13.心の形
翌朝。
正直、部屋から出るのがめちゃくちゃ怖かった。「あいつ、マジで怪物じゃん」とか「近寄らんとこ」って影でヒソヒソ言われる未来しか想像できなかったから。
だけど、恐る恐る家のドアを開けて外に出た私を待っていたのは、予想もしない光景だった。
「あ、ナチュ様だ!」
「かっこよかった!ドカーンってしてた!」
隠れていた子供ゴブリンたちが、まるでヒーローでも見つけたみたいなキラキラした目で駆け寄って来た。さらには、村の熟年ゴブリンまでが、震える手で深々と頭を下げた。
「ナチュ様……我らを、あの冷酷な騎士から守ってくださり、感謝の極みでございます」
「えっ、あ、いや……怖くなかった?私、あんな真っ黒な魔法出しちゃったし」
戸惑う私に、一人の女の子のゴブリンが道端に咲いていた小さな黄色い花を差し出してきた。
「怖くない。ナチュ様、強くて……綺麗だった」
……綺麗。
人間に「汚物」だと言われた私を、この子達は「綺麗」だと言ってくれた。
鼻の奥がツンとして、私は慌てて空を見上げた。
「……ナチュ様。休んでる暇はありませんよ」
背後から聞こえてきたのは、いつになく真剣で、でもどこか安心するニードさんの声だった。
昨日の重圧を見て、彼は私を突き放すどころか、より一層厳しく導こうとしてくれている。
「今日やるのは派手なことは一切なし。……これです」
ニードさんが命じたのは、魔法で一枚の枯葉を空中で固定し続けるという、究極に地味なコントロール訓練だった。
「地味!逆に肩凝りそうなんですけど!」
「これができなければ、あなたは一生あの影に怯えて暮らすことになります。集中してください」
私は地面に座り込み、指先に全神経を集中させた。
魔法を出すのは簡単。でも、出す量を『極小』にするのがこんなに難しいなんて。
プルプル震える指先を見ながら集中していると、横から聞き馴染みのある声がした。
「なんだ、まだそんなショボいことやってんのか?」
ギギだった。昨日の今日で、こいつも全く態度が変わらない。
私の顔を見るなり、ギギは懐からあの「泥の味の木の実」を取り出して放り投げてきた。
「ほらよ。腹減ってんだろ」
「……ギギ。私、まだ昨日のことで落ち込んでるんだけど」
「はっ、お前がどんだけやばい魔法を使おうが、俺にとっては『せっかく出した食いもんを一口で奪われて、顔を真っ赤にしてキレてたマヌケな女』のままだよ。……だから、そんなに落ち込むな」
……励まされてるんだろうけど、やっぱりムカつく。
でも、魔法を暴走させて自分でも自分が怖かった私にとって、あの事件を笑い話にして接してくるギギの図太さは、何よりの救いだった。
「……誰がマヌケよ。次に出した時は、絶対一口もあげないからね」
「ニシシ!そん時は、また奪ってやるよ」
私は、受け取った木の実をガリッと齧った。相変わらず不味い。
でも、200の属性は、誰かを絶望させるための凶器じゃない。
私を「綺麗」と言ってくれた子供たちや、このデリカシーのないゴブリンとの日常を、丁寧に、大切に守っていくためのツールなんだ。
「次はさ……誰も怖がらせないような、もっと綺麗な魔法で守ってみせるよ」
そう決意を口にした私に、ニードさんが眼鏡の奥の瞳を少しだけ和らげて言った。
「その意気です。では、その『綺麗な魔法』の第第一歩として、さらに難易度を上げましょう。ナチュ様、その葉っぱを浮かせたまま、同時に指先で小さな火を灯してください」
「えっ、マルチタスク!?無理だよ、私そういうの苦手だし!」
「昨日のあなたは、無意識に複数の属性を混ぜ合わせていました。意識してできないはずがありません」
無茶振りだ。でも、ニードさんの目は「できるまで返さない」と言っている。
私は右手の指先で枯葉を固定しつつ、左手の指先に全神経を集中させた。
葉っぱが落ちそうになると火が消え、火を強くしようとすると葉っぱが猛スピードで回転し始める。
(落ち着け私……。ネイルを塗りながら、スマホで動画をチェックするあの感じ……!)
集中しすぎて、周りの音が遠のいていく。
JK時代の謎の集中力を発揮して数十分。私の右手の上では枯葉がピタッと静止し、左手の指先には、マッチの炎のような、小さいオレンジ色の火が灯っていた。
「……できました」
「お見事。それが『制御』された魔力です。昨日の荒れ狂う影とは違う、あなたの意思で宿った力です」
ニードさんが珍しく手放しで褒めてくれた。その時、ふと横を見ると、ギギが地面に図を描いていた。
「なあ、ナチュ。お前がさっき言ってた『綺麗な魔法』ってさ、こういうこともできるのか?」
ギギが指差したのは、村の入口にある壊れかけの柵だった。
昨日の騎士との戦い(というか私の暴走)で、衝撃波の余波を受けてボロボロになっている。
「あ……」
「村の連中、お前のこと『綺麗』だなんて言ってるけどよ、実際みんなビビってんだ。お前が歩くたびに地面が割れるんじゃないかってな。だからさ、壊すんじゃなくて治すようなやつ……見せてくれよ」
ギギなりのアドバイスだった。
あいつ、昨日私のパンを一口食べた時は「マジで絶交!」って思ってたけど、意外と村のみんなのこと見てるんだ。
「……分かった。やってみる」
私はニードさんに教わったばかりの『制御』を意識しながら、壊れた柵の前に立った。
200の属性の中にある【土】と【結合】、それに少しの【生命】。
真っ黒な影を出すような怒りじゃなく、「元通りになって」という願いを込めて魔力を練る。
私の指先から、淡い緑色の光が溢れ出した。
光は壊れた木材を包み込み、パズルのピースが埋まるように、ゆっくりと形を修復していく。ひび割れた地面には、さっき女の子からもらったのと同じ、小さな黄色い花がポツポツと咲いた。
「わあ……」
遠巻きに見ていたゴブリンたちが、歓声を上げた。
それは恐怖の叫びじゃない。心からの、喜びと驚きの感嘆。
「これなら……みんな、怖くないよね?」
「ああ。これなら、お前が『食いしん坊なゴブリン』ってことも、すぐにバレるな!」
ギギの余計な一言に、私は「うるさい!」とツッコミを入れながらも、心から笑っていた。
異世界に来て、ゴブリンになって。
絶望して、拒絶されて、それでも。
私の魔法が、誰かを笑顔にできるなら。
この緑色の手で、この世界の『日常』を、作っていこう。
「よし、ニードさん、特訓再開!次はもっとすごいの作っちゃうから!」
私のその宣言に、ニードさんは深いため息をつきながらも、その口元にはかすかな笑みを浮かべていた。
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