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最悪の顔合わせ


 2時間ほど車に揺られ、たどり着いた先は豪華絢爛な楼閣の旅館であった。御伽話に登場しそうな妖しい雰囲気をもつオレンジ色の光が、楼閣をぼんやりと包み込み、まだ昼間のはずなのに空はすでに闇を孕んでいた。


 尻込みするゆきに、胡月が「しゃきっとしろ」と耳打ちする。ゆきは慌てて顔に笑顔を貼り付け背筋を正す。


 酒呑と虎徹に続いて、胡月とともに暖簾をくぐり中に入る。中は天井の高く、吹き抜けのようになっており、2階の廊下に行き交う人たちが物珍しそうにゆきたちを見下ろす。ものすごく注目を集めている。ところどころ、「もしかして九鬼様?」「うそ?!本物?」と女性の色目気だった声が混じる。

 そんな中、仲居らしき人が酒呑の元へ「九鬼様、ようこそおいでくださいました。お部屋へご案内いたします」と深々と頭を下げる。


 仲居さんに連れられた先は、旅館の最も奥に位置する離れであった。途中、何度か霧のような中をすり抜けていったが、胡月曰く結界らしい。情報が漏れないよう、厳重な体制を引かれているとのことだ。

 仲居さんが控えめに入口の戸を叩き、返事がしたのを確認してから、失礼しますと戸を開く。中には、部屋の奥に一列で男性が3人座っていた。

 順に60代40代20代といったところだろうか。皆スーツを着用しており、一番端の若者は座り込んであぐらをかいた膝の上に肘を乗せて、なんとも暇そうな面持ちである。


 3人とも透き通るような金髪に、色素の薄い青い瞳、彫りの深い顔つきは、3人に血のつながりがあることを物語っているようによく似ていた。ただ、似た顔のつくりであるにも、3人の雰囲気は全く持って違っていた。


 真ん中の男性は緊張しているのか、口をまっすぐに結び、強張った顔つきで酒呑達の入室に軽く頭を下げている。

 両サイドの2人は、値踏みをするように、薄ら笑いを浮かべながら、酒呑達の動作を鋭い目で見遣っていた。若者の方はそこにめんどくささも滲ませていたが、相手を下に見ているような失礼な眼差しは全く持って同じだった。


「お待たせしたと言うべきだろうか。約束の時間よりだいぶ早いようだが」


 酒呑がちらりと備え付けてある時計を目にして、低い声に敵意を込めて言い放った。声色が明らかな嫌味であることを物語っている。酒呑が家で漏らしていたタチの悪い男がここにいるのだと、その声色からゆきはなんとなく察知した。


「おや、まだそんな時間でしたか?皆さんに会うのが楽しみで早く来すぎましたね」


 悪びれもなく笑う壮年の男に、酒呑は厳しい視線を向けながら部屋の中を一瞥する。流暢な言葉遣いで悪意のある物言いに、目の前の異国の男性から発せられた言葉なのか、疑わずにいられない。

 ピリピリした空気感が一瞬にして部屋を包み込む。ゆきはぼんやりと、彼らを盗み見し部屋の中の違和感に気づいた。顔合わせなのに、当人の女性がいないことはもちろんだが、床の間を背にずらりと並ぶのはマナー的によろしくない気がする。

 ただ、それはおそらく日本のみのルールだから、気にするようなことではないかもしれない。


 酒呑の視線に応えるように、壮年の男が「おやおや」と大袈裟に声を上げた。


「ニホンだと、こっちが上座でしたね!ははは!うっかりうっかり!」


 その言葉に、隣の男性が顔を真っ青にして詰め寄る。


「叔父貴!すみません、皆様。無礼をお許しください」


 今にも立ち上がってしまいそうな男性を、酒呑は片手で制し、そのまま下座に腰を下ろす。続けて、虎徹、胡月も腰を下ろし、その後を追うようにゆきも腰を下ろした。

 皆が着席したことを確認した仲居さんが、頭を深く下げると、扉を閉めて去っていく。それが、この顔合わせのスタートだと言わんばかりに、酒呑が自身の参列者達の紹介を始めた。


「我は九鬼酒呑と申す。今回の婚姻の花婿である、次男の虎徹。そして、長男の胡月にその妻のゆきだ」


 まさかの妻という紹介に、ゆきは吹き出しそうになるも、にっこりと微笑んだままその仮面を崩さない。


「ほう、君が胡月くんか。まさか結婚していたとは、ね。残念だよ」


 壮年の男性が、目ぶみをするようにじろじろと露骨な視線を送る。そんな男の行動を、真ん中に座っている男性が、大袈裟に咳払いをして収める。


「私はルネ・バレリ。花嫁であるエマの父親です。こちらは叔父貴のエドモンド。そして、我が息子のアダン。エマは今日一緒に来る予定だったんですが……」


 申し訳なさそうに目を伏せるルネに、エドモンドがしたり顔で前に出てくる。


「家で待つように言いつけたのです。格下の、間違った相手を殿方に選んでは困りますからね」


 にちゃぁと、君の悪い笑みを浮かべたエドモンドにゆきは全身に鳥肌が立つほどの不快感を覚える。生理的に無理とは、このことだろう。


「それはどういうことだ……?」


 低く唸るような声で酒呑が怒りを露わにする。息子を貶されその怒りはみるみるうちに頂点へと昇っていく。


「す、すみません!叔父貴、いいかげんにしてください!酒呑さん、虎徹くん、誠に申し訳ありません」


 慌ててルネが謝罪しその場を収める。黙りはしたものの、悪びれもなくヘラヘラと肩をすくめるエドモンド。そんな彼の姿に酒呑は怒りを消化しきれずにいたが、虎徹が「親父、落ち着いて」と小声で諌める。

