10
「おらー!来たぞー!」
女性陣が話し込む輪の中にまた1人参戦してきた。
緑のマーカーだから間違いなくプレイヤー、そして間違いなく美人。
耳が長くて尖ってますが。
エルフ?
「レイナちゃん、おっす!」
そこから先は会話に割り込むことすらできない雰囲気に。
もうダメ。
「おっと、本題。これを見て」
「おお!邪蟻の甲じゃない!」
「そう。今日はこれを使って装備作成に予定変更したいんだ。いい?」
「昨日に続いてそれかい!でもこれ見たら納得だね!」
「いやあの、装備作成費用が足りないんだけど」
どうにか割り込んだ。
「ん?ああキースさんっていうのね?よろしくー!あたしはレイナ、木工職人つまりウッドワーカー!」
「えっと。名乗ってないのになんで分かった?」
「パーティ編成してるとね、互いに開けてる仮想ウィンドウを共有できるんよ!」
そんな機能もあるのね。
他のプレイヤーとパーティを組んでないオレには縁が無い機能だ。
フィーナがレイナを少し制してオレに話を持ちかけてきた。
「蟻を倒した時に針はあったんじゃない?」
「ああ、今持ってるけど」
「おお!見せて見せて!」
「レイナちゃん落ち着きなって」
背負い袋に入れてある邪蟻の針は13本、全部は出さずに1本だけ取り出した。
女性陣4人が注目する。
なんかおっかないです。
「今更だけどさ、手に持って【鑑定】はしていいかな?」
「ええ」
女性陣からいきなり会話が消えた。
さっきまで騒がしかったのが嘘のようだ。
周囲を見回すがNPCは無関心なままである。
いや、視線だけが飛んできているな、迷惑になってたと思う。
すみません、迷惑かけてます。
レイナが矢を幾つか取り出して机に並べる。
矢羽根は全て同じに見えるが矢尻はそれぞれが異なっていた。
「あ、ごめん。キースさんには『ユニオン』申請出すから登録してくれる?会話にはウィスパー使うから」
急にフィーナさんから話しかけられる。
するとインフォが脳内に流れた。
《プレイヤー名フィーナさんからユニオン申請があります。受諾しますか?》
とりあえずYesを選択する。
『ごめんね、つい癖で私達でだけ話をしちゃってた』
『いえ』
『レイナは木工職人で弓持ち、うちのパーティでは後衛で火力担当なの』
『で、これは矢尻素材の比較で作った試作品なのよ!』
『【鑑定】してみていいですか?』
『どうぞ』
種類は4種ある。
端から一気に鑑定してみた。
【武器アイテム:矢】初心者の矢 AP1 破壊力1 耐久値∞
冒険者駆け出しが使うための矢。その威力は微々たるものである。
弓矢の扱い方に慣れるための矢。
【武器アイテム:矢】黒曜石の矢 品質C- レア度2
AP1 破壊力2 重量0+ 耐久値30 射程-30%
削った黒曜石を矢尻に利用した矢。
重みがある分、その衝撃力でダメージを与える事が出来るが射程は短くなる。
【武器アイテム:矢】兎角の矢 品質C- レア度2
AP4 破壊力1 重量0+ 耐久値40 射程±0%
野兎の角を矢尻に利用した矢。
貫通力は程々であり使い勝手は良い。
【武器アイテム:矢】青銅の矢 品質C レア度1
AP2 破壊力1 重量0+ 耐久値30 射程-10%
矢尻は先端を青銅で被せたものである。
手入れを怠ると威力が落ち易いので注意が必要である。
どれがいいのか悪いのか、判断できないんですけど。
だって弓矢なんて使われている所を碌に見てないし。
『弓矢使いが本サービスで増えた影響で矢が不足している現状は知ってるかな!』
『ええ』
『矢の本体の木材と矢羽はまだ在庫があるから不足しているのは矢尻!それを魔物のドロップ品で試作したんだ!』
『なるほど』
『邪蟻の針、持ってるよね?提供してくれたら装備品の加工費の値引きに応じるけど?』
『ちょっとフィーナ姉!サキ姉のお客さんだよ!』
『ミオ、私はいいから。ごめんなさいねキース』
パーティ内部で意見の相違もあるようだが大丈夫ですか?
