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学年一の不良が図書館で勉強してた。  作者: 山法師


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33/54

33 友達

 屋上から部屋に戻って、勉強していて、


「あ、マシュマロが来ます」

「え、マジ?」

「はい。ほら、散歩から帰って来たじゃないですか。それで、涼を知らないから、知らない人の匂いが気になったのでは?」

「いや、そうじゃなくて、なんで分かるん──」


 アウッ、と控えめに鳴かれた。


「どうします? 会いますか? マシュマロは会いたいみたいですけど」

「はあ、いい、けど……だから、なんで分かるんだよ?」


 涼をそのままに、ドアを薄く開ける。マシュマロはきちんとお座りしていた。


「無視か」

「説明しますので。マシュマロ、良いよ」


 と、ドアを全開に。マシュマロはスルリと中へ。で。


「お、わ」


 座っていた涼は、マシュマロに、ほぼゼロ距離まで詰められた。


「で、説明しますね。来るのが分かったのは、足音がしたから。会いたいんだと思ったのは、マシュマロが自分の存在を知らせ、かつ、礼儀正しく振る舞おうと頑張っているからです」

「こ、この、状態は……?」

「あなたを信頼しても大丈夫かを、見極めているのかと」

「……どうすりゃ、信頼して貰えんだ?」


 ワフッ! とマシュマロが鳴いた。


「は、ま、ちょ、」


 マシュマロが、涼の匂いを嗅いで、周りを回って、また嗅いで。


「判定し始めましたので、信頼し始めていますね。もともとマシュマロは人懐っこい子なので、完全に信頼して貰えると、被さってきたり、舐めてきたりします」

「えー……これは、被さられてんの?」


 胡座になっていた涼の足の上に完全に乗り、頭を肩に預けている。そして、尻尾を振っている。


「八割くらい、ですかね」

「はあ……」


 涼は、私を見たり、マシュマロを見たり。

 と、またマシュマロが鳴いて、


「お、なに、なになになに?」


 涼に体重をかけているらしい。


「抱っこして欲しいみたいです。してみます?」

「したこと、ないんだけど……?」

「少しだけ、立ち上がりかける、て、出来ます?」

「えーと」


 少し動いた涼に、マシュマロは甘える声を出し、縋り付く。


「それで、そのままマシュマロの背中とお尻の辺りに、腕を回して下さい。位置はマシュマロが調節します」

「はあ……」


 奇妙な顔をしながらも、涼は言った通りに動いてくれる。マシュマロはモゾモゾと動き、止まった。


「そのまま、立ち上がれますか? あ、マシュマロの体重は、27kgほどです」

「や、て、みる……」


 涼はゆっくり立ち上がり、マシュマロを抱えたまま、しっかりと立った。


「あとは重心を安定させて下さい。以上です」

「……出来てる?」

「マシュマロがめちゃくちゃ尻尾振ってます。喜んでます」

「そうなん……?」

「そうです。ちょっとそのままでいてもらえますか? 動画とかを撮りたいんですが」

「あ、ああ、どうぞ」


 ローテーブルのスマホを持ち、カメラを起動させ、動画を撮っていく。途中途中で写真も撮る。


「マシュマロ、高いよね。眺めいいでしょ。お父さんより背が高いんだよ。その人」

「え、そうなん?」

「父の身長は175です」

「はあ。あの、大樹、くん、が、背ぇ高いから、男はみんな高いのかと」

「家族の中で一番背が高いのは、大樹ですね」

「そうなん、おっおぉう……」


 マシュマロが涼にスリスリしている。


「もう、95%くらい信頼されたのでは? ちょっとマシュマロの名前を呼んでみて下さい」

「あー、マシュマロ?」


 一鳴き。


「マシュマロ」


 また鳴く。


「マシュマロー」


 マシュマロが、完全に甘えた声になった。


「懐かれましたね」

「マジか」

「また来てくださる時に、時々構ってあげてくれませんか? マシュマロが喜ぶので」

「はあ、分かった」

「じゃ、マシュマロ、そろそろ涼から下りようね」


 動画を撮ったままマシュマロへ近付く。


