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15.side ニード:終焉の産声

 その瞬間、私の時は止まった。


 目の前で、私が心血を注いで導こうとしていた「少女」の影が、ドロリと黒く、そこの見えない闇に変貌した。

 あの方が発した「ゴミなんだ、私たち」という、感情の抜け落ちた声。

 それは、聖者でなければ魔王でもない。この世界のあらゆる理の外側に座す、圧倒的な『虚無』の言葉だった。


(……逃げろ)


 私の魂が、耳元でそう絶叫していた。

 私はバザルグ様の懐刀として、数多の戦場を駆け、死線を越えてきた自負がある。だが、この時ナチュ様の背後に揺らめいた何かは、私が知るどんな脅威とも質が違っていた。


「【終焉の重圧(グラビティ・フォール)】」


 あの方が小さく呟いた直後。

 視界が、文字通り『潰れた』。


 衝撃波などではない。空間そのものが重力に耐えかねて悲鳴を上げ、大気が圧縮され、白銀の騎士という個体が、不快な音を立てて大地の一部へと同化していく。

 騎士が放っていた聖なるオーラなど、あの方の足元から溢れ出す黒い泥のような魔力に、瞬きする間もなく飲み込まれた。


(……なんてことだ。あの方は、引き出しをあけてしまった)


 200の属性。

 その中にある、最も触れてはならない『深淵』の領域。

 本来なら、人生を何周繰り返しても制御し得ないその力を、あの方は『怒り』というたった一つのトリガーで、完璧な密度で具現化してしまった。


 あの方が一歩、また一歩と騎士へ近づく。

 その足跡の一つひとつから、草木が枯れ、生命の灯火が消えていく。

 あの方は無表情のまま、「家畜だからわかんなーい」と残酷に微笑んだ。


「ヒッ……」


 喉が鳴った。情けないことに、私の膝は笑っていた。

 あの方は、私のことを「お世話になっているゴブリン」だと言ってくれた。だが、今のあの方の目に、私はどう映っている?

 もし今あの方に「ニードさんも、あの騎士と同じですか?」と問われたら、私は何と答えればいい?


「ナチュ様……!もう、それ以上は……!」


 必死で声を絞り出した。あの方を止めるためではない。

 このままあの方が「闇」に飲み込まれ、ゴブリンとしての、あるいはナチュという少女としての心を完全に捨て去ってしまうのを、ただ恐怖したのだ。


 あの方が振り返る。

 その瞳に宿った、救いようのない絶望。

 私はあの方を救世主だと思っていた。だが、違った。

 あの方は、世界を救うために来たのではない。世界に絶望した末に、すべてを無に帰すための『終わりの化身』として、ここに立っているのではないか。


「ニードさん、ごめん。ちょっとやりすぎちゃった」


 ふっと重圧が解け、あの方はいつものような軽い調子で笑った。

 だが、私の震えは止まらなかった。

 あの方は「お腹すいた」と言って歩き出す。その後ろ姿を見つめながら、私は握りしめた剣の柄を、あの方に向けることさえできなかった。


(ギギ……。あなたは、とんでもないものを連れてきた)


 あの方は、自分が怪物になったことを嘆いている。

 だが、私に見えている景色はもっと残酷だ。

 あの方は怪物ですらない。あの方は、意志を持った『終焉そのもの』だ。

 私はあの方を教育しなければならない。

 だが、それはもはや、強くなるための特訓ではない。

 あの方がその「指先一つ」で世界を消し去ってしまわないよう、必死に心を繋ぎ止め、人間の皮を被せ続けるための、綱渡りのような儀式なのだ。

 沈黙の広がるクレーターで、私は冷たい汗を拭った。

 あの日のナチュ様の背中を、私は一生、忘れることはできないだろう。

ストックが尽きてしまったので、次回から週1、2回更新となります。出来次第投稿していきますので、お待ちいただけると嬉しいです!


ここまで読んでくださり、ありがとうございました!

もし少しでも「良かった」「続きが気になる」と思っていただけたら、感想や評価で応援していただけるとすごく励みになります。

いただいた反応は今後の執筆の力になります。次回もよろしくお願いします!

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