~冬~
「はあ、またか……」
私はため息を吐いて、雪の降る道を歩いていた。――あの魔法使いに出会うまでは。
私の名前は舞原冬霞。現在小学六年生。トウカ、なんて女の子らしい名前を付けてもらったのはいいものの、実際は宝の持ち腐れで、私は人形遊びなんかしてるより男友達と一緒に遊んでいる方が性に合っている人間だ。そして、この度、私は父の都合で雪なんかと縁のないところから一気に毎日雪が降るようなところへと転校することになった。新しい地は雪がちらちら舞い散るどころかビュービュー吹き荒れるようなところだ。そして私の今一番の悩みは……。
友達ができない。正確には女友達が、できない。
私は二学期の途中に転校したため、これが春の四月ならなんとかなっていたかもしれないが、さすがにこれくらいの時期になると転校生の紹介も適当、そして話しかけられないと話さない私は見事に友達の輪に入れず浮いてしまった。以上、今までの解説。
思い出すとまたため息が出てくる。私はもう何回目かもわからないため息を吐き出した。口から出た白い息は上に昇って行く。きっとあの息は幸福を道連れにしているんだろうな、と想いながらまた歩き始めた時だった。
「え……?」
私は思わず歩む足を止める。ここには道路なんてものはもうなく、車もほとんど通らないから問題ない。それよりも、目の前の……私は頬っぺたをつねってみる。痛い。だとすると間違いなくこの光景は本物なワケで。
不思議な光景である。積もっているハズの雪が宙に浮いていて、何かを中心にぐるぐる回っているようだった。そして雪の隙間から見えるその中心にいるのは……明らかに人間らしかった。
え?どういうこと?まさか北国の人たちはみんなこんな特技を――持ってたら凄いな。もし持っていたらとっくの昔にテレビにニュースにされていることだろう。だとしたらこの人は?……とりあえず声をかけてみるか。
「あの、すいませーん」
返事がない。雪がぐるぐる回ってる音のせいで聞こえていないのかもしれない。私はさっきより大きく息を吸い込んで、
「すいませーん!聞こえてますか?!」
すると。雪は動くのをピタッと止め、地面にゆっくり落ちていき、ふさっ、と柔らかい音をたてた。そして真ん中にいたのは……。
「あなたは……?」
紺色の髪をロングヘアにした、私よりも年上そうな女の人が立っていた。
それにしても不思議な見た目である。髪の色は紺色、日に焼けたことがないんじゃと思わせるくらいの白い肌。袖が手が隠れるくらい長い、でも丈は普通な水色の分厚そうな生地のワンピースを着ていて、その上から飾りのついた白いケープを着ている。しばらくジッとみつめていると、女の人が歩み寄ってきた。
「さっきも言ったけど、あなたは?」
「ま、舞原。舞原冬霞です」
「トーカ……」
「あなたの名前は?」
「名前?」
そんなの無い。女の人は衝撃的なことを淡々と述べた。
「な、名前が無い?!」
「あなたたち人間は動物やらぬいぐるみとかいう無機物にまで名前をつける相当な名前好きだけど、私たちにそんな名前をつける習慣なんてないから」
「人間は、って……まるで自分が人間じゃないみたいな言い草ですね?」
「?さっきの光景を見てたのにわからなかったのか?私は人間じゃない」
「え」
人間じゃない?!じゃあ、この人は一体何?宇宙人なの!?
