42 ふにふに
で、今。
「んー……」
涼の膝の上で、唇をふにふにされている。
『昨日の続き、いいか』
食器を片付けてきた涼に、そう言われて。
今や、この状態である。
「なんでこんな柔らけぇの?」
「ひ、ひりはへん」
下唇をふにふにされていて、どう喋ればいいか分からない。顔を涼のほうに向かされているので、視線だけ逃げる。嫌ではないけど、恥ずかしい。
「お前さ、自分がどんだけ可愛いか分かってるか?」
「ほれあ、ひょうお、ひゆんえふ」
「だとしても可愛い」
なぜ通じる。
「これ、永遠にしてられるな」
「へ、へいへんわ、ほありあふ」
「そう言われると、ずっとしてたくなるな」
「うう……」
下唇、上唇、また下唇。ふにふにふにふにふにふにふにふに。
頭、沸騰しそう。
べ、別のことを考えよう。
アデルさんは、そろそろ安定期。つまり、5ヶ月になる筈で。そしたら、早産とかにならない限り、5ヶ月後くらいに、赤ちゃんが生まれる筈で。……11月くらいかな。お祝い、どうしようかな。親へのプレッシャーになるからベビーグッズは避けるべし、と、ネットに書かれていたけれど。なら、家族、への、お祝いかな。
「おい」
「ふぇ、は、はひ」
「何考えてた?」
唇から指が離れる。けど、固定された頭は、そのままで。
「お、お祝いを、考えていました」
なんとか視線を戻し、答える。
「お祝い?」
「まだ、先になるんですけど、バイト先のご夫婦に、赤ちゃんが生まれる予定で」
「へえ、いつ?」
「何事もなければ、11月頃かと」
「冬の始め、ね」
で、ふにふにが再開された。
「なあ、光海」
「ふぁ、はい……」
「3年になってさ、クラス変わっても、体育祭、応援してくれるか?」
「ほえわ、ほいおんえふ」
てゆーか。
「ふんははいおほほ、わふえへあへんおへ?」
「……流石に分からんかった」
唇から指が離れる。
「えっと、文化祭のこと、忘れてませんよね、と」
「……ああ」
忘れてたな、おい。
「7月に入ったら、文化祭で何をするかの話が始まりますよ。劇とかになったら、規模にもよりますけど、夏休みにも、練習するかも」
「何したい? 文化祭で。てか、去年は何してた?」
「去年は、お化け屋敷を」
「何役?」
「裏方です。パネルとか作ってました」
「ふーん……なら、今年はカフェとかやりてぇな」
「カフェ、ですか」
「そ。許可貰えんなら、俺、スイーツ担当したい」
「えっ」
「なんで驚くんだよ」
いや、だって。
「その、涼は、周りに進路のことを話していないふうだったので。話さないほうが良いのかな、と、思ってました」
「ああ、それな。お察しの通りだけど。別に話しても良いかって、最近は思ってる」
「そうなんですか。あ、そうなんだ」
「……。……そうだよ」
「ふぁ?」
ふにふに再開?! ここで?!
「光海に、応援してるって言われて。作ったもの美味しいって言ってくれて。少し、自信がついてきた。だから、他の人たちの反応が見たい」
「ほ、ほうえふあ」
「うん」
「はや、ひょうよふ、ひあふ」
「有り難いけど、どうやって?」
「|ひょえんは、えふえ、いううあ──」
「すまん。分からんわ」
指が離れる。
「えっと、去年はですね、幾つかやりたいものを挙げていって、それらに投票して、お化け屋敷に決まったんです。今年も同じやり方かは分かりませんが、カフェとか喫茶店とかを、挙げようかと」
「おお、頼むわ」
そしてまた、ふにふにが再開。
ふにふにされて、少しして。
私のスマホのアラームが鳴った。
「な、なん?」
涼は驚いて指を離す。
「アラームです。時間です。止めたいので、スマホを取っても良いですか?」
「あ、ああ……」
涼が手を離してくれたので、カバンの所へ行き、スマホを取り出し、アラームを切る。
「……この時間、もう終わりか」
振り向けば、涼は後ろに手をついて、上を向いていた。
「もう4時半ですよ。それに、これから課題をするんですよね?」
「光海は」
「明日の勉強のための最終確認をすると、言いましたけど。それと、お夕飯の当番なので、その準備も」
「……あとさ、30分くらいでいいから、居られねぇ?」
「30分……」
えーと。明日の準備はほぼ終えてるし、お夕飯は7時半の予定だし……。
「なら、好きなことしてて良いなら、居ます」
「何すんの?」
涼がこっちを向いた。
「自習を」
「自習」
「はい。色んな言語の音楽を聴きます。耳慣らし、ですかね」
「何聞くん?」
「えー……これとか」
ゴスペルを流す。
「あ、これ、聴き取れますか? 英語ですけど」
「……なんとか」
「一緒に聴きます?」
「聴きたい。一緒に居たい」
即答。
「それと、流行りの曲、教えてくれ」
それ、気にするね。
「良いですけど。あと、流行りの曲も良いですけど、定番も知っていて損はないですよ」
「ならそれも」
それで、一旦、ゴスペルを最初から聴いて。
「どうです?」
「半分くらいは聴き取れた。けど、その三分の二くらいしか、意味、分からん」
「じゃあ、歌詞を出しながら再生しますね」
そして、聴き終えて。
「どうでした?」
「音は全部聴き取れた。意味は、半分、くらい」
「なら、今度は日本語の歌詞を表示させます」
そして流す。
「どうでした?」
「……訳し方に、クセがあるなと。そりゃ、直訳だと面白くねぇとは思うけど。ちょっと意味合い? が、変わるんじゃねぇかなってとこが、あって、気になった」
おいおい涼。言語読解能力が上がっているぞ?
「暇な時、また、こうしてみたらどうです? 涼の理解力がどんどん上がっていってるのが分かります」
「……このアプリ、どれ」
「ちょっと待って下さいね。……これです」
私は、アプリストアから、そのアプリを表示させた。
「ちょっと、そのままで、待っててくれ」
涼がスマホを取り出し、アプリを探しだし、インストールして。
「どれ聴いてるか教えてくれ」
「送りましょうか?」
「送る?」
「はい。フレンドになって、曲やプレイリストを送りあえます」
「フレンドのなり方」
そこから、フレンドのための設定をして、フレンドになって、
「何曲くらい送りますか?」
「全部」
「……結構ありますよ?」
「問題ない」
と言われたので、全曲送った。
「3桁になるとは思わんかった」
「要らなそうなのは消して下さい」
「消さない」
「そうですか」
そのあとは、流行りの曲と、カラオケの定番を幾つか。検索してもらいつつ、教えて。
「お前の好きなのは?」
「なら、プレイリスト送りますね」
アーティストや曲の雰囲気で数種類に分けているそれらを、送って。
「涼も、好きな曲があったら、教えてくださいね。聴きたいので」
「探す。送る」
「はい。ありがとうございます。あ、ありがとう、涼」
そしたら涼は、難しい顔になって。
「……今! その言い方! お前! この!」
……。この涼の反応、クセになりそう。




