~春~
桜の咲く春。入学、卒業、就職と人生が変わることの多い季節に、俺も人生が大きく変わる出来事があった。……母と妹が一遍にできた。ようするに父が再婚した。
俺の家庭はシングルマザーならぬシングルファザーだった。父のために弁解しておくが、こうなったのは離婚が原因ではない。母が買い物帰りの途中に交通事故で死んでしまったのである。俺は小さい頃すぎて母親の顔も写真でしか知らないが、親バカの父曰く『お前に似た整った顔立ちで優しい人』だったのこと。そんな父は教師という公務員ではかなり苦労する役職に就いており、そこで事務の仕事をしていた新しい母さんと出会って――恋に落ちた。ベタだと思ったヤツ心配するな、俺もそう思った。母さんは普通にバツイチで中学二年生になる子ども(今となっては俺の妹)がいた。二人とも運命を感じたら突っ走るタイプらしく、お互い子どもに話さず一気にゴールイン。母さんは退職し、同居するようになって今に至る。
ここまでは、別に構わない。どんだけ父と母がイチャイチャしていようが新婚だからそんなもんだと受け止めることができる、が……。問題は妹の方なのである。
中二と言えば多感で思春期真っ盛り、下手したら反抗期な年のハズなのだが……内の妹は中々規格外である。
朝。
「お兄ちゃん起きて!」
俺を起こしに来る。プラスお弁当を完備してくれる。本人いわく『ずっと作ってたからお兄ちゃんが増えても問題ないよ』とのこと。
昼は学校があるからスルーするとして、夜。
「お兄ちゃん、勉強教えてよ~」
それだけのために俺の部屋に不法侵入。いや、家族だからいいんだけど。
つまり、俺が言いたいのは何だよこのラノベみたいな状況、ってことである。妹や弟ができたことはないのでわからないが、こんなものではないというのはよく聞く友人の話から確信できる。友人には何も話せなくて気まずくなるよりはマシだろ、と言われ、確かにそうだとは思うがここまでベタベタされると妹の真意がわからなくて今現在、俺は悩み中である。
そんな風にしていても月日は過ぎ、あっという間に桜の咲く季節になった。俺は悩んでもやもやする気持ちをどうにかしようと、この高校に入学したての頃見つけた桜が満開の、穴場スポットに来た。校門のところに桜並木があるのはよく知られていることだが、ここにも桜があるのは意外と知られていない。もったいないことである。学校側がベンチとテーブルまで親切に置いてくれているというのに。……大分古びてるけど。
「よいしょっと」
年よりくさい声を発して、ベンチに腰を下ろす。と、向こう側に女子がいるのが見えた。白い、セーラー服を着た女の子。うちの女子の制服はブレザーである。え、じゃあアイツって何者――と思っていた時だった。
地面に落ちていた桜の花びらがふわっと浮き上がる。そして、その女子と合わせるようにふわふわと舞い始めたのである。軽いステップに合わせて、浮かんだ桜の花が上下に揺れる。
「て、手品?」
でも、それにしては手が込み過ぎである。と、俺がポカンとしている内に向こう側が気付いたらしい。あっ、と女子は声を上げ、すると桜の花びらはまた地面に落ちて行った。女子はずんずんこちらに近づいてくる。まず、見ちゃいけないものを見たから怒ったか?確かにかなりの超常現象だったけど幻かもしんないし、気付かなかったお前も悪いしお互い様だよな?
「あなた」
「な、何だよ」
「私が見えるのっ!?」
セーラー服の少女はパッと顔を輝かせ、俺の手を取るとぶんぶんと振った。……コイツは本気で何者なんだ?
