50 文化祭の準備は進む
「はい。終わり。ありがとう成川さん」
「ううん。ありがとう」
採寸をしてくれたクラスメイトに、お礼を言う。
あれから、ラインやホームルームなどで、和モダンレトロカフェの詳細が決まった。
あの、仮の衣装は、ほぼそのまま採用。布などの材料の仕入れや縫製は裏方が。カフェの店名は『和スイーツCafe Modern&Retro』に。テーブルや椅子などの什器はツテのあるクラスメイトが借りてくることになり、裏方は他にも、教室内の装飾や、ポップや看板、ポスター制作など、細かい担当に分かれて仕事をする。
メニューについても、和の要素が取り入れられたスイーツを主として、材料の仕入先も決まり、涼がぽんぽん出してくるスイーツのレシピ案が、こちらもほぼそのまま採用されていった。
そして今、その衣装制作のための採寸を、中休みに更衣室で行っていたのだ。
終わったので制服を着つつ辺りを見回し、もう数人だな、と確認して、周りに一声かけて、教室へ。着いたら課題に手を付け、次の授業が始まるまで、やっていた。
◇
「へー、順調だねぇ」
コーヒーチェーンにて、桜ちゃんが言う。
「まあ、なんとか。私は当日、頑張る担当だし」
「で、マリアちゃんは、ラブストーリーのフラれ役、か」
「中々、やりごたえがありそうだぞ。コンセプトと粗筋を貰ったが、見るか?」
「んーん。当日の楽しみにしとく」
「私も。それとさ、桜ちゃんの『鏡』って役、どうやるの?」
「ノリノリでいくよ! それと、ストーリーは少し改変されるし。まあこっちも、当日をお楽しみに」
「あとは、三者面談だよな」
マリアちゃんがカフェラテを飲みつつ、しみじみと言う。
「それが終わったら夏休みだよ」
と、言ったら。
「そんでフランスでしょ?! また楽しんできなよ!」
桜ちゃんの勢いに押されつつ、「うん」と、言った。
ホームステイの日程は、期間は一週間のまま、8月の最初の週に決まった。空港までは家族と一緒で、飛行機に乗って、着いたらラファエルさんのお姉さん──ルイーズさんと、その息子さんのノアくんが出迎えてくれることになっている。
涼のフランス語だって、会話も随分上達してきた。単語は音を理解しているからか覚えるのが早いし、文法なんかも、同じ理由からなのか、少しずつだけど確実に身に付いていっている。
……うん。普通に、楽しみだ。
◇
「では、始めましょうか」
「おう」
家にて、勉強会である。
涼はもう、随分と言って良いくらいに、1年生の範囲を飲み込みつつある。やっぱりもともとは、頭が良いのだ。河南に合格したんだから。
で、理数系はもう、三学期の範囲を半分はさらうことが出来ている。しかもそこは1年の応用復習の部分もあるので、涼は、一度したことをもう一度、復習しているようなものだ。
そして、文系。リスニングとスピーキングに強い、と分かったおかげもあって、外国語科目の習熟スピードが、格段に上がった。国語辺りもコツを掴みつつあり、まあ、ひっくるめて言えば、教えるこっちにも、余裕が出来てきた。
なので、それらを加味して、ノートのコピーはもう既に、全てを渡してある。涼は家でもきちんと復習しているし、それらがあれば、予習にもなる、と、踏んでのことだった。
「──はい。そろそろ時間ですね。お疲れ様です」
「おう」
涼はアイスティーを飲み、ふぅ、と、息を吐いた。
「どうです? 手応え、感じます?」
「手応えっつーか。高校の範囲は新しいもんが多いが、考え方とかがな、中学の頃を思い出す」
「ああ、優秀だったという」
「まあまあ、な。俺より頭良い奴も、それなりに居たし」
「……そういえば。出身中学はどこです?」
私は言ったけど、涼からは聞いてない。
「ああ、あー……墨ノ目って、知ってるか?」
墨ノ目。
「……この辺で有名な、進学校の?」
「まあ、そう。そこに通ってた」
「……涼」
「ん?」
「涼が範囲に追いついたら、そして全回復したら。私より、優秀な成績を修めるのでは?」
言ったら、涼が軽く笑った。
「んなことねぇよ。そもそも光海は特待生の受験の合格者で、おれは一般枠だったんだ。グレる前の成績で一般だったんだから、お前のが頭良いんだよ」
「これからは分かりませんよ。フランス語の勉強だって、驚異的なスピードです。パティシエを目指しているんですから、より、高められるなら、高めるべきだと、私は思います」
「……んまあ、出来るだけ、出来ることはする。それは俺も決めてるから」
「そうですか。(……では、このままフランス語の学習、始めますか?)」
涼は目を瞬かせて、次にはニヤリと笑って。
「(なら、お願いします。光海先生)」
……。……涼めぇ……!
ちょっとムカついたので、少し手厳しくしたら、涼が潰れた。
「(……すみません。少し、熱を入れすぎました)」
「(まあ、うん、俺のせいでもあるから、今度から、気をつける)」
「(私も気を付けます)……それで、涼」
「……なに……?」
突っ伏していた涼が、顔を上げる。
「そろそろ愛流が帰ってきますが、大丈夫ですか? 私のせいなので、今日はお休みにしましょうか?」
「あー……今日は1時間だろ? いけると思う」
「分かりました。では、……そろそろアイスティーが無くなりますが、どうします? 同じのにしましょうか。別のにします?」
「ああ、同じで。……俺も行く」
と、言ってくれたので、一緒にキッチンに行き、アイスティーを用意して、部屋へ戻る。
「そういや光海、カフェの衣装……衣装? の布さ、決めたか?」
トレーを持っていてくれた涼が、ローテーブルにコップを置きながら聞いてくる。
カフェの服について。男女どちらでも良いと言われたけれど、スラリとした執事服を着こなせる自信がなかったので、私はメイド服にした。その服の布を、和柄の赤青緑から選ぶことになっている。
「いえ、まだ。ただ、青にしようかな、とは、ぼんやり考えています」
座り、言う。
「似合うとは思うが、なんで青?」
その隣に、涼が座った。
「……涼のことを、思い出して。暫定的に好きな色を青にしたな、と」
「……光海、ちょい、ちょっと」
涼が真剣な顔になって、手を差し出してくる。
「……涼は、すごい頑張ってますよね。スイーツのレシピ」
言いながら、手を乗せた。指を絡められる。
「そうか?」
「そうですよ。洋風和風、併せてケーキが4種、抹茶プリンにクリームあんみつ。あと、いちご大福に──」
涼の顔が、近い。
「あの、もう、愛流が帰ってきます」
「ん」
「涼……その、距離が……」
「なら、抱きしめるだけ。……少しだけ。いいか?」
マシュマロにならないでくれ!
「なら、少しだけ」
「……ん」
手を握られたまま、片手で、抱きしめられる。
「光海」
握られたままの手を、少し、強く、握りしめられる。
「……はい」
「服の色さ、青にしてくれ」
「はい。……うん、そうする」
「……。今その言い方おっまえぇ……!」
ぎゅう、と強く抱きしめられて、離される。
「光海お前ホントに可愛いんだからやめろよお前今は」
睨まれつつ言われたので「すみません」と、言ったら。
「謝るな」
どうしろと。
そして、5分もしないうちに愛流が帰ってきて、1時間撮られまくりました。