「ゆっくり、中腰になれますか?」

「おお」


 涼はその通り動いてくれて、マシュマロの、足先が床につく。


「腕を、そっと、離していって下さい」


 そうっと離されると、マシュマロは、自分から離れていって、床にお座りした。


「はい。ありがとうございます」


 動画を止める。


「この、先は、どうすりゃ良い?」

「それはこちらで」


 スマホをポケットへ仕舞い、


「マシュマロー来てー」


 片膝を立てて腕を広げれば、マシュマロはワウワウ鳴きながら飛び込んで来た。


「いい子だね。マシュマロはお利口さん」


 首元をワシャワシャ撫でながら、立ち上がる。


「すげぇな……俺でも少し、重く感じたぞ……?」

「慣れてますので。重心の位置がコツです」


 頭を舐められながら言う。


「あ、ああ、マジで舐めるんだ……」

「涼も、2、3回会えば、舐めてくると思いますよ。嫌なら嫌だと言えば、やめてくれますし、大抵」

「大抵……?」

「マシュマロのテンションが上がった時とかですね。ビシッと言わないと、我に返りません」

「はあ……で、化粧品を、気にしてる、と」

「そうです」

「どこのやつ?」

「メーカーですか? ものによりますね。あとでお見せしましょうか?」

「……いいのか」

「男性がメイクするのも、別に珍しくないですしね。では、私はマシュマロを、リビングへ連れていきますので。ちょっと待ってて下さい」


 そのまま、マシュマロに呼びかけながら、リビングへ。祖父母へ渡し、あとを頼み、洗面台から化粧水と乳液を取り、戻る。


「おまたせしました」

「お、おお……早かったな」


 涼はそのままの姿勢でいた。


「そうですかね。あと、これが、犬の口に入っても大丈夫だという化粧水と乳液です」

「お、おお……」


 それらを、ローテーブルに置く。


「マシュマロの毛がついちゃってますよね。取る道具を出しますので、ちょっと待って下さい」


 クローゼットを開け、コロコロを取り出し、蓋を外し、紙を新しくしてから「どうぞ」と持ち手を向けて差し出す。


「おお……」


 涼がコロコロを受け取ったのを確認して、クローゼットを大きく広げ、中にある全身鏡を見せる。


「これで確認しながら、毛を取っていってください」

「分かった」


 で、終わり、背中側もチェックして、今度は私の番だ。コロコロと動かして、粗方取って。


「はい。失礼しました。ご自宅に戻ってからも、チェックをお願いします」


 コロコロを戻し、クローゼットの中の引き出しを開けつつ言う。


「それから、化粧品についてなんですが。このバッグに、化粧水と乳液以外、全部入ってます」


 取り出した黒のバッグを、渡す。


「えっと……」

「開けて、そのテーブルに広げていいですよ。それともしましょうか」

「頼む」

「では、失礼して」


 バッグを受け取り、教材を少しどかし、そこに中身を出し、どれがどれ、何が何、と、説明していく。


「で、以上です。参考になりましたか?」

「なった」

「なら良かったです。……そういえば、涼、その髪型なんですが」


 ものを仕舞いつつ、


「保育園の写真では、サラッとしてましたよね? 髪質が変わったんですか? それともセットですか?」

「あ、あー、この、はねてるっぽいクセ毛な。セットでもなんでもない。あー……小学校の、3年、くらいだったか。だんだんこうなりだしてさ。だから、光海が言ったみたいに、髪質が変わったんだと思う」

「そうだったんですね」

「俺も、聞いていいか」

「なんですか?」


 片付け終わり、バッグの口を閉じる。


「そのさ、保育園の卒園の写真。今より髪長くて、なんか、それこそセットされてたじゃん。なんで今は、その髪型?」


 その髪型。肩を越す程度の長さで、編み込みなんかもしていない、これ。


「ああ、楽なので」

「楽て」

「この髪、サラサラなのは良いんですけど、サラサラ過ぎて、卒園の時みたいな髪にするの、苦労するんです。あれ、ガッチガチに固めてあるんですよ。長さは、あんまり長いと、さっきのヘアオイルも沢山消費してしまいますし、そもそも手入れが大変で。ベッティーナさん、マリアちゃんのお姉さんの髪、覚えてますか?」

