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本日更新5回目です。
サモナーさんが行くⅡは7月25日発売予定です。
試合場B面の対戦はまだ続いていた。
場外が何名も出ているようで、3対3の構図だ。
共に重装備の前衛が2枚いるものだから、決め手に欠ける。
激突する様子は豪快で見応えはあるんだが、互いに重装備の悲しさだな。
ダメージがそんなに通ってないし、後衛が回復させているから終わりが見えません。
これは判定になるだろう。
視線を試合場の外に転じる。
ヒョードルくん達が控えているが、何やら作戦会議中?
そして対戦相手は、アレか。
昨日、見ているから分かる。
モンフォート達だ。
こっちも作戦会議中か。
サモナー系ユニオン同士の対戦ともなると、こんな風景になるのか。
試合場全ても見回してみたら明らかに異様だ。
だが、オレにはそう違和感が無い。
召魔の森の闘技場で見慣れているからな。
「掲示板で情報ありました。お互いにこのユニオン編成で対戦した事があったようです」
「予選で?」
「ええ。お互いに手の内を知っている事になりますね」
「予選ではどっちが勝ってる?」
「ヒョードル達の方です。辛勝だったみたいですけど」
辛勝か。
つまり対戦時間が長かった、という事かな?
それでもお互い、まだ見せていない隠し球があっておかしくない。
特にモンフォート達の編成は尖っている。
弱点を狙われたら脆い部分があるのは確かだが、工夫してカバーし合える部分もある。
消耗戦をしつつ、隙を衝く。
そんな展開になるのかな?
モンフォート達の立場になってみたら分かるが、長期戦はしたくないだろうな。
理由は単純、駿河と野々村配下の人魚系召喚モンスター達の存在だ。
呪歌が流れる状況下で延々と戦い続ける事になりかねない。
不利な状況を序盤で打破する事を狙うと思う。
オレなら面倒だから召喚主の駿河と野々村を狙うだろう。
それが可能なだけの手札があるのだから、狙って当然だ。
モンフォート達自身も狙えるだろうが、配下の召喚モンスターにもいる。
蜂達だ。
神魔蜂女王と神魔蜂4体による先制突撃は大きな脅威になる筈だ。
空中位置でしかも高い敏捷値、場外覚悟で突っ込ませたらどうなる?
一気に戦況を有利に出来る、その可能性はあるだろう。
但し、確実じゃ無い。
大神だっているから、念動で弾き返す事だってあるだろう。
それでも試す価値があると思うぞ?
壁役の多さを考慮するならば、ヒョードルくん達の方が有利だ。
だが、スライム系が5体もいるだけに接近戦で有利と言い切れるかどうかも怪しい。
これはこれで、見所が多そうだな!
「イリーナ、第三回戦の時間はいいのか?」
「予定では午前11時40分、試合場F面ですね。前倒しになるにしても時間はありますので」
「春菜ちゃんと此花ちゃんの対戦までは見ておくよ!」
指定の時間に遅れると不戦敗になるからな。
応援に熱中し過ぎてもいけませんよ?
オレもそうなりかけた事がある。
イリーナの事だし、抜かりは無いと思うけどね。
一応、注意喚起はしておきましょうか。
「どう?」
「もうすぐ、終わりますよ」
フィーナさん達が観客席に来たのは試合開始からそう時間が経過していない。
5分って所だろう。
勝負の行方は?
モンフォート達のユニオンはもう崩壊している。
試合場で戦っているのはアンデッドが4体にその召喚主だけだ。
序盤の狙いそのものは良かったと思う。
マズかったのは狙いが中途半端であった事だ。
蜂達で駿河と野々村、両方を狙ったのです。
片方で良かったと思う。
そして序盤の失敗をカバーしようと余計に動いてしまったのもいけなかったな。
隙が生じて召喚主のうち1名が場外になっている。
殊勲は大神。
だが演出したのはゼータくん、敵陣の真ん中までショート・ジャンプで跳んだのだ!
無論、大神も一緒です。
これでスライム系が全て戦闘除外に、これが勝敗の帰趨を決めてしまったようだ。
今や人魚達の歌を止める事も出来ず、数で圧倒され続けている!
