1話
床屋のイスに座ると、タケルはいつも思っていた。
(ああ、これでまた“さっぱり”するんだな)
バリカンの音。
耳の後ろのチクチク。
「今日は短めでいい?」というおじさんの声。
それが“散髪”だった。
でも、ある日、ふと思った。
(…オシャレって、なんだ?)
きっかけは、男子校の友人・ユウスケの一言だった。
「俺さ、最近、美容院行ってんだよね」
「え、マジで?なんで?」
「なんか…オシャレっぽいじゃん」
その“ぽい”が、タケルの心に刺さった。
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数日後、タケルはスマホで「男子 髪型 中学生」と検索していた。
出てくるのは、前髪がふわっとしてて、横がちょっと流れてて、
「これ、俺がやっていいの?」という髪型ばかり。
(いや、でも…やってみたい)
(俺も“ぽい”って言われたい)
母に「美容院、行ってみたい」と言ったとき、
「えっ、どうしたの?」と驚かれた。
「いや、なんか…ちょっと、気分変えたくて」
「ふーん。じゃあ、予約してあげる」
その“予約”という言葉にも、タケルは照れた。
床屋は予約なんていらなかった。
行って、座って、切ってもらうだけだった。
でも、美容院は違うらしい。
予約して、髪型を選んで、会話して、シャンプーして、
なんか…“文化”が違う。
(俺、今、文化圏を越えようとしてるのかもしれない)
(男子校生、床屋圏から美容院圏へ)
その夜、タケルはスマホで髪型を選びながら、
「この髪型で…」とつぶやいて、
自分で照れて、布団に顔を埋めた。