「……ああ、すんごい長かったな」

「あそこまで、とは言いませんが、やっぱり長いと大変なので。けど、マリアちゃんみたいな長さも、どうにもピンと来なくてですね。で、この長さに落ち着きました。バッグ、戻してきますね」


 バッグを引き出しに戻し、クローゼットを閉め、振り返ったら。

 涼がリュックをごそごそしていた。


「どうしました? あ、そろそろ時間なので、帰りますか?」

「……や、それも、あるんだけど……これ」


 出されたのは、また、カメリアの箱。


「中身は、アレだからな。俺の作ったやつだからな。……一応、家に行く時、持ってくって、言ったから。いつ出せばいいか、迷ったけど」


 それは、つまり。


「バナナカップケーキですか?! あの?!」

「……そーだけど。あの、て」

「い、いただいても良いんですか……?」

「そのために作ったんだけど」

「ありがとうございます! いただきます!」


 勢いよく、両手を差し出してしまった。


「まあ、喜んでくれるなら、作り手冥利に尽きる」


 涼は、私の手の上に、そっと箱を置いてくれた。そこで、気付く。体育祭の時より、箱、大きいな?


「あの、これ、何個……」

「6つ。ホントは9つ作ろうかと思ったけど、俺はプロじゃねぇし。だから、こう、間を取って? 6つにした」

「お気遣いまでしていただき、ありがとうございます……!」

「…………なあ、光海」


 ? なんか、涼の雰囲気が、変わったな?


「はい」

「俺のこと、どう思ってる?」


 どう?


「良い人だと。あと、努力をする人だと、思ってます」

「じゃあ、俺とお前は、どういう関係?」


 なんか、なんか圧があるな。ガンを飛ばされる圧とは違うけど、圧なことには、変わりない。


「え……と……友達? でしょうか?」

「友達、な。どのくらいの?」

「どのくらい、とは」

「三木や百合根と同じくらいの、友達?」

「え、それは、ベクトルが違います」

「なんそれ」


 なんそれて。


「マリアちゃんも桜ちゃんも、友達なのは、そうですけど。マリアちゃんはマリアちゃんであって、桜ちゃんは桜ちゃんです。違う人間です。ですから、ベクトルが違うと」

「……友達では、ある訳だ?」

「です」

「……はー分かった。俺、頑張るわ」


 圧が消えた、と思っていたら、涼はもう、片付けを終えていて。


「じゃ、帰る」


 リュックを背負って、立ち上がっていた。


「あ、お見送りします」

「どうも」


 そして、玄関先で。


「カメリアのは、別の日な。今日もう、あんま在庫、残ってないだろうし」

「いえ、そんな、あれをいただいたのに……」

「それはそれ、これはこれ。じゃ、帰る」


 涼はそのままスタスタと、帰って行ってしまった。

 ……なんだろう。悪いことした気分だ。


  ◇


「はー……大人気ない」


 ベッドに座った橋本涼は、あえてそれを、口にした。

 名前を呼ぶ、仲になれたのに。

 自分の作ったそれを見て喜ぶ顔が、眼差しが。胸の奥を、ざらつかせた。

 嫉妬している。自分に。橋本涼は、そう思う。

 だから、あんなことを言ってしまった。

 自分をどう思っているか。自分とはどういう関係か。


「友達、ね」


 前進していなくはない。けれども自分は、友達では、ありたくない。

 嫌われたくはないけれど、このままでは、埒が明かないとも、思う。

 友達。友達以上、恋人未満。恋人。

 光海と、どういう接し方をすれば、この、グラデーションの位置を、変えられるのか。

 そんなことをぐるぐると考えていたら、光海から、通知が来た。

 こんなことを思っていても、──思っているからこそ、繋がっていられることを、安堵してしまう。

 そして、開いて。

 マシュマロの画像と動画が送られてきたことは、まあ分かったが。その後の文章に、橋本涼は、また、呻く羽目になった。


『すみません、涼。あなたのことは、良い人で、努力をして頑張っている人だと、その認識は変わりませんが、涼は、大切な人であって、大事な存在だと、思っています。それは本当です。なので、あの時の言葉で気分を害してしまったなら、謝ります。すみません』

「……ホントに大人気ない……」


 橋本涼は、自分に言って。


『光海が謝ることじゃない。ありがとう』


 と、なんとかそれだけ送った。




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