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着飾る鎧は、最大の防御


 トラブルはなぜ重なるのだろうか。

 不安でろくに眠ることもできず、寝不足のまま朝を迎えることになったゆきは、満身創痍なまま、起きてすぐに予想外の客人を迎えることになった。


「初めまして。胡月の母の、玉枝と申します」

 

 酒呑に付き添われてやってきたのは、白く美しい妖艶な美女であった。紅の着物と同じ色の、赤いアイシャドウが瞼の端に差し色としてのせられており、彼女の妖艶な雰囲気を強くさせている。にこっと微笑んだ際に、その赤が一際色を放っていた。


 ゆきが驚いたのは、予想外の人物の来訪というだけではない。誠に失礼な話だが、胡月の母親が存命だったことが、何よりゆきにとって予想外だったのだ。

 それも無理はない、あれだけ妖怪が母体無事に子を成すのが大変だという話を聞かされていたのだ。もしかして亡くなっているのではないかと思うには充分であった。

 

 あまりにも唖然とするゆきに、玉枝はにんまりと笑う。


「まあ、よう妖怪のこと勉強してはるみたいやね。子を持つ母親の存在が少ないから驚いてるんやろ?素直なお嬢さんやね」


 カラカラと笑う玉枝に、筒抜けだった思考に申し訳なくなり、ゆきは慌てて謝罪をする。

 

「ええんよ。ほんまに珍しいことやから。

 で、お嬢さんのお名前を教えてもらえる?」


 玉枝の言葉に、慌てて「倉敷ゆきです」と名乗ると、玉枝は朗らかに笑った。


「ゆきちゃん、よろしゅうね」


 一通りのやり取りを見守っていた酒呑は、玉枝にあとは頼むと告げると、そそくさと部屋を後にした。玉枝と2人きりで取り残されたゆきは、居心地が悪く「お茶でも淹れましょうか?」とぎこちなく問うと、信じられないものでも見るように玉枝が目を見開いた。


「何言うてるの、そんな時間はあらへんで」


 そういうと、どこからともなく木箱が出てきて、驚くゆきをよそに玉枝は楽しげに桐箱を開けていく。中には色とりどりの様々な着物が入っていた。


「娘に着付けてあげるんが夢やってん、嬉しいわぁ」


 中から出してきた着物をゆきの顔に当てて、色を悩む玉枝はとても楽しそうで、今にも鼻歌が出てきそうである。ゆきはといえば、状況が飲み込めないまま、玉枝にされるがままである。

 玉枝の指示に従いながら、ゆきは玉枝に問う。


「あの、これは一体……?」


「ん?何が?」


「いや、何で私今から着物を着るんですかね?」


 ゆきの質問に、玉枝は手を止めずに「聞いてへんの?」と驚いた口調でゆきに問う。ゆきの表情を見て、本当に何も聞かされていないとわかった玉枝は「ほんまに、この家の男連中はあかんわ」とため息を漏らした。


「昨日、胡月に頼まれてん。うちは九尾の中でも、特に相手を惑わすのが得意やから、ゆきちゃんが何者なのか見抜けなくする術をかけてくれって」


 玉枝の口から語られる事実に、ゆきは驚き言葉を失う。昨日、ビビり倒しているゆきをみて、これじゃあまずいと思ったのだろうか。

 なんだかんだ面倒見のいい胡月に、ありがたさはもちろん感じているのだが、それ以上に不憫に思えてくる。ゆき自身が巻き込まれている立場だからだろう、同じように胡月も被害者のように思えて同情意識が掻き立てられているのだ。

 初対面こそ、一方的に文句を言われて、「なんだこいつ」とよく思わなかったが、ゆきが困っている時には手を貸してくれるので、ゆきの中で胡月位置付けは、ちょっと良い奴に変わっていた。


 玉枝はゆきのコーディネートを決めたようだ。本日使うものを一式、ゆきの足元にずらーっと並べると、玉枝は不敵に微笑んだ。


「いやぁ、腕がなるわぁ。じゃあ、ゆきちゃん、ちょっと苦しいかもしれへんけど、我慢してなぁ」


 ゆきは玉枝の笑顔の迫力に圧倒され、一歩後ずさると、逃すまいと言うように玉枝がぐっと距離を詰めてきて、着ていたものを一気に脱がされる。そして、あれよあれよとものすごい早業でゆきに着付けを施していく。


「九尾の妖力を込めてるから、ちょっとやそっとじゃ解けへんとは思うけど。崩れてしもたら、術も解けてしまうから、できるだけきつぅしなあかんのよ」


 その細い腕のどこに、そんな力があるのかと疑いたくなるくらい、ものすごい腕力で帯を締め上げる。中には何重ものタオルが巻き付けられており、腹回りの防御力はすこぶる高い。圧迫感による苦しさからか、ゆきは、これなら悪い人たちに果物ナイフで刺されても大丈夫そう、現実逃避にも程がある感想を抱いていた。ゆきの存在を欲しがっているのだから刺されるはずはないのだが、恐怖心からゆきの知能はぐんと下がっているようだ。


 現実逃避をしている間に、あっという間に着付けが終わり、仕上げにと口に紅をさす。


「この紅はな、うちら九尾の家で母から子へと代々受け継がれてきたんよ」


 緑色のような、不思議な色をした紅が、水を含み鮮やかな朱色へと色を変える。何度も色を重ね、唇を染めていく。


「嬉しいわぁ。うちにもこうして、娘に紅をさしてあげる日が来るなんて」


 感慨深そうに玉枝は目尻を下げる。心から、ゆきの嫁入りを楽しみにしていたのだろう。婚約解消を目論んでいるゆきにとって、玉枝のあたたかな笑顔はちくりと胸に刺さる。罪悪感が渦巻き、彼女の好意を受け取っていいのか、親切な玉枝を騙しているのではないかと心苦しくなる。


「ほら、笑って。笑顔が一番の魔除けやから」


 そう言って微笑むと、玉枝は紅器を閉じる。お世辞にも、美しいとはいえないぎこちない笑顔に、玉枝はすっとゆきの頬を撫でる。


「大丈夫、ちゃんと守るから。胡月も酒呑も、もちろん、うちも。こう見えて、うちも結構強いんよ」


 そう言ってウインクする玉枝のお茶目な笑顔に、ゆきの肩の力が抜け、ふふっと小さな笑みを漏らす。

 玉枝はゆきの不安そうな顔を、西洋妖怪への恐怖のせいだと思い、励ましてくれた。何で優しい人なんだろう。その優しさに、どことなく、玉枝に実の母親を重ねてしまう。

 

 正直、胡月と婚姻を結ぶ気はないし、今すぐにでも家に帰りたい。でも、今、ゆきには頼まれた役割がある。まずは、西洋妖怪たちに先祖返りの存在を気づかれずに、両家の顔合わせを終わらせる、これがゆきに与えられた役割なのだ。そのために、たくさんの人が力を貸してくれた。まずはその人たちのためにも、与えられたことをしっかりとこなそう。他のことをくよくよ気にするのは、この山が片付いてからだ。


 ゆきは、満面の笑みをつくる。


 笑った途端、なんだか心が軽くなった気がした。防御力のカンストした重装備を身につけているような、心に鎧を着飾ったような気がする。


「ありがとうございます」


 美しい微笑みに、玉枝は安心してほっと一息ついた。術は完全に、ゆきの中に溶け込んでいた。

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