僕のプロローグ
季節は春、まだ雪がそこかしこに残っている。
その木は紅色の花を今が盛りとでも言うように咲き誇っている。
まるで 『これが最後』 とでもいうように。
僕はどこか懐かしい重く甘苦しいその香りを吸い込む。
満開だったその花びらが一片落ち。
僕はその最初の一欠片を両手で受け止めた。
『連れて行って』と言われた気がした。
僕はそれを薄い青色のハンカチに大切に包むとジャケットのポケットにしまい込んだ。
(ばいばい、またね)
そう心の中でそう告げ僕は還る。
『帰る』ではなくあえて『還る』のだと言いたい。
だってここの今はまだ僕の今じゃ無いから。
だから 『またね』また会おうの意味を込めて・・・
************
僕は今リュックにキャラメルやチョコ、ペットボトルのお茶などを詰めこんでいる。
決して遠足やピクニックの準備ではない、多少ワクワクはしているが(そして結構ドキドキもしている)それなりに真剣だ。
大体の支度は昨日のうちに済ませたものの、オヤツ・・・もとい、非常食は多目に持って行きたかったので母さんが夜勤の日を狙っていたのだ。
お菓子をしまっている棚はどこかは知っているけど1度にたくさん無くなったら確実に怪しまれる。
それに基本母さんは「オヤツは手作り」そう決めてるらしい。
『駄菓子は添加物が・・』とか『塩分が多い』『甘味料が沢山使われて虫歯に』とか・・・子供の身体に良くないなどと言い滅多にくれない。
しかし母さん本人は実は大の駄菓子好き。
晩酌のツマミ用に沢山買い置きしてるのを僕は知っているのだ。
友達は母さんの手作りのオヤツを羨ましがるけど僕はみんなと同じようにヨッチャン○カや、う○い棒やブタメ○、ポテチを食べたいんだ!!!
あの真っ赤な着色料のスッパイヤツや手や服に粉やら何やらで汚しながら食べるサクサクした歯応えのスナック、極め付きは体に悪い代表格のインスタント麺・・・
僕にとってそれって最高のご馳走なんだ!と思わず心の中で熱弁してしまうくらいに・・・気が付くと欲望のままに入れすぎてしまったようで、青いリュックはパンパンになっていた。
かさばる袋物は二個ほど断念し元の棚に戻す。
そしてふと、ダイニングテーブルに目をやると僕の好きなホットケーキがラップされて置かれているのが目に入る。(手作りが嫌いなわけじゃ無いんですよ!)
そのそばには小さなメモ、
『冷蔵庫にハンバーグが入っています、夜ご飯です。温めて食べて下さい。PS.付け合わせの野菜も食べてね、残したら・・吊るすぞ(ハート) 母より』
背筋がヒヤリとしたのは気のせいではない、はず・・・しばし悩む僕・・・。
結果、ハンバーグを温めなおし食パンに付け合わせの野菜ごとのせるとマヨネーズをプラスしてサンドイッチにした。
けっこう分厚い、そして重い・・・。
しかたなく僕はもう一袋お菓子をあきらめ、ラップしたサンドイッチをリュックに入れた。
ホットケーキはまだほんのり温かく、そのまま食べる事にした。
リュックのポケットに入れてた写真を取りだし、イスに座るとフォークに突き刺したホットケーキにかぶり付く、写真には赤ん坊の僕と今より若干若い母さん。その横には母さんの右肩をガッシリ抱き寄せた男の手が写っている。
しかし残念なことに顔などは写っていない、肝心な部分は焼けてしまっているのだ。
多分きっとこれが僕の父親なんだ。
この写真だけが手がかりの謎の父親、物心ついた時にはすでに居なかった父親。
写真から得られた情報と昔からお世話になっている親戚のおじさんから聞き出した話を元にまず何処に行くのかは決めてある。
県境にある空白地帯だ。そこは僕が産まれた頃に消えた街で僕が産まれた街でもあるらしい。写真には後ろにその街の建造物らしき何かが写りこんでいるがピントが合っていないのかボヤけて良く分からない。
母さんは良く一杯やりながらこの写真を見ていた。
『探したら良いじゃないか』
思わず言ってしまった事がある。その時の母さんはだいぶ酔ってたのか泣きそうな顔をして
『待ってるって約束したから、私たちのとこに必ず・・・数年待てばきっと』
そしてこれ以降、父親の話は禁句になった。
『馬鹿正直に待って、すでに10年近く待ってるんだよな。』とは親戚のおじさん情報。
『アナタのお母さん。最近配属された上司が猛アタックしてたわよ?それをかわすのも疲れたって漏らしていたわ。』とは母さんの同僚情報。
母さんは控えめに言っても童顔美人だからモテるのは仕方ない。
だが、あのエロ上司(隠れて偵察した)が新しい父親に・・・とか有り得ない!絶対に阻止する!!!
