水の精霊ケルピーには一撃与えただけで戦列に突っ込んでやがる!
「まるで蛮族の戦い方ですわね」
「ええ。ですがこの場合は有効です。他の面々への助けにもなるでしょう」
与作も無傷で突っ込みに行ってる訳じゃない。
フィーナさん達の支援が必ずある。
そう信じているからこそ、安心して先手を打って突撃が出来るのだ!
実際にサキさんとリック、それにフィーナさんが並行突撃、与作が包囲されるのを防ぐ。
続けて対戦相手の足下に変化が生じた。
ダーク・フォールか!
戦闘ログではグラビティ・プリズンが幾重にも仕掛けられている。
いや、既に次々と支援で呪文が注ぎ込まれて行く!
徹底的に脚を止める気だ!
「膠着しましたか?」
「いえ。意図的に脚を止めただけです。すぐに攻勢に転じるでしょう」
突撃を敢行し、後衛1名を場外に弾き飛ばした与作を優香が回復しているぞ?
それに挟み撃ちの構図は変わらないが今は状況が異なる。
与作が背後に位置しているからだ!
その与作に背後を衝かれる意味は?
蹂躙あるのみだ!
「確かに。もうすぐ終わるのでしょうね」
「ええ」
珍しく女教皇シュザンヌが呟く。
オレも思わず応じてしまった。
どうも少しだけ、緊張感が緩和されつつあるかな?
無差別級の試合になって、対戦内容の質が上がっているのも影響しているかもしれません。
「キース殿もあのような者達と戦っているので?」
「ええ。割とその機会がありますね」
法騎士ハイメも明らかに興味を示しつつある。
もしかして疼いてませんか?
それはオレもだったりします。
大会が終わったら相手をしてもいいんだけど、今日はダメだ。
この後、サモナー系の皆で交流会もあるのだ。
フィーナさん達のユニオンの勝利はもう揺るがないだろう。
残る前衛3名は試合場の角に篭もって奮戦しているが、これも時間の問題だ。
それはいいんだけど、試合場の外で控えている面々が問題だな。
ヒョードルくん達がいる。
その対戦相手は漁業協同組合の皆さんだ!
試合場A面でやる事になってたのか?
状況が状況だったんでチェックしてなかったよ!
「キース様、次の試合も期待して良いのでしょう?」
「そう願いたいですね」
サビーネ女王にはそう答えましたけどね。
思うに無差別級であるのだとしても、観戦に向かない展開もあると思うのだ。
恐らく、次の対戦はどこか見苦しい展開がメインになるだろう。
オレの目から見たら、投網で動きを止めて仕留めて回る展開は実に汚い手で好ましくすらある。
だが、スマートではない事も認めざるを得ない。
きっと、そうなる。
確信していいだろう。
「もうちょっと、こう、どうにかならんかの?」
「師匠、諦めて下さい。どうにもなりません」
「意外な手よね、網を使うなんて!」
サビーネ女王からも女教皇シュザンヌからも言葉は無い。
まあ、そうなるか。
投網が飛び交い、試合場の上は酷い有様になっていた。
バンパイアダッチェス、ファントム、そして2体のホーライが奮戦しているが届きそうもない!
投網をショート・ジャンプで避ける手順を講じていてもこれか。
それに戦闘ログで見ると、漁協ユニオンは一工夫を加えていた。
投網を通して【雷魔法】の呪文、パラライズとマルチプル・ストークが撃ち込まれている!
どうやって?
投網そのものに金属線を編み込めば効果は高まるのは確かだ。
だが、それでは魔法技能にペナルティを受ける。
ミスリル製かオリハルコン製の線を編み込んでいるのか?
可能性としてはそんな所だろう。
ヒョードルくん達も序盤は上手く回避出来ていたんだけどね。
最初に集中砲火で狙われたのがゼータくんだった。
基本的に漁協の面々は二郎と譲二、それに宗雄を指揮官として各々10名の戦力で行動している。
いや、この場合は漁協だし船長かな?
真っ先にゼータくんを狙うのは既定事項であったと思える。
そしてヒョードルくんも一気に詰んでしまい、今や試合場は圧倒的に漁協有利になってます!
それでもどうにか対抗出来ているのは投網の特性にあった。
再度、投じるようにするのはどうしても手間が要る!