『ね?サキ。掲示板情報はスクショもないし【鑑定】結果も張ってないから眉唾だったけど確定よ』
『少しだけ光明が見えてきたわね』
『試作!矢尻だけなら嵌めるだけでいいから!ここで検証しちゃっていい?』
レイナの耳が上下に揺れる。
やばい、かわええ。
『お願いしていい?結構重要なことなの』
『どうぞ』
フィーナにも後押しされたのもあるが、ここは協力的になるべきだよなあ。
同意せざるを得ない。
レイナが可愛いのとは関係ないから!
レイナが矢筒から取り出した矢は矢尻が付いていなかった。
そしてその先端は切れ目を入れてあるようだ。
邪蟻の針を先端に嵌めると何やら接着剤のようなもので隙間を埋め、糸で先端を固定している。
『最初に【鑑定】する権利はキースにあるわ!先に見て!』
渡された矢を手にすると【鑑定】する。
【武器アイテム:矢】邪蟻の矢 品質C- レア度2
AP8 破壊力0+ 重量0+ 耐久値30 射程+10% 継続ダメージ微
邪蟻の針を矢尻に利用した矢。
貫通力を高めて出血ダメージを狙ったもの。
なんか妙な矢になってるな。
さほど弓矢に思い入れはないんで、即座にレイナへ返す。
『うん!これは使えるよ!』
『破壊力の低さはあるけどAP高いのはいいよね?それに射程ボーナスもあるし』
『狩り行こうよ狩り!』
『試し撃ちしなきゃね!』
『待ちなさいって、キースくんが置き去りでしょ!』
フィーナの一喝で一同が押し黙る。
彼女が間違いなくこのメンバーの中ではリーダー的存在なのだろう。
発言は一番少ないんだけど。
『で、サキ。さっきの話はいいわね?』
『らじゃ』
『装備加工費の件、さすがに無料で受ける訳にいかないんだけど、400ディネは出せる?』
『問題ないです』
『じゃあ取引。私に邪蟻の針を全部売って欲しいの。というか買い取れる物は買い取りたいわね』
えっと。
どういう事なんだろう。
『β版で既に分かっている事なんだけど、プレイヤー間の製作依頼は加工費によってスキル上昇に差があるの』
『そんな事が?』
『そう。生産者の腕と素材、それに見合う金額である程、得られる経験が違うわ。高すぎても低すぎてもダメなのよ』
『では私がフィーナさんに針を売って得た金額を上乗せして、私がサキさんに依頼する形にしたいって事ですか?』
『そう。他に売れるアイテムがあれば私が買うのも同様。あまりレア度にそぐわない値段は付けたくないんだけどね』
『それは何かしらペナルティが有り得るって事ですか?』
『実際にβ版であったことなのよね』
そういう事か。
まあ互いに利益のある話だし、無碍に断る理由も無い。
『じゃあ売れるアイテムを出しますね』
背負い袋と《アイテム・ボックス》の中から売れそうな物を並べていった。
ポーションと回復丸は止めておく。ちょっとここで出すのは怖い。
アイテムを出していきながら【鑑定】で確認もしておいた。
複数あるのもあるのでちょっと面倒ではあるが、【鑑定】は全部にしておいた。
いくつか品質で一段階落ちるものが混じっていたりしていた。やはり確認はしておくべきだね。
出したアイテムを羅列するとこんな感じだ。
【素材アイテム】蝙蝠の牙 原料 品質C+ レア度2 重量0+
ハンターバットの牙。やや平たいナイフ状で切れ味が鋭い。毒はない。
【素材アイテム】野兎の角 原料 品質C- レア度1 重量0+
ホーンラビットの角。先端は鋭く尖っている。
【素材アイテム】縞野兎の肉 原料 品質C- レア度3 重量1
ホーンドラビットの肉。野生の力が宿る肉だがこのままでは硬くて歯が立たない。
【素材アイテム】縞野兎の角 原料 品質B- レア度4 重量0+
ホーンドラビットの角。先端は鋭く角そのものは反っている。
【素材アイテム】邪蟻の針 原料 品質C レア度1 重量0+
イビルアントの針。毒はない。先端が鋭く非常に軽い。
