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九鬼家の料理番


 ゆきが九鬼家に来て、はや1週間。ここで生活を始めて、意外だったことがいくつかある。

 

「ふぅ……いいお天気」


 ゆきは洗濯物を庭の物干し竿に全て干し終わり、大きく伸びをした。


 まず、最初に驚いたことは九鬼家には彼ら家族以外の人がほぼいないこと。ゆきを車で送り届けた人たちは九鬼家の、人界での諸々の雑用をこなす役割らしく、人里の方に家があるらしい。人間界でも、妖界でも相当の力のある家だから、お手伝いさん的な人がたくさんいて家事を担当しているのだと思っていたので、ゆきは予想外の事実に少し驚いた。

 あとは、付喪神と呼ばれる、小さな妖怪たちが住み着き、この家の家事を全てこなしていた。桶と洗濯板に宿った付喪神は洗濯物を、箒と塵取りに宿った付喪神は部屋の掃除をこなしていた?そして意外だったのは、ちゃんと料理を担当していた付喪神がいたことだ。


 ゆきは初めて付喪神の存在を見た時の驚きを思い出し、苦々しい気持ちになる。


ーーーまた叫んで、嫌な顔をされたんだよな……。


 ゆきの声に駆けつけた胡月は、またもや状況を把握するなり深いため息をついた。2日続けて悲鳴を上げてしまったゆきは、どんな嫌味を言われるかと身構えたが、それよりも付喪神の喜びようがそれはそれはすごくて、胡月は口を挟む余裕がなく盛大な舌打ちを残して去っていった。

 残されたゆきは言葉の通じない付喪神たちに囲まれ、必死に何かを伝えようとする彼らに、何が言いたいのか分からず頭を悩ませていると、台所の付喪神たちはジェスチャーを用いて全身で喜びを表現してくれた。曰く、ずっと料理する人がいなくて、出番がなく寂しかったらしい。カップラーメンを敵対して威嚇している姿にゆきは苦笑いしかできなかった。


 付喪神はゆきが料理を作るのを、それはそれは細やかにサポートしてくれた。なんなら、彼らだけでも作れるのではないかという手際の良さだった。ゆきとしては、何もせずに九鬼家で暮らすのが嫌なのと、虎徹に自分が作ると宣言した手前、任せきりにするつもりはないが。

 

「動いてる方が気が楽……」


 不本意ながらも、付喪神とゆきの間では、しばしば仕事の取り合いが勃発してしまっている。

 酒呑からは、ゆくゆくこなしてもらいたい行事があるが、しばらくは好きなことをして過ごすようにと言われたゆきは、手持ち無沙汰で実家にいた時と同じように、少しずつ付喪神に聞きながら家事に参加し出したのだ。何度かの仕事の取り合いを得て、今は付喪神とだいぶコミュニケーションが取れるようになり、仕事も協力して取り組めるようになった。

 人間、手持ち無沙汰になると、好きでもない家事でも進んでするようになるのだな、とゆきはしみじみと思った。


 そして、もう一つ、想定外だったことがある。


 ゆきは台所に向かい、冷蔵庫の食材を確認しながら昼食のメニューを考える。実家にいた時以上のパンパンに詰まった冷蔵庫には、業務用と書かれた特大サイズの食材たちが所狭しと詰まっていた。


 想定外だったこと、それは、妖力の強い妖には必要ないらしい、1日3食の食事に酒呑と胡月も参加するようになったことだ。


 九鬼家にやってきて2日目、昼食を作っている時だった。ボディーガードの人たちに、朝のうちに買い物を依頼すると、昼に間に合うように急いで用意してくれていた。疲れていたこともあって、簡単に五目チャーハンを作って食べていると、匂いに釣られた酒呑が食卓に顔を覗かせたのだ。

 海があまりにも美味しそうに食べるものだから気になったのだろう、夕食から自分にも作って欲しいと頼んできた。1人分増えるくらいなら、そんなに変わらないだろうと安請け合いしてしまったのが、運の尽きだった。

 ゆきの食事を気に入った酒呑は、ものすごい量を1人で平らげたのだ。その日は、もっと食べたかったのにと不貞腐れる海をなだめるのに必死だった。


 生命維持には必要ない、だがよく食べる。虎徹曰く、妖には満腹という概念がないらしい。気が済むまで食べる、底なし沼である。


 次の日から、付喪神たち総動員で何人前かわからなくなる量の大皿料理を作るようになった。好きなだけとって食べてくれスタンスである。そうするようになると、いつの間にか胡月も食卓にしれっと混ざるようになった。


「人間が変なものを作らないか、確かめる必要がある」


 とかなんとか言いながら、しっかり一人前分食べていたことをゆきはばっちり、その目で目撃していた。食べたいなら食べたいって言えばいいのに、何ともめんどくさい人である。

 そんな姿を見ていた虎徹は、木の葉丼が羨ましかったんだと思うよ、昨日作った丼ものを指摘され、つい、油揚げを加えた狐を想像してしまった。


 大好物の誘惑に抗えなかったのか。背に腹はかえられぬ、だなとゆきはものすごい勢いで無くなっていく皿の料理をぼんやりと見つめながら思っていた。


 流石に、胡月も決まりが悪かったのか、「俺らも全く食べなくていいわけではない。妖力で回復できないほど消耗している時は、食事からエネルギーを補充するしかないのだ」と食べ終えた皿を片付けながら弁明していた。見た感じ、健康そのものそうであったことは黙っておくことにした。


 それからというもの、初日のあからさまな人間嫌いな胡月の態度は、だいぶ丸くなった。これも、意外だったことのひとつかもしれない。

 いまだに小言は多いが、拒絶されている感じはなくなった。同じ家で暮らす上で、胡月の態度が軟化したことは、ゆきにとってありがたいことではある。嫌われながら過ごすよりも、可もなく不可もなく程度がちょうどいい。

 とりあえずは、ここの生活に慣れて、彼らのことを知って、妖怪のことも勉強して……そうしたら、きっと婚約解消の糸口も見えるはずだ。


 ゆきはもっともらしい言い訳を募るが、本当のところ、ゆきの料理を美味しそうに頬張る、九鬼家の人々に少なからず情が芽生え始めていた。


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