今、時間は夕方5時前、母さんは上司の猛攻を避けるべく転職を考えているそうで、夜勤前に他企業の面接を受ける為に早めに出掛けた。
そのまま仕事に向かい、明日の昼前には帰って来る予定だ。
母さんが探さないなら僕が探す『ひとめ会いたい。』とかじゃなく僕には母さんが居ればそれで良い。他の家族を見て羨ましいと思ったことは無い・・とは言わないけど、
今さら・・とは思う。
ただあんな泣きそうな顔はもう見たく無い、いつも笑顔で豪快で・・・怒るとけっこう恐いけど大切なたった一人の家族だ。いつも幸せでいてほしい笑っていてほしい。
でも、その為には僕がそばにいるだけじゃダメみたい。
「絶対にコイツを見つけ出してやる!!」写真を持つ手に少し力が入る。
決意を新たにし、遅めおやつタイムを終え皿とフォークを洗って洗いかごに入れる。
決行は今夜。
僕は人通りが減る時間まで仮眠しておくことにした。
************
田舎の夜は早い・・・とは言うものの、さすがに夜7時や8時では早すぎるようでご近所さんの灯りはまだまだ点いたままだ。
気持ちは早るが僕は慎重にその時を待つ。
今の僕を誰かが見たなら、目をランランと輝かせてソワソワと窓や玄関の戸の隙間から外をうかがう怪しげな姿に若干引くかもしれない。
両隣は農家なせいか、いつも9時過ぎには寝静まり電気も消えてしまう。
しかし、真向かいとそのまた両隣さんは会社勤めだったり役場勤めだったりする。
その為なのか割と帰りが遅く、普通に玄関から表通りに出てしまうと途中でご近所さんに出くわす可能性がある。
僕の家の勝手口は裏ではなく右隣の家の縁側に向いている。
裏には畑が広がっており、家の玄関の左手に細く狭い通路が裏手に抜けられるようにつながっているが、そこは裏手の物置に自転車をしまうのに通れるギリギリの広さしかなく、おまけに夜は明かりも無い。
玄関脇には生垣もあるので表の通りからはちょうど死角になる。
ご近所さんに見付からず出かけるには、自転車を取りに一度裏手に回り狭く暗い通路を通り道に出るしか無いがリスクが高い、それに通路は暗すぎてシンプルに怖い。
だが僕は何度か真夜中の脱出には成功している。今日もその方法で出るつもりだ。
夜10時を過ぎた頃、家の電話が鳴りはじめた。
相手は誰か分かっている、母さんだ。
僕は一度大きく息を吸って呼吸をととのえると電話に出た。
「はい・・母さん?うん、うん、分かってるって。夜更かしなんてしないって。うん、あ、明日、早くに起きて出かけるから・・え?ああ・・・友達とサイクリング、いつもの場所より少し遠くに行ってみようって・・・ハイハイ危ないとこには行かないし危なそうなら止めるから・・・うん、良いの?うん、無くさないよ!大丈夫だって、じゃあね母さんも・・・仕事頑張って」
話終わると、そっと受話器を置いた。
ホッと息をつくと気持ちを切り替え、玄関からすぐの母さんの寝室に向かう。
ベッドのすぐそばにある小さな化粧台には充電器に置かれたままのスマホがある、数年前に母さんが使っていた古い機種だ。
何かあった時用に解約せず残しておいてるらしいが、なぜか滅多に触らせてくれない。
いつもより遠くまで行くと言ったのが心配だったのか、しぶしぶ持てって良いとの許可が出たのだ。
それを手に取ると待機画面に22:12と表示された。
色々いじりたいのを我慢して電源をおとして玄関に向かうと、ちょうどお向かいさんが帰って来たようで車のライトが磨りガラスに当たって一瞬明るくなり消えた。
良いタイミングだ。
