10.人間
敵襲!敵襲──!
ニードさんに怒られている最中、村を監視しているゴブリンの声が聞こえた。
「すまない。着いてきてくれないか」
「え?はい」
私が返事をした直後、ニードさんは険しい顔で駆け出した。
私もその後を追う。昨夜、本で知った「討伐対象」という言葉が、頭の中を何度も何度もループする。
村の入口、結界の境界線。
そこにいたのは、今まで見てきたゴブリンたちとは何もかもが違う存在だった。
眩しいほどに磨き上げられた白銀の鎧。背中には汚れひとつない真っ白なマント。
馬にまたがったその男は、まるで特撮のヒーローや乙女ゲームの攻略キャラのようにキラキラと輝いていた。
「……人間」
思わず声が漏れた。
あれが、私と同じ種族だったもの。
あんなにかっこいい人が相手なら、きっと話し合える。だって、見るからに「正義の味方」って感じだし、話せば分かるはずだ。
ニードさんが武器を構えようとするのを、手で制止した。
「……ナチュ様?」
「待ってください。私が……話してみます。言葉が通じるなら、戦わなくても済むかもしれないので……」
ニードさんは一瞬、悲しそうな私を見たが、何も言わずに一歩下がってくれた。
私は深呼吸をする。
そして、JK時代に培ってきたコミュ力を全開にして、とびきりの笑顔で一歩前に出た。
「こんにちは!あの、私たちは戦う意思はないんです。ちょっとここで静かに暮らしたいだけで……」
【言語理解】の魔法が、私の言葉をこの世界の言語にして響かせる。
騎士の青い瞳が、ゆっくりと私に向けられる。
期待に胸を膨らませた私に、彼がかけたのは、慈悲でも哀れむ言葉でもなく、ただただゴブリンを罵倒する言葉だけだった。汚物でも見るような目で。
「ゴブリンの分際で、人族の言語を話すな!貴様らには分からんのだろう。貴様らがどれだけ劣っており、穢れており、生きていてはいけない存在であるかを!」
その声は、現世で聞いたどんな悪口よりも冷たかった。
「その穢れた口から聖なる言葉を出すこと自体が罪だ。貴様ら家畜が人の真似事をするな。吐き気がする」
騎士は、宝石のようだった瞳を嫌悪感で歪ませた。
そこに映っている私は、一人の女の子でも、対話できる相手でもない。ただの、喋り出した不気味な「ゴミ」なんだ。
私が必死に絞り出した言葉は、彼にとって『情報の伝達』ではなく、ただの『耳障りな雑音』でしかなかった。
「……っ」
まさか、ここまで忌み嫌われているとは思いもしなかった。
言葉が出ない。
あんなにも輝いて見えた白銀の鎧は、今では血も涙も通さない鉄の壁に見える。
「ナチュ様、下がってください」
背後からニードさんの低い声が聞こえた。
彼は最初から分かっていたんだ。この世界の「人間」にとって、私たちがどれほど無価値で、言葉を尽くすことさえ「罪」とされる対象なのかを。
「死を以てその無作法を詫びるが良い。害獣の群れごと、この森から消し去ってやろう」
騎士が、無造作に刀を拭いた。
その切っ先が私に向けられた瞬間、今まで感じたことのない「死」の温度が、私の頬をかすめていった。
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