「私は冬の魔法使い。……四季を操る魔法使いの一人」
女の人……魔法使いさんは相変わらず淡々とした口調を変えないまま、そう言った。
「魔法使いにも色々いる。その中でも私は冬の訪れと別れを操る魔法使い。この世界に冬が来るのは私がいるから」
「へぇ~」
「それにしてもおかしいな。私は普通の人には見えないハズなのに……」
いや、そんな不思議そうな顔をされても現に私には見えてるんですが。と、魔法使いさんが何か思いついたように目を見開いた。
「そうだ、確か秋の魔法使いが言っていた気がする」
秋の魔法使い……この人が冬なのだからその人は秋の季節をどうこうする人なのだろうか。
「お前、今悩み事でもあるんじゃないか?」
思わず私はビクッとした。
結局、魔法使いさんに下らない悩みを隠し通せるほど私に根気もなく。しょうがないので事情を説明した。ちなみに今は魔法使いさんが一瞬にして雪を操って作り上げたかまくらの中にいる。魔法使いさんいわく、自分の使える魔法は四季に関すること以外はこれだけなんだとか。いや、それだけでも十分凄いと思いますが。
魔法使いさんは私の話を無表情で興味があるかは定かではないが、相槌を打ちながら聞いてくれた。そして、私を見る。
「やっぱり、そうか」
「そうか、って?」
「私はこんな魔法使いだから他の魔法使いに会うとしたら秋か春の魔法使いくらいなものなのだが、秋の魔法使いに少し会った時にだな……」
『お疲れ様』
『あら、珍しいわね。何事にも無頓着なあなたが私にそんなこと言ってくれるなんて』
『失礼な。私だって仲間を労う気持ちぐらいはある』
『ふふ、冗談よ、冗談。……まあ、お詫びにって言ったらなんだけど面白い話を教えてあげる』
『こうして話しているといつまでたっても冬が迎えられないんだが』
『大丈夫よ、こんな世間話をするくらい。でね、風の噂ってヤツなんだけど、普段は人間に見えない私たちでも人間に見えることがあるらしいわ』
『へぇ、少なくとも私は会ったことはないな』
『私も会ったことがないわ』
『で、その人間とは?』
『それはね……』
「『悩みを持った人間らしいわ』……確かに彼女はそう言っていた」
「つまり、私が魔法使いさんと話せるのは私がこうやって悩んでるおかげだと?」
「秋の魔法使いの話だとそういうことになるな」
「へぇ……」
不思議なことがあるもんだ。まさか悩みの持っている人間だけが見える魔法使いがいるなんて。でも、人間悩みは誰しもが持っているような気もするけど。そこはやっぱりあれだろうか、運命と言うヤツなのだろうか。
「しかし……お前友達がいないのか」
「うっ……そんな噛みしめるように言わないで、傷つくから」
「しかし、トーカはこんな見るからに人間ではない私には喋られるのに、同類の人間には上手く話しかけられないなんて……人間とは実に不思議な生き物だな」
「そんなこと言われましても……」
「……うん、そうだな」
魔法使いさんは私の手をいきなり引っ張る。強制的に私は外に出された。うっ、さむ!かまくらの中がどれだけ暖かかったか思い知らされた。魔法使いさんはかまくらに手を触れると一瞬に雪に戻した。魔法使いさんは私の両手を握る。と、さっきのように雪が私を中心にぐるぐるとまわり始めた。
「せっかくこうしてトーカが私を見えてるのも何かの縁だ。冬だけしか私はここにはいないが……その間、お前が友達が作れるようサポートしよう」
「ま、魔法使いさんが!?」
見るからに今まで人間とまともに触れ合ってなさそうなのに……大丈夫なの?でも、今は藁にもすがる思い。私は魔法使いさんの手をぎゅっと握りしめる。
「お、お願いしちゃっていいんですか?」
「こちらから言い出したことだ。むしろ断られてしまうと私の格好がつかない」
「じゃあ……お願いします!」
そう言って笑うと、魔法使いさんが初めて頬を緩ませた。いつも笑っとけばいいのに、と思うほどその笑顔はきれいだった。