どうにか戦えているのはアンデッドで編成されているからだ。
惜しい。
もう少しいい内容になった筈なんだけどな。
「春菜ちゃんと此花ちゃんだよ!」
「もう次の試合の準備?」
試合場の外では早くも次の対戦への準備が進んでいるようだ。
春菜と此花の姿が見える。
そして対面側では、ドワーフ達だ。
全員がサイズの差こそあれ、槌で武装している。
まだ試合が続行されているからおとなしいものだ。
ヘラクレイオスくんが距離を詰める。
そしてアンデッド達の姿が幾つか、消えてしまう。
戦闘ログによると、ターン・アンデッドを喰らったか。
だがそれはお互い様であったらしい。
共に2体のアンデッドが戦力除外になっているが、意味は大きく異なる。
相手は数が減っている上で、2体なのだ。
更に戦力が減ってしまっては防御も飽和するだろう。
最後に残っていたプレイヤーの背後にゼータくんが回り込む。
そのまま裸絞めに捉えたようだ。
「これで終わりですね」
「ここから逆転は無いな」
ユニオン編成だからこそ、戦闘の展開は予測が難しいな。
だからこそ、楽しめている部分もある。
単純に火力を一点に集中するのもいいんだが、失敗した時のリスクも大きい。
ただ、観戦しているだけでも戦訓は得られる。
中途半端な手はダメだな。
やるなら徹底的に、やる。
それはずっと以前から体に刻まれている筈だが、オレはまだ未熟だからな。
どこかで徹底出来ていない部分があるように思えます。
これは自分への戒めだ。
他人事ではありませんよ?
オレも今の対戦でのモンフォート達みたいになっておかしくはないのだ。
「「「「「「「「「「「「ウィーアー、ハンマーズ!」」」」」」」」」」」」
どうやら始まった!
ドワーフ達が叫ぶ。
相変わらず野太い声、威嚇にしか聞こえません!
だが、今回は歌い続けるパターンでは無いらしいぞ?
「答えよ、槌を手にした愚か者達! お前等が手にしているのは何だ?」
「「「「「「「「「「「神! 神! 我等が神!」」」」」」」」」」」
「そうか、では聞こう。お前等にとってツルハシは何だ?」
「「「「「「「「「「「邪道! 邪道! 邪道!」」」」」」」」」」」
「ではメイスは何だ?」
「「「「「「「「「「「無粋! 無粋! 面白くない!」」」」」」」」」」」
「斧はどうだ?」
「「「「「「「「「「「逃げ! 逃げだ! あれは逃げだ!」」」」」」」」」」」
「ならば聞こう。手にした槌で何をする?」
「「「「「「「「「「「殴れ! 殴れ! ただひたすれに殴れッ!」」」」」」」」」」」
「よし、ならば殴り行こう。そして何もかもを破壊せよ!」
「「「「「「「「「「「応ッ! 応ッ! 応ッ!」」」」」」」」」」」
これ、ネタだよな?
気勢を上げる様子は見てて実に勇ましいのだが。
他の得物を貶めるのはどうかと思うぞ?
「東雲め。後で問い質してやらないと」
与作が低い声で呟いている。
口元には笑みが浮かんでいるから、本気じゃないかもだが。
ちょっと剣呑な雰囲気もある。
やれやれ、ネタであるのだとしても聞かせちゃいけない相手に聞かれたみたいだぞ?
与作はゲーム開始当初から斧使いだ。
その選択が逃げと決めつけられては心境穏やかでいられないだろう。
「大丈夫でしょうか」
「堅実に戦えるようなら大丈夫だ」
イリーナは心配そうに見えるけどね。
オレはそこまで心配していません。
東雲には悪いが、速度差と搦め手があるだけに不利は覆らないだろう。
その不利をパワーで打ち砕きに来る。
多分、そういった戦いになると思う。
油断さえしなければ、終始優位な立場で戦える筈なのだ。
「私達は別会場に移動します」
「注目の試合かな?」
「ええ。隣の試合場A面です。シェルヴィの所の試合がありますんで」
紅蓮くんたちはここで別行動か。
むう。
そっちも見たい。
見たいけど、後で動画で見る事だって出来る。
お互いに生で観戦出来ない分は動画で補完しあうのが正解だ。
ここは分担する事にしましょう。
「対戦はどうなってます?」
「絶賛苦戦中だよ!」
「でも優勢、かしら?」
ヒョードルくん達が観客席に来たか。
春菜と此花は堅実に戦い続けている。
試合場の中央ではオーガロードがゴーレム・オブ・リキッドメタルを纏って暴れ続けていた。
ドワーフ達は不利を承知で真正面から挑む。
挑み続ける。
恐ろしい事だが、召喚モンスター達の戦列を後退させている!
