表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
学年一の不良が図書館で勉強してた。  作者: 山法師


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

34/54

34 3つの話──1つ目、楽しい話──

 バイトに精を出す。いつも出しているけど、今は、自分に出来ることを精一杯しようと、思った。

 今日は、あの夜の、次の日だ。学校での涼は、至って普通に接してくれた。名前を呼ぶことに周りは少し、驚いていたけど、涼のほうから『友達だし』と言ってくれた。けど、……だから。そんな涼のためにも、勉強も仕事も、頑張ろう。そう思った。心の隅に引っかかっている何かが、なんなのか、分かるように。


「(光海、いいかい?)」

「(はい。ヴァルターさん)」


 飲み物のおかわりを頼まれ、仕事をこなす。

「(おまたせしました)」と、持ってきたら。


「(ありがとう。あと、光海。ちょっと聞いても良いかな?)」

「(なんでしょう?)」

「(最近何か、変わった?)」


 どういう意味か、掴めなくて。


「(何か、変わったように見えるんでしょうか?)」


 と、そのまま聞いてしまった。


「(んー、少し、思い詰めているように見えてしまってね。いや、勘違いなら、良いんだけど)」


 涼のことだ、と、やっと分かった。分かって、周りにそれが伝わってしまっていることに、落ち込んだ。ちゃんと、いつも通りに仕事をしていたつもりだったのに。


「(すみません。思い詰めているかは分かりませんが、少し、気になることがあって。仕事中なのに雑念を払えなくて、すみません)」

「(いや、光海が謝ることじゃないよ。私だって仕事に集中できないこと、よくあるしね)」

「(で、気になることって?)」


 隣に座っていたウェルナーさんが、聞いてくる。


「(ああ、いえ、お耳に入れるほどのことでは)」

「(光海は俺たちみんなの相談に乗ってくれたろ。光海が相談したって良いじゃないか。今は急ぎの用事もないだろ?)」


 その言葉で、気遣ってくれている二人のカオで、心の声がほろりとこぼれた。


「(その、……友達……を、傷つけてしまったかも、知れなくて。それで、悩んでました)」

「(謝ったの?)」

「(謝りました、けど。私のせいではない、と。言われて、しまって。気を、遣わせてしまったのかな、と)」

「(光海はいつも真面目だな)」


 そこに、エマさんが入ってきた。エマさんはイギリス出身だけど、ドイツ語も話せる。


「(光海のせいじゃないんだろう? なら、気に病むことはないさ。けど、気になるなら、なんでそんなふうに言ったのか、聞いてみれば良い。友達なんだろう? ちゃんと答えてくれるさ)」


 ──聞く。聞けばいい。……そっか。聞けば良いのか。

 なんで怯えていたんだろう。勉強を教えるときみたいに真っ直ぐに、思ったことを口にすればいい。


「(……そうですね! そうしてみます。ありがとうございます、エマさん、ウェルナーさん、ヴァルターさん)」


 みんなは良いよと、言ってくれて。エマさんは、スクレを──仕事を、頼んでくれた。

 そこからは、本当の意味で、仕事が出来た。


  ◇


 いつ聞こう。どこで聞こう。帰りの電車で、考えていたら。


『悪い。明日の勉強、キャンセルでいいか? で、その時間、家に来てくれないか』


 涼から、そんな連絡があった。

 屋上で話したことについてだろうか。でも、会えるなら。それも涼の家なら。


『分かりました。それと、私も涼に聞きたいことがあるので、その時、時間をいただけますか?』

『分かった』


 そして、その日。学校終わり。

 涼からは、先に家に行ってるから、と連絡をもらっていて。

 私は今、涼の家のインターホンを押したところだ。……涼の家のインターホン、初めて押した。まあ、来るのは2回目だし、そりゃそうか。


『今開ける。待っててくれ』

「はい」


 涼の声だった。少し、緊張しているような。


「悪い。突然」


 ドアが開いて、涼が出てきた。顔も、少し強張っている。


「いえ、全然。私も聞きたいことがありましたから」

「……まあ、なんだ。入ってくれ」


 お邪魔します、と、玄関に入って。廊下に上がったところで。


「で、えー……まず、俺からは。楽しい話、楽しくない話、驚く話、の3つがある。そんで、話によって、行き先が変わる。これと、光海が俺に聞きたいことと。どうする?」


 ど、どういう3択だ。訳分かんないぞ、涼。

 えっと、気持ちを、落ち着けて。


「では、私の質問から。短いので、ここでも良いですか?」

「分かった」

「涼は、私のせいじゃない、と、一昨日に言ってくれましたよね。でもそれは、傷ついた、ということには、変わりないと思ったんです。なのに、なんで、私のせいじゃないと言ってくれたんですか?」


