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台風一過、残った真実 後

 酒呑はにこにこと上機嫌で話を続けた。


「まあ、これで虎徹とエマ嬢の婚姻に文句を言う輩はいなくなった訳だな」


 酒呑の言葉にゆきは疑問を浮かべる。もともと、海外の妖の存続のために虎徹が婚約者候補として話が進んでいた、と聞いていたが、ゆきの認識と違うところがありそうだ。

 ゆきの疑問に応えるように酒呑が続ける。


「エドモンドらは、より強い妖力を手に入れるために、エマ嬢の子を自らの派閥に取り入れ家督を奪うつもりだったようだ。そこで、より強い子が産まれるよう、虎徹ではなく、胡月との縁談を強く望んでおった。それはもう、しつこいほどに」


 酒呑が大きくため息をついた。

 

「強い妖力のもつ妖同士で子を持てば、母体の命はかなりの危険を伴う。父親のルネはもちろん、我らもそのことに対し、かなり反発した。みすみすエマ嬢を死なせるわけにはいかないからな……。胡月には婚約者がいるから、エマ嬢との婚姻は不可能だと一貫して主張した。

 そうしたら、今度はどこから聞きつけたのか、あやつらはゆき殿に興味を持った……」


 ゆきはいきなり出てきた自分の名前に驚き、「えっ?」と思わず声を上げた。


「以前、ゆき殿に申した通り、先祖返りが人間の世界に溶け込んでいった結果、生じた貴重な存在だ。世界的に先祖返りが生まれたという報告はなく、日本で産まれた先祖返りについては極秘情報として扱われている。

 しかし、やつらは鼻がいいことに、ゆき殿になにかある、と睨みよった」


「九鬼家は日本の中でもかなり力のある家柄だからな。普通、大きな家柄の長男の婚姻相手ともなれば、妖怪の中でも由緒ある家から嫁いでくることが多い。お前の家柄を調べれば調べるほど、不可解だったんだろう」


 酒呑の言葉に胡月が続けた。

 つまり、婚姻を断られた理由とも言える、因縁の相手の家を探ったら、納得できる相手じゃなかった、ということなのだろう。婚姻相手として相応しくない、と要らぬ怨念を買いそうな話に、ゆきは過去のことながら恐怖を感じて身を震わせる。


「私、誘拐されるほど恨まれてたってことですか?なんでこんな家柄のやつに自分たちが負けるんだ、みたいな……」


 知らぬ間にそんな因縁をつけられていたとは……。げっそりとするゆきに、胡月は静かに首を振った。


「そうじゃない。お前に希少価値がある、と睨んで、アダンってやつの妾にしようとしてたんだ」


「え?妾?」


 思いのよらぬ発想に、ゆきは驚き目を大きく見開いた。


「我らが何かを隠している、と思ったんだろうな。まあ、先祖返りという存在にまでは辿り着けなかったようだが……。まあ、そんな訳で急遽、ゆき殿の嫁入りを早める必要がでたのだ」


 話の流れが掴めず、眉間に皺をよせる。


「人里ではゆき殿を守るのは難しいからな。急遽、嫁入りの話を早めさせてもらったのだ」


 酒呑の言葉に、ゆきは「あっ」と声を上げる。


「だから、卒業式の次の日に急にここに来ることになったんですか?」


 ゆきの疑問に酒呑は「ああ」と申し訳なさそうに頷いた。あんなに急に婚姻だ、嫁入りだとか言われた理由はここに行き着くのか。なんとなく腑に落ち、ゆきは過去のモヤモヤを少し消化できた気がした、しかし、すぐに「でも……」と新たな疑問が湧いてきた。


「最初、私が来た時、ここからもう帰れない、みたいに言ってたじゃないですか?でも、虎徹くんの婚姻話が丸く収まれば、私がここにいる理由はないってことですよね?実家に帰ることもできるってことですよね?」


 ゆきに忍び寄る脅威はもう封印されたのだ、もう、九鬼家にいる必要はないのではないだろうか。

 そんなゆきの疑問に、酒呑が「いや……」と苦々しい声で告げる。


「何度も申した通り、先祖返りは貴重な存在。ゆき殿を狙うのはなにも西洋妖怪だけではない。由々しきことだが、日本妖怪の中でもよからぬことを考える連中は少なくない。いつ、先祖返りが妖怪たちに搾取されても不思議ではないのだ」


 酒呑はそういうと、ゆきの顔を真っ直ぐに射抜く。


「昔馴染みじゃった男の、大切な孫をそんな危険な目に遭わせたくなくて、胡月とゆき殿の婚約を結ばせた。我が九鬼家の名の元で、ゆき殿を守るために」


 まっすぐな酒呑の声にゆきは言葉を失った。

 ずっと、振り回されて一方的に決められた婚姻だと恨んでいた。しかし、それは自身を守るためだったと聞かされ、感情が複雑に揺れ動く。

 そして、もう一つ、とても気になる言葉に、ゆきは口を開いた。


「おじいちゃんのことですか……