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「環。環」
肩をポンポンと叩いているのが隣の席の千尋であることに気づくと同時に環は目が覚めた。
すると目の前に担任の男性教諭のドアップがあったため、環は、ひっ、と声を出してしまった。
先生は呆れた。
「藤嶋ぁ。先生は哀しい。そんな叫ぶことはないじゃないか」
「だってこんなドアップで」
「ま、いっか。じゃあホームルーム始めるぞー」
どうやら自分は眠っていたようだった。教室中にくすくす笑われて環はちょっと恥ずかしい。ふと前方を見ると秀哉と仲のいい郷秋も微笑んでいる。
——でも、目は笑っていないような気がする。
あれ。なんでこんなことを思うんだろう?
先生がいつものように教壇で話す最中、環はなんとなく郷秋を見た。
不登校の子だった……と思っていたが、千尋はずっと来ていると言っていた。そして自分自身、さっき数分間眠っている間に記憶がぼんやりしている。
もしかしたらちょっと休んでいた期間が長かった、とか、そういうことだったかもしれない。あまり具体的なことはわからないけど、それを自分は不登校だと思った……いや、そんな思い違いをするだろうか?
やっぱり月山くんは、不登校で、今日、久しぶりに学校に来たんじゃないか、そんなような気がする……。
「環。環。ちゃんと聞いて」
「あ、うん」
千尋に促され環は先生を見る。
独壇場でペラペラ喋る先生。この先生はいつもこんな感じである。
その声を聞いていると、だんだん“不登校の郷秋”の印象が薄れていくような気がする。
なぜだろう。
改めて環は郷秋のことを考える。月山郷秋は小学校の頃からの同級生で、昔から成績優秀でスポーツ万能。バスケットボールが得意で、あと、ピアノがすごく上手で楽譜を渡せばなんでも弾けるという男子だった。子どもの頃から目立つ生徒で、顔もちょっとかっこいい。
……あれ? そうだったっけ? 月山くんってそんな“すごい”子だったかな?
確かに成績は優秀だった。テストでは満点の常連だった。でも、スポーツ万能……いや、むしろ体育は苦手だったと思う。バスケットボールなんて全然できなかったんじゃなかったか。ピアノだって、すごく上手ではあっても、楽譜を渡せばなんでも弾けるなんていう芸当はできなかったような気がする……。
それに、そんなに顔もカッコよかったかな?
環はちょっと郷秋の様子を伺う。顔をよく見てみる。確かにイケメンである……確かにこの子はこういう顔をしていた……でも、あれ……前見たときより印象が良くなっている気がする。化粧水とか乳液とかでもつけ始めたとか?
——どうしてこんなことを思うんだろう?
いや、というかなぜ自分は今、郷秋のことを考えているのだろう。
なんだか不思議な気分だった。
でも、さっきまでのぼんやり感がだいぶ薄れている。やっぱり寝不足だったのかな。バッチリ眠ったような気がするけど疲れてるのかもしれない。千尋にさっき指摘されたように——。
そこで環はふと、何かを思い出すような顔になっていた。
あれ、さっき、登校時に、何か疑問に思ったようなことがあったような気がする。何を疑問に思っていたんだっけ? 確か、二つほど……そしてそれはどちらも公園の中であったような気がするが……ダメだ、なんだか思い出せない。何を疑問に思っていたのかがぼんやりしている。
「というわけで明日は終業式で、明後日から夏休み。みんな、口を酸っぱく言うが法に触れるようなことは絶対するなよなー」
「はーい」
いつもの教室である。いつもの風景である。
今日はなんだか不思議な一日だ。