【プロットタイプ】自分の武器で
注意事項1
起承転結はありません。
短編詐欺に思われたら申し訳御座いません。
上手い回答が出来ない人間なので、感想欄閉じてます。
これは読者様の問題ではなく、私の問題。
詳しく知りたい方は代表作の『作品と作者の注意点』に書いてあります。
注意事項2
小説とか、ゲームとか、漫画とか、現実を見て思った事。
醤油ラーメンと味噌ラーメンを同じ括りにしてはいけないように、天才も秀才も同じ括りにしてはいけないんだと思います。
俺も、鏡花も、そして諭羅も、決して天才には成れないし、成れなかった人間だ。死ぬ程頑張って秀才。一般人の域を出ない。其れでも何の皮肉か、身近な天才がこういうのだ。
「天才には天才の、秀才には秀才の良さがあるよ。君、醤油ラーメンと味噌ラーメンを同じ目線で語るタイプ?」
前の天才はそう言ってケラケラと笑った。
俺の母は所謂天才故に作家になれた人間である。それ故に自分の世界を持っており、相手への説明を拒む。全てを自らの肌感覚で書き上げる為に、説明が要らない。最短で答えを出せる。
だから相手への理解や同調を求める時だけ、かなり言葉を選ぶ様な人だった。
作家に成りたいと願って、『成れるもんならやってみろ』と言われ、足掻くだけ足掻いたその後、自分には成れないと悟った時の事だった。俺は執筆の合間に珈琲を淹れる母にこう言った。
「散々書いてきた。書く為にあらゆる物を犠牲にしてきた。でも俺は、アンタには成れない。作家に成れた奴は皆天才だと思ってる。でも俺は成れない。アンタみたいな天才に成れない」
受け入れた時、死ぬ程苦しんだ。現実を受け入れるまで、三日三晩掛かった。其れでも今、熱が冷めた今、大分落ち着いて母と話をする事が出来た。
母は淡々と答える俺を一瞥すると、珈琲を一口だけ啜った。
「そういう所かなぁ。アンタが頑張っても秀才なのは。アンタは頭が良い。保険を掛けられる。だから全てを犠牲にしている様で出来てない」
それは自分でも理解している事だった。小説の最高傑作を書く為に、学校を辞められるか? と聞かれたら、間違いなく首を横に振る。死の生々しさを知る為に、家族を殺せるか? と聞かれても首を横に振る。何処までも常識の範囲内でしか動けない。
「でも別に、アンタが言う天才だって完全無欠って訳じゃないよ。
天才って総じて常識外れの頭脳の持ち主だから、証明を省く。自分が理解していれば其れで十分。だから世界から認められないで終わる人も沢山いる。数学の天才はそういう人が多い。
でも秀才って常識を弁えた人が多いから、相手に認められる事も重きを置く。アンタみたいに客観的に物事を見て、判断を下せる。万人に理解されなきゃ意味が無いって思う人が多い。
醤油ラーメンには醤油ラーメンの良さがあって、味噌ラーメンには味噌ラーメンの良さがある。其れを同じ『頭脳』、『センス』に括られちゃ、単純な比較が出来ないね」
そう言って、俺の頭を撫でた。ポンポンっと、
「アンタはアンタの武器で戦えば良い。夢敗れても、アンタの武器で戦い続ければ良い。其れを続ければ、天才にだって勝てるかも知れないよ?」
これは私の解釈です。異論は大いに認めます。
ゲームでもそう、漫画でもそう、現実でもそう。
天才って皆、説明や証明を省くんです。
〇〇〇の〇〇タもそう、〇〇〇の〇君もそう、*廊下の壁に数学書き殴った天才もそう。
*ラマヌジャンでしたね。
分かるにはこれで十分。だから説明も証明もしない。
これが天才の唯一にして最大の欠点だと思ってるんですよ。
数学って、証明しないと公式や定義として使っちゃ駄目なんです。
でも秀才って常識の外れな行動をしないか、出来ないから、万人に認められる様に、証明も説明もするんです。
客観的に認められないと、それが本当か分からないから。
ここ、とても一般人らしい。
出る杭は打たれる恐怖を知ってるって事だから、周りの視線を気にするってことだから。
だから今の私の中では相互互換。
比べるにしては否る所が多すぎる。
ちなみに私は豚骨ラーメン派です。