【素材アイテム】草原鷹の翼 原料 品質C- レア度1 重量1
ステップホークの翼。一般的には矢羽根に加工されている素材。
【素材アイテム】銀鶏の翼 原料 品質D+ レア度1 重量1
暴れギンケイ(メス)の翼。一般的には矢羽根に加工されている素材。
【素材アイテム】雪猿の骨 原料 品質C レア度3 重量0+
スノーエイプの骨。軽くて丈夫。
【宝物】魔石 魔法アイテム 品質E+ レア度2 重量0+
魔物に宿る魔力が集約されて核となった物質。
『ちょっとこれって!』
『みんな待って!少しの間だけ発言しないで!』
フィーナの一喝に全員が固まった。
『レア度暫定基準で計算しても2,000ディネって所だわ』
『おお!序盤なら大金!』
『最低で、なのよ?物にもよるけど、欲しがる人なら倍出してもおかしくないわね』
『矢の材料!蝙蝠の牙と邪蟻の針と野兎の角、あと翼は全部絶対欲しい!』
『情報掲示板にないのは雪猿の骨だけね。さっきの雪猿の皮も、だけど』
『個人的にはお肉が欲しいよー!!』
『ごめん、ちょっと暫く静かに考えさせて』
またもフィーナが沈思黙考に入る。
『ねえキース、貴方ってβ版はやってないのよね?』
『ええ、本サービスからの参加組ですね』
『それで今はソロプレイ、よね?』
『まあパーティを組んでくれる人が中々見つからなくて仕方がなくて』
『この手のネットゲームもやった事はないでしょ』
『ええ、まあ。初めてだと思います』
『お願いがあるの。どこかで誰とでもいいから交流しながら情報を流しておかないと危険だわ』
危険?
『例えばフィールドクリア条件なんかを知っていて何も情報公開しないとしたら。何が起きると思う?』
???
ああ!そうか!
『情報を、そして利益をも独占している。そう見做される可能性があるってことか?』
『そう。実際にβ版でも似たような事はあったし、他のネットゲームでもあるのよ』
ううむ。
掲示板とかで情報を流すとか、なんか面倒だなあ。
『序盤でレア度3のアイテムはちょっとした価値があるわ。その素材で生産職なら序盤でもレア度4相当の物は作れるし』
『プレイヤーじゃなくても高レベルの生産職NPCならレア度5までいけるかもよー?』
『正直、攻略組だったら垂涎の的よね』
『この中で一番マズイのは雪猿の骨かしらね。検索しても情報が掲示板に何一つないんだもの』
『しかもβ版ではなかったアイテムよね?』
『そう。実際に武器作成で試してみないと分からないわね。うちのギルドの鍛冶担当の中だけでも奪い合い確定だわ』
『ねえ、少し掲示板にリークしとく?勿論キースさんの同意は必要だけど』
『私達がやるのでは意味が半減以下よ』
女性陣4人の視線を前にオレは固まってしまった。
そう、ゲーム世界もまた小さな社会であり、誰とも関わらずにいられないのだと思い知らされた。
となればささやかながら義務を果たさないといけないのだろう。
『分かりました、自分でやります』
『ありがと、そうしてくれた方が助かるわ』
『フィーナ、私の方からキースさんにフレンド申請出しておく』
『サキ姉?』
『仕事を請けるのに確認したいからスクショで素材一覧を保管しとくの。自分の仕事のコレクションなんだし』
『それでなんでフレンド登録なのよ?』
『ミオ、それは納品まで責任を持つ為よ。お客に送っておけば証明になるでしょ?』
このサキとミオの2人は本物の姉妹のように見えるな。フィーナもそうだが。
姉を心配する妹の構図だ。
『私も申請しとく。いいかしら?』
フィーナさんからも提案されてしまった。
まあ生産職の方々と仲良くしておくのに越したことが無い。
なんといってもソロプレイの悲しさ、師匠が指摘するように何もかもを自分だけで出来る訳じゃない。
オレが頷くと早速フレンド申請が来た。
仮想ウィンドウにはちゃんと2人分のデータが来ている。
フィーナとサキのものだ。
