僕と種と その⑤
砂埃で霞がかかったその建築物はここから見ると異様な存在感を放っているのが良く分かる。それは『気付いた者』には非現実的で悪夢の様な姿をしていた。
「楼主、アンタは旦那を人質に取られている・・・それで合ってるか?」
「良しとくれ!そんなんじゃ無い、そんなんじゃ無いんだ!あの人は自ら進んであそこに行ったそれだけさ・・・」
楼主はそう言って屋上の手すりを握りその指先は力を入れ過ぎて白くなっていた。
「自分がやって来た事がその身に降りかかる、そんなのは当たり前の事・・・まだ出会ったばかりの頃のあの人ならそう言ったはずなのに、今は恐怖に負けちまったただの哀れな男さ・・・呪が解けたとしてももう死んでるも同じ、そう、あの人はもう死んだんだよ・・・」
吐き捨てるようにそう言った楼主は、もう一度研究所へと視線を向けると忌々しげにだけれど苦しげに睨みつけた。その目は愛する者を奪われたそれだった。
「俺はあそこへ行こうと思ってる」
そう言うと楼主は振り向き俺に詰め寄る
「アンタ何言ってんだ?止めときな!!」
止められるのは想定内だ
「力を借りたい」
「・・・嫌だね!いくら亡八と呼ばれてても自殺の手助けなんてゴメンさ!!」
「死ぬつもりなんて無い確かめたいってだけだ。それにアンタも気付いてるんじゃないか?この街はだいぶ前から飽和状態で最近になってそれが崩れ始めた事に・・・」
「っっっ!・・・・」
「無言は肯定だぜ?」
「本当にアンタは可愛く無いね!・・・・はぁ〜仕方無い・・コレやるよ餞別だ」
そう言って渡してきた汚い紙切れは所々破けてボロボロだった、無言で受取り広げてみる。
「・・・・図面?」
「今朝、柿を貰いに行ったついでに預かって来たのさ、破けて欠けてはいるがあそこの施設の建設初期の物だそうだ」
「良くこんなの残ってたな?!」
「待ちな!あくまで初期のだって言ったろ?!正確じゃ無い!その図面は廃棄されるはずだった物だし正式な紙の図面はすでに処分されたそうだ」
「そうか、ありがとな」
「アンタに死なれちゃ困るのさ、アタシの義娘に恨まれたく無いし?」
「ババアは楼主向きじゃねえな亡八なんて止めちまえよ!」
「ふん!わたしゃ端からやるつもりなんて無かったさ!行き場の無い女同士として花鳥の娘らに仕事を与えてやってるだけに過ぎない、アンタならそこら辺分かってるもんだと思ってたよ!」
「アンタが優しいのは知ってたさ」
「・・・ホント可愛くない義婿だよアンタは」
そう言って軽く蹴られた。
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今日も変わらない1日だ。
私は昔から閉じ込められた生活を送り場所が変わってもそれは同じで。不満がある訳じゃない、物心付いた時にはこんな生活だったから普通の暮らしって物を知らないから受け入れられているんだと思う。
そんな生活の中で出逢ったのがダイチだ。
悪戯好きなお兄さん、それがダイチの第一印象。私の知る世界がどれほど狭く小さな物なのか気付かせてくれたのも彼だった。
私の初めての殆どは彼が教えてくれた。彼と居るといつも感情が忙しく腹が立ったりイライラしたり、ワクワクしてドキドキして、いつしかそれが変化していき自分が『恋』をしているんだと気付いた。
ダイチの顔を見るだけで恥ずかしくなった。以前のように上手く甘えられず素直になれ無くなった。
だけどダイチは変わらない、気が付くと側に居て少し目を離すと何処かへ行ってしまい私を不安にさせる。最近は私に対する悪戯がエスカレートしている気がするけどそれ以外は何も変化が無い。
(せっかく女として意識して貰いたくて道中も頑張ったのに・・・)
大切にしてくれて居るのは感じるけどそれは妹や幼馴染に対しての・・そんな風に思う。
(こんな事ならあの時拒まなければ良かった、もしあの時キスしていたら何か変わっていた?)
金木犀の金平糖、あれを口に運ばれて・・・囁かれて・・思い出し顔が熱くなる。
あの日のダイチは何だか色っぽくてドキドキしてしまい大人の男なんだと感じてしまった。だから思わず手が出てしまったし後から冷静に考え結果的にそれで良かったとは思ったけれど・・・やっぱり『もし』を考えてしまう。
貰った金平糖の残りをまた一粒口に入れ指で自分の唇をなぞる。ダイチと初めて唇を合わせたのはいつだっただろうか?それは随分前で口づけと呼べるようなものでは無かったし、きっと彼は覚えてさえいないだろう。
恐ろしくおぞましいモノに襲われ父さんが亡くなり私だけが助かったあの夜、その翌日だったと思い返して少し心が沈み込む
「夕鞠!居るかい?!」
そこへ聞き慣れた声がかかり遠慮なく入ってきた人物がいた。
「不用心だよ?!アンタに付いてる禿は?また追い出したのかい?」
「紫燕姐さん人聞きの悪い事言わないでよ・・・ちょっと一人になりたかっただけよ」
「そんな事言って・・・ついこの前危ない目に遭う所だったんだし用心しなきゃ」
「分かってるってば!姐さんシツコイ!」
敬ってくれる禿達には悪いが、あまりに丁寧に接して貰うよりこんな風に気兼ね無く話しをしてくれる、紫燕姐さんみたいな人の方が今の私には有り難い。たまに口うるさいのは困りものだが、とても頼りになる姉貴分だ。
「今日はどうしたの?」
「用が無ければ来ちゃいけなかったのかい?遊びに来ただけさ」
こんな風に気軽に来るのもいつもの事だがその手には小さな巾着袋が握られている。私がそれに目を止めると
「コレかい?アンタにあげようと思って集めて来たのさ」
そう言って私に巾着を握らせる。開けて見ると中には大小様々な種が入っていた
「姐さんありがとう、こんなに沢山の種類を・・大変だったでしょ?」
「良いんだよ集めるの楽しかったし、良い気分転換になったしさ。それより夕鞠どうしたんだい?何だか浮かない顔してたけど?」
「・・・何でもないの少し昔の事を思い出していただけ」
「無理にとは言わないけど話してスッキリするようなら聞くからね?言いたくなったら言いな!」
「うん、姐さんにはいつか話したいと思ってる。その時にはお願いね」
「ああ任せな一晩でも二晩でも付き合うよ」
そう言って微笑む紫燕姐さんは見た目と違い中身はかなりの男前でダイチがいなかったら惚れそうなほどだ、実際密かにファンクラブがあるらしい何人かの年嵩の禿がそんな話しをしていた、当の本人はその存在にすら気付いていないらしい。罪作りな女である。
追い出した部屋付きの禿達の代わりに紫燕姐さんについている禿がお茶を入れてくれ私達は楽しい時間を過ごした。