『とりあえず、お前は家に帰れ。もう暗い』
確かに渦巻いてる雪から解放されるともう空は真っ暗だった。中学生ならまだしも、小学生なら大分遅い時間だろう。まあ、私も春になれば中学生なのだが。とりあえず家に帰って、また明日あそこで会うつもりだ。と、いうのも魔法使いさんは明日どこでいつに会うなどとまったく言わず、雪に紛れてどこかに行ってしまったからだ。本当に私を手伝う気はあるのだろうか?疑問である。
「ただいまー」
「あら、おかえり。帰って来ないから心配していたところよ」
「遅かったわね。友達と遊んでたの?」
雪まみれの私のコートを受け取った母が、笑いながら聞いてくる。まさか魔法使いに会いました、なんて言えない……。間違いなく病院行きだ。少し会っただけだけど、魔法使いさんを友達と思っても間違ってないとは思うし。
「まあ」
と答える。
「そうなの。友達の話なんてしなかったから心配だったけど、そんな友達がいたならよかったわ」
「お母さんは心配性なんだから。そんなに心配しなくても私大丈夫だよ」
「そう。……今日はシチューよ。早く手を洗ってきなさい」
「はーい」
私は嘘を吐いていることに罪悪感を感じて、逃げるように洗面所に駆けて行った。母はそんな私を見て、『そんなにお腹が空いてるの?』と苦笑した。
ご飯を食べ終わった後、私は自室でのんびりと宿題をしていた。雪も大分マシになって今ははらはらと降る程度になっている。やっぱり雪が降る時はこれくらいがちょうどいいもんだ、なんてのんびり考えていたら。カツカツ、と何か固いものを叩く音がした……窓の外から。
「いや、まさかまさか……」
きっと空耳だ、って思ってたのに。
ゴンゴンゴン!ゴンゴンゴン!
「ああ、もう!うるさ……」
勢いよくカーテンを開けると窓の外に……魔法使いさんがいた。正確には、私の窓近くに立っている木の枝に乗っていた。
「魔法使いさん!?」
驚きつつも、慌てて窓を開ける。魔法使いさんは躊躇うことなくふわりと軽い身のこなしで私の部屋に入って来た。え、土足禁止ですよ、ここ?
「別に外でもよかったのだが」
「風邪引いちゃうじゃないですか。でも、せめて靴脱いでから入って来てくださいよ……私が怒られたらどうしてくれるんですか」
「別に人間じゃないから風邪なんて引かない。この靴も特別だから大丈夫だ」
魔法使いさんの言う通り、散々雪の中を歩いて来たハズなのに、私の部屋に敷かれているカーペットはまったく濡れていなかった。まるで魔法使いさんの周りには膜が張られているみたいだ。
「どうやって私の家を知ったんですか?魔法使いさんって人に見えないんでしたよね?」
「そんなもの、雪に聞いたら一発だ」
あちこちを飛び回っているからな、とさも当然のように言う。さすが冬の魔法使い……。
「それにしても、私に何か用でしたか?」
「ああ、トウカにどういう風に友達を作りたいか聞いてなかったな、と思って」
どういう風に、って……。友達を作るのにそんな様々な方法があるのだろうか。少なくとも私は知らない。
「別に……特にそんなのはないですよ」
「なら、みんなを少し驚かせるようなことをしても問題ないか?それが一番手っ取り早い気がするんだ」
わざわざやってもらうのに、異論を唱えるのは悪い気がして、
「はい、いいですよ」
と、承諾した。すると、魔法使いさんは立ち上がって、窓を開ける。うう、寒いから早く閉めてください……。せっかくストーブがあるのに意味がないじゃないですか。魔法使いさんは窓の枠を手にかけて飛び出そうとしたが、私の方をくるりと向き直って、
「明日、あの場所に友達になりたいヤツを連れてこい」
きっと、友達になれる。魔法使いさんはそう言い残して部屋を後にした。
翌日。私は勇気を振り絞って近くの席にいる子に、
