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14.友達?

 特訓の翌日、オフの日。私はギギを連れて、村の結界の少し先にある川原に来ていた。

 ニードさんには「あまり遠くに行くな」と釘を刺されていたけど、どうしても確かめたいことがあった。それは、私の魔法が本当に人を笑顔にできるのか、ということ。


「おいナチュ、何しに来たんだよ。食材探しなら、昨日の泥の実で十分だろ」

「絶対やだ。次は絶対に『美味しい』って言わせてみせるんだから」


 鼻歌まじりに歩いていると、川べりの茂みに、不自然な「白」が見えた。

 ドキリとして駆け寄ると、そこには先日の白銀の騎士団と同じ紋章をつけた、小さな少年が倒れていた。


「……人間?子供……だよね?」


 まだ12、3歳ぐらいだろうか。鎧はブカブカで、昨日の【終焉の重圧(グラビティ・フォール)】の余波を受けたのか、全身泥だらけだ。

 私が手を伸ばそうとした瞬間、少年がバッと目を見開いた。


「っ!……くるな!化け物!!」


 少年は震える手で、折れた短剣を私に向けた。その瞳に宿っているのは、純粋な、剥き出しの恐怖だ。

 昨日の騎士と同じ、ゴミを見るような目。

 胸が、チリッと焼けるように痛む。


「食べようとしたりしないよ。怪我、してるでしょ」


【言語理解】で話しかけても、少年は「喋るな!呪われる!」と叫んで耳を塞ぐ。

 対話、全拒否。……これ、詰んでない?