僕は左手にスマホを持ち直すと履き慣れたスポーツシューズを片方の手に持ち2階の僕の部屋へと向かう。
僕の部屋は裏の畑に面していて少し狭いがベランダがある。
お菓子や地図で膨れたリュックに新たにスマホを入れると、それを背負う。
思ってたより重い・・・、もう少し何か減らそうかと考えたが、止めた。
荷物を選別する時間が惜しいし選別してる間に気持ちがグラつくような気がしたからだ。
窓を開けるといつのまにか雨が降ったようで今は薄い雲の合間から月が明るく照らしてベランダまで伸びてきていた木の枝や葉がうっすら濡れているのが分かる。
明日の天気予報は晴天だ。この様子ならまた降りだすことは無いだろう。
僕はベランダにシューズ放り出すとそれに足を突っ込みキュッと紐を結べば準備完了。
ベランダからだと狭い敷地にそぐわない大木が右隣の庭と僕の家の敷地をまたいで枝を広げているのが良く分かる。
若干ウチ方に枝を伸ばしすぎな感じではあるが、お隣はお年寄り。剪定がちゃんと出来ていないせいだろうけど責められないよね。そのお陰でベランダからの脱出もしやすくなっている訳なんだし・・。
僕はベランダから屋根に降りる・・・が、ヤバい・・・めっちゃスベる・・・。
ベランダの縁を掴んでいたので一歩目で転ぶことは無かったもののヤバい状況なのは変わらない、何せ踏ん張りが利かないほどツルツルしているのだ。
濡れた屋根をなめすぎていた。
しかし、このまま乾くまで待っている(体力的にもムリ!)わけにもいかず、僕は思いきって手を放す事にした。
幸い少し先に一本枝が伸びていて、それに掴まれば枝伝いに物置の上に行けそうだ。
そこまで行ければ後はいつも通り、立て掛けておいた短い手作りのハシゴで下に降り、畑の畦道を自転車を押して裏道に抜ければ人目につきにくい。
僕は事前に考えていた行動を脳内でシュミレーションしつつ。
大きな音を立てないようにツルっツルっと滑りながらゆっくりと方向転換。
片手を放した時、(ああ・・・紐でも結びつければ良かった・・・)と考えたが後の祭りだった。
思っていたより重くなった荷物。
思っていたよりスベる屋根。
思っていたより時間が経過していた為、体力の無かった僕はすぐにバランスを崩す。
態勢を立て直そうと両手をバタつかせるが、結局腰が引けた状態でツーッと屋根の傾斜を滑りバタつかせてた手で一本の枝にやっとのことで掴まった。
(・・・ヨシ!)
しかしその枝はシンナリしており、やや心許ない。体を支えるのには適してない様で掴んだは良いが簡単にグンニャリと枝がしなる。
(もう少しもってくれ!)
そう祈りながら、スベる足元を気にしつつ枝先に向かう。
(あ・・と・・・少し!)
思ってたより丈夫だった枝は、シンナリしつつも僕の体重を支えてくれてた。
が、ツルッと油断した。
枝から一瞬手を離してしまい掴み直そうとした指先が捕らえたのは1枚の葉っぱ・・・それだけでは支えになる訳もなく、あっさり千切れて過重が無くなった枝はしなって僕の顔面にジャストヒットした。
この間、体感でおよそ0.5秒・・・その勢いのままツルリと空中に投げ出された僕・・・
「のうわあああっっっっ!」
僕の短い人生の走馬灯が脳内で再生される、だがしかし短すぎて地面に叩きつけられる前に再生終了。
(あー、最期に発した言葉が間抜けな悲鳴とか、グチャッとなる瞬間まで続かない走馬灯とか・・・僕って可哀想・・・かも?せめて痛みを感じないで逝けたらラッキーかなぁ)
なんて、どこか他人事みたいに考えた。