「あの、私の家に寄って行かない?お母さんが友達呼んで来いってうるさいの」
そう言うと、その子は少し不思議そうな顔をしながらも、快くオーケーしてくれた。
「舞原さんって、近寄り難いイメージあったけど、そうでもないね」
「え、そんなイメージあったの?」
「だって都会から来たって言うし、全然喋らないし。私たちになんて興味もないと思ってた」
「そんなことないよ!?私、自分から話しかけるのが苦手で……」
「そうだったんだ!ごめんね、変な風に決めつけちゃってて……」
「う、ううん!全然気にしてないから!」
あれ、結構上手くいってる?魔法使いさんに頼る前に早くこうするべきではなかったのではないだろうか、と内心反省する。と、昨日魔法使いさんと初めて会った時のところまでやって来た。何があるのだろう……そう思っていたら。
「うわぁ……」
「凄い……」
目の前には雪で作られた滑り台があった。しかも像の形をしており中々クオリティが高い。一体誰が……なんて愚問過ぎるか。
「一体誰が作ったんだろう?」
「あ、滑り台の方に何か彫ってあるよ。……あれ?」
舞原さん、こっちこっちと引っ張られ来てみれば、そこには滑り台の根元に小さく『トーカ』と彫られていた。
「トーカ、って誰なんだろ?」
「わ、私の名前」
「え!?あんな難しい漢字でそう読むんだ!いいなあ、可愛い名前で」
なんだか照れくさくなって視線を下にする。と、
「舞原さんも私の名前、知らないでしょ?私の名前ルミっていうの。流れるに美しいで流美。よろしくね!冬霞!」
ここでできた初めての友達に初めての呼び捨て。それが何よりも嬉しくて――。私は満面の笑みで、
「うん、よろしく流美!」
と、答えた。
「せっかくだしここで遊んで行こうか?」
「でも滑り台なんて今更じゃない?」
「じゃあ……それっ!」
「きゃっ!?」
流美がいきなり雪玉を投げてきた。流美が不敵に笑う。
「ふふ、油断大敵よ?」
「や、やったなー!」
私たちは日が暮れるまで滑り台の前で雪合戦をした。
「もうこんな時間」
「あ……冬霞の家に寄れないかも」
「気にしないで!お母さんにはちゃんと言っておくから!」
「ごめんね!また明日!」
「バイバーイ!」
夕焼け。ほんのりオレンジ色に染まったように見える雪を踏みながら私は帰って行く。と、目の前に誰か現れた。……魔法使いさんだ。
「よかったな、トーカ」
「魔法使いさんのおかげだよ」
「何を言っている。あそこに着くまでにはもう随分仲良くなってたじゃないか」
「そうかもしれない。でも……魔法使いさんと会わなかったらきっと私友達を作ることなんて諦めてた。背中を押してくれたのは紛れもなく魔法使いさんだよ」
「そう言われると、こっちも報われるな」
そう笑う魔法使いさんの存在をなんだか急に儚く感じて。
「魔法使い、さん……」
「……トーカ、知ってるか。今日は二月三日、節分……立春だ」
『今日から春が始まるんだ』
「……え?」
意味を理解するのに数秒かかった。と、急に魔法使いさんの体が透けてくる。
「魔法使いさん!?」
「もう、冬は終わり。お前との約束を果たせてよかった」
「ちょっと待ってよ!お礼まだ全然言って……」
「いいよ。私を見られる人間がいて、話そうとしてくれる人間がいて、その人間が幸せになった――それだけでも私は幸せだ」
「魔法つか」
「さよなら、トーカ。……また出会えることを祈っておく」
そう言って、魔法使いさんは消えた。
夢……だったのだろうか。でも、現実だったような気がする。魔法使いさんと会ったのはたった二日間だけ。でも、一生忘れない二日間となってしまった。
「また、会えたら……」
その時はちゃんとお礼を言おう。
私はゆっくり歩き始める。雫が落ちてくるのはきっと気のせい。ほら、笑って帰ろう。
家に帰れば母がきっと恵方巻きを用意して待っているのだから。
―END―




