僕と白のツバキと黒のアイツ その③
「・・ダイ・・チ・・・こんな‥止め・・・・」
その時、何かが落ちた様な鈍い音が辺りに響きそれと間を置かず女達の悲鳴が聞こえた気がした。
客同士が一人の遊女を巡ってケンカになる等は日常茶飯事な花鳥。
ダイチはそんな騒ぎには構わず夕鞠に迫る。
段々と怪しくなるダイチの手つきといつもと違う周囲の気配にが焦り始める夕鞠、ダイチはここが廊下だという事すらすっかり忘れているようで着物の上からでも分かるその腰の下の丸みに手を滑らせてきた。
「ちょっ・・・!こんな事してるばあいじゃなーい!!」
夕鞠は渾身の力を込めダイチの足に挟まれた方の足で膝蹴りをくり出した、想定していなかった反撃に膝を折るダイチ。一瞬意識が飛びそうになったがそこは何とか耐えた。
「ご、ごめん、ちょっと力加減間違えたかも・・・?」
別の意味で焦りだす夕鞠は前屈みで床に伏せって動けなくなったその背中と腰の辺りをさすり謝る
「お、おう・・・じゃあ続きはまた次回・・・」
懲りない男である。
そんな男を支えつつ夕鞠の部屋がある5階へと向かう二人はその大階段の手前で足を止めた。
いつも居るはずの見張りの姿が無い、ここから先はいわばVIPの中でも特別で一晩に一組。その人数も制限しており、例のストーカー侵入事件があってからはダイチと楼主、限られた花魁と数人の禿の出入りしか認められていない。
そして間違っても一般客が入り込まないようにと、その大階段には屈強な見張りが常に張り付いていたはずだった。
その見張りの姿どころが気付けば他の人影も無く異様に静かだ。
そっと夕鞠を後ろ手に庇うと大階段の前の吹き抜けから階下を覗き見るダイチ、そこにはフラフラと魂が抜けたように歩き回る何人かの客と使用人の姿が見えた。そしてその傍には見張りに立っていたはずの体格の良い2つの死体が転がっている。
そして階下からいつか嗅いだ事のあるあの甘ったるい香りが漂ってきた。
「そんな!早すぎる!!」
「夕鞠!お前は先にババアと合流しろ!!急げ!!」
そう言うと夕鞠の手を引いて5階へと駆け上がりまだ残っていた禿数人を探し出し夕鞠と一緒に屏風の裏に作られた隠し戸からその奥の部屋へと押し込む、何が起きたのか分からず怯える禿達をなだめながら付き添う夕鞠は隠し戸が閉まる直前その背に向かってダイチの名を呼ぶ
「大丈夫だ、トシキ達と直ぐに後を追うから」
少し振り向きそう言っていつもの笑顔を返したダイチ、隠し戸がしっかりと閉まるのを確認すると踵を返し階段へと走り出した。
4階に降り誰か残って居ないか部屋の襖を開けながら移動する、部屋には甘ったるい香りが漂いその香りは各所に設置してある香炉から漂っているようだった。
客の何人かはボーっと座り込んでいたり、歩き回っていたりしているだけのようだった。しかしある一室で正気を失った客の一人が遊女に跨り首を絞めている所に出くわした。
「てめえ!!!!」
怒りのままにそいつの顎を蹴り上げ女を助けようと視線を走らせたが一目で首が折れているのが分かり振り向くと蹴り上げた男も同じく首が折れ動かない、それを確認するとため息を一つついてそのまま部屋を出た。
別の部屋では遊女が相手の目を中心に簪で何度も突き刺し男が別の死んでいるのすら気付かずに何度もそれを繰り返していいるのを目撃したが気配を消し素通りする。
更に別の部屋では裸で抱き合い首から肩にかけてお互いを嚙み千切り絶命している者がいた、4階は部屋の気密性が高いせいか匂いが充満し各部屋の中は酷い有様だ。
そんな犠牲者の中には首を絞められたらしいまだ幼い禿が何人か居た、しかし大部分は逃がされたのか何ヵ所かある隠し戸の前にその痕跡を見つけそれを確認すると俺は生き残りは逃げたと判断し3階へと急ぐことにする。
とにかくトシキ達は無事だと信じたかったが以前配った薬が効いていない使用人がいる様子に不安が押し寄せる。
(無事でいてくれ!)
そう祈り向かった先で目に飛び込んできたのは、灰色と赤に染まった部屋と血だまりで横たわるスギ、そしてその隣で身体のいたる所を血だらけにし泣きじゃくっているトシキの姿だった。
そして黒いヤツがいた、頭に一気に血が駆け上がり燃えるように身体が熱くなる。それなのに思考はやけに冷静で気が付けば身体は勝手に動きだしていた。
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トロッコには反射板の付いた小さなガスランタンしか付いておらず、トンネルの途中からは電気が通っていないのか真っ暗でそのランタンの明かりだけを頼りに進むしか無く、スピードが出せないせいで思ったよりも進みが遅かった。
その為なのか暗闇が迫ってくるような恐怖が皆に広がっていく。
先頭のトロッコには文さんが動かす役で紫燕姐さんとエンジュが乗り、その後ろには相良さん、2つ目のトロッコには動かす役でダイチ、その後ろにはツバキそして最後にスギさんと僕が乗っていた。
意外な事にツバキはスギさんを気にしてずっと僕達のトロッコに向かって噛り付くようにそのふちを掴み眉を寄せ僕たちの様子を見ていた。
以前には見られなかった反応だ。
スギさんはトロッコがレールを跳ねる度、傷が痛むのか呻いている。僕はそんなスギさんの額に滲む脂汗をハンカチで拭ってあげながら少しでも傷が痛まないようにとスギさんの背中を抱え込み振動が和らぐように背もたれの代わりをしてその苦し気な様子を見守る。
上半身だけとはいえスギさんは重くて、たまの激しい揺れで潰れそうになるが僕にできる事はれくらいしか思いつかずまた涙が出そうになる。
そんな僕らの様子を見守っていたツバキが突然ガタガタ揺れる車体から身を乗り出す。
アッと思った時にはその姿は重さを感じさせること無く、まるで木の葉が風に舞うように浮かびあがっていた。




