僕と白のツバキと黒のアイツ その⑧
「ほんに最近は訳の分からん事ばかりじゃて・・・」
お茶をすすりながらキヨさんがため息交じりにそう呟く僕達は向かい合わせに座りダイチが淹れてくれたお茶とキヨさんが持って来てくれた大根のお漬物で一息ついていた。
「そういえばキヨさんはずっとこの街で暮らしてるの?」
「んだ、産まれたんも育ったんもここじゃ」
「へぇ~キヨさんの小さい時とか想像つかないかも・・ぁ、ゴメンなさい」
「ふん、わしにも坊主くらいの時もあったさ」
キヨさんはお茶をすすり一つホウっと息をつくと語り始めた
「まぁ、お前くらいの時には家の手伝いさせられとって、楽しみは少なかったかもなぁ遊ぶにも何にもなかったし・・たま~に近所の悪ガキどもに交じって近くの川に遊びに行ったくらいかのぅ」
「え?川???(あったかな?)」
「今じゃ砂ばかりじゃがあったんじゃよ、あの砂漠が広がっとる場所も田んぼが一面に広がっててな・・・・春の田植え時期にゃ川から引いてきた田んぼの水面に青い空と雲が映って、風がそよぐと田に映る空が波打つように揺れる、夏の昼には一面の緑の絨毯がさわさわ揺れる景色が見れたし夜にはカエルが五月蠅いほどじゃったが、秋には秋で一面黄金色の海のような様子じゃった、稲刈りの終わった後に稲わら使って焼き芋焼いて怒られたりもしたっけか?とにかく手伝いはキツかったがそんな景色を眺めながら食べた飯が美味かった。今思えばそれが楽しみで頑張れたんだべな」
「へぇ~あの砂漠が田んぼだったんだ、それに川も・・ふふ・・それにしてもキヨさん食いしん坊だったんだね」
テーブルの上で組んだ腕に顎をのせたちょっとばかり緊張感の無いかっこうでキヨさんの話を聞いていた僕は思わずクスクスと笑ってしまう
「あぁ今も食べるのは好きじゃが、あの景色を見ながらの飯は格別じゃったな」
「良いなぁ・・でも本当にあの砂漠が田んぼだったなんて信じられないや」
「全部では無いがの、大部分は田んぼで昔は小さいが川もあって普通の田舎の風景だったと思うが・・・今じゃその川も干上がってもうて跡さえ残っとらん、前は湧き水も豊富だったんじゃがいつからか出んようになって、今じゃ何ヵ所か使える井戸が残っとるだけじゃ」
キヨさんの話では現在の街の飲料水はその大部分が外部から賄われているそうだ、今の街からは考えられない、しかしそんな風景や生活が実際にあったんだとキヨさんは言っていた
植えたばかりの稲穂が綺麗に並び、良く晴れた日差しの中瑞々しい緑と青空が水面に映り、風が吹き抜けその稲穂と水面を揺らす。そんな景色が目を閉じると思い浮かぶような気がして僕は段々と重くなる瞼を知らず知らずのうちに閉じていた。
いつしか僕は遠くにキヨさんとダイチのやり取りを聞きながら心地よくも深い眠りにどっぷりと落ちて行った。
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俺はいつもの部屋で分体の増殖に精を出していた。
だがおかしい
前回と同じ材料と同じ製法で創ったはずなのに使用感が全く違う
あの日、使用してしばらくは動きに制限がかかったように上手く操作出来なかったが、先輩や種だと思っていたあの存在を前にした時には身体と精神に馴染み、神にでもなったかのような多幸感や万能感があった、今回は馴染むまでの時間を計算して改良は加えたがその改良が仇となったのか使い物にすらならい
「クソっ!!!」
思わず汚い言葉が口を付くが誰に聞かれる訳でも無く注意する者も居ない、ふと俺は先輩の事を思い出していた。
あの人はいつも我が道を行っていて他人を寄せ付けない雰囲気があった、なのに必ず誰かが彼を認め気が付けば彼を慕う者までいたように思う。
かく言う俺もその一人だったわけだが、そんな慕っていた先輩の
『何かに躓いたら一度基本に戻ってみろ』
と言う言葉を思い出し俺はフラフラと改良前のレシピで分体を創り始めた。出来上がったそれを使用し馴染むまでの時間を分体で過ごした。が、結果は失敗、
『お前はいつもあと一押しが足りないんだよ』
俺が何かに躓いた時、ボソリと呟いた先輩の言葉を思い出し俺は余計に苛立ち目の前の分体の成り損ないに当たり散らし完成したばかりのそれを容器ごと床にぶちまけ踏みつけた
「何があと一押しだ!!・・・クソっ!!!烏は使い物にならない!!種も空振り!!何故なにもかも上手くいかない!!」
他の奴らが欲しい物をあっさりと手に入れる様子、俺は過去それをただ眺めるだけだった。それが常となっていたし羨ましいとも思わなかった。
しかし彼女と初めて会った時、初めて欲しいと守りたいとも思った。
そしてそれはアッサリと奪われ絶望した。
だが今は違う、俺は今度は諦めないと誓った。
長男が跡継ぎ次男は長男に何かあった場合の代わり三男は保険、そんな長男至上主義みたいな古い考えを未だに引きずっているそんな家の三男が俺だ。俺を産んだ母親は後妻で派手好き、贅沢するのに忙しく子育てには関心が無かったため実質的に家政婦に育てられたようなものだった。
だから俺とよく似た境遇のスギ先輩と知り合った事は運命のように感じたし趣味が合う気やすい相手、そして尊敬できる先輩として慕っていたと思う。
初めてスギ先輩が長男で妹がいると聞いた時には俺の家の長男様と先輩とのあまりの違いに会ったことも無い先輩の妹という存在に軽く嫉妬したほどだった。
しかし先輩と同様に親の愛を知らない俺にも、時折俺を気にかけてくれた次兄の存在があった。だからこそ余計に俺と先輩には縁があるように感じたのだろう。
兄妹と兄弟の違いはあれど、次兄だけが俺のただ一人の家族だったから。
それと比べてうちの長男様はとにかくクズだった。
根っからのクズだったのか、長男だからと甘やかされて育った影響でクズになったのかは分からないが、地元でのそこそこ権力を持つ家柄、そして私腹を肥やして増やし続けた財産とで長男様は早いうちからそれらを振りかざし好き勝手に生きていた。
その結果、欲しい物は金と権力で何とかなると学んだ最低野郎が出来上がったわけだ。
それに比べ次男は誰に似たのか大人しく、何事も努力してコツコツ積み上げる秀才タイプだった。
結果、大人しい性格のせいで長男からも実の親からも都合良く使われていた。長男とは年子だったせいもあるだろうが、何にせよ日頃から父親の
『会社は長男に継がせ実務は次男に任せれば良いだろう』
そんな考えが透けて見えてた。
そして俺は先妻子供である2人より年が10才以上離れており何の期待もされず空気のような扱いで幼い頃から死んだ魚のような虚ろな目をした子供だったらしい。