それでも優勢は覆らない。
意図的に強弱を付けて攻勢と防御を繰り返し、消耗戦を強いている。
此花の考えなんだろうが、これは手堅い!
だが、ゴーレム・オブ・リキッドメタルの消耗がかなり進んでいる。
HPバーは勿論だが、MPバーがかなり厳しい。
武器化と防具化を併用して使っているからだ。
途切れたらオーガロードが危ないかも?
そう、あのオーガロードとて危ない。
それ程にドワーフ達の振るう槌の威力が半端じゃないのだ。
タフネスと硬さで対抗するのは難しいだろう。
むしろスライム系であれば有利なんだが。
ゴーレム・オブ・リキッドメタルでも代行出来るにしても、そう長くは保たないぞ?
「そろそろ、戦い方を切り換えるぞ」
「え?」
「このままでいいと思いますけど」
「限界ギリギリまで続けないだろう。此花なら多分、そうする」
今の段階は足止めをしつつ、戦列を一旦退いて再構築する所だ。
勝ちに行くなら攻撃に転じるべきだろう。
但し、召喚モンスターだけに任せるべきではない。
「うわ、タイダルウェイブだ!」
一気に決めに来たか?
だがドワーフ達に脱落者はいないようだ。
あれだけの奔流を受けて流されないというのも恐ろしい!
それにこれも唯の足止めの一環であったようだ。
「リィクアファクションだわ!」
「また泥仕合?」
「いや、範囲が狭い。別の狙いがあるぞ!」
一時的に泥沼と化した試合場の一角を黒竜が行く。
端にいたドワーフの足下に潜り込むと一気に巻き付いて場外に弾き飛ばしている!
春菜と此花はゴールドシープに騎乗したまま、上空から支援を続けていた。
勝利を確信したのか、高度を下げている。
大丈夫か?
試合場に派手なエフェクト、雷撃の雨だ!
多分だが【雷魔法】の呪文、プラズマ・ブラスト。
そしてドワーフ達の頭上に滝のように水が降り注ぐ。
こっちは【水魔法】の呪文、キャタラクト。
脚が止った所に次々と呪文が重ねられて行く。
ダーク・プリズン、ブラックベルト・ラッピング、ダーク・フォール。
ホーリー・プリズン、レインボー・チェイン、プリズムライト。
そしてグラビティ・プリズン、ミーティア・ストリーム、フォース・バスター。
それでもドワーフ達が動き続けているぞ!
明らかに彼等の方が劣勢なのだが、心情的に応援したくなっているオレがいる。
「ッ!」
「何だ?」
ゴールドシープに騎乗していた春菜が墜落した!
ゾンネティーガーは背中で受け止めたから無事だと思うが、HPバーは相応に減っている!
地上から何かが飛んで来たようだが、何だ?
エフェクトは無いからレールガンではないと思うが。
「槌です! 槌を投げた?」
「あの戦況でか?」
「ハンマーって投げる物でしたっけ?」
いや、投げるのが当たり前のハンマーは知ってる。
ミョルニルは殴る事も可能だが投げる武器でもある。
だが、今のはミョルニルじゃないだろう。
ドワーフの膂力で投じたミョルニルが直撃していたら?
もっと酷いダメージを喰らっていた筈だ。
「まだ長くなりますか?」
「いや、更に罠がある。それが嵌まれば勝敗は動かないだろう」
ゴールドシープに騎乗していたのは春菜と此花だけじゃない。
アラクネダッチェスがいるのだ。
弓矢で支援を続けているのだが、それだけではあるまい。
目に見えていないだけで糸を使って罠を仕掛けているだろう。
ドワーフ達の何名かにその兆候がある。
動きがおかしいぞ?
試合場が冷気に包まれる。
アイス・フィールド、そしてペニテンテだ!