召喚モンスター達に触れて一緒にショート・ジャンプを使う事で戦力が復帰しつつあった。
それに駿河と野々村が温存していた投網で譲二を捉え、そのまま場外にしてもいる!
問題は時間だ。
アンデッド達は全て、どうにか戦線に復帰している。
残るはスキュラクイーンとサイレンクイーンが各々1体か。
数で言えば不利だが、支援があればまだ粘れる!
投網が使えない漁協の面々は槍兵の集団と化している。
戦列を組んで挑むにしても、スカルロードを相手にするのはかなり手間だろう。
これ、判定まで行くかな?
「ようやくまともな展開になりそうじゃな」
「ええ」
師匠も投網で封じ込めて仕留めるような戦いは好みじゃないようだ。
恐らく、ここにいる殆どの者がそうだろう。
興味深く観戦しているのはジュナさんだけみたいです。
ま、そうなるか。
武士道にも騎士道にも背くような戦い方にしか思えません。
でもね、勝てたらいいと思うのです。
最も価値を見出すべきなのは勝利する事であるのだ。
クリーンに戦って敗北しても意味は薄い。
まあ価値観が違うと言えばそれまでだけどね!
「負けてしもうたか。少し残念じゃのう」
「あの展開でしたから。仕方ないですね」
結局、ヒョードルくん達は判定で敗退してしまいました。
終盤の内容は悪くなかったが、それでも負けは負けだ。
備えはあったが、投網をあそこまで連続して繰り出すとは思っていなかったのかな?
即応能力はあったと思うんだが、指揮官役のヘラクレイオスくんに焦りがあったのだろう。
何、これも次に活かせばいいのだ。
無駄にはなるまい。
そして次は初級の第五回戦になる。
その次は中級の第五回戦、試合場が6つもあるから進行が早い。
各カテゴリーの優勝決定戦だけはここ、試合場A面で行われる事になる。
予定通りであれば、午後になる筈。
だが、判定が無ければ前倒しで試合は進行する。
午前中までに決勝戦以外は全て済んでしまうかもしれないな。
《フレンド登録者からテレパスです!会話が可能となります》
初級の試合が始まると同時にテレパスが飛んで来た。
誰かな?
相手は紅蓮くん、多分だけど観戦ツアーのお誘いだろう。
でも残念。
ここを動けないのだ!
「キースだ。悪いが今、動けそうにない」
『見えてます。こっちは今、試合場A面に来てますから。真正面で九重と一緒です』
真正面?
だが残念。
オレの目で捕捉出来るのは手を振っている人々だ。
何名も散見されるから誰が誰なんだか、分からん!
多分、2人並んで手を振っているのがそうなんだろうけど。
遠視のスキルを持つ召喚モンスターが今、いないのです。
「ここで観戦を続ける事になると思う。仕方ないけどね」
『何かイベントになりそうな雰囲気はありますか?』
「む?」
そうか。
確かにイベントになる可能性は考えておくべきなのか?
かつて戦争をしていた当事国同士、少々不穏でもあるのは確かだ。
今は停戦状態、戦後処理に魔人や魔神へどう対抗するか、意見交換をする段階かな?
交渉次第で戦争になる可能性は残されているものの、そうなるとは思えない。
残る可能性は魔神の襲来だが、その気配は無いようだ。
「いや、今の所は大丈夫だと思うが」
『了解です。フィーナさんも気にしてましたんで』
「分かった。大きな動きがあるようなら連絡する」
『あ、それと第四回戦までの試合動画は後で送っておきます』
「助かるよ」
テレパスはここで切れた。
ここでイベントになるのか?
そうなってもおかしくはないんだけどね。
最近、魔神の動きは沈静化しているように思えるが、これこそが先触れに思えてならない。
それに国家の重要人物が魔人や魔神に変じるパターンは読めている。
運営だって何度も同じ手を使うのかな?
そう思いたくはないものだ。
「あちゃ」
「キース様、何か?」
「い、いえ。何でもありません」
つい、言葉に出てしまったか。
試合場A面で順調に試合は消化されている。
今、行われているのは中級の試合であるのだが、問題は試合場の外にあった。
農協の皆さんだ。
ハンネスがオレの姿に気付いたのか、軽く片手を挙げて合図していました!
そして反対側に控えているのはアデルとイリーナだ!
第四回戦の相手は戦隊チームがいたユニオンだった筈。
そうか、勝ち上がって来たか!
