僕とツバキと変化の時 その⑦
「相良さんゴメンね・・」
「トシキ様が謝る必要はありません、私の知る世界が崩れた・・そんな気分なだけです。この街が狂っているのは存じておりました・・いえ、知っている気になっていただけだと気付いて動揺している。と言うのが正しいでしょうね。先程までの話が壮大な嘘ならどれほど良いか・・・すみません・・・」
テーブルの上で組まれたその手は良く見れば微かに震えていた
「外暮らしが長いなら仕方ないさ、とは言っても今回の事は長い事この街にいる私だって驚きっ放しなんだ。アンタみたいな人間がいきなりアレだコレだ見せられて正気でいられる方がおかしいさ」
そう言って慰める紫燕姐さん
「僕も言ってみれば『外』から来たうちの一人なんだけど?」
「お前はまだ染まってないからな世間一般的な常識ってヤツにな」
スギさんがそう直ぐに答えたが常識が無いって言われてるみたいに聞こえる。そんな風に思ってしまう僕はひねくれ過ぎだろうか?
そんな考えに気付いたのか紫燕姐さんは僕の頭に手をのせると優しく撫でて
「そんな顔してんじゃ無いよスギはさ、アンタは心が変な色に染まって無いって言いたいのさ。あるがままに受け入れるってのは簡単なようで難しい。でもトシキにはそれが出来るだろうってね?」
「・・・言葉足らずでスマン」
誤解をさせた事に気づいたスギさんが珍しく素直に謝った、紫燕姐さんの教育(物理)の賜物だろうか
「あるがままに受け入れる・・ですか・・・私のこの歳ではやはり難しいですね。まあ私が少年だったとしても素直に受け入れられる自信はありませんが」
相良さんが苦笑交じりに呟く、しかしその顔色は少しだけ良くなっていて僕はホッとした。
「相良さんの少年時代って興味ある!同じ年くらいだったら友達になれたかな?!」
ついそんな事を口走ってしまうすると
「昔から面白みの無い人間でしたよ、こんな頭が硬いオジサンではお友達にはなれませんか?」
そんな風に相良さんは言いニコリと微笑んだ。どうやら何時もの調子が戻ってきたようだ
「そんな事無いよ!友達になってくれるの?じゃあ『様』は抜いて呼んでね!」
僕は嬉しくなってついそんなお願いまでしてしまう
「ええもちろん喜んで。ですが少しお手柔らかにお願いしますね、時に貴方は眩しすぎますので」
そう言って微笑む相良さんに
「アンタ、良くそんな歯の浮くようなセリフがポンポンが言えるな・・・ちょっと怖いわ・・・」
そう言って身震いしているスギさん、驚きだがどうやらスギさんにも苦手なものはあったようだ。
「・・私は思った事を素直に言葉にしただけですよ?」
「ちょっと褒められ過ぎな気がするけど・・スギさんは只でさえ言葉が足りないんだから相良さんをお手本にしたら丁度良いんじゃない?」
僕達2人の反撃に「うっっ!」っと、なりながらも「努力はする・・・」と呟いた。
そんな様子を見て紫燕姐さんも僕達と一緒になって笑っていた。
「それじゃ改めてよろしくね相良さん」「はい、よろしくお願いしますトシキ」
僕達のそんな様子をただ見守っていた文さんは自分の職務を全うするべく『居ない者』として変わらずに襖の前に陣取っている。そんな彼の襖1枚隔てた後ろで控えているツバキ(巨大繭)は未だに沈黙を貫いていた。
「相良さん、どうする?ツバキに会ってみる?今のツバキの姿は刺激が強いと思うけど・・・」
しばし考え込む
「ツバキと言うのは先程の話にも出たスギ様の妹君に似た人間では無いなにか・・でしたか?」
「うん、今は繭になってるしハッキリと意思疎通出来るわけでは無いから会うと言っても見るだけになると思うけど・・・」
「毒を喰らわば皿まで・・・じゃなくて百聞は一見にしかず、かしら?」
紫燕姐さんがそんな事を言い出す。さっきまでの様子からするとあまり相良さんに無理はさせたくないが少し立ち直った今ならショックが多少は軽減する気はする。
「・・・会わせて下さい。協力すると決めたのです私が今までの様に知らないままでは何も始まらないそう感じています。今がそ第一歩を踏み出す時かと・・・!」
「分かった・・・文さんお願い」
僕が促すと声を掛けられた文さんはコクリと頷きツバキの居る部屋へと続く襖を開く。そこに居るツバキは相変わらずフワリフワリと呼吸をするように膨らんでは縮みを繰り返していた、そんな彼女に相良さんは立ち上がり数歩近づいて右手を自分の胸に当て
「始めまして私は相良仁と申します、よろしくお願い致します」
そう丁寧に挨拶をし頭を下げた、そうしてから今度はスッと頭を上げツバキ(巨大繭)を見つめる。
その瞳にはやはり戸惑いはあるように感じるがさっき迄とは違い未知の者へと向ける怯えは無く、僕は少しホッとして気が抜けてしまった。
その時、カタリ・・と小さな物音がして僕達が一斉にその方向に目を向けるとそこには真っ赤な樹の実が付いた枝を持つ禿が立っていた。
「なんだエンジュじゃないか、七竈の実を採ってきてくれたのかい?ありがとね」
そう言って禿に近付く紫燕姐さん、それを止めたのはスギさんだった
「待て!!様子がおかしい!!離れろ!!」
事態が飲み込めない僕と相良さんは動けずにいてその代わりに文さんが前に素早く飛び出し行く手を遮る。
一拍置いて禿の両腕がダラリと力無く下に下がり七竈の真っ赤な実が床に散らばった、下を向いたままだった顔が正面に向けられるとエンジュのその目や口、鼻、耳からドロリとした真っ黒な何かが垂れ、それは徐々に集まり凝縮されたヘドロ玉のように形作っていき立ち塞がっていた文さんに飛び付いた。
僕らを庇って避けずにそれを受け止めた文さんはその黒い何かをむしるように捕まえようとするがその手からヌルリと抜けてしまい思うように掴めないようだ。
それは段々と頭に向かってぬめりのある赤い跡を残しながらとうとう口にまで到達し文さんは口に入ろうとするそれに恐怖しグッと唇と歯を噛み締めるようにして抵抗を続けていた。
しかし天井に潜んでいた同じ物が突如降ってきて文さんの頭を包み込む、誰かの叫びにならない悲鳴が響き僕は文さんを助けようと身を乗り出したが
「いけません!!!」
相良さんがそれを必死に止めに入った
「でも!文さんが!!」
傍らでは紫燕姐さんが抜け殻のようになったエンジュを抱えながらガタガタと震えていた




