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「今日は環、なーんかぼんやりしてたねー」
桜の咲く公園の中を歩く。いつものように環は千尋と帰路を辿っていた。
「そうなの。なんでだろ」
「勉強のしすぎかね」
「まあ来年は受験生だけど。でも体調管理は怠ってないつもりなんだけどなぁ」
今日は朝からぼんやりしていたが、時間が経つごとにだんだん意識がはっきりするようになっていた。そして放課後の今はバッチリだ。夏の桜は花びらがきらきらと光っていてとてもきれいだ。
でも、朝、この桜について何か違和感を覚えたような気がするのだが。
「夏休みどうする?」
千尋の問いに環は、うーん、と、唸る。
「特に何も考えてないなぁ。家族と田舎に行ったりお墓参り行ったりはするけど」
「つれないなぁ。あたしを無視しないでよ」
「色々遊びに行こうね」
「だね! ——あ。猫だ」
ん? と、千尋の目線の先を見ると、そこには真っ白な猫がいた。
おいでおいで、と、千尋はその猫に手招きをするが、猫は黙ったまま座っている。そこで千尋は猫のもとへと行ってみる。環もその後をついていく。
すると——猫は、プイッと顔を背けて去ろうとする。
「つれないなぁ」
千尋の言葉に環はクスッと笑う。
「どこの子だろ。ここの公園で初めて見たけど」と、千尋。「首輪してなかったけど、野良かな」
猫は公園の外へと出ていく。
「追いかけてみよ」
千尋に促され、環は二人で猫を追いかける。
公園の外。猫はてくてくと歩いていく。そして道路を横切ろうとして——。
そのとき、そこに車が猛突進してきた。
「危ない!」
急ブレーキの車。タイヤの掠れる音。猫の悲痛な鳴き声。
環は目を覆う。
しばらく目を開けられなかった。
一秒。二秒。三秒……。
そこでふと思う。
千尋の様子は?
と、そこで環は目を開ける。
すると一瞬だったが——世界が掠れた。
「え?」
そして状況を見る。
車は、いない。
そして向こう側で——秀哉と一緒にいる郷秋が、さっきの猫を抱えていた。
「あれ?」
「ん?」と、千尋が怪訝そうな顔をする。「どしたの環」
「え、だって、今、車が——猫が——」
はて、と、千尋は首を捻った。
「車なんて通らなかったよ」
……今日は朝から不思議な一日だ。
何かが変だ。
でも、何が変なんだろう?
いや待て。私は今、車が猫を轢いた現場を目撃した。目を覆ってしまったので目撃こそしていないが、しかし急ブレーキの音やタイヤの様子、そして猫の断末魔を私は確かに耳にした。にもかかわらず状況は何も変わっていない。さっきまでいなかったはずの秀哉と郷秋がなぜかそこにいる。急に現れたような気がする。でも、そんな不思議なことが起こるわけがない。でも——今日は朝から不思議な一日を私は過ごしている。
そんなことを思っていたら、猫を抱えた郷秋と秀哉がこっち側へとやってきた。
「やあ」
と、郷秋が二人に声をかける。千尋はおっすと応える。
「この子、君たちの?」
猫の顔をこちらへと向ける。
「いや、違うよ」と、千尋。
「そうか。じゃ、もといた場所へとお帰り」
と、郷秋は猫を道の上に放す。猫はにゃあ、と鳴いて、やがて去っていった。
不思議な一日に、不思議な出来事が起こっている。
「明後日から夏休みだなぁ。計画とかあんの?」
「楠本は? あたしら今その話してたとこなんだけどさ」
「海に行くか山に行くか」
「なんでその二択なの」
……でも、そんなこともあるのかもしれない。
千尋と秀哉の会話を聞いている最中、環はぼんやりとしていた意識がだんだんはっきりとしていくのを感じていた。そんな中、ふと郷秋を見ると、彼はニコニコと秀哉と千尋のやり取りを聞いている。
——この子は、こんな“大人な”子だったかな?
なんだろう。この違和感。
……郷秋が何かを握っているような気がする。
でも、どうしてそんな風に思うのかわからない。
でも、郷秋が何らかの鍵を握っているような、そんな気がする。
そんな気が、するのだ。