 なんて失礼な人なのだろうと、エドモンドの態度にゆきも怒りを覚えていたからか、酒呑とエドモンドの妖力に当てられていないことに気づく余地はなかった。

 酒呑とエドモンドの黒く渦巻く妖力の中、ゆきが平気な顔をしていられるのは、胡月のかけた術のおかげであり、胡月はこれまでの西洋妖怪とのやりとりから何かしらの言い争いで妖力が漏れる、もしくは妖力で圧をかけられることを予測していたのだ。


 胡月は冷静に3人を見つめる。エドモンドの挑発の向こうで、アダンが不躾な視線でゆきを観察しているのが見て取れる。隠す気もない様子に、胡月は「やはり、目的はこいつか……」と心の中で嘆息を漏らす。その視線に気づいたのは虎徹も同様で、言葉をそのまま受け取って頭に血を上らせる父を困ったように肩をすくめる。


 この顔合わせは、虎徹とエマの婚姻というのは名ばかりで、本来の目的はゆきの正体を炙り出すことなのだろう。エマを連れてこなかったのも、顔合わせの日をはやめたのも、正式な婚約のための顔合わせにしたくなかったから、だろう。その思惑通り、外交を司る妖の役人も同席できず、日本国の重大機密である先祖返りを守る策を十分に練る時間もなかった。


 ここに来た時点ではめられたのかもしれない。


 胡月は苦い思いでゆきを盗み見る。術は完璧である。しかし、どれだけ、やつらに見抜かれたかを測るには相手の力量を知らなさすぎる。

 

「エマは虎徹くんに会えることをとても楽しみにしていたのです。おそらく、エマはとても悔やんでいるでしょう……」


 申し訳なさそうに謝るルネ。

 ゆきは水面下で行われている心理戦など、知る由もなく、ただ、ぼうっと目の前にいる男達を不思議そうに見つめている。ルネは虎徹との婚姻に同意しているようだが、エドモンドの口ぶりは、まるで胡月との婚姻を望んでいるかのようだ。


 それに……と、ゆきはちらりとアダンを盗み見る。ゆき自身もアダンの不躾な視線に気づいていたのだ。胡月の花嫁として相応しいから見定められている、そう感じたゆきは俯き考え込む。


 胡月に相応しくないから婚約解消させられるかとしれないと思ったが、胡月と虎徹が揉めてしまうのは、ゆきにとって悲しいことだった。

 一緒に暮らしている中で、異母兄弟で、かつ歳が近いからか、どことなく距離のあるようにも見えるが、言葉の端々で互いを認め合って気にかけている姿を間近で見て感じてきた。一緒に父を支え、幼い海を守ってきたのだろう、いわば戦友のような2人だ。

 そんな2人の姿を、ゆきは時折羨ましい気持ちで眺めていた。二人には、そのままずっと、ゆきの憧れでいてほしい。


 複雑な思いで胡月をちらりと見ると、胡月は怖い顔をしてアダンを睨んでいた。なんとも、重い空気感に、妖力による影響を感じなくとも、こころがおいつめられていく。

 そんな場の空気を変えたのは、意外にも虎徹であった。


「僕自身はエマさんとの婚約、嬉しく思っていますよ。ただ、エマさん不在で婚約話を進めるのは彼女にとって不誠実だと思います。なので、今日のところはお開きにしませんか?」


 いつもの飄々とした態度で、さらりとそう言うと、にっこりとルネに同意を求める。エマの父親であるルネが、この婚約の主要人物であり、エドマンドは親族だが実権を握れる立場ではない。エドマンドなど眼中にない、そう言わんばかりの態度だ。

 ルネは豆鉄砲を喰らったような顔をしたが、すぐに、にこやかな笑みを虎徹に返す。


「そうだね。また日を改めましょう。こちらの勝手な都合で振り回してしまい、心よりお詫びします」


 ルネはひどく丁寧に頭を下げると、それが合図となり、虎徹が立ち上がり部屋を後にする。

 酒呑はまだ何か言いたそうであったが、虎徹が出て行ったこともあり、「失礼する」と頭を軽く下げ腰を上げた。慌ててゆきも後に続こうとするが、胡月が微動だにせずに座り込んでいることに気づき、「胡月さん?」と控えめに声をかける。

 胡月は虎徹らのやり取りに気付かぬほど集中していたようだ。ゆきの声に気づいた胡月は、その鋭い視線をゆきに向けると、「先に行ってろ」と部屋を出るように促した。そう言いつつも、視線は真っ直ぐにアダンへと注がれている。

 ゆきはこくりと頷くと、胡月の言う通りに先に部屋を出る。ゆきが出たのを確認すると、胡月は不機嫌そうな声をアダンに向ける。


「我が妻を不躾に見るのはやめて頂きたい」


 アダンは意外そうに片眉を上げると、目を細めニタリと笑う。その顔はエドモンドにとてもよく似ていた。


「へぇ。日本は政略結婚が多いって聞いてたけど、意外とお熱なんだね」


 アダンの一言に、ルネが慌てて「アダン!」と嗜め、胡月に謝罪する。ルネは両隣にいる無鉄砲な男たちのせいで、何度肝を冷やしたのだろうか、この短時間でひどく老け込んだようだ。

 

「二度はないと思え」


 妖力を込め、腹の冷える低い声でアダンにそう忠告する。その妖力が聞いたのか、アダンはぴくりと肩を揺らしたきり閉口した。

 胡月はルネに「失礼します」と頭をさげると、部屋を辞した。


 外に出ると、雨雲が黒く闇を孕んで渦巻いていた。今にも雷鳴が轟きそうな曇天に、胡月は嫌な予感を覚える。


 それはこの後、ゆきらに待ち受ける最悪の事態を暗示しているようであった。

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