登録申請を許諾しようとしていたら1名分が増えていた。
レイナの分だ。
『え?』
『いやだってさ、質のいい弓素材の供給元は確保しておきたいよね!』
『レイナ、あんた正直過ぎ』
『サキだって似たような事、考えたでしょ?』
そこから先の2人の言い合いはいきなり聞こえなくなった。
一体何を話しているんだか。
『ウィスパー使ってまで内輪もめしないの!恥ずかしいったら!』
『そんな事より私もフレンド登録する!食材は欲しいし!』
『ミオは仲間はずれが嫌なだけでしょ?』
フィーナとミオの言い合いもいきなり聞こえなくなった。
こういうのも仲が良いと言っていいんだろうか。
結局ミオの分のフレンド登録も併せて4人分、申請を許諾した。
「よし!内緒話はここまで!商売商売!」
そこからは何を売るか、幾らで売るかの交渉になった。
結局、魔石以外は売ることにする。
縞野兎の肉だけはミオに直接売る事にした。
結局、手持ちの資金は更に1,100ディネほど増えてしまっていた。
「魔石はいずれ装備の修復とかでも使うから持っていた方がいいわ」
フィーナさんの助言には従っておいて、魔石だけは売らずに手元に残すことにした。
いずれ出番があることだろう。
「装備が出来上がったらスクショを送っておくわ。あと受取りに来る前には連絡をお願い」
「はい」
あとついでにスクリーン・ショットの使い方を知らなかったので聞くことにした。
笑われましたとも、思いっきり。
雰囲気を和らげる位には打ち解けた、と思いたい。
そして試写がてら各種アイテムを撮影した。
女性陣は4人とも写りたがりってのは良く分かった。
ミオの場合、右斜め上からの角度で撮影しないと不機嫌になるのも把握しておく。
良く分からないが、彼女曰く非常に大事なことらしい。
服関連の職人についても聞いてみた。
彼女達が所属するプレイヤーズギルドにも縫製職人であるファブリックファーマーはいるそうだ。
ただ今日はログインが遅くなるそうなので、この時間に直接紹介は無理なようだ。
とりあえず服飾店の場所だけは把握した。
そのまま雑談で時間を潰して彼女らの邪魔をするのも宜しくない。
NPCがフィーナさんの露店に魚を買いに来たタイミングでその場を辞去する事にした。
町の中をせわしなく移動する。
フィーナ達に教えて貰った服飾店に入店。
適当に2着、綿織物の服を購入して《アイテム・ボックス》に放り込んだ。
NPCの職人に簡素な服の修繕を頼もうかと思ったが、修繕費で新品が買えそうな勢いだったのでやめておく。
次にサキがイベント絡みで弟子入りしている皮革店も覗いて靴を物色する。
欲しい、と思わせる物はやはり高い。
今履いている布の靴は全然傷んでいないので、これはスルーした。
同じくレイナの所属する工房にも行ってみる。
結構大きな工房と店が併設されていた。
販売品の棚には魔術師向けの杖、それに弓の在庫はあるようだが、ロッドがまるでない。
矢は棚に置かず、カウンターで受け付けるスタイルになっていた。
需要が多いので慎重になっているのだろう。
ロッドはあることはあったが、初心者のロッドがあるだけだった。恐らくはプレイヤーに売り払われた代物か。
フィーナにお任せでロッド製作を頼んどけば良かった・・・
雑貨店でダッチオーブンにも似た大きさの違う厚手の鍋を3つ購入した。
マトリョーシカのように重ね入れる事ができて持ち運びに便利だ。
それに玉杓子2つに漏斗を5つ、計量カップを2種、加えて七輪みたいなコンロに燃料の炭も買う。
大き目のアイテムは《アイテム・ボックス》行きだ。
あっという間に700ディネほど消えてしまった。
よし。
概ねオレの方の町での用事は済ませた、と思う。
携帯食もまだ残っている。
冒険者ギルドへと戻って師匠を待つ事にした。
冒険者ギルド建物脇の馬留めには師匠のバトルホースが繋がれたままだ。
まだ中で話し込んでいるのかね?
