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9.コンビニパン

 魔力切れ。当然、人間にもゴブリンにも、身の丈にあった魔力がある。

 私は初めてその体験をし、その場に座り込んでしまう。


「おや、魔力切れですか」

「一気に力が抜けました……お腹がペコペコです」

「それはそうでしょう。ナチュ様が先ほど放ったのは、本来なら高位の術師が練り上げるほどの密度でしたから」


 ニードさんは呆れ半分、関心半分といった様子でため息をついた。

 魔力は生命力と直結している。スマホのバッテリーがゼロになったどころの話ではない。ガソリンが切れてエンストした大型トラックみたいに、指一本動かすのさえ億劫だ。


「とりあえず、何か食べるものを持ってきます。ここで待っていてください」


 ニードさんが稽古場を去ると、入れ替わりでギギがひょっこり顔を出した。


「おいナチュ!今の爆発お前がやったのか?村の連中が『天変地異だ』って騒いでるぞ」

「あー……ギギ……お腹、空いた……」

「うわっ、酷い顔だな。ほら、これ食うか?」


 そう言ってギギが差し出してきたのは、匂いも見た目もグロテスクな木の実だった。


「……なにこれ?」

「森で採れる『バクダン果実』だ。栄養はあるが、ただ、味がな……」


 一口かじってみる。渋い……というより、なんだか泥の味がする。

 お腹は鳴っているのに、脳が拒否している。私が求めているのはこんな野性味あふれるサバイバル飯じゃない。


「違う……。私が食べたいのは……セ●ンのたまごサンドとか、ロー●ンのチョコクロワッサンとか……あの、ふわっふわで甘いヤツなんだよぉ……」

「何言ってるんだ?」


 涙が出てきた。死んでからずっと張り詰めていた緊張の糸が、空腹のせいでぷっつり切れてしまったようだ。

 現世では当たり前だった、あのビニールの袋を開けた瞬間のバターの香り。トランス脂肪酸万歳な、あのジャンクな甘み。


「コンビニパン、食べたいよぉ……」


 その瞬間、私の中に残っていたわずかな魔力が、私の強烈な未練に反応した。

 ふわり、と目の前の空間が歪む。

 200の属性のひとつ。創造。具現。あるいは、時空の歪みから記憶を引き出す未知の系統だろうか。


 ポンッ。

 軽い音とともに、ギギの膝の上に何かが落ちた。


「……なんだこれ?白くて、柔らかくて……光ってるぞ?」


 そこにあったのは、石ころだらけの稽古場には似つかわしくない、真っ白でツヤツヤした物体。

 紛れもない、練乳ミルクフランス(のようなもの)だった。


「うそ……出したの?私、今、パンを魔法で出したの!?」


 魔力切れの限界を超えて、私は震える声を出した。

 これこそが、最強の無属性魔法。

 私の食欲が、ついに世界の理を凌駕した瞬間だった。

 ……と、思ったのも束の間。私が目を光らせてギギの膝に乗っているパンを見ていると、訝しげな顔でギギがこっちを見てくる。


「なんだこれ?食いもんか?」


 立ち上がってパンを取りに行こうとした次の瞬間、ギギがそれを一口で平らげてしまった。


「……は?」


 途端、あたかも私が瞬間湯沸かし器のように頭に血が上る感覚を覚えた。


 その後、稽古場とギギがどうなったかっていうのと、私がめちゃくちゃニードさんに怒られたっていうのは、……まあ、言うまでもないよね。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました!

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