足場を確保した所で召喚モンスター達が一気にドワーフ達に迫る!
春菜は?
ゾンネティーガーを騎乗馬の代わりにしている。
動きの止まったドワーフの背中に接触して攻撃呪文を叩き込んでいるようだな。
「これで本当に終わりか?」
「ああ。東雲は残念だったな」
「しかし意地は通した、か」
与作の顔には笑みは無い。
斧の件で問い質すつもりだったと思うが、やはり仲間だな。
内心では応援していたのだろう。
「そろそろ、対策を考えておくべきかしら?」
「次の第三回戦で勝って、第四回戦に進んでからでいいんじゃないですか?」
「ま、そうだよねー」
今日は第二回戦と第三回戦がある。
その合間は短く、全ての対戦動画に目を通す暇は無い。
多くは対戦相手を試合場で見るまで、対策を講じる余裕は無いだろう。
最初から注目しているユニオンが相手なら話は別だが、それも勝ち残れなければ意味は無い。
目の前の一戦が大事なのは当然だな。
「じゃあ控え室に行ってますんで!」
「動画の方、お願いしますね」
「私達の試合は東雲に動画を頼んでおくわ」
「了解です」
観戦のついでだし、動画にするのはいいんだが。
そもそも第一回戦の動画にしても、全てを見ていません。
まあ狩りの合間で小休止をするだろうし、その間に視聴したらいいんだけどね。
ここまで網羅されてしまうと目移りするぞ?
時刻は午前11時ちょうどか。
第三回戦は午前11時20分から、6つの会場で一斉に開始になるそうだ。
アデルとイリーナは試合場C面、フィーナさん達は試合場E面で同じ時間に試合がある。
同時に観戦は出来ない。
幸運なのは春菜と此花の試合は試合場C面で、続けて観戦出来る事だろう。
今回の闘技大会は日程が短い。
3日間で今日が2日目、無差別級はここ闘争の聖地で行われている。
明日の最終日はサニアの町で全てのカテゴリーの試合が行われる予定だ。
5つのユニオンのカテゴリーは今日でベスト8が揃う事になる。
2つのユニオンのカテゴリーはベスト16か。
注目のユニオンは研究が進むだろうし、勝ち進むには条件が厳しくなるだろう。
《フレンド登録者からメッセージがあります》
誰かと思えば紅蓮くんからだ。
内容は?
表題を見るだけで分かる。
第二回戦の動画のリンク先一覧だろう。
仕事が早いな!
付記によれば、彼は試合場A面でシェルヴィ達の試合に回るらしい。
注目の試合は被る運命であるらしいな。
複数の試合場で同時進行であるのだから仕方ない。
だが、今回はほぼ全試合の動画があるようなのだ。
これはこれで後々のお楽しみになる。
悪くないと思います!
お行儀が悪いのは承知だが、観客席で携帯食を摂りつつ試合開始を待つ。
まだ視聴していない試合はたっぷりとある。
出来れば集中して見ておきたかったんだが。
アデルとイリーナが試合場の外で既に待機している。
対戦相手は?
こっちも既に控えている。
前衛に槍持ちが5枚、後衛に弓矢持ちが5枚と相応に偏っていた。
注意すべきなのは槍持ち5名のうち、2名の槍が太い事かな?
あれは、突撃槍だ。
武技で突っ込んで来る狙いがあるのかな?
アデルとイリーナの方にはゴールドシープがいる。
そう大きな心配は無用と思いたいが、何かが引っ掛かるぞ?
各々のユニオンも人数が多くなっているだけに、工夫の幅があるからだ。
ドワーフオンリーのユニオンの場合は少々特殊だが、連携次第で化ける可能性がある。
定石も裏を返せば固定観念に凝り固まっているとも言えるのだ。
いつまでも通用すると思わない方がいい。
それはアデルとイリーナのユニオンにも言える。
今の段階でオレと対戦したら?
以前と比べものにならない内容になると思う。
(シンクロセンス!)
黒曜の目を借りて周囲を見る。
雛壇にはサビーネ女王、竜騎士の面々も揃っていた。
師匠にジュナさんの姿もだ。
ついでにストークもいるようだが、その格好が変わっている。
以前の法騎士の姿だぞ?
