11.害虫
「……あ、そうなんだ」
乾いた声が、自分の口から出た。
悲しいとか、怖いとか、そんなまともな感情は一瞬で蒸発してしまった。
代わりに、胸の中にある『200の引き出し』が、音を立てて勝手に開き始める。
私が今まで「可愛くなろう」とか「仲良くなろう」とか思っていたエネルギーが、真っ黒なドロドロとした何かに書き換えられていく。
「ゴミなんだ、私たち。……喋るだけで吐き気がするんだ。」
たしかに私は、ゴブリンになってから日も浅い。ゴブリン歴より人間歴の方が長いだろう。
しかし、お世話になってきた人を貶し、蔑み、挙句家畜と言われてみれば、その考えは明確な嫌悪感に変わる。
視界が急激に暗くなっていく。
空が曇ったわけじゃない。私の瞳から、光が失われていくのだ。
「何をブツブツと……死ねッ!」
騎士が剣を振り下ろす。遠くで、ニードが叫ぶ声が聞こえる。
その白銀の刃が私の首に届く寸前、私の影が生き物のように跳ね上がり、彼の手首をがっちりと掴んだ。
「な……っ!?なんだこれは!?」
それは200の属性の一つ。重力、あるいは負の感情を糧とする「深淵」の力。
「……【終焉の重圧】」
ドォォォォオオンッ!!
目の前の男を私と同じ地面まで引きずり下ろしたい、と願った。
凄まじい衝撃波とともに、騎士は馬ごと地面に叩きつけられた。
「がはっ……!?あ、あああ……身体が、動かっ!?」
白銀の鎧が、まるでお菓子の空き缶のようにベコベコとひしゃげていく。
地面には巨大なクレーターができ、騎士の自慢の聖なるオーラは、私の足元から溢れ出す真っ黒な「影」に飲み込まれて消えていった。
「ねえ、聞いてる? 喋るなって言われたから、言葉以外の方法でコミュニケーション取ろうと思って」
私は無表情のまま、一歩、また一歩と、地面にめり込んだ彼に近づく。
背後では、ニードさんやギギが、見たこともない化け物を見るような顔で私を凝視していた。
「貴様ッ……!高貴なる我に楯突いたこと、必ず後悔させてやる!」
「まだそんなこと言える元気があるんだ……すごいね」
騎士の喉元まで届く影を操りながら、私は自分の指先を見つめた。
あんなに練習した【魔素の揺らぎ】とは比べ物にならないほど、私の魔力は冷たく、そして澄み渡っている。
「『ゴブリンの分際で』って言ったよね?でも、今あんたの命を握ってるのは、そのゴブリンなんだよ。皮肉だよね。最高にウケる」
私は地面に這いつくばる騎士の顔を覗き込んだ。
恐怖で引き攣り、涙と鼻水で汚れたその顔は、先ほどまでの「正義の味方」の面影なんて微塵もなかった。
「ひっ……あ、ああ……助け……」
「助けて?何それ、人族の言語?私、家畜だからわかんなーい」
私が指先をわずかに下げると、重圧は更に増し、騎士の肩の骨が嫌な音を立てて軋んだ。
「ナチュ様……!もう、それ以上は……!」
震える声で私を呼んだのは、ニードさんだった。
振り返ると、彼は武器を構えることさえ忘れ、ただ呆然と私を見ていた。その瞳には、救世主への期待ではなく、底知れない「怪物」への根源的な恐怖が宿っている。
ああ、そうか。
私は人間を絶望させただけじゃない。守りたいはずの仲間でさえも、今、私の手で凍りつかせているんだ。
「……はは、そっか。そうだよね」
私はふっと指の力を抜いた。
どす黒い影が霧のように霧散し、騎士を押し潰していた重圧が消える。
「ニードさん、ごめん。ちょっとやりすぎちゃった」
私はいつものJKらしい軽いトーンで言ってみたけれど、空気はちっとも軽くならなかった。
地面に転がったまま動かない「白銀のゴミ」を見下ろし、私は村の奥へと歩き出す。
もう、あの頃の私には戻れない。
可愛い魔法でキラキラした異世界ライフを送るなんて、最初から無理ゲーだったんだ。
「……帰ろ。お腹すいちゃった」
背後に広がる沈黙が、今の私にはどんな罵倒よりも重く感じられた。
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