残月とバトルホースが互いにじゃれ合うような様子を眺めて暇を潰す。
ヘリックスはまるで置物のようにロッドの先でじっとしていた。
バトルホースの様子が急に慌しくなった。
師匠が《アイテム・ボックス》である鞄を引き摺って建物から出てくるのが見えた。
急いで駆け寄って鞄を受取る。
「遅くなったな。早々に薬草採集に向かわんといかん。急ぐぞ」
「はい」
オレがバトルホースに鞄を載せると、師匠は早速手綱を手に取り門に向かって歩き出す。
オレもまた残月の手綱を引いて付いていった。
「少し急ぐのでな、魔物狩りはなるべく避けるように、な」
「はい」
町の門を抜けて騎乗すると師匠が先行して草原を疾駆していく。
ちょっとだけ走る速度を上げていたので、付いて行くのが大変でした。
補助スキルの【馬術】があるといってもLv.1なんだから加減して欲しいものです。
フィジカルエンチャント・アクアで器用値を底上げしてなんとかした。
向かった方向は師匠の家がある西の方ではなかった。
南の方向へと向かっている。
その意図が良く分からなかったのだが、どうやら方向はどうでもよく、周囲の目を避けるためだったようだ。
人目が少ない所で馬を下りると、バトルホースの馬装具を外し始めた。
「お前さんも馬は帰還させるんじゃ。ここからはロック鳥で行くんでな」
「はい」
確かに馬をロック鳥に乗せるのは無理がありそうだ。
残月の馬装具を外して借りている《アイテム・ボックス》に仕舞い込む。
師匠は早速呪文を唱えていた。
「インビジブル・ブラインド!」
え?
召喚魔法ではなかった。
「あまり他の人間に見られては面倒なんでな、念の為じゃ」
「そんな呪文もあるんですね」
「うむ。光魔法でな、幻惑効果がある」
光学迷彩ですね、分かります。
どうやら師匠は召喚魔法の他に光魔法、水魔法、土魔法を取得しているようだ。
他のも幾つか取得していておかしくはない。
師匠の技能の引出はどこまであるんだか。
「おおそうじゃ、お前さんも狼は召喚しておけ。楽などしとっては成長は望めんからの」
「はい」
師匠のスパルタ体質は分かっていました。
オレも召喚魔法でヴォルフを召喚する。
師匠は例のロック鳥だ。
召喚するモンスターの大きさには天と地ほどの差があるのには改めて驚かされた。
「では急ぐぞ」
ロック鳥によじ登ると早速空高く飛び上がっていく。
同時に寒さに耐える旅程が始まった。
今度は向かっている方向くらいは把握できた。
レムトの町から見て北西方向だ。
それにしても今日は昨日よりも寒い。
どうやら師匠、高度は昨日より高く、移動速度も速めにしているようだ。
オレの様子を見て大丈夫と踏んだからなのだろう。
いや【耐寒】スキルはまだLv.1なんですけど。
とか思っていたらインフォでレベルアップが告げられました。
あまり嬉しくないのは何故だ。
少しだけ楽になったのはありがたいんだけどさ。
狼であるヴォルフ、鷹であるヘリックスは平気なようだ。
モコモコじゃないのはオレだけだ。
《フレンド登録者からメッセージがあります》
寒さに耐えて震えていたらそんなインフォが流れました。
仮想ウィンドウを開くと皮革職人のサキからだった。
『製作開始。出来上がりを楽しみにしててね』
添付されたスクショは素材を並べた机を背景に自分撮りしているものでした。
うん、ポーズが決まってますね。
サキさん綺麗に撮れてます、美人さんは得だなあ。
でも出来ましたら仕事を優先でお願いしたい。
心の中でツッコミを入れてたらフィーナからもメッセージが届いていた。
『情報掲示板のうち、書き込みするにも情報収集するにも外せない所を送っておきます。見ておいてね』
うむ。
これはありがたい。
メッセージの右上に『しおり』を付けて保存しておく。
後で見て回ってスノーエイプの情報でも書き込んでおこう。
レイナとミオからもメッセージが来ていた。
ここに来てメッセージの集中砲火ですか?
