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 翌日。終業式。

 明日から夏休みだ。何をしてどう過ごそうかな。家族と過ごして、千尋と過ごして、他の友達たちともいっぱい遊んで、でも宿題もきちんとしないとな。そんなことを考えながらいつものように公園の入り口で環は千尋を待つ。

 でも、千尋がやってこない。

「おかしいなぁ。遅刻する気かな」

 と、そこで環は鞄の中を探る。

 だが——。

 あれ、ない?

 しばらく鞄の中のいつものポケットに目をやったが、何もない。ティッシュペーパーとハンカチがあるだけだ。

 あれ?

 ここに何か……入れていたような気がする。そしてその何かを使えば今ここで千尋と連絡が取れるような、そんな何らかのアイテムを入れていたような気がする。

 ——でも、そんなアイテムは、なかった?

「おはよう藤嶋さん」

 ふと声をかけられたことに気づき環はそっちに目をやる。するとそこに郷秋がいた。

「あ、おはよう。月山くん」

沢木さわきさんを待ってるの?」

「うん。でも千尋、いつまで経っても来なくて——」

「じゃ、よかったら一緒に行かないかい」

 千尋が気になる。

 でも環は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 だから、

「うん、いいよ」

 と、応える。

 そして二人は学校へと向かう。

 そこでふと気づく。

「月山くんの家、こっちだったっけ」

 という環の疑問に、郷秋はすぐに答える。

「いや、君はその情報を知らないはず」

 情報?

 真夏の日差し。桜の木。チラチラと揺れる花びらたち。

「いい天気だね」

 と、環は何となくそう言ってみる。

 すると郷秋は、

「そうだね。そう見えるね」

 と答える。

 ?

 何だろう。なぜ私は今この人と一緒に登校しているのだろう。

 昨日から疑問や違和感を抱くことが多かった。でも、時が経つにつれてだんだんどうでも良くなって、そのうちぼんやりとしていた意識がはっきりするようになっていった。そんな不思議な一日が昨日。そしてそれが今日もそうなっている。今日もそれが続いている。

 そういえば昨日、郷秋がその鍵を握っているような気がした……ような気がしたが。

「ねぇ藤嶋さん」

 歩きながら、そんなことを考えていると、郷秋がそう声をかけてきたので、環は、何? と反応する。

 すると——。

「君は、どの辺で世界が()()()()していると思う?」

 不思議なことを言ってきたので、環はきょとんとした。

「世界? ちゃんと?」

「そう。世界ってあやふやだって思うことない?」

 どう答えていいかわからず、環は首を捻った。

「そう言われても」

「ほら。水槽の脳とか、胡蝶の夢とか、そういう話って聞いたことない? この世界はそういうものじゃなくて確かにちゃんと存在しているって、どうやったら思えると思う?」

「そう言われても……そういうファンタジーな話、嫌いじゃないけど……」

 この人と私は、こんな風に会話をする間柄だっただろうか。

 郷秋は続ける。

「今、見ている世界が全部夢だって可能性あるよね。全部、幻だっていう可能性もある。そうじゃなくて確かに存在している現実なんだってことをどうすれば人って理解するんだろう。だって、夢の中で夢を見ている可能性だってあるんだぜ。現実が現実だってはっきりした証明って、誰かできる人っているのかな——」

「はあ」

「君だって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「——」

 この人は、何かを知っている?

 やっぱり何かを知っている?

「昨日の猫なんだけどさ」

 急に話題が変わり、環は、ん、と頷く。

「白い子?」

「実は本当は轢かれてたんだ、車に」

「……」

「君が目撃したように」

「——」

「あの日、すごく天気が良かったので、どうしても外に出てみたくなったんだ。下校時間なのはわかっていたけれど、それでもどうしても散歩がしたかった。だから家を出てしばらく歩いてたんだ。そしたらここの公園から猫が出ていくのを見て、と思ったらあっさり車に轢かれてしまった。君と沢木さんは大騒ぎしたり泣いたりして、ぼくは居た堪れなくなってその場から逃げ出した。君たちはたぶん、ぼくに気づいていなかった」

「何の話?」

 満開の桜の木の前。

「桜が咲いているね。夏だっていうのに——」

 ——。

「藤嶋さん」

「はい」

 と、そこで郷秋は頭を下げた。

「ごめんなさい」

「え?」

「全部、ぼくのせいなんだ」

「——だから、何の話? 私は——」

 そのとき……何かが割れる音がした。

 環はその音の方を見る。

 それは空だった。

 環は目を剥いて口を小さく開けた。

 ——空が割れていた。

「ごめんね」

 顔を上げて改めて郷秋は環に謝罪した。その謝罪の意味が何なのか、何となく、環は直感的にわかるような気がしていた。

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