6話
その朝、タケルは鏡の前に立っていた。
前髪を、少しだけ整える。
整髪料を、ほんの少しだけ指に取る。
昨日と同じ手順。
でも、今日は少しだけ手慣れていた。
制服の襟を直し、靴を履く。
鏡に映る自分を見て、タケルは思った。
(俺、ちょっとだけ変われたかも)
美容院に行っただけ。
リンスを使っただけ。
眉を整えただけ。
でも、その“だけ”が、男子校生には大きかった。
学校に着くと、ユウスケが言った。
「お、なんか今日、雰囲気違うな」
「…そう?」
「髪、いい感じじゃん」
タケルは、照れながら笑った。
(よし、気づかれた)
(でも、あんまり言われると照れる)
昼休み、カズマが言った。
「お前、美容院行った?」
「…うん」
「へぇ、なんか…大人っぽいな」
タケルは、心の中でガッツポーズをした。
(俺、今、“ぽい”って言われた!)
放課後、帰りのバス。
窓に映る自分の顔を、ふと見た。
前より、少しだけ自信がある顔だった。
(俺、まだ照れるし、妄想もするし、何も変わってないけど)
(でも、ちょっとだけ…変われた気がする)
バスが揺れる。
タケルは、イヤホンのコードを指でいじりながら、
心の中でつぶやいた。
(美容院は照れるよ、どこまでも)
でも、その照れが、なんだか少しだけ誇らしかった。