こうなるとハンネス達には不利だな。
農協ユニオンのこれまでの戦い方を続けるなら、地上を沼地にすると思うのだが。
アデルのパーティは?
妖狐、ケルベロス、フラッシュキメラ、獅子神、ゴールドシープだ。
召喚主のアデルは勿論、イリーナも同乗して空に位置する事が出来る。
妖狐、フラッシュキメラも空中で戦える。
地面を沼地にして足止めをするにしても、ケルベロスと獅子神だけが対象だ。
イリーナのパーティは?
マッドヒュドラ、青竜、白竜、紅竜、黒竜で、こっちはもっとダメだな。
泥地であれば逆に地の利を与えるような布陣であるのだ!
正直【水魔法】の呪文、リィクアファクションは使うべきじゃ無いと思う。
でも、使うんだろうな。
半ばそう確信してます。
漁協と一緒で彼等農協もそのスタイルを貫いて来たプライドがあるだろう。
そして御前試合であるにも関わらず、泥仕合になる。
泥仕合の意味合いがかなり違うけどな!
「失礼、ストーク公」
「はい?」
「グリエルもこっちへ。頼みがあるんだが」
「キース殿?」
「私じゃ出来ない事なんでね」
この両者に何を頼むのか?
言わば泥避けだ。
彼等に共通するのは盾を持っていた事。
そしてオレは自身の戦闘スタイル故に盾が無い。
仕方ないのだ。
女王も女教皇も、観戦し難くなるのは我慢して欲しいものです。
「陛下、ご無事で?」
「多少の汚れは平気です。それよりグリエル、貴方が大変な事になってますよ?」
農協ユニオンは予想通り、盛大にリィクアファクションを使ってました!
そして懸念通り、雛壇にまで泥が跳んで来る激戦になってます。
ジュナさんは呪文で跳ね返してたけど、師匠は間に合ってません。
泥だらけだ!
オレはディメンション・ウォールが間に合った。
より前面に出て庇うべきだったかとも思ったが、オレが出しゃばるべきじゃない。
ストークとグリエルに任せるべきだろう。
観客席は?
阿鼻叫喚の地獄絵図になっている。
全く、困った事だな!
「猊下、申し訳ございません」
「良いのです、ストーク公。御身の行動こそ尊い」
女教皇のコートの裾は派手に泥で汚れてしまっていた。
純白であったが故に非常に目立つ形だ。
だが、避けようと思えば避けられた汚れであったと思う。
泥が跳ねた時、避ける動きを見せていたからだ。
ストークの動きを見て、わざと席に留まったようにオレには見えた。
その意図は?
表情と所作だけでは看破出来る事じゃないな。
「猊下、お召し替えを」
「そうですね。宜しいですか?」
「勿論です」
女教皇シュザンヌも、サビーネ女王も着替える為に一旦中座するようだ。
でも次の試合は普通に進めるらしい。
ハンネス達、農協ユニオンは派手に散ったか。
しかも泥と共にです。
敗北はしたけど、アデルとイリーナ配下の召喚モンスター達の戦力を半減以下にしている。
戦い方はスマートと程遠いけど、その戦果は認めないといけない。
彼等の切り札はロープだった。
恐らくは蘇芳羂索、しかも盾の裏に相当な数を忍ばせていたようです。
泥塗れになりながら梱包した召喚モンスター達を次々と場外にする手際は見事だ!
それだけに惜しい。
「のう、キース。彼等の戦い方を知っておったのか?」
「ええ、まあ」
「事前に教えて欲しかったの。泥だらけになってしもうた」
「オレニューちゃんは油断し過ぎ!」
師匠の嘆きも分かりますけどね。
着替えた方がいいですよ?
女王の警護の意味もあってか、ジュナさん達も、竜騎士達もいなくなる。
法騎士達も同様だ。
そして雛壇にはオレとヴォルフ、ノワールが残された形になっている!
目立ってる?
これ、目立ってませんかね?
身の置き場が急に無くなった気がします。
仕方ないな。
雛壇の端で観戦するとしよう。
観戦をしない、という選択肢は無いのです!
