前編 犯罪が起きるかもしれない
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犯罪が起きるかもしれない――そう内部通報があった大学の講義室で、俺は眠気と戦っていた。俺は相棒の山田と、窮屈な木の椅子に並んで座っている。
「左京先輩、静かですね。何も起きないんじゃないですか?」
山田はネクタイを緩め、すでにうとうとし始めていた。
SS大学SS学部、大講義室。
朝の八時から、俺たちはここで張り込み――いや、聴講している。
多くの関係者が興味深そうにタブレットを開き、論文や資料に目を走らせている。今日は、何やらとんでもない研究発表が行われるらしい。専門家の間だけで共有される、極めて機密性の高い情報だという。
もっとも、俺も山田も剣道の腕前だけが取り柄の武闘派だ。知的な話には正直興味がない。何事もなく終わって、帰りにラーメンでも食べて帰れればいい。俺は腕時計をちらりと見た。
いくつかの演題が終わった。最近の卵研究はAI技術の活用が流行だ、ということは嫌でも理解した。実際のところ、眠気を誘う話ばかりだった。
そして――
焦げた白衣で登場したのが、本日の最終演者、秋葉原博士だった。
会場がざわめく。
「おい、山田、起きろ」
山田は目をこすり、慌てて背筋を伸ばした。
司会者が、今までになく声を張り上げる。
「いよいよ、秋葉原博士の演目です。先生の卵関連の研究は、ご承知の通り、国内のみならず世界が注目しております。ノーベル賞にも王手をかけたとさえ言われています。それでは博士、お願いします!」
山田があくびを噛み殺した。
「秋葉原博士? 焦げた白衣でボタンも留めず、髪はぼさぼさ。
なんだかだらしない人に見えるなあ」
「おい、静かにしろ」
俺は小声でたしなめた。
「あー、秋葉原です。皆さん、こんにちは。さっそく本題に入ります」
博士は淡々と話し始めた。
「生物から有益な智を形作った研究は、昔からいくらでもありました。私たち人間は、生物から学んできたのです。魚の流線形から、潜水艦や高速列車の形状を考えました。抵抗を減らす設計が可能になったことは、皆さんご存じでしょう」
会場は静まり返っている。
「カワセミのくちばしは、新幹線の先頭形状に応用されました。トンネル突入時の衝撃音を軽減するためです。これも常識ですね」
博士は一拍置いた。
「もうひとつ。トンボの羽は、ドローンやヘリコプターに応用され、揚力と安定性の両立を成し遂げました」
山田の目が、少しだけ輝いた。
「ほう、そうなんだ。初めて聞いた」
そのつぶやきを、博士は聞き逃さなかった。
「いい反応ですね、君。では、アリの行列から人は何を学んだでしょう?」
山田は首をかしげる。
「うーん……砂糖の運び方?」
博士はにやりと笑った。
「最短経路アルゴリズムです。通信、物流、ネットワーク最適化に応用されています」
博士の語りは止まらない。
「ヤモリの足からは、接着剤不要の粘着技術。サメ肌からは、抗菌・抵抗低減素材。
水着や病院設備に使われています」
博士は、会場を見渡した。
「人間は、無から発明したわけではありません。いつだって、見て、真似て、気づいただけです。蓮の葉は水を弾き、ヤモリの足は重力に逆らい、クモの糸は、細くて強いという矛盾を成立させている。自然は答えを隠していません。問いとして見なかっただけです」
博士は一呼吸置いた。
「だから私は、完成品に興味がありません。完成した瞬間、学びは終わるからです」
博士はガラスケースを演台に置いた。助手が手伝い、向きを整える。
「卵が好きなのは、そのためです。殻の中にあるのは答えではない。まだ名前のついていない可能性なのです。生き物は――勝手にやる」
ガラスケースの中には三つの卵が並んでいた。
ラベルにはこう書かれている。
「芸術家の卵」
「作曲家の卵」
「スパイの卵」
映像はモニターに大きく映し出された。
俺には、何がどうなって芸術家の卵が生まれたのか、さっぱり分からない。おそらく、そこが重要機密なのだろう。
博士がそっとケースの扉を開けた、その時だった。
コツ。
小さな音。
卵が割れる音ではない。
床でも棚でもない。
もっと近い。
博士の背後だ。
博士は振り向かなかった。
「今の音は、予定外じゃな」
返事はない。
代わりに、照明が一瞬揺れ、
モニターが砂嵐になり、
照明がすべて同時に消えた。
停電ではない。
博士は即座に理解した。
「これは……遮断じゃ」
会場がざわめく。
山田が立ち上がった。
「犯罪? 先輩、これは何の犯罪でしょう?」
「分からん」
俺は低く答えた。
「無線も切れている。こうなれば椅子の下に忍ばせた竹刀で犯人を確保するしかない。だが……誰が、何をやった?」
博士はため息をついた。
「やはり、早すぎたか」
ケースを見る。
三つあった卵のうち、一つが消えていた。
割れた殻はない。
ひびもない。
最初から無かったかのように。
山田が叫んだ。
「盗難か?!」
足音がした。だが、講義室の扉は開いていない。
山田が走って行って確認する。
「全部閉まってます!」
博士は静かに言った。
「すべての扉は施錠され、監視カメラもある。侵入したなら、記録が残る」
その直後。
博士の横の椅子が、きいと音を立てて沈んだ。
山田が叫んだ。
「そこに、何かがいる!」
博士は、にやりと笑った。
「……成功じゃ」
聞いたことのない低い声が空気を震わせる。
「見つかってしまいましたか」
博士が振り向く。
そこに立っていたのは、白衣でも学生でも警備員でもない男だった。
「スパイの卵はな」
「割れた瞬間から、誰にも気づかれん存在になる」
男は頭を下げた。
「その通りです、博士」
非常ベルが鳴り響いた。
俺と山田は顔を見合わせ、俺が叫んだ。
「警察だ! 中にいる者は動くな!」
扉が開き、20名ほどの警官たちが雪崩れ込む。
だが、さっきの男は消えていた。
「博士、動かないでください!」
「やれやれ。最近の若い者は声が大きいのう」
俺は一歩前に出た。
「不正な実験と侵入の通報がありました」
「侵入? 誰が?」
「あなたです」
博士は瞬いた。
「わしが?」
「監視は全遮断。操作できるのはあなただけだ」
「なるほど。理屈は通っておる」
俺はケースを指す。
「スパイの卵が消えています」
「消えたのではない。育っただけじゃ」
その時、山田が床を指した。
「左京主任……これを」
そこには、薄い卵の殻。
「卵が割れたということはな」
「中身が外に出たということじゃ」
「どこへ?」
「もう、ここにはおらん」
無線が鳴る。
「身元不明の男を確認!」
博士は静かに言った。
「だから言ったじゃろ。割れた瞬間から、誰にも気づかれん」
俺は博士を睨む。
「知っていたのか?」
「知っておった。だから警察を呼ばせた」
「なぜだ」
「事件として処理せねば、誕生は記録に残らんからな」
最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!
後編もよろしければ読んでください。謎解きがあります。
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