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僕と白のツバキと黒のアイツ その⑥

洗面器にぬるま湯を用意してスギさんの身体のあちこちにこびり付いている血や汚れをゆっくりと丁寧に(ぬぐ)いながら僕は細かい傷を消毒しようと思っていた。


しかし驚いた事にその拭った後に傷はほぼ無く、あのギザギザの骨で踏み抜かれたはずの手の甲でさえその傷が塞がっていて真っ赤なミミズ腫れ状の肉が盛り上がった傷跡だけが残っていた。


「どういうこと・・?」


思わず僕の口から疑問がこぼれる。


汚れた手拭いをぬるま湯ですすぎ他の部分も丁寧に拭っていくがどこにも傷が無い、あれほど激しく蹴られ突き飛ばされたのに打ち身の跡さえ見付けられなかった。しかし流石にお腹のあの大きな傷を確かめる勇気は出ず見える範囲だけでもと丁寧に拭いていく。


僕はスギさんの汚れを拭き取りながらあの時の激しい攻防を生々しく思い出していた。


アイツは一体何なのだろう?人間の死体を乗っ取ってどんなに殴られても引き千切ろうとしてもダメージ無く平然としていて、ほとんど不死身と言っていいほど強かった。


「あんなの化け物じゃないか・・・」


僕は手拭いを洗い絞りながら黒と赤に濡れたドロリとしたアイツを思い出していたが唐突に何か(ひらめ)いた気がした。


それが何なのか掴めそうで掴めずその閃きはスルリと頭の片隅をすり抜けてしまう。


「ダメだ・・・何だろう?何かが引っかかる感じがしたのに・・・」


疲れと眠気のせいか考えが散漫になっているようだ頭の中で色んな事が駆け巡りまとまらない。


夕鞠(ゆうぎく)さんや楼主(ろうしゅ)さんがどうなったのかも気になる・・・・


2人とも大丈夫だろうか・・・ダイチは僕達より先に通路を使って()へ逃げたはずだと言っていたが(もり)の枝が侵食しトンネルは酷い状態だった。


完全に塞がってはいないようだが、あの様子を見る限り本当に無事だと僕は楽観視できないと感じた、それなのにダイチは無事だと確信している様だった。


僕が知らない何かがまだ沢山ある気がしたがそれが何のか分からない、けれどきっといつか知る事になる。


そんな予感がしていた。





************

「ばあさん!居るか?!」


息を切らせ挨拶も無しに入り込むダイチ


「なんじゃ!騒がしい!!」


古びてこじんまりとした家の奥から顔を出したのはこの家の家主であるキヨばあ事『キヨさん』さんだった。


「直ぐに来て欲しい!!助けが必要なんだ!!」


「なした?いきなり来てまんず落ち着け?」


「良いから早く頼む!」


あまりの勢いに怯むキヨさん、しかし冷静に


「この馬鹿垂れ!落ち着けゆうに!どごさ行けば良いんだ?直ぐったあて、わあなば直ぐ動けねべ」


「スギが怪我したが俺では点滴さえしてやれない!ばあさんなら簡単だろ?!」


「ほん?スギがな?点滴ゆうてもホンにそれだけで助かるんか?わっしは専門外じゃろが、なして専門さ行かねのさ」


この街での専門と言われる場所は中央にあるあの施設、それ以外ならスギの病院か外の病院へ行くしかない。現状それらの手段は塞がれていた。


「どれもダメだからここに来たんだよ!頼む!ばあさん!」


「仕方ねな・・少し待ってれ!準備すっから!(わり)ども裏からわっしの自転車持って来てけれ」


そう言うとまた奥へと引っ込むキヨばあに


「分かった!!そこまで持ってくるから早くな!!」


やれやれとため息を付きながらそんなダイチの声を聞きつつ古びたカバンを取り出すキヨさんは


(さて、ほんに何としたやらな行けばわかっかもだけんど・・坊主(トシキ)も居るべかな?)


そう考え呑気にもカバンを抱えたまま台所へと足を向けた。




数分が経過し家の前には古びた三輪自転車が準備されていた、改造を施されたそれの後ろは通常は大きめの籠が付いているがそれは外されており、代わりに二輪の荷車が取付けられていた。


見た目で正しく表すなら()()自転車と言える。それは普通の自転車より安定感は抜群に良くなっている、しかし重い堆肥(たいひ)や野菜を運ぶための自転車なので残念ながらスピードはさほど出ない。


その自転車の前でソワソワと待つダイチ、やっと姿を見せたキヨは大きな風呂敷の包みと古びたカバンを抱えていた。ダイチはその荷物を受取り荷台に乗せるとキヨが自転車に乗ろうとするのを制止した、


「なんじゃ?急ぐんでねのか?」


「ああ急いでる、だからだ!」


ダイチは自転車のサドルに(またが)って乗ろうとしていたキヨさんをサクッと持ち上げると荷物を積んだ荷台へと移動させ自分が跨って自転車を漕ぎ始めた。サドルの高さはキヨさん仕様なのだがそれを無視しての立ち漕ぎである。


有無を言う前に荷台に乗せられたキヨさんはキヨさんには珍しく始めキョトン顔をしていたが徐々にスピードの上がる自転車の揺れに


「馬鹿垂れー!わっしの自転車壊れるー!加減しろしー!!」


そう絶叫していた。


キヨの運転では日が暮れてしまう、そうダイチは判断したのだがスピードを上げ過ぎて結局エルデに到着したもののずっと荷台にしがみ付いて叫んでいたキヨさんは疲れ果てており立ち上がるのさえ困難なほどだった。


2階までキヨさんを背負い戻ってきたダイチに到着までの経緯を聞き、僕がダイチに特大の雷を落としたのは仕方ない事だと思う。




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