「あれ?」
「キースよ、陛下はどうした? 賓客もおらぬようだが」
雛壇で観戦を続けてたらギルド長が来た。
そう言えば今日、姿を見てなかったな。
他の試合場に行ってたのかもしれない。
「ちょっとお召し替えに行ってます」
「何?」
「皆さんご無事です。ジュナさんもいますし心配は無用でしょう」
「ふむ、それならいいんじゃがな。何かあったらゲルタ姉に何をされるか分からんのでな」
そっちの心配かよ!
そうは思ったけど口に出さずに試合場を見る。
既に第五回戦は全て終了、2つのパーティによるユニオンの第六回戦が進行しているのだが。
フィーナさん達のユニオンが試合場の外で待機しています。
そして反対側にはシェルヴィ達の姿があった。
そうか。
シェルヴィ達は春菜と此花の第四回戦の相手であった筈。
まだ動画で確認していないけど、春菜と此花は敗北したって事なのだろう。
多分、この試合も観客席から見ていそうな気がします。
「おお、陛下。いい所に戻られた!」
「試合の進行はどうです?」
「次の試合が準決勝最後の試合になります」
「そうですか」
冒険者達の祭典も残すは数試合になるのか。
惜しい。
いや、まだ楽しみ尽くしているとは言えないのだ!
実際に目の前の対戦カードは注目に値する。
単純な力量差で言えば攻略組だけで編成されたシェルヴィ達に分があるだろう。
指揮官役の力量、それに連携面ではどうか?
フィーナさん達に分があるとしたらそこだ。
それに与作の存在はシェルヴィにしても無視出来ないだろう。
問題は後衛の火力差だ。
シェルヴィ達のユニオンにはリディアがいる。
エイリアスの呪文を使えば火力は一時的に倍増するだろう。
これを回避したくとも、シェルヴィがいる前衛を抜いてリディアを沈めに行けるかどうか。
手はある。
お手軽な手としてはショート・ジャンプだが、その手は読まれているだろう。
単独で突っ込みに行って、包囲殲滅されない人材は1人しかいない。
与作だ!
だが、それもまたシェルヴィが承知している事だろう。
これはお互いに手の内を読み合う展開かな?
既に対戦は始まっている。
相手の思惑の裏をかく、そういう戦いになってますよ?
「始まってますか?」
「今、開始です!」
女教皇シュザンヌが席に戻ったのと同時に試合は始まった!
先制したのは?
フィーナさんが、仕掛けてます!
ショート・ジャンプで跳んだのは与作とリック、それに不動か!
人数を増やした意味は?
包囲殲滅される事を懸念して、ではあるまい。
これは速攻だ!
それに不動はここまで、弓矢をメインにして戦っていた筈。
実際に今も背中に矢筒を背負っている。
だが今は槌を手にしていた。
鍛冶屋であるのだから不思議じゃないんだけどね。
より直接攻撃にシフトした形になる。
それに本隊と言うべきフィーナさん達も同時に仕掛けている。
堅実に戦う事を基本とするフィーナさんらしくない、とも思えるが。
どうも計算された動きのようだな。
半包囲する形で散開、狙いを絞らせない方針と思える。
「積極的に攻めとるが、保つのかの?」
「凌がれたら窮地でしょうけど。このまま乱戦になりそうですね」
鍵は?
フィーナさんの意図は読める。
後衛の火力役を早めに潰したいのだろう。
前衛を無視するのは大きなリスクを抱えると思うが、これはこれで正解の1つだと思える。
凌ぎ合い、削り合いとなれば前衛に重装備の壁役がいるシェルヴィ達が有利だからだ。
最初から乱戦狙いだったのか?
それは分からない。
後衛に対して奇襲、それが失敗しても最悪乱戦に持ち込む。
そんな所だったのかな?
ショート・ジャンプ対策で仕掛けられたソーン・フェンスだが、与作は気にしていない。
手にした斧の数撃で蔦が一気に伐採されてしまう!
リディア達後衛は後退、奇しくも分断する形になった。
リックも、不動も与作に続いて後衛を狙いに行く。
徹底して前衛は無視かよ!
リディアの姿が増える。
戦闘ログでも確認、エイリアスが間に合ったようだ。
そして攻撃呪文が複数、与作に集中する!
だが、それで怯むような奴ではない。
リディア達の周囲でトーチカが築かれ、凌ぐ姿勢を見せたがそれって悪手じゃないかな?
身動きが取れないぞ?