他にも法騎士がいる。
中には1名だけ、少し違う意匠の法騎士もいる。
誰だ?
法騎士 子爵 アルマン Lv.12
ホーリーナイト 警戒中
???
法騎士 女教皇 シュザンヌ Lv.27
ホーリーナイト 観戦中
???
法騎士 伯爵・枢機卿 ハイメ Lv.22
ホーリーナイト 観戦中
???
法騎士 公爵 ストーク Lv.11
ホーリーガード 警戒中
???
遠目ではあるけど、黒曜の目を通してどうにか【識別】が出来た。
注目なのは純白でありながら豪奢に見えるコートを着込んだ女性だな。
女教皇か。
手には何も持っていないし、一見して武装しているように見えない。
見た目は若く清楚な美女でもある。
でも、騙されてはいけないな。
法騎士、しかも一行の中では最上位の力量だぞ?
一見すると、後方で立っている法騎士にして伯爵、枢機卿でもあるハイメの方が格上に見える。
風格もあるし、主賓でもおかしくない。
でもこの初老の男の方が格下であるのは明らかだ。
もう1つ、注目すべきなのはストークだろう。
身に纏う鎧は新調された物であるのが明白だ。
そして侯爵が与えられているのが分かる。
父親だったドラゴーネの爵位を継いだって事なのかな?
その表情には余裕が見られない。
壇上にいる面々の中で、最も格下なのは明白であるのだ。
鉄面皮のまま警戒を続ける法騎士アルマンとは雲泥の差がある。
公爵の肩書きも重圧になっているんじゃなかろうか?
試合会場を、そして観客席を改めて見回す。
オレが探しているのは不審者だ。
より正確に言えば、あの筋肉バカの魔神であったりする。
他にもエキシビションの相手になりそうな存在がいないか、探してもいます。
当然だがNPCにも高位の存在がいる。
天井にいるドラゴニュートの中にも、そして雛壇の傍で待機しているダークエルフの中にもいる。
彼等はサビーネ女王の護衛役でもあるのは承知だ。
それでも対戦してみたらどうなるか、そんな思いが脳裏から消えてくれません。
どっちにしても格闘戦の相手にするには馴染まない相手だ。
我慢するべきだろう。
しかしマズいな、これは。
体が、疼く。
今日は観戦を終えたら、美の位に跳ぼう。
例の緑の回廊に行く事にしたい。
格闘戦成分が、足りない。
オレの隣にいるヴォルフを撫で続け、その感触を楽しんで紛らわせているけどね。
どうしても、足りない。
傷が疼くかのように、体中が痒くなるよう感覚が収まらない。
その正体に敢えて近いのは、破壊衝動だろう。
観戦し続けている事そのものが苦痛なわけじゃない。
十分、楽しめている。
それなのにこれだ!
観戦前に格闘戦成分の補充が不十分だったか。
明日は闘技大会の最終日だ。
事前に補充をしておくべきだろうな。
徹夜をしてでも補充すべきだ!
それはそれで何かが違う気がするけど、確実な手段であるのは確かだろう。
試合は始まった。
見所は対戦相手の序盤の突撃だったが、半ば成功で半ば失敗かな?
アイデアは悪くない。
後衛にいたエレメンタル・メイジ『風』と『土』による強化は確かに有効だった。
ホバーダッシュは戦闘ログを見るまでもなかったが、もう1つ工夫を加えてあったようだ。
【土魔法】の呪文、リコシェか。
ホバーダッシュと同様、オレには使えない呪文になる。
対象は一時的に跳弾効果を得る為、防御手段に使えるようだ。
使い勝手は良さそうなんだが、当然だけど万能じゃ無い。
突撃槍を持って突っ込んで来た2名はソーン・フェンスに絡め取られてしまっている!
だが彼等はミスをしたとは思わない。
アデルとイリーナの準備した罠に嵌まった、と言うべきだ。
ソーン・フェンスを隠す形でインビジブル・ブラインドを使っている。
絶妙だったのは罠を仕掛けたタイミングであっただろう。
【詠唱破棄】があるのだとしても、連携が取れていなければ蔦の壁が避けられた可能性があった。
今や突撃役2名は青竜と紅竜に巻き付かれ、締め付けられている。
救出は困難だろう。
実際に救出に動く面々もいるが、獅子神とマッドヒュドラに先手を打たれ続けているのもマズい。
ゴールドシープに騎乗するアデルとイリーナを弓矢持ちの面々が攻勢に出ているけどね。
黒竜の守りが堅い。
逆に妖狐、フラッシュキメラ、白竜の反撃を受けてしまっている有様だ!