まずはレイナのメッセージから読む。
『蝙蝠の牙で試作した矢が出来ました!【鑑定】結果を送っておくね!矢羽の試作品も出来たら教えるよ!』
添付されたスクショには矢を持っているレイナが写っている。
もう1枚は【鑑定】結果を示した仮想ウィンドウのハードコピーだった。
【武器アイテム:矢】蝙蝠牙の矢 品質C+ レア度2
AP6 破壊力1 重量0+ 耐久値60 射程+10%
蝙蝠の牙を矢尻に用いた矢。
矢尻形状の影響で威力と射程に優れる矢となった。
ほう。
矢尻だけで攻撃力だけでなく射程も伸びたのか。
確かにあの形状は空気を切り裂くような流線型に近いしな。
じゃあ次はミオの方のメッセージだ。
『縞野兎の肉でつくねを作った。苦労したけど後悔はしていない。次に来たら食べてね!』
例の角度でつくねを手に持って自分撮りしているんだが、肝心の料理の出来について何もコメントがない。
オレにどうしろと。
つくねか。奢ってくれるんだろうかね。
ちゃっかりとオレに売りつけるような気もする。
ロック鳥が舞い降りた場所は昨日とはまた別の場所らしかった。
ただ風景の雰囲気は似ている。
植生も同様であった。
「昨日とは違う場所ですね」
「山1つ越えただけじゃがな。同じ場所で大量に採集し過ぎるのは良くないから場所を変えたんじゃ」
「なるほど」
早速師匠は呪文を唱えてオートマトンを2体召喚した。
ロック鳥もどこかへと飛び去っていった。
師匠が続いて麻袋も取り出したので受取ろうとしたんですが・・・
「おっと、お前さんには先に済ませて貰いたい事があったの」
「え?」
「昨日と同じ魔物、同じ位の強さの相手にしておくから安心せい」
薬草の採集はいいんですか?
先に魔物と戦闘させる気ですか?
しかも昨日のスノーエイプ相手に?
安心ってどこが安心なんですか?
色々と心の中でツッコミを入れたが、口にできない弟子の立場よ。
ままよ、その挑戦を受けてたとうか。
「条件は昨日と同じじゃ」
「分かりました」
さて。
ボーナスポイントは今日の依頼達成で少し余裕がある。
さっきヴォルフを召喚したためにMPが相応に減っていて、やや時間があったから多少は回復している。
しかし当然だが全快に程遠い。
魔法は当然併用するにしてもフォース・バレットを連発するのは厳しい。
接近戦で有利になるようにスキルを取得した方がいい。
悩む時間はない。ここは度胸一発、覚悟を決めないといけない場面だ。
武器スキルの【関節技】をボーナスポイント2を支払い取得。
防御スキルの【回避】【受け】をそれぞれボーナスポイント1を支払い取得。
すぐに有効化した。
目の前に昨日も見た猿が出現してきていた。
おおそうだ、こいつのスクショも撮っておこうか。
スノーエイプ Lv.4
魔物 討伐対象 アクティブ・誘導
うん、確かに昨日戦った奴と同じレベルだ。
だが今日のオレは昨日のオレよりもちょっとだけ強い筈だ。
大した底上げになってないのかもしれないが。
呪文リストを新たに小さく展開した仮想ウィンドウに呼び出し、戦闘に備える。
教えて貰った細かなテクだが少しは役に立つだろう。
どうせこの雪猿の方が圧倒的に速い。
最初に選択する呪文も決めてある。
初心者のロッドを下段に構えて迎撃体勢をとる。
さあ来い!
スノーエイプの頭上の赤いマーカーが点滅し始める。
重なるように小さなマーカーがあって、この魔物が師匠により誘導されていることを示していた。
最初はどう攻撃してくるのか。
だが猿は威嚇するように奇声を上げながらこっちを見定めるかのように周囲を回り始めた。
時々ジャンプもしている。
なんか舐められてるなあ。
最初の呪文は小声で自動詠唱されて完成する。
「フィジカルエンチャント・アース!」
すぐに次の呪文を選択して実行。
その呪文詠唱が完成したと同時に猿はこっちに突っ込んできた。
「フィジカルエンチャント・アクア!」
間合いが一気に詰められる。呪文はどうにか間に合っていた。
オレの頭上へと跳躍する猿。
その猿の喉元にロッドで突きを放った。
だがロッドの先端を猿の右手が簡単に払いのけた。
よくもまあ簡単にこっちの攻撃が無力化されちゃうもんだな!
頭上から襲ってくる猿。
それには地面に前転することで攻撃をスカしてやる。
同時に振り向いた、筈だった。
こっちが攻撃しようと構えようとしてるってのに、猿は無理な体勢のまま腕を振り回してきた。
ロッドを斜めにして受けに回る。
いい感じで受けきった。
フィジカルエンチャント・アクアで器用値を強化したからだろうか、ロッドアクションは上手くいった。
そう思ってたら体の軸ごと1m近くすらされたんですけど。
まともに格闘して勝てる相手じゃないです、師匠!
