8.魔法学
結局一睡も出来ず朝を迎えた。朝も早くから、この部屋に入ってきたニードさんに声だけ驚かれる。
「ナチュ様、一晩中こちらにいらっしゃったんですか!?」
理由はもちろん言えず、私はお茶を濁す。
「いやぁ、ちょっと知りたいことがあって……」
「なるほど。えー……いきなりで申し訳ないのですが、魔法学の準備が整いました。こちらに来てください」
魔法学。私はその言葉に惹かれるようにこの部屋をあとにする。待ちに待った魔法の勉強が、ついに始まるのだ。
歩いている途中、ニードさんに話しかけられる。
「ナチュ様は、一切魔法について知らないのですか?」
「全く知りません……でした。昨夜勉強したので多少は分かります」
「ナチュ様の意欲はすごいですね。私は昔、父……ああ、バザルグ様のことです……に、スパルタ教育を受けていて魔法が嫌いでしたから」
ニードさんとバザルグさんは父子関係らしい。どうりで、あの二人の間にはなんとも言えない信頼関係があったのか。
「あのスパルタ教育があったからこそ、私は今生きているわけですが……。ナチュ様にも、それに負けず劣らず学んでいただきます」
「お、お手柔らかにお願いします……」
200を超える種類の魔法が使えるからと言って、それを制御できるかどうかはまた別の話だ。
「魔力が大きいということは、暴走した時の被害も甚大だということです。下手をすれば、この村を一瞬で焼き付くしかねませんからね」
その言葉に、私は生唾を飲み込んだ。私が持っているのは文字通り『爆弾』のような力らしい。
◇ ◇ ◇
着きました、という言葉と共に現れたのは、それはそれは広い稽古場だった。
「まず、ナチュ様には私の魔法を見て覚えていただきます。その後に実践していただきます」
「……はい」
「では全ての根源となる無属性魔法から。大気に満ちる無色の息吹、我が指先に集いて形を成せ。【魔素の揺らぎ】」
もっとこう、ドカーン!ってなるのを期待していたが、ニードが見せてくれた魔法は特に何も起こらなかった。よく見ると指先に何かが集まっている。
「これは、体内の魔力を指先に集めるだけの無属性魔法です。これが出来なければ、200種類あるナチュ様の属性もただの宝の持ち腐れになってしまいます」
【魔素の揺らぎ】。要するにそれは、魔法を発動させるための『アイドリング』みたいなものだ。
料理でいえば下ごしらえ。メイクでいえば化粧下地。派手ではないが、これがないと全部が台無しになってしまうめちゃくちゃ大事な『土台』だ。
「ん〜……」
指先に集中する。身体の中心から熱い何かが指先に向かっている感じがする。
「あっ」
ドカーン!と、私がさっき想像していた音が指先でなる。そうそう、これだよこれ!
ドヤ顔でニードさんの方を見ると、何やら青ざめている。あれ、やばいことやっちゃいました?
「今、詠唱しましたか?」
「え?……してませんね」
「座学となってしまうのですが、魔法というのは三つの要素で構成されます。まず、詠唱。そして、イメージ」
ニードさんは震える手で、爆発の余韻で少し焦げた私の指先を指さした。
「本来、無属性魔法の【魔素の揺らぎ】は、最も慎重な魔力操作を必要とするため、初心者は必ず詠唱を行って魔力の出力を安定させます。それをナチュ様は『無詠唱』で、しかも本来の数十倍の威力でたたき出した……」
「えっと……昨日読んだ本の中に『魔法はイメージが大事』って書いてあったので、適当にドカーン!っていうのを想像したんですけど……ダメでした?」
「ダメではありませんが、……恐ろしい話です。詠唱とは、言わば暴走を防ぐための安全装置です。それを外してなお、これほどの密度で魔力を形にするとは。ナチュ様、あなたのイメージする力は我々の常識を遥かに超えている」
ニードさんは額の汗を拭いながら、真剣な眼差しで私を見つめる。
「そして、魔法を構成する最後の要素。それは、名前です」
「名前……ですか?」
「はい。イメージを固定し、現象を定義する言葉。ナチュ様が先ほど放ったのは、もはや【魔素の揺らぎ】ではありません。……今の術に、ナチュ様ならどんな名をつけますか?」
名前、か。
指先の焦げた匂いと、さっきの衝撃。
女子高生としての語彙力をフル回転させて、私は指先に残る熱を感じながら答えた。
「……【瞬光】とか?」
その瞬間、私の中にあった『ただの爆発』のイメージが、一つの魔法としてカチリと固定された感覚があった。
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