僕と街と怪しい2人 その③
翌朝、早く目覚めた僕は、リュックからフェイスタオルと歯ブラシを取り出すと、身支度をするべく、脱衣所にある小さな洗面台へ向かう。
この部屋はダイチさん仕様のせいか、僕が使うにはチョっと色々デカい。(まぁ、ダイチさんの私室なんだから当たり前なんだけど・・・)
ベッド代わりのソファーもデカくて、昨夜、座ろうと腰を下ろしたら、なんか埋もれてた。
必死になって起き上がろうとしても、ソファーは僕の上半身をふんわりと包みこんでしまい、上手く動けずにモダモダ・・・。
ダイチさんはそれ見て大爆笑。
「色々痛くなるから、あんま笑わせんな!!」
と、ひとしきり笑った後、涙を拭いつつアバラの辺りを庇いながら僕を起こしてくれた。
(理不尽だ・・・)
そんな事があり、不貞腐れた僕は早々に寝てしまったわけだ。
まぁソレは良いとして、今現在の問題は鏡が見えない事だ。背伸びしてみるがテッペンの寝癖がヒョコヒョコと写るだけで目すら見えない。
自慢にならないけど、僕の髪は一見サラサラとして癖が無いが、一度寝癖がつくと中々取れない。
どうしても鏡で確認したい所だ。
先に歯を磨く、磨きながら辺りを探してみるが踏み台は無かった。
仕方なく、風呂場にあったプラスチックの椅子を台の代わりにする。
スリッパを脱いで素足で上がると、縦に長い楕円の鏡のその下の方に僕の首から上が丁度、映り込む。
そして予想通り、中々に激しい寝癖が付いている。
ドライヤーは見つから無かったので、とりあえず顔を洗い髪を水で濡らす。
ダイチさんの物であろう歯ブラシの隣に、無造作に置いてあったコームを借りて整える。
テッペンの『跳ね』が直りにくい、暫く頑張ったけど妥協した。
洗面所を出るとまだダイチさんは寝てるらしく規則正しい寝息がかすかに聞こえる。
リュックに歯ブラシを戻し、僕はそっと部屋を出た。
部屋のドアは木製で塗料で黒っぽく塗られており、独特の重厚な造りだ。
その上部に菱形の小窓(僕の頭くらい)があり、幾何学模様っぽい柄のステンドグラスがはめ込まれている。
昨夜は暗くて気が付かなかっが、中々お洒落な作りだ。
ドアノブは金色だが年季が入ってて、くすんだ色味をしている。
因みに鍵は掛かって無かった・・・
すごく不用心だけど、後で指摘したら『盗まれて困る物なんて無いからな!』なんて笑ってた。
廊下は薄暗くひんやりしている。
壁は汚れた薄めの青緑で巾木はドアと同じ色、そして床は濃い灰色で、それが一層廊下を暗くしている。
見渡すと左手に、階段。と、その隣にエレベーターがあった。
僕は真っ直ぐエレベーターに向かい、下矢印ボタンを押した。
低い『ゴウン・・』って音がして、続いて上がってくる『ウィーン』ってモーター音がする。
今の僕の足元は、スリッパだ。
階段の登りは良かったが、下りは流石に怖い・・・。
なので、下に行くにはエレベーターの一択だ。
エレベーターのドアも部屋のドアに似た色味、その中も似た色で統一されていて各階のボタンの縁取りも金色でレトロな雰囲気だ。
乗り込んだ僕は、迷わず2階のボタンを押す。
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2人が部屋を出た後、俺は1人、ダイチが持ち帰った書類に目を通していた。
残念なことに今回は大した情報は無く期待外れだ。
最近、街の様子がおかしく感じ、ダイチの伝手で情報屋に探って貰ったが、空振り。
外部からの影響では無いようだ。
「ふう・・・」
深く息を吐くと椅子に深く背中を預ける。
何時ものように『ギシㇱッ!』っと背もたれが悲鳴を上げた。
天井を見上げ目を閉じる、と、ダイチが拾ってきた子供の寝顔がチラつく。
アイツの話では子供・・・トシキを拾い、3馬鹿に追われ、枯れ杜で怒りに触れ、ミスって飛ばされたと思ったら、トシキが空から落ちてきて怒り心頭なはずの杜が鎮まったとの事・・・
「っっって、なんだそりゃ!!」
つい声が出てしまった。
あの杜は一度暴れ始めたら数日は鎮まる事は無い、それがあの杜の『常識』だった。
それどころか杜が守ったとか・・・見間違いだとしても有り得ないだろ・・・。
「ふうううう〜・・」
こめかみを抑え、先程よりも深い溜息をついた。やはり面倒事が起きるんだろうな、と、考え。既に自分がどっぷりと両足を突っ込んでいる事実から目をそらした。