僕とツバキとその変化 その⑪
僕は怒りのまま中身の無くなったその瓶を口部分にねじ込んでやった。片足立ちのソイツはバランスを崩し真横に倒れ込む。スギさんに刺さっていた足がその拍子に抜け、血が噴き出し一瞬見えたその赤黒い穴からやけに白い脂肪が見えた気がして僕は目を逸らしてしまう。
文さんが駆け寄り直ぐにその穴を抑え止血するが、みるみる血の気が無くなっていくスギさん。だけどその顔はなぜか嬉しそうに笑っていた。
「今度は・・助け・・・られた・よな?椿・・・でも、ゴメン・・お兄ちゃん弱くて、もう・・」
「スギさん!!喋らないで!!血が、たく、たくさん出ちゃ・・うからぁぁ〜」
僕も飛びつくように文さんが押さえる手の上に両手を重ね出血を止めようと泣きながら上から押さえつけた
「ここ!!押さえて!!力一杯!!」
文さんが自分の手を外し僕の手をその傷口に当てがうと自分の着物の袖を破きそれを器用に紐状に裂いて長くし途中を固く結びコブを作る。そのコブの部分で穴を塞ぐように傷口を押さえ、布の端を手にし背中にその手を無理やり差し込む、しかし胴回りがふくよかなせいで長さが足りない
「これを使って下さい!!」
そう言ってネクタイを差し出したのは相良さんだった。無言で頷きそれを受け取った文さんは素早く布とネクタイの端を結ぶとキツく胴回りを縛る、すると痛みを感じたのか縛り方がキツすぎたのかスギさんが呻いた。
畳の上は灰色と血溜まりで汚れ湯呑やお茶の葉が散乱し酷い状態だった。その中心で奴は悶えている、驚いた事に催涙スプレーが効いているらしい。
皮膚が裂け血が滲むのも構わず喉を掻きむしり、そして赤い目は崩れ片方が飛び出し垂れ下がり、その形状を保てずにやがてボタリと落ち灰色に覆われた畳にまた一つ赤いシミを増やした。そしてヤツが咳き込むたびそれは増えていく
『なぜ?・・だ?せっかくの分体が・・崩れ・・て?』
辛うじて発せられた言葉も良く聞き取れないほどなのに、まだ立ち上がろうとするヒラギ。そこへ乱入してきた人物が居た
「何だこりゃ?きったねぇな〜」
「ダイチ?!遅い!!!遅いよぉ・・・」
グルリと部屋を見渡したダイチは血溜まりに横たわるスギさんと血だらけになった僕達に目を止めると
「何があった?・・・いや待て、ソイツだなソイツがやったんだな・・!」
ダイチは僕が今までに耳にした事の無い、低く冷たい声で聞いてきた。その問に僕らが返事をするまでもなく真っ直ぐにヒラギに向かうダイチ、そして次の瞬間その姿は忽然と消えたかに見えた。
だけどそれは錯覚で、あまりにも素早い動きのせいでそう見えたんだと理解したのはヒラギの身体が天井に当たるほど蹴り飛ばされた後だった。
「う・・・そ、でしょ・・・?」
見間違えで無ければヒラギの身体は蹴りを入れられ天井にブチ当たり、落ちて来た所を今度は殴り落とされた様に見え、気付いた時には半ば床にめり込み骨という骨が折れネジ曲がっていた。
モウモウと灰色の粉が辺り一杯に舞い上がる中、ネジ曲がったヒラギのその身体は皮膚が破れ内蔵らしき何かがはみ出しているのに多少血が滲んだだけで流血はしていない。
『なじぇ・・だ・・・?ど・・ぶじで・こ・・なた・・?』
これほどの攻撃を受けながらまだ意識があるヒラギ。
そんな光景を目の当たりにし、人の【死】と得体の知れない【何か】に対する不安や恐怖、理解の及ばない【思考】に対する苛立ちと戦慄、怒り、そんな今までに感じたことの無い強い何かに心が揺さぶられ胸の奥から何かが溢れ出し、飲み込まれるような感覚が僕を支配して行く。
その何かに飲み込まれる直前、両肩を強く揺さぶられハッと我に返る。
「トシキ様!!しっかりして下さい!!」
目の前には相良さんが眉間にシワを寄せ悲痛な顔でそう叫んでいた。
「・・・相良さん、また呼び方戻ってるよ・・・?」
そう返した僕を見てホッとしたのか相良さんには珍しく少し歪んだ微笑みを浮かべ
「申し訳ございません、私には此方の方が呼びやすいようです・・」
そう言った。
『グチャリ・・』
そんな僕達をよそにダイチはトドメを刺したらしくその足の下には赤黒いアイツの成れの果てが塗り広げられていた。いつもと様子が違う無表情のダイチに声を掛けられずにいると
『ダイにいに、もう止めよ?』
そう言って背後から抱きつく少女がいた。全身が真っ白なその少女は髪の毛はほんのりと緑がかった色をしており瞳は金と茶が混じった虹彩、目のフチは赤く染まり頬と唇は桜色だ。目鼻立ちは日本人のようにアッサリしているが色彩のせいで作り物めいた美しい容姿をしていた、僕やダイチにはそれがツバキが成長した姿だとすぐに分かった。
「ツバキ?やっと出てきたのか?あ・・っと汚れちまうな、おい!相良!上着貸してくれ後で返すから!」
呆けていた相良さんはそう声をかけられふらりと立ち上がると自分の上着をツバキの肩へと掛けてやった、その仕草は手慣れていて自然な動きだったがその顔は依然として呆けたままだった。
そんな相良さんを気にするでも無く素早くツバキを抱き上げ
「取り敢えず汚ねぇこの部屋から出るぞ!」
そう言ってダイチは僕達へといつものあの笑顔を向けた、気が緩んだ僕はまた腰が抜け立てなくなり、正気に戻った相良さんにおんぶされることとなった。