それでも前衛の面々はタフなようで、まだ油断出来る段階じゃない。
今の戦況を活かして数の優位を確立しておくべきだろう。
どうやらもうすぐ詰み将棋の展開だな。
すぐに詰みになる手順は見えない。
駒得を狙っている段階だが、勝勢は揺らぐとは思えなくなっている。
アシッド・レインが、スウォームが、プラズマ・ブラストが浴びせられて行く。
明確な差が出来上がりつつあるようだ。
それでも試合が決着するまで、もう少し時間が掛かるだろう。
勝つべくして、勝つ。
オレなら迂遠に思うだろうが、目的を達成出来ればそれが正義なのだ。
悪くない選択だろう。
「勝ちそうだね」
「ああ、ハンネスか。試合は?」
「今、済ませて来た。どうにかベスト16に残ったよ」
「ほう」
どうにか?
第三回戦は午前11時20分に同時スタートだった筈だ。
現時刻は午前11時30分を過ぎたばかり、秒殺とは言えないだろうが早期決着だったのだろう。
謙虚な態度に反して、その試合内容が気になる。
同行する農協メンバーも恐縮する様子だが、試合場では大いに暴れて来た筈だ。
その対戦は見ている。
文字通りの泥仕合、だが今の彼等は泥塗れではない。
泥を洗い流すだけの余裕もあったのだろう。
「気になるか?」
「勿論。前回の優勝者に準優勝者のユニオンだし、当たる可能性が現実味を帯びてるしね」
今回は何かに特化したユニオンの参加が多い。
カテゴリーが違うが、5つのパーティのユニオンでは漁協もいる。
ネタに走るだけではない。
勝ち残っている事でそれは証明されているのだ。
「終わったな」
「ああ。次は春菜と此花の出番だよ」
「それも見逃せないねえ」
そして隣の試合場D面は次の試合が始まるようだ。
歓声が響く!
注目のユニオンが出場でもしているのかと思ったら、戦隊チーム達か!
でも隣の試合会場、黒曜の目を借りて観戦も出来るだろうけどね。
次の試合はすぐに始まるだろう。
「勝ったよ! 見てました?」
「おう、見てたぞ。動画もあるから後で見ておくといい」
「ありがとうございます。ところで春菜ちゃんと此花ちゃんはどうです?」
「まだ決着してない。もう少し掛かると思うぞ?」
観客席にアデルとイリーナが到着した。
春菜と此花の試合は長引いてます。
これはある意味で仕方ないように思える。
対戦相手は試合場の角に篭もってカウンター狙い、武技と呪文で防御を重ねて耐え忍んでいる。
オレにはあんな辛抱は出来ないな。
一方的に攻撃を喰らいつつも反撃、回復も支援もするとか、一切手が抜けないぞ?
少なくともサモナー系であんな戦い方は出来ない。
プレイヤーであるからこそ可能な連携だろう。
個々のプレイヤーの力量で何かが突出しているような所は見受けられません。
戦闘ログを見ると、武技も呪文もそう使っていないプレイヤーが2名いる。
後衛で投げナイフを持つ探索役、それに大刀で戦う前衛だ。
前衛の役は指揮官役、後衛にいる奴はその補佐って所かな?
それが分かっているからなのか、春菜の攻撃が前衛の大刀持ちに集中し始めている。
これに対して、ようやく壁役3枚が動いた!
前にジリジリと進む。
焦れたのか?
現状のままで判定になれば敗北は必至、逆転狙いで反撃に出るつもりだろう。
ディスペル・マジックでダーク・フォールとグラビティ・プリズンの効果が打ち消された!
一気に武技を使って盾持ちの前衛が突撃に転じる!
「危ない!」
「いや。仕掛けるのが遅かったな」
闇鬼狼と羅喉が突撃に対して真正面から突っ込む!