「ナチュ、ほっとけよ。どうせ人間なんて俺たちのこと全部敵だと思ってんだ」

「……でも、このままじゃ死んじゃうよ」


 私は大きく深呼吸した。

 言葉がダメなら、胃袋だ。

 JKのコミュニケーションの基本は、いつだって「楽しいことの共有」なんだから。


 私は目を閉じ、記憶の引き出しを漁る。

 あの、独特な巻貝みたいな形。中には、溢れんばかりの濃厚なチョコ。

 特訓したばかりの制御魔法を全開にして、私はそれを具現化した。


「……はい、これ。毒じゃないから」


 差し出したのは、ツヤツヤに光る『チョココロネ』。

 この世界には存在しない、甘く、香ばしい香りが辺りに漂う。


「……な、なんだこれ。黒いドロドロが入ってる……やっぱり呪いの……」

「いいから食べなよ。死ぬ前に甘いもの食べられたらラッキーでしょ?」


 少年は、お腹の鳴る音を隠せなかった。彼は泣き出しそうな真っ赤な顔でチョココロネをひったくると、毒味をするように端っこを一口……そして、固まった。


「!?!?!」


 少年の瞳が零れ落ちそうなほど大きくなる。

 チョコの甘さが脳に届いた瞬間、彼の顔から恐怖が消え、代わりに衝撃が上書きされた。


「……おいしい。何これ……夢?僕、死んだの?」

「死んでないし。チョココロネって言うんだよ、覚えときなさい」


 少しだけ、空気が緩んだ。

 けれど、束の間の平穏を切り裂くように、森の奥から「ギチギチ」と嫌な音が響いた。


「おい、ナチュ……マズいぞ。あれ、『フォレスト・スパイダー』だ。人間も魔物も関係ねぇ、この森の掃除屋だぞ」


 巨大な蜘蛛の魔物が、少年の背後から音もなく這い出してきた。

 少年は腰を抜かし、折れた剣を落としてしまう。


「……ギギ、助けるよ」

「正気か!?そいつは人間だぞ!」

「関係ない。私、昨日決めたんだ。誰も怖がらせない魔法で、守るって。……それに、チョココロネの感想、まだちゃんと聞いてないもん!」


 私は少年の前に立ち、右手を突き出した。

 出すのは、黒い影じゃない。

 ネイルを塗るように、繊細に。

 枯葉を浮かせるように正確に。


「……いくよ。私の、最初の『綺麗な魔法』」


 巨大な蜘蛛が、鎌のような脚を振り上げる。

 少年は恐怖で声を失い、ただ目を見開いて震えていた。


「ギギ、あいつの注意を引いて!その子には指一本触れさせないで!」

「ったく、ゴブリン使いが荒いぜ……!おい、デカブツ!こっちだ!」


 ギギが素早い動きで蜘蛛の側面へと回り込み、小石を投げて挑発する。蜘蛛の多眼がギギを捉え、その巨体がわずかに逸れた。その一瞬の隙に、私は少年の前に跪き、地面に両手をついた。


(影じゃない、重圧じゃない……。みんなが安心するような、守りの光を……!)


 思い描くのは、夜の街を彩るイルミネーション。あるいは、教室に差し込む午後の柔らかな日差し。

 200の属性から『光』と『硬化』、それに微かな『癒やし』を混ぜ合わせ、練り上げる。


「──【聖域の輝壁(セイント・ベール)】!」


 パァァァッ……と、私と少年を包み込むように、淡いハチミツ色の半透明なドームが広がった。

 直後、蜘蛛の鋭い脚がドームを叩く。けれど、金属どうしがぶつかるような高い音を立てて、攻撃は完全に弾かれた。


「な、なんだこれ……光ってる……あったかい……」


 少年の震えが止まる。

 ドームの内側には、ほんのりとバニラのような甘い香りが漂っていた。私の魔法に、無意識に「お菓子の記憶」が混ざってしまったのかもしれない。


「……ねえ、君。あいつの弱点とか、知ってる?」

「えっ、あ……うん!騎士団の教本で習った!あの蜘蛛は、お腹の赤い模様が弱点だ……けど、あんなに速いんじゃ狙えないよ!」


 教えてくれた少年の瞳に、ほんの少しだけ「希望」が灯ったのが見えた。

 私はニヤリとする。


「オッケー、十分!ギギ、お腹の模様見せられる!?」

「無茶言うな!……いや、お前がそのキラキラしたやつで道を作ってくれるなら、やってやるよ!」


 私はドームを維持したまま、右手だけを外に突き出した。


「足元、滑るから気をつけて!【氷の滑走路(アイス・ロード)】!」


 ドームから蜘蛛の足元に向けて、鏡のように滑らかな氷の道が一瞬で敷かれる。

 踏ん張りの効かなくなった蜘蛛が大きくバランスを崩し、その巨体がひっくり返った。


「今だ!ギギ!!」

「うおぉぉぉりゃぁぁぁああ!!」


 ギギが氷の上をスケートのように滑り込み、むき出しになった赤い模様へ、渾身の力です手斧を叩き込んだ。

 ギチィィィッ!という断末魔の叫びとともに、巨大な蜘蛛の動きが止まる。


 静寂が戻った川原で、私は魔法のドームを解いた。


「……ふぅ。……ね、怖くなかったでしょ?」


 私は少年に手を差し出した。

 少年は、差し出された私の緑色の手をじっくりと見つめ……それから、おずおずと、でもしっかりと自分の小さな手で握り返した。


「ありがとう。ゴブリンの、お姉ちゃん」


 お姉ちゃん。

 人間に「怪物」でも「汚物」でもなく、そう呼ばれたのはこの世界に来て初めてだった。


 私は、さっきのチョココロネよりもずっと甘くて温かいものが、胸いっぱいに広がるのを感じていた。


「……さあ、今のうちに傷を治して、仲間のところへ帰れる場所まで送ってあげる。あ、でも、私のこと『可愛いお姉ちゃんだった』って言いふらすのは禁止ね。恥ずかしいから」


 私の冗談に、少年は初めて小さな声で「うふふ」と笑った。

 この前の絶望が、少しだけ。本当に少しだけ、溶けて消えた気がした。

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