7
「どうでしたかね」
十台以上のモニターと無数の電気コードの蠢く薄暗い機械室。その中央にあるベッドで四十一歳の郷秋は目覚めた。
「おかげさまで。どうも、多鍵博士」
「うん」
最先端のIT技術科学者である多鍵十三は、ベッドから上半身を起き上がらせた郷秋ににっこり笑った。
「実験は軒並み成功しましたよ」
「そりゃ良かった。被験者として何よりです」
「細かい記録はまた後ほどお渡しするとして——どうでしたかね。青春時代の再現は」
「再現っていうか、自分にとって都合のいいように作ったんですけどね」と、郷秋ははにかむ。「でも、なかなか楽しかったですよ。猫も助けられたし、ついでに好きだった女の子に気持ちも伝えられましたし」
「これから月山さんは二重の記憶を持つことになるわけですな」
「悪くないです。ぼくの子供時代は絶体絶命の最低最悪なものだったので、それが幻想でも擬似的でもそうではないって思えるっていうのは、満足です」
「そりゃ良かった。楽しめたなら良かったですよ。これでデジタナ研究がより一歩前進する」
そこで郷秋は、ふと疑問に思ったことを訊ねてみた。
「この研究って、最終的にはどうなるんです?」
「むろん一般化ですが、ただもっと構築する必要がありますね。明晰夢をベーシックに、というのは我ながらいいアイディアだと思うんですが、人々の集合無意識とどう噛み合わせるかが今後の課題でしょうか。やっぱり電車を動かすとか電話をするとか、そういうことを個人的な夢の世界の中での話に完結させるわけにはいかないですからね」
「なるほど。マッドサイエンティストじゃなさそうで安心ですよ」
「俺にも色々ありましたからねぇ。ま、今は今できることを」
ふふっと郷秋は笑った。
「そうですね。今は今できることを」
これは“もしも”の話。
もしも主人公になれたなら?
そんなこの世界が現実ではなかったら?
その中でどうやっていくのか?
そして、その後、どうするのか?
世界が終わったその後——その後、自分はどうするのか。
例えばこれは“もしも”の話。
ただそれだけの、ささやかな話——。
〈了〉