「フィジカルエンチャント・ウィンド!」
敏捷値を底上げしてみた所で追いつかないだろうが、使っておく。
呪文を唱えている間にも無理な体勢からでも攻撃してくるお猿さんだが。
なんか昨日戦った奴とはまた攻撃のパターンが違うよね?
猿の動きが変わった。
オレからロッドを奪いたいのか、ロッドを掴み取ろうとする動きを見せるようになった。
ならば。
呪文詠唱を開始。
猿の腹を目掛けてロッドを突く。
その先端は猿の腹に食い込み、同時に猿がロッドを両手で掴み取った。
そして嗤った。歯茎まで剥き出しにして、それは嬉しそうに見える。
オレの右手は猿の顎に掌底を当てて、そこからフォース・バレットの呪文を撃ち込んでいた。
ロッドからは手を放して、である。
猿の動きが一瞬、止まる。
右手首を取り捻り上げてそのまま猿の脇を巻き込むように動いた。
猿もその動きに抵抗するように動いてくる。
その動きを利用した。
ロックした右手首を逆方向に捻り上げ、猿の足を蹴り上げた。
そのまま猿の勢いを殺さずに投げ飛ばす。
猿は投げ飛ばされて怒りの咆哮を上げてこっちを威嚇してくる。
そのまま噛み付こうと跳び上がった。だから速いって。
回避したつもりが掠っていた。痛みが左手に走っていた。本当に【回避】スキルは効いてるのか?
HPバーの減り具合を気にせず猿の着地の瞬間を狙う。
低空タックル。
昨日、猿にやられた奴だな。お返しにやってみた。
だが猿の奴、体格はオレより一回り小さいクセにフィジカルが強い。
オレの顔に向けて噛み付いてきやがった。
猿の足元の地面に向けて一回転。足首を右脇に抱えたままで、だ。
その回転の勢いで立ち上がると同時に猿の足を上空に向けて引き上げる。
猿を仰向けに転がすことに成功。
当然起き上がろうとするのを放置してオレは猿の右足首を左脇に抱えなおしてその爪先を脇の下にロックする。
踵を腕全体で引っ掛けて捻り上げた。
ヒール・ホールド。
このスノーエイプは人間の骨格に似ている。
大きく違うのは小さく尻尾があるのと腕が長いこと位だ。
だからこそ関節技も極め易い。
オレは右足で猿の左脚の膝を踏みつけて、ヒール・ホールドのロックをより極め易くした。
後は締め上げるだけだ。
今までにオレは、練習で関節を加減して極める事はあっても、実際に折る所までいったことがない。
これが初めての体験になったようだ。
猿の股関節、膝関節、そして足首を、破壊した。
イヤな音と奇妙な感触が全身に走っていった。
肉を骨ごと引き千切る手ごたえ。
明らかにフィジカルで上回る魔物相手に、だ。
背中を電流が走るような高揚感があった。
一瞬、暴力的な感情に酔う。
猿の絶叫は凄まじい音量で響いていた。
口を大きく開けて隙だらけになった所で咽喉に爪先で蹴りを撃ち込む。
猿が両手をバタバタと振り回すたびにオレの足に擦過傷が生まれていった。
体重の乗ってない打撃の筈なんだが骨に響く。
いつのまにかHPバーが3割ほど削られてるし。
猿の腕が振り切れた瞬間を狙う。
右脇をすりぬけてバックを取る動きで猿の動きを誘導する。
こちらの思い通りなら。
回転しながらオレの後頭部に左手を真横に薙いで来るか。
振り返って噛み付きに来るか。
そのどっちでも構わない。
右足が破壊してあるのだ、その影響があるのならありがたいが。
猿は左手を振り回してきていた。
間一髪、またも猿の左脇をすり抜ける。
今度の狙いは猿の左脚だ。
左足首あたりにオレの左膝裏で抱えてロックする。
右足で猿の左膝裏を思い切り蹴った。
前のめりになって猿が転がった。
猿の左脚をそのまま畳んで脚と腹に体重を乗せて背中に抱きついた。
頭突きで首元を後ろから見舞ってみたが1回で止めた。痛すぎでした。
オレの体の下で猿は暴れるが、右脚は破壊され、左脚はオレの体重そのものでロックされて動かせそうにない。
そして両手で背後にいるオレを攻撃する術は猿にはないだろう。
