僕と繭とその変化 その③
翌日、思っても居なかったお客様が来た。
知らせを受け僕が1階に向かうと羽渡さんが所在なげに入口に立っている。
「羽渡さん!」僕がそう言って走り寄るとホッとした顔をして
「こんニチハ、トシキ」そう言って少し困ったように微笑む。
その直ぐ側には花鳥の楼主さんも居たが何となく不機嫌そうに見えた。
そんな様子を不思議に思いながらも羽渡さんにどうしたのかたずねると、例の着物を届けに来てくれたらしい。
「全く、アンタんとこの若造楼主は何でまた自分で来ないで下っ端に、それも病み上がりに使い走りさせてんだ?!ウチの客人を馬鹿にしてんじゃ無いよね?」
どうやら着いて早々に説教されてたらしい、楼主さんの言いたい事も分かるが今は勘弁して欲しかった僕は
「楼主さん僕も羽渡さんに返したい物があったんだ、上がって貰いたいんだけど良いかな?」
「・・仕方無いねぇ・・・すぐそこの座敷に茶を用意させるから付いておいで」
溜め息を付きながらもそう言って承諾してくれる。僕はどの座敷なのか確認するとすぐに部屋へと戻り、借りていた着物と手ぬぐい(クリーニング済)を風呂敷に包むと羽渡さんの所に引き返した。
「お待たせ!」
そう言って座敷に入ると楼主さんはおらず、ちょうど禿がお茶を出してる所だった。その禿は
「後で奥座敷まで来るようにと楼主様の伝言が御座いました」
と僕に耳打ちすると退室していった。正直楼主さんの所に行くの怖いよ、そんな僕の様子で何か察した羽渡さんは
「ゴメンんネ!急に来たシ迷惑だったヨネ・・・」
みるみるショボンとしていまい何だか何時もより子供っぽく見えてしまう。
「大丈夫だよ?!心配しないで!」
心配させたくなくて少し大げさなくらい元気にそう言うと羽渡さんはまた少し困った様な顔で微笑み
「アリガト・・」
と言った。
羽渡さんは花鳥に着くなり楼主さんから
「風月の楼主が原因で汚れた着物なのになぜ汚した本人が居ないんだ」
と責められたらしく羽渡さん自身も花鳥の楼主と同じ考えだったし当初は望月さんと一緒に来るつもりだったそうだが当日になって
「私忙しいからアンタ一人で行ってきな!アンタが行かないんなら取りに来て貰いなさい!」
と望月さんが言い出し、風月の実質ナンバー2の相良さんが説得するも聞かない様子で相良さんが同行するのも許さなかったそう。そうして羽渡さん一人での訪問になったそうだ。
風月の人達は簡単に不義理な事をするようには思えないし何かあるとは思うけど?理由が分からない、少なくとも僕には思い付かなかった。
とにかくこれ以上花鳥の不況を買うのは避けたいとお茶も飲まずに菓子折りと着物そしてあの日採れたギンナンを僕に渡し早々に席を立つ、名残惜しかったけど羽渡さんの体調も心配なため強く引き止める事も出来なかった。
せめてもと羽渡さんを大暖簾の所まで見送りに出る。去り際に
「コレ、渡スか悩んだンダケど・・・」
そう言って濃い水色の和紙と銀杏の葉で作られた栞を僕に手渡すと
「迷惑かけてゴメンネまた逢ってくレル?」
そう言ってギュッと両手を握られた僕は
「もちろんだよ、今度は僕から会いに行くよ!栞ありがとう!」
そう答えた。
羽渡さんの見送りが終わり僕は楼主さんの待つ奥座敷にトボトボと向かう。入口に待機していた禿に返却された着物や菓子折りギンナンを渡し座敷に入るとすぐに楼主さんは僕の持っていた栞に目を止め
「見せてみな」
そう言うとその裏に書かれた一文に目を通し深く深く溜め息をついた。僕も栞の裏に何か書いてあるのは気付いてたけど達筆過ぎて読めなかった、でも楼主さんは読めたようだったので教えて欲しいとお願いすると
『あらざらむこの世のほかの思ひ出に今一度の逢ふ事もがな』
そう言葉に出して教えてくれたが僕にはその言葉の内容が全くわからず楼主さんに尋ねてみるが
「今は知らないで良い内容だ、栞は暫くアタシが預かっておくから・・・」
そう言って説教される事もなく部屋から出された。気になりつつも僕はツバキが待つ部屋へと戻って行った。
部屋にダイチは居ない今日も用事があるとかで外出している帰りはきっと夕方になるだろう。僕はふとあの日貰っていたギンナンの存在を思い出していた。
着物用のコートの内側に付いた小さなポケットを探り取り出すとあの時の薄い黄色の巾着が出てきた、少し振ってみるとカラカラと軽い音がする。
沢山では無いけどツマミになるくらいの量はありそうだ。僕は巾着の中を良く見ようとコートを掛けていた部屋の入口から中へ入り窓辺へと向かう。
窓が開いている。
僕が部屋を出る時どうだったか思い返してみたが開けた記憶は無い、じゃあ誰が?僕は何かの気配を感じツバキへと視線を向けた。
そこにはドロリと黒い何かが立っていた。恐怖で固まった僕は声も出せずその何かを見つめる。グニャリグニャリと動くそれにはいつか見た烏みたいな仮面が頭らしき所に張り付いているのがチラリと見えたが僕にはまだ気付いて無いようだった。
『大鴉?!でもあの姿って?!』
僕は口だけをぱくぱくさせ声はやはり出せず只々驚愕していた。
以前見た時とは違い最早人の姿では無い、腕らしき物を伸ばそうとするが途中で崩れ落ち上手く行かない様子だ、ツバキの繭を取ろうとしてるのか繭周りの元髪の毛をブチブチと引きちぎっている。
それに気付くと同時に僕の手からスルリと巾着が滑り落ちギンナンが辺りに散らばった。
一瞬大鴉の動きが止まり、ゆっくりとこちらへと振り向き僕の姿を認めるとビクリとその身体を震わせ開いたままの窓から飛び出し【逃げた】僕に何もせずに・・・
腰が抜けたようにへたり込む、大鴉が去った後にはドロっとした何かが転々と落ち青臭いような香りがした。そこにほんの少しグリーンウッドの香りが混ざりすぐに消えた。
僕の頭のすみに何かが引っかかったがそれはすぐに追いやられてしまう、ツバキの繭が傷付きそこから何かが出てきていたからだ。
「ツバキ!繭が裂けてる!!どうしよう!!」
すぐに立ち上がりたいが上手く行かない、その時文さんが部屋へ飛び込んで来た。ちょうど外にいて見上げると僕達の部屋の窓から黒い何かが飛び出して行くのを目撃したそうで急いで駆けつけてくれたらしい。
文さんに支えられ近付くとその裂け目からトロっとした物が垂れてきてヒョイっと伸びるとギンナンを拾い自身に取り込み始めた
(生きてる!!)
どうやらさっきこぼしたギンナンが欲しいらしいと気付き、文さんに手伝ってもらい拾い集めてはツバキ(裂け目)へと次々に渡していく、ギンナンが無くなるとツバキはまた静かに元髪の毛を四方に伸ばし綺麗な丸い繭へと戻った。
騒ぎを聞きつけた使用人や若い衆によって楼主の所に知らせが行ったらしく、文さんはダイチが戻るまでここに残るように禿が楼主より言付かってきた。
少しして紫燕姐さんも禿と駆けつけくれて部屋の片付けを一緒に手伝ってくれた。