リディアの強みはその素早さと機動力で相手を翻弄する所にある。
どうやら焦りが連携に齟齬を生じさせたものと見える。
「何じゃ、アレは?」
「徹底して後衛狙いですね」
与作も不動も、そのトーチカを破壊しに行っています!
徹底してやがる!
しかもトーチカの上にミオとレン=レンまでショート・ジャンプで跳んで来てます!
トーチカの表面にヒビが入る。
強固な防御力を誇るというのに、どうやって?
力業で、だな。
与作は前からそうなのは知っていたけど、不動も実に荒っぽい戦い方をする!
弓矢で戦っている姿を知っているだけにまるで別人だぞ?
トーチカの中に異変が起きる。
中に何かが充満しているらしい。
戦闘ログを見る。
使われたのは【灼魔法】の呪文、オートクレーブとスチーム・エクスプロージョン。
直後に【溶魔法】の呪文、ヴォルカニック・ボムとラーヴァ・ドームだ。
酷いな。
実に酷い連続攻撃、これではトーチカの中の後衛は一網打尽か?
だが、ガヴィとリディアは脱出したらしい。
どうやって?
無論、ショート・ジャンプを使ってだ。
恐るべきであるのは、そのガヴィとリディアをマークして動いていた優香とレイナの存在だろう。
フィーナさん、そこまで読んでいたのか?
いや、これは臨機応変と言うべきだろう。
読み切って取れた連携ではあるまい。
シェルヴィを中心とした前衛も動いている。
残された後衛であるリディアの支援に動く。
それでも不利なのは承知だろうが、勝機を見出すならそうすべきだ。
だが、フィーナさんも与作もそうはさせまいと動く。
特に与作は危険だ。
重装備の前衛であるとしても、全力で撃ち込まれる与作の一撃を凌ぎきれるかどうか。
一撃は出来るのだとしても、二撃目は難しいと思う。
シェルヴィならば後衛の支援と併せて対抗出来そうだが。
反撃するには少々、手数が足りないな。
それでもシェルヴィ達前衛は戦列を乱さず、防御を固めつつ移動する。
優香とレイナもガヴィとリディアを追い詰めはしたが、仕留めるには至っていない。
シェルヴィ達の前に壁呪文が次々と展開、試合場の角を占拠する形で戦力の糾合となった。
但し、ユニオン全体で見たら後衛が4枚、減っている。
数の差は明白だ。
フィーナさん達も攻撃の手を緩めた。
与作、リック、不動の回復を優先、仕切り直しにするようだ。
先手は打った形だが、これで安心出来るとも限らない。
人数が減った分、連携に齟齬が生まれる可能性も低くなる。
オレの勘だけど、フィーナさんならここで戦い方を切り換えそうな気がするぞ?
堅実に、数の差を利用して負けない戦い方に徹する。
それはシェルヴィ達の得意とする戦い方でもある訳だが、多分そうすべきだろう。
「これは中々、見応えがありましたね」
「同感です、猊下」
今の対戦への法騎士達の評価は上々のようだ。
どうも戦列を組んでぶつかり合うような戦いが基準になるのかね?
騎士であるなら、整然とした戦闘が好ましいのは分かるけどね。
オレとしては少々、不足だ。
不満ではないけど、不足だ。
堅実に戦う、というのが単に性に合わないってだけなんだけどさ!
勝敗は判定に、結局はフィーナさん達の勝利になった。
与作は側背を脅かす動きに徹していたように見えたが、どうにか我慢出来たのかな?
恐らく、シェルヴィと真正面から挑んでみたかった筈なのだ。
オレが同じ立場であったなら、そうする。
ユニオン同士の対戦であってもだ!
それを抑え込んでいるのは恐らくはフィーナさんの力量のうちであるのだろう。
まだ、決勝戦が控えているのだ。
ここで無理をする事は無い。
そんなフィーナさんの囁き声が聞こえるような気がします。
「残るは全て決勝戦、6試合になりますね?」
「は、陛下。いずれも期待して良いかと」
そうか、もう残るのは決勝戦のみなのか。
気になるのは無差別級の決勝戦がどんなカードになっているのかなのだが。
フィーナさん達が決勝戦に残ったのは目の前で見ている。
他のユニオンはどうなったのか?
こういうのは事情通に聞いておくに限る。
テレパスを使おう。
対象は勿論、紅蓮くんだ!




