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学年一の不良が図書館で勉強してた。  作者: 山法師


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44 店の現状

 河南の図書室は、朝の7時に開館する。ホームルームは8時15分から。家から学校までは約30分で、私は、朝の6時半に、家を出ることにしている。

 そして今日から、涼も一緒だ。


「なあ、この時間って、この辺いつもこんな感じ?」


 手を繋いで、駅への道すがら、涼に言われる。


「こんなって、こんな、ですけど。涼がいつも見る風景と、どう違うんですか?」

「いつもはもっと人がいる」

「駅に着けば、人は結構居ますよ」


 で、その駅で。


「……居るけど、少ない」

「そうですかね」


 並んで、座席に座る。


「そもそも、こんなふうに座れない。ほぼ立ってる」

「そうなんですね」

「このほうが楽だ。満員でもねぇし」

「なら、良かったです。……あ……ずっと敬語だった……」


 今さら気付いた。そう思ったら、ぎゅ、と、手の力を強められる。


「いい。それも可愛い」

「え、じゃあ、どうすれば」

「そう迷うのも可愛い」


 八方塞がりだ。

 そして、学校に着いて、図書室の学習テーブルへ。


「いつも、ここを使ってるんですけど、だけど、良い?」

「ん」


 隣同士で座る。

 あ。


「涼、あの、前に言っていたお礼のお手紙を、書きましたので……渡していただけませんか?」


 十九川さんと隆さんと、涼の伯母さんと。その3通を、涼に見せる。


「……渡しとく」


 ちょっと複雑そうな顔をされたけど、受け取ってくれた。


「ありがとうございます」


 さて、勉強しよ。


  ◇


 手紙のことを一度頭から追いやった涼は、経営についての本を読んでいて、最近思うことをまた、思う。ウチはどうやって、店を三人で回しているのか。

 冬あたりの売れるシーズンに、臨時のバイトを雇うのは、いつもだけれど。

 その時以外はほぼ、伯母が接客をしていて。父と祖父が経営を担っていて。その祖父が、一人でモノを作っている。

 人手は足りているのか。足りていないとして、それを補うための工夫を、何かしているのか。……中学までの──今までの自分は、そんなことにも気付かなかった。

 体育祭の時、仕事を終わらせていたという父の顔には、疲労があった。


「……」


 もし。もしも。また。

 誰かが倒れたら。

 店の現状を知らなければ。前には進めない。

 涼は、そう思った。


  ◇


 涼と一緒に、涼のカバンを買いに来た。いつもの駅ビルに入っているショップだ。


「どんなのにするか、決めてます?」

「デカくて丈夫なの」


 シンプルぅ。


「店員さんに聞きます?」

「……一回全体を見たい。で、分かんなかったら、そうする」


 と、言われたので、一緒に周る。涼は何度かリュックタイプを手に取ったけれど、首を傾げて戻してしまった。


「どうです?」

「んー……」

「いいの、ありました?」

「いや……そもそもが、だな」


 涼が、苦い顔をして、小声になる。


「防御と反撃の手段だったんだよ、アレ」


 ほぉう。


「で、それに見合う物が無い、と?」

「ん、まあ……」


 私は、涼を連れて、ちょっと店の外に出て。


「なら、そもそもそのリュックは、どこで?」

「つるんでた上の人が引っ越す時に、餞別って」


 ほ、ほほぉう。


「今は縁を切ったなら、普通のでは駄目なんですか?」

「あれ、結構丈夫なんだ。……お前になんかあった時、守れるヤツがいい」


 う、……。


「なら、その、丈夫さを一番に考えるなら、防災用とかキャンプ用とか、登山グッズとかなら、丈夫で耐久性もあると思います。それと、キャンプと登山用品の店も、ここに入ってます。移動しますか?」

「する」

「では、行きましょう。あ、行こう」


 着いて、そのお店でまた見て回って、最後は店員さんにアドバイスを貰って。


「んじゃ、これで」


 涼は紺色の、新しいリュックを買った。


「で、光海」


 買ったリュックの袋を肩にかけ、反対の手を、繋ぎながら。


「うん」

「まだ、時間、あるか?」

「えーと……」


 スマホで時間を確認。


「1時間くらいなら」

「また、カラオケ、寄れるか? 2曲くらいなら、なんとか歌えるようになった」

「いいで、……いいよ。行こう」


 そのカラオケで。

 たった数日で? という出来栄え。点数は知りたくないと涼が言ったから表示させてないけど、これは、高得点では?


「ホントに上手いよ、上手だよ! すごいよ、この数日で!」

「そう言ってくれると助かる。次、歌うか?」

「あ、えーと。もうそろそろ時間だし……また、歌ってくれません? アレ」

「あれか……」


 じーっ……と見てみる。期待の眼差しで。


「……分かった。約束したし」


 涼は見事に、『誰も寝てはならぬ』を歌った。歌ってくれた。

 カラオケ店を出て、


「また、歌って下さいね」

「……ああ」


 涼が渋い顔をしたので、伝わったと見た。


  ◇


 カメリアの現状が知りたい。涼は、率直に聞いた。


 経営は安定している、菓子作りはまだまだ現役、接客も、平日の昼間はゆったりしたものだ。

 そう言われて。


 本当にそうなのか。無理をしていないか。また誰か、母のようになりはしないか。なんとか冷静さを保ちつつ、聞けば。


 なら、と。細かい情報を見せてもらった。収支について、税金について、スケジュールパターン、材料などの入手先とのやり取りや経済状況、今後の経営方針についても。

 なんとか食らいつき、頭に入れていく。


 そして、今の自分に分かる範囲でだが、それほど切迫していない、と、思えた。誰もそれほど、無理をしていない、と。


『だから、今は、自分のやりたいことをしなさい。こういうことを聞くのも、やりたいことの一つだ。他のことだって、色々経験して良いんだ。目一杯やりなさい。お前の真剣さは、よく分かるから』


 祖父に言われ、思わず謝ってしまった。謝ることじゃないと言われた。お前は何も、悪いことをしていない、と。

 震える口を、動かして。ありがとう、と言った。




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