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新しい風


 数日後、実家へ戻ることを決心したゆきは、掃除を終えて綺麗になった部屋をぼんやりと見つめていた。


 2ヶ月にも満たない、九鬼家での生活はとても色濃く、衝撃の連続だった。

 最悪な初対面の婚約相手はまさかの妖怪で、それどころか、自分までが妖側の人間だと言われて訳が分からなかった。妖怪なんているはずない、そう思っていたけれど、妖怪だからとしか説明できない人間離れした能力に自ずと、妖怪の存在を認めざるを得なかった。

 間近で彼らの恐ろしいほどの強い力を見ても、不思議と恐怖心がなかったのは、きっと、九鬼家の人々が人間味があったから。ゆきと何ら変わらない、感情を持った人々だったから。


 ゆきが九鬼家にきた当初、酒呑はよく妖力を漏らしてしまって、ゆきが倒れるはめになった。感情豊かで、妖力を抑えなければいけないと分かっていても、つい溢れ出てしまうのだろう。どれだけ被害を被っても、その度にしゅんと凹んで謝る姿や爛漫な性格に、ゆきはいつも許してしまう。いざという時はとても頼もしく、ゆきも自然と父のように慕っていた。


 虎徹は最初から、次男と思えぬほどの頼り甲斐のある少年で、妹の面倒もよく見ており、ゆきも何度も助けてもらった。本人は妖力が少ないことを気にしていて、父や兄に引け目を感じているようだった。しかし、日頃からコツコツと積み重ねた堅実さは、いざという時は自分の持つ力の何倍もの力にもなって、皆を支えてくれていた。彼のおかげで、九鬼家は円満に回っているのだと感じさせられた。


 そして、海。その名の通り、海のように大きな広い心を持った少女は、初めて会った日からいつも変わらぬ真っ直ぐな愛をゆきに向けてくれていた。純粋無垢で、何度ものその笑顔に支えられた。そして、ゆきをすぐに家族として向かい入れてくれたのは海だった。海がいてくれたから、見ず知らずの場所でも孤独を感じず生きてこれた。まるで、本当の姉妹のようにゆきも海を愛していた。


 ゆきはふっと、小さく微笑む。


 最後に、胡月。初対面の印象が最悪すぎて、よりによってなんで、婚約相手がこの人なんだと、ゆきは何度も過去の祖父らに恨み言を言いたくなった。嫌われているんだろう、そう思っていたのに、ゆきが困り果てているといつもすぐに駆けつけて、文句を言いながらゆきの世話を焼く。その面倒見の良さに、ゆきの中で少しずつ嫌な奴というレッテルが小さくなって行った。

 そして、彼はなんてこともないように、ゆきの負の感情をそのまま認めてくれた。ごく自然なその言動に、ゆきは自分の認められない自分をも、そのままでいいとまるっと受け入れられたような心地になった。

 不器用でめちゃくちゃで、口も悪いけれど、彼の優しさを垣間見る度に、彼の隣が心地いいと感じている事に気づいた。いつしか、彼のことをもっと知りたいと思っている自分がいる事に、ゆきは気づいていた。


 あれだけ実家に帰りたくて仕方がなかったのに、どうしてこんなに後ろ髪を引かれるのか、ゆきはその理由を認めることができなかった。


 ゆきは来たときよりも重くなった荷物を肩にかけ、ゆっくりと立ち上がる。


 大丈夫、ここでの出来事はいつしか古い思い出となるだろう。ゆきには、倉敷家に帰ってやりたいことがたくさんあるし、きっと慌ただしい毎日の中ではこの心のしこりを思い出す暇さえないだろう。