その直後にオーガロードとフェンリル。
だがその後方で控えるアラクネダッチェスが本命だろう。
試合場の角で動かなかった事で十分過ぎる時間を与えてしまったな。
糸で罠を仕掛けてあるに違いない!
上空から最後方の杖持ちに狒々面鵺が襲い掛かるが、もう既に防御を捨てているのか?
更に踏み込んで攻撃を受ける事なく回避を優先している!
狙いは、何だ?
恐らくはゴールドシープに騎乗する、春菜と此花。
上空に位置する相手にどう攻撃を加える?
地上に落とすのが常道だろう。
グラビティ・プリズン。
だが、その手順が間に合わなかったか?
対戦相手の半分程がいきなり、動きを止める。
エフェクトは雷撃系のもの、そんなに派手じゃない。
「あれれ? 何?」
「何が起きたんだ?」
戦闘ログを見るまでもない。
麻痺だ。
パラライズ、それも重ね掛けだろう。
もうこの後の展開は読める。
闇鬼狼と羅喉が逃げ道を塞ぐ。
フェンリル、オーガロードがプレイヤー達に襲い掛かる事になるだろう。
半分以上の戦力が麻痺しているのでは防御したくとも飽和するのは目に見えている。
オーガロードの防具と化していたゴーレム・オブ・リキッドメタルもゴーレム形態に変化した。
ゾンネティーガー、それに黒竜も支援から直接攻撃へと転じる。
もうこれで決着するだろうな。
麻痺していない面々だけで戦闘を継続するのは可能だろうが、酷に過ぎる。
試合の残り時間はもう1分と残っていない。
ここから逆転する目は無いと思うべきだろう。
「今日はこれで終わりか。これからどうする?」
「こっちは田んぼの様子を見て、反省会だな」
「私達はミオちゃんと優香ちゃんのお手伝い!」
「その後は反省会ですね。明日に向けて作戦も練っておかないと!」
試合場C面最後のカードは互いに突撃のぶつかり合いからの乱戦だった。
何が何やら分からないうちに終了、楽しめたかどうかで言えばちょっと微妙だろう。
エフェクトも地味だったしな。
だが目の前の試合で勝利したのは例のドワーフ30名のユニオンだ。
ネタであった筈なのに勝ち上がってしまっている!
ここのユニオンってジルドレがいるんだっけ?
5つのパーティによるユニオンだが、参加枠が少ない。
明日、3試合を勝ち抜けば優勝って事になる。
現実味を帯びて来たな。
これって優勝候補の一角になりつつあるのかな?
ヒョードルくん達と戦ったらどんな結果になるだろうか。
手札の手厚さでは明らかにドワーフ達が不利だ。
だが、限られた手札も1つ1つが強力なのです。
油断出来る相手じゃあるまい。
他の試合場でまだ2箇所、第三回戦をやっているのが遠目でも分かる。
もうすぐ終わりそうな雰囲気だ。
移動して見に行っても間に合いそうにない。
第三回戦は2つのカテゴリーで合計24試合、6会場あるから1面当り4試合になる。
同時進行だから一気に終わってしまうのが少々寂しい。
雛壇を見る。
サビーネ女王一行の姿はまだあるけど、挨拶はどうしよう?
スルーだな。
今は体の疼くのをどうにかしないといけないのだ。
「掲示板情報です。ヒョードルの所もフィーナさんの所も勝ち上がってますね」
「注目のユニオンは概ね勝ち残ってるみたい!」
そうか。
それは良かった。
明日もきっと、楽しめそうです。
「キースさん、この後どうします?」
「食事も摂り終えているからな。狩りに行くよ」
そんなオレの肘をイリーナが軽く叩く。
何だ?
やけに心配そうな顔付きなんだが。
「キースさん、顔が笑ってます」
「お、そうか。いかんいかん」
マズい。
これで狩りに行ける、と考えただけで油断してしまったようだ。
弛んでるぞ!
でもね、楽しみなのは本当です。
早々に移動してしまおう。
もうね、すぐにでも暴れてみたい!
場所は当然、美の位にある緑の回廊だ。
難易度は申し分ない。
格闘戦を楽しめるだけでなく、大苦戦なのも確実だ。
行こう。
想像するだけでもうね、変な笑顔になるのを抑えきれません!