「お、お前誰?うちの学校の転校生とか?」
「違う違う。私は春の魔法使い!四季を操る魔法使いの一人よ」
「へーそうなんですかー」
「ちょ、信じてないの!?さっきの光景見てた癖に!」
「いや、だって」
小学生ならまだしも、高校生にもなって魔法使いなんてホイホイ信じるヤツがいるかっつーの。
「……まあ、いいわ。あなたの頭が固いって思えば納得だし」
「何失礼な納得のし方してんだよ?!」
「うるさいわね~。文句あんの?」
「大有りだ!」
ぜえぜえと肩で息をする。ツッコミって疲れるな……これがツッコミかは微妙だけど。
「あ、忘れてた。あなたの名前は?」
「俺?俺は時田春永。時間の時に田んぼの田、後は春永」
「は……はるなが?」
「お前、春の何たらじゃなかったのかよ?」
「魔法使いよ、魔法使い!この国は独自の文化が多すぎて未だに知らないこといっぱいなのよ……」
まあ、確かに俺だって日本人だけど日本のすべてなんて知りやしないから、そこには同意する。
「春永はこう書く」
俺はちょうど近くにあった木の枝で地面に『春永』と書いた。
「それでハルノリ……長いわね、ハルでもいい?」
「……好きに呼べ」
コイツに何を言っても無駄な気がした俺はうんざりしながら答える。
「ハルの名前って変わってるわね」
「名前っていうか……読み方がな」
毎年名前をどう読むのか聞かれるのはもうお決まりのパターンである。
「それにしても、見られる人間が私の時にもいるなんて思ってなかったわ!」
二つ下にくくった髪を揺らしながら笑う女子……自称魔法使い。
「そんなに珍しいのか?」
「あら、私のこと信じてくれたの?」
いたずらっぽく笑う魔法使い。性質が悪いことこの上ない。
「別に。ただ、昔から疑うか信じるか迷うのなら信じろって父さんが言ってたから」
疑うのはかなり覚悟してからにしろ。じゃねーと後悔するぞ、も父の酔っ払った時の口癖である。
「はるはファザコンなの?男にしては珍し……」
「ちげーよ!……最近まで家族は父さん一人だったんだよ」
「最近、というのは?」
本当にコイツは一言余計だな……、と思ったけど、丁度いいとも思った。魔法使いはどう見ても女だし、妹の話をしたら……コイツなら真意に気付くかもしれない。
「じゃあ、ちょっと話してやるよ」
俺はそう言って再婚のことと妹のことを話し始める。『態度がでかいわよ、年下の癖に』という文句はスルーした。
話し終わった後。魔法使いは気を切り替えるかのように息をゆっくり吐き出した。俺もそれにつられて深く深呼吸をする。桜のほのかな香りが鼻腔をくすぐった。と、魔法使いは息を吐いた後だというのにため息を吐いた。
「どうしたんだよ、いきなり?」
「いや……ハル妹は苦労しているな、と思って」
「なんだよ、ハル妹って。アイツにはちゃんと鈴菜っていう名前があるんだぞ」
「ハルがずっと、俺の妹、で話を進めるからじゃない」
言われてみればそうである。ぐっと言葉を詰まらせた俺に魔法使いが勝ち誇ったような笑みを浮かべる。何だろう、非常に腹が立つ顔だ。でもここで一々やいやいやってたらいつまでたっても話が進まない。
「で、お前はどう思う?鈴菜の真意って」
「真意、って難しいこと言うわね……。そうね、私は魔法使いだから普通の人間には見えないし、こんな風に話せやしないけど、こうしてハルと会えたのも偶然だし教えてあげる」
相変わらず上から目線だが、要約すれば教えてくれると言うことなので黙っておく。
「スズナはね、きっとハルと仲良くしようと必死なのよ」
「俺と……仲良く?」
「そう。きっと、そうよ。私が言うんだから間違いないわ。朝起こすのも、お弁当を作るのもハルとコミュニケーションをとるためよ」
じゃあ、慣れてしまうとお弁当も作ってくれなくなるし、ああやって笑いながら話すことはなくなるんだろうか。……それはそれでちょっと寂しい、ような。
「ねえ、ハル」
「何だ?」
「今日の晩ごはんハルが作ってあげたら?」
最近まで自分で作ってたんでしょ?見透かしたように言う魔法使いに俺はこくりとうなずく。
「作ってあげなさいよ、約束だからね!」