 ゆきが扉を開けると、そこには胡月が壁に持たれてゆきの登場を待っていた。


「胡月さん?」


 驚いて声をかけるゆきに、胡月はバツが悪そうな顔を浮かべながら、ゆきの手から荷物を奪う。


「今日、帰るんだろう?外でクロたちが待っている」


 そう言うと、ゆきの荷物を手に持ったまま、スタスタと玄関へと向かう。車まで見送ってくれると言うことなのだろうか。

 ほんと素直じゃないなぁ、とゆきは小さくため息をついてその後ろを追いかける。


 ゆきが荷造りをしていた間、ずっと部屋の前で待っていたのだろう。ゆきは所在なさげに立つ胡月の姿を想像して、笑みが溢れる。


 靴を履き玄関を出ようとしたところで、胡月が急にたちどまり、ゆきは思わず胡月の背にぶつかりそうになる。なんとか、踏みとどまり、バランスを保ったゆきは、全く微動だにしない胡月を不審に思い、「胡月さん?」と声をかけた。


 黙り込む胡月に再度ゆきが声をかけようとした、その瞬間、後ろからドタドタという慌ただしい足音が鳴り響き、2人して驚いて振り返る。

 廊下を走りながら、酒呑、虎徹、海がゆきの元へと駆けつけた。酒呑と虎徹の必死の形相に、ゆきは思わず怯む。明らかに見送り、と言うわけではなさそうだ。


「よかった……!ゆき殿、まだ帰っておらぬで!」


 酒呑は呆然とするゆきの肩に手を置き、ほっと笑顔を見せる。しかし、その目はギラっと見開かれ獲物を逃さぬ狩人のようで、酒呑はさらに捲し立てるようにゆきに詰め寄る。


「ゆき殿、帰省するのはもう少し待ってくれぬか!」


「は?え?」


 酒呑の口からでた想定外の言葉に困惑するゆき。そんなゆきに、酒呑は「いや、人里にいくのはいいのだが……!」と慌てて修正する。


「ご両親に会いに行くのは勿論構わん。だが、まだ当分我が家で暮らして欲しいのだ!」


 必死な酒呑の説得に、ゆきがパチクリと瞬きをする。今まさに家に帰ろうとしていたゆきは、酒呑の言葉が飲み込めずに黙り込んでいると虎徹が補足してきた。


「ゆきさん、急にこんなことになってごめんね……。僕の婚約者のエマさんが、騒動が収まるまでこの家に滞在することになったんだよ。この前、ルネさん達に、ゆきさんと兄さんは結婚しているって説明してたでしょ?エマさんもすっかりそうだと信じてて、ゆきさんと一緒に暮らせるの楽しみにしてるんだよ。もし、兄さんとゆきさんの結婚が嘘だとバレるとどうなるか……お願いゆきさん、僕の婚約話が破談にならないために協力して!」


 この通り、と頭を下げる虎徹にゆきは呆然とその姿を見つめる。あまりにも必死な様子に、驚きのあまり言葉が出ない。


「えー……っと?」


 虎徹はエマと婚約を続けたくて、そのために、ゆきは九鬼家で暮らす必要があって……?そもそも、虎徹はエマとの婚姻に前向きだったんだ……。好きな子に、嘘がバレて嫌われたくない……みたいな?


 急な展開にいまだに呆然としていると、腹のあたりにぼすん、と小さな温もりがぶつかる。


「ゆきちゃん、でてかない?うみとずーっといっしょ?」


 海が満面の笑みを浮かべて、期待に満ちた表情でゆきにぎゅーっと抱きついている。

 胸がぎゅっと、海に掴まれた音がした。ゆきは言葉を失い、勢いよく胡月を振り返る。すると、全てを黙って見ていた胡月は大きくため息をついて、ゆきの荷物を持ったまま家の中へと戻って行ってしまった。

 帰らないだろ?そう言われているような気がした。

 

 ああ、もう……!


 自然と笑みが溢れる。

 帰れなくなったことを嘆く、昔のゆきはもういない。


 ゆきは、仕方がないなぁ、と皆に困ったように笑って見せた。

 

 お付き合い頂きまして、本当にありがとうございました。続編でまたお会いできますように。

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