詰んだ。
あとは息の根を止めるだけだ。
肩叩きの要領で猿の後頭部を叩く。
いや、見た目は変に見えるが、拳を作った場合、小指側の側面はただ柔らかいだけではないのだ。
手を振り回して最も衝撃を与えられるのである。
だからこそ子供でも肩こりをほぐす事ができるのだ。
掌底でも猿の後頭部を叩く。
とりあえず衝撃で地面との間に挟まれてダメージが蓄積するようである。
追撃で呪文も併用、フォース・バレットも至近距離で頭に直接叩き込んでやる。
MPバーが許す限り撃ち込んでやった。
それだけやっても倒しきれないとかどんだけHPがあるんだか。
でも確実に抵抗する力は弱まっていった。
結局、倒しきるのには戦闘開始から30分ほどかかっていた。
サキに小技として教わっていたタイムスタンプを使いこなした成果だった。
それでも30分もかかっていたのか。
《只今の戦闘勝利で打撃レベルがアップしました!》
《只今の戦闘勝利で土魔法レベルがアップしました!》
《只今の戦闘勝利で水魔法レベルがアップしました!》
《只今の戦闘勝利で連携レベルがアップしました!》
《只今のモンスター識別で識別レベルがアップしました!》
《只今の戦闘勝利で掴みレベルがアップしました!》
《取得が可能な武器スキルに【投げ技】が追加されます》
一気に色々とレベルアップしたようだ。
経験値的には美味しいのかもしれないが、毎回これではいつか命を落とす事になりそうだ。
圧倒的に勝てた、とも思えない。
関節を極めて押さえ込んでいた間、猿が下で暴れるだけでダメージが蓄積していたらしい。
結局、HPバーの残りは3割を少し超える程度、残っていた。
MPバーは残ったのが1割程度って所だ。
「しかしお前さんは奇妙な戦い方をしよるの」
師匠はそう言いながらもにこやかであった。
いや、まともに戦っても勝ち目ありませんから!
昨日と同様、HPだけはアース・ヒールで回復して貰えた。
オレのHPバーは一瞬で全快にまで戻る。
昨日の戦いでボロボロになっていた簡素な服は、更にボロボロになってしまっていた。
おっと、忘れてはいけない。
倒した猿に剥ぎ取りナイフを突き立ててアイテム回収もしておく。
【素材アイテム】雪猿の皮 原料 品質C レア度3 重量2
スノーエイプの皮。毛深く分厚い。
【素材アイテム】雪猿の骨 原料 品質C レア度3 重量0+
スノーエイプの骨。軽くて丈夫。
昨日と同様のドロップ品、なのかな?
但し骨の方は2本拾った。
大腿骨の部分なのだろうから2本拾ってもおかしくはないと思うけどね。
スクショで【鑑定】結果を表示する仮想ウィンドウをハードコピーしながら、過去ログを漁ってみる。
これも教わった小技だ。
うん、昨日と同じドロップ品で間違いないようだ。
それにしてもまたギリギリの勝利だな。
「よし、次はお前さんも傷塞草の採集じゃ。最低でも麻袋1つは満杯にして貰おうかの」
師匠。
容赦ないですね、師匠。
ヴォルフとヘリックスは師匠の両隣で静かに佇んでいた。
彼らがスコップを持てたら手伝って欲しい所なんだが。
2匹とも「無理言うな、頑張れ」と言ってる様な気がしていた。
主人公 キース
種族 人間 男 種族Lv3
職業 サモナー(召喚術師)Lv2
ボーナスポイント残5
セットスキル
杖Lv2 打撃Lv2(↑1)蹴りLv2 関節技Lv1(New!)
回避Lv1(New!)受けLv1(New!)召喚魔法Lv3
光魔法Lv1 風魔法Lv2 土魔法Lv2(↑1)水魔法Lv2(↑1)
錬金術Lv1 薬師Lv1
連携Lv3(↑1)鑑定Lv3 識別Lv3(↑1)耐寒Lv2(↑1)掴みLv2(↑1)
馬術Lv1
装備 初心者のロッド 綿の服 布の靴 背負袋 アイテムボックス
所持アイテム 剥ぎ取りナイフ
召喚モンスター
ヴォルフ ウルフLv3 召喚
残月 ホースLv1 帰還
ヘリックス ホークLv1