 涼が、難しい顔になった。


「……それは、驚く話と、関係があるな。どうする?」


 3択に戻った……。


「えと、では、まず、楽しい話から」

「分かった。じゃ、移動しよう。こっちだ」


 と、涼のあとをついて行けば、前に来た時、涼のお父さんが入っていった部屋の前に、着いた。

 涼がドアをノックする。


「父さん。来た」


 ドアが開けられ、涼のお父さんが、顔を見せた。そして、私に顔を向ける。


「お久しぶりです。成川さん」

「お久しぶりです。お邪魔しています」


 ペコリと頭を下げ、上げる。


「涼から話は聞いてますから。さあ、どうぞ」


 そう言われ、部屋の中へ、案内される。

 室内は、大きな棚が幾つも壁際に設置されていて、中はファイルや本や、引き出しなどで埋まっていて。キャスター付きのホワイトボードなんかもあって。そんな部屋の真ん中に、キャスター付きの椅子とテーブルがあった。そして、テーブルの上には、ファイリングされた書類と、数枚の紙。


「光海、これ、ウチの商品のレシピ」

「え?! 私、部外者ですけど……?!」


 テーブルに手をついて言う涼に、小さく叫んでしまう。


「分かってる。責任者にも、許可は取ってある。ほれ」


 ドアの近くに居た私に、涼は、ファイリングされた1冊を差し出した。

 どうすれば良いのかと、動けない私に、涼はファイルの表紙を開き、中を見せてくれる。

 そして、レシピの説明をしてくれる。

 とても流暢に、堂々と、話してくれるものだから。私はレシピに目を奪われ、その話に聞き入ってしまった。


「で、これは終わり」


 パタン、と閉じられ、我に返る。


「ど、どうして、見せて、くれたんですか?」

「楽しい話って、言ったろ。この時間にお前に楽しんでもらえるの、これしか思いつかなかった。厨房に入って、は、流石に無理だった」

「い、いや、いいですいいです申し訳ないです! お仕事の最中に!」

「まあ、全部終わって。それでも良かったら、時間、作る」

「いいですって!」

「で、次、見るか?」


 見たい、と思ってしまった。涼はそれを、察してくれてしまったらしい。


「なら、こっち来い。椅子に座れ。ずっと立ってるの、辛いだろ」


 涼は、テーブルに戻ってしまって。椅子の一つに座り、その隣の椅子を引く。


「……失礼、します」


 引かれた椅子に座り、カバンを膝に乗せる。涼は、また解説を始めてくれる。

 見せてくれたのは、全部で3冊。ほとんど全て、初期のものらしく、日付が古かった。


「ほんとは全部見せたいが……そこまでの許可は下りなかった。悪い」

「いえ! そんな!」

「で、この、書類なんだが……」


 涼が、数枚あったそれを引き寄せる。そこで私は、対面に、涼のお父さんが座っていることに気付く。

 目が合った涼のお父さん──隆さんは、安心させるように微笑んでくれた。それに、会釈を返す。

 多分、監督義務とかだろうと思う。部外者の私が何か変なことをしないようにと、ついてくれているんだ。


「これ、今度の新作のレシピ」

「なんで?!」


 思わず目を覆った。それこそ秘中の秘だろ!


「というか! 楽しみにしてろって言ったの、涼ですよね?!」

「見たくないか」

「見たいですけど?!」

「じゃ、手、外せ」


 外したくても外せないよ?!


「腕、掴むぞ」

「え」


 両腕を取られ、手が、目から離れる。


「で」


 手を膝の上に乗せられ、涼の手が離れる。


「これが、新作」

「…………」


 目を、向けてしまった。そこにあったのは。


「ブルーベリーとクリームチーズのタルト」


 涼の言葉の通りに、そのタルトの、写真が。


「ブルーベリーの旬は、大体6月からだ。で──」


 涼の解説を聞いてしまう。文字を目で追ってしまう。どうやってこのタルトが出来たのか、出来るのか、記憶してしまう。


「で、以上」

「……ありがとう、ございました……ですけど、涼」

「なんだよ」

「私の記憶を今すぐ消さないと、このタルトのことが、外部に漏れてしまいます」

「……お前、ウチのホームページ、見た?」

「見ました。新作が出るって。これが聞いたやつかって、思いました」

「なら、良いだろ。それにお前なら、絶対漏らさない」

「そうですかね」

「そうだよ。で、楽しかったかは、疑問が残るが。楽しい話はこれで終わりだ。残り2つ、どっちから聞く?」


 残り2つ。楽しくない話と、驚く話。


「……では、楽しくない話、で。ここから驚くことになると、気絶しそうです」

「……分かった。父さん、あと、いいか」


 そうだ、隆さんが居るんだった。


「良いよ。任された」


 見れば、隆さんは、ゆっくりと頷いた。


「ありがとう。で、光海。また移動なんだけど、立てるか」

「あ、はい。立てます……」


 カバンを持ち直し、椅子から立ち上がる。


「じゃ、出るぞ」


 部屋を出て、


「こっち」


 来た道を戻って、襖の前に。


「この部屋。開けるぞ」


 涼がスラリと襖を開ける。そこは和室で、仏壇があった。仏壇の前には、座布団が2つ、並んで置かれている。

 ……楽しくない話。……うん、涼にとって、楽しくない話だ。たぶん、だけど。


「入る、ぞ……、は」


 ハンカチで涙を拭った私は、「大丈夫です」と、驚いている涼の顔を見た。


「……見当、ついたか」

「分かりません」

「そうか。……入れるか」

「はい」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