魔法使いはそう言って、小指を出してきた。指切り拳万をしろと言うことなのだろうか。俺も小指を出して、魔法使いの小指に絡める。
「指切り拳万嘘吐いたら針千本飲―ます」
「指切った!」
指を放す。きっとこれは世界一切れない強固な約束の糸となっていることだろう。
何を作ればいいのかわからずアイツに意見を求めたところ、散々罵倒された後、カレーという何とも無難な意見をもらった。まったく、そんな無難な意見しか言えないなら、俺とほぼ同レベルだろうか。そんなヤツにだからモテないとか言われたのは非常に不本意だが、意見をもらったのは事実なので目を瞑っておくことにする。
家に帰っても両親は共働きだから帰ってくるのは遅いし、鈴菜は部活。計画を実行するのにちょうどよかった。カレーなら父と二人暮らしの頃のネタが尽きた頃の定番メニューだったから滞りなく作業を進めていく。カレーのルーは甘口と中辛を混ぜたものを。
「へ~、結構凝ってるのね。最近の男子は家事もできないとダメって言うけど、ハルもその流れで?」
「いや、俺はただ単にやらなきゃいけないから自然に身についただけ……って!」
俺は横を勢いよく向く。そこにはやっぱりあの毒舌セーラー服がいた。
「やっほー、気になったから遊びに来ちゃった」
「来ちゃった、じゃねーよ!不法侵入じゃねーか!」
「まあまあ。どうせ私が見えるのはハルだけなんだし問題ないわ」
「問題ありすぎだろ!」
もし、俺らが喋ってる時に誰かが帰って来てみろ?俺絶対病院に連行されるからな。
「でも、心配無用だったみたいね。つまんないの」
「何だよつまんないって……」
「そのまんまの意味よ。……あ」
ガチャ、とドアの開く音と、ドタドタと騒がしい足音。どうやら鈴菜が帰って来たようだ。と、魔法使いが窓を開ける。
「それじゃあ、私は邪魔しないようにお暇するわ。まあ、せいぜい頑張りなさい」
「おー、二度と来んな」
「言われなくてもそのつもりよ。もうハルに悩みなんてないみたいだしね。アンタこそもう私が見えるなんてことないようにね」
「もうこんな魔法使い見たくないからぜってー見えねえようにしとくさ」
「失礼なヤツね」
「お前もだろ」
悪態を吐きつつも、俺たちは笑っていた。
「ただいまー!って、お兄ちゃん!?」
「おー、おかえりー。暇だから晩御飯作ってみた」
「そうなんだ!……何か良いことあった?」
「へ?」
「いや、ニコニコしてるからてっきりそうかな、って」
「……どうなんだろうなぁ?」
「どうなんだろって自分のことでしょ?変なお兄ちゃん」
「ああ、まったく変な話だ」
あんな魔法使いと出会ったなんて。でも、夢だったと断言のが何だか悔しい。だって、確かに俺らはあそこで会って、散々貶しながらもアイツはヒントっていうかアドバイスをくれた。それは紛れもない事実だからである。
「それにしてもホントに珍しいね。そんなに暇だったの?」
「珍しい珍しい言うな。再婚する前はこれが当たり前だったっつーの」
「そっか」
「それに……いつも何やらかんやらしてもらってるし」
本当に、ありがとう。感謝してる。
俺と仲良くしたいらしい鈴菜になんと言ったら良いかわからず、今俺ができるのは感謝の言葉を述べることだけだった。これでよかったのか?と急に弱気になる。が、鈴菜は、
「どういたしまして!でも、家族なんだから気にしなくていいんだよ?」
と、嬉しそうに笑みを浮かべて言った。……そうか、家族だもんな。家族って言葉は不思議だ。何か、暖かい何かが心の中に流れてくる。
「家族、か……」
「そーそー、家族だよ!あ、そう言えば近くのあのおっきな公園、桜が凄くきれいだったよ!今度の日曜日は私も部活休みだしみんなで行こうよ!」
「お、いいな」
花見、か。ここ何年かあの公園にも行ってなかったから、公園も花見もかなりご無沙汰なものとなっている。そう考えると、柄にもなく楽しみになって来た。
「みんな帰って来たら鈴菜が言ってやれ」
「うん!」
不意に窓を見やる。当然魔法使いはもういなく、街路樹のところにある桜の木がきれいな薄ピンクの花びらを散らせていた。
―END―




