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僕とツバキと変化の時 その⑧

文さんは今や頭全体を覆う黒いそれを取ることを諦め、よろめいてたどり着いた壁へと自らの頭を打ち付け始めた。


しかしべチャリべチャリと不快な音がするだけで、その物質には全くと言って良いほど変化が無い。

それでも壁に向かって頭を打ち付ける文さん、やがてその壁には真っ黒な物体から染み出た赤っぽいシミが広がり、とうとうべチャリという音の他に鈍いゴスッ!ゴスッ!という音が混じり始める。


黒い何かが作り出したシミの他に明らかに血液と分かる物が壁のシミに混ざり始める。

僕はそれに気付くと堪らずに叫んだ


「文さん!!ヤダ!止めてよ!!」


明らかに文さんの方がダメージを受けている、そんな様子に僕はそれ以上耐えられそうに無かった。


出来れば止めに入りたい。しかし相良さんは僕の腕を掴んで離してくれない、無すすべが無い状況に悔しそうにそして苦しげな表情で文さんと黒い何かの攻防を見ている相良さんの手は震えていてそれを無理に振り払う事も出来なかった。


するとそれまで成り行きを守っていたスギさんが何かを手にし突如前に出た


「お前ら!鼻と口を覆え!目も閉じてろ!!」


叫ぶと何処からか取り出したビニール袋を手に近付きその中身を文さんの頭にぶち撒ける。次の瞬間辺りは一面の灰色がブワリと広がる。一気に周囲は(ちり)で見えずらくなった。


(なにコレ?!)


あまりにも細かいその塵を僕達は吸い込んでむせてしまうが、スギさんはいつの間にか鼻と口が隠れるように手ぬぐいを巻いており、お構い無しに黒い何かにそれを容赦なく擦り込む。


視界が効かず音さえも聞こえない状態なのかスギさんの気配を敵と間違え始めは暴れて抵抗してた文さんだが、息も出来ていないのか段々と力が抜け倒れ込む、その上にまたがり粉まみれの黒い塊を一気に引き剥がすスギさん。

剥ぎ取ったそれを廊下に投げ捨てると文さんの口に指を突込み残りの異物を吐き出させにかかった。


僕は咳き込んで涙目になりながらもその手際の良さに驚く。


スギさんは異物を粗方吐き出させると今度は気道を広げる為に顎を指で支えるように持ち上げ口に耳を近付け呼吸を確かめる「チッ!」と軽く舌打ちすると直ぐに心臓マッサージを始める


「息しろ!!息を!!」


文さんに向かって怒鳴りつけながらも両手を使い胸の中心を圧迫する、回数を数えそれが20を超えた時


「ごぶふぅ!ごボボ・・ゲホ!」


黒い固まりが文さんの口から吐き出され呼吸が戻った


「おい!しっかり呼吸しろ!出来るか?!!」


なおも大きな声をかけつつ文さんの意識を保つ為かその頬を叩き、やがて文さんが目を薄く開いたのを確認するとその目をこじ開け取り出したペンライトで瞳孔と脈を確かめる


「ふう・・」と息をつき文さんの傍らに座り込んだ


「スギさん・・文さんもう大丈夫なの?」


「取り敢えずはな・・・」


僕と相良さんはホッと息をついて顔を見合わせた、そんな僕達を横目にスギさんは今も目を覚まさないでいるエンジュの元へと移動し脈を測る、そして泣きじゃくる紫燕姐さんに大丈夫だと告げると投げた例の黒い塊を確かめようと立ち上がった。


しかし開いた戸口から廊下へと投げたはずのブツがない、廊下には常に誰かしら見張りが居たはずだが今はその気配も無くやけに静かだった。


それはとても嫌な感じで僕は知らずに自分の体を抱きしめていた


「トシキ・・アレは何なのでしょうか・・・」


相良さんも例の黒い何かが消えた事に気付いたのかその声は震えている。


「分からない、それにまだ何かありそう・・誰も来ないし居たはずの見張りの人の姿も見えない・・・」


それを聞いた相良さんはハッとして廊下へと視線を向ける。


そこに見張りをしてくれていた用心棒らしき人影が一つ現れた、ユックリとこちらに近付いてくるようだがその動きは変にぎこちなく、良く見ると左足が変に捻じれ足首が完全に真横に折れおり骨が見えている、その足を踏み出すたび『ブラン・・グチャ・・ブラン・・グチャ』と血溜まりを残しながら歩いているのが分かった


「!!!・・・」

「ヒ・・!!」

「っ!!!」


相良さんは絶句し自分の手の震えを止めようと左手を右手で抑えるように胸の前で組み、紫燕姐さんは必死に指を噛み悲鳴を飲み込む、僕はその顔に張り付いた黒い何かが蠢き、もう死んでいるだろうその人の目や口、鼻、果ては耳までもにグネグネと入り込む様を見てしまった。


スギさんは尻もちをついてそのままズルズルと後退り、それでも僕達を庇うようにして近くに転がっていた湯呑を投げつけたが全く当たらず、その湯呑はそいつの背後でパリンと音を響かせただけだった。


辺りを見回し何か武器になる物を探すが恐怖で頭が回らないしろくな物が無い、そうするうち僕らの側まで這って来たスギさんはテーブルの縁に手を掛けた。その意図を察した僕は


「手伝う!!」


そう声をあげスギさんと一緒にテーブルの片側を持ち上げようとした、小さめのテーブルとはいえ重厚な作りのそれは結構重い、それに腰が抜けたのか体に力が入らず上手く持ち上げる事が出来ない。


「相良さん!!」


僕達だけでは無理だと判断し声を掛け我に返った相良さんにも協力して貰いテーブルを壁になるように立ててスギさんと相良さんでそれを支え紫燕姐さんとエンジュをその壁の内側へと引っ張る。


高さも横幅も充分とは言えないが無いよりマシだ、近付いてくる『ソイツ』の足が折れているおかげで歩みが遅いのが幸いだった。


『ソイツ』はユックリと、でも確実に僕達へと近付いてくる。


そして後2メートルという所でソイツはピタリとその歩みを止めた。


何が起こっても対処出来るようにと身構える僕達の前で両目がグルリと回り、そして(せわ)しなく縦横無尽に目だけがグルリグルリと動き始めたかと思えばその両の目玉がボロりと落ち『ボトン・・ボトン・・』という音と共に畳にシミを付ける。


非現実的なその光景に僕達は悲鳴さえ上げるのを忘れ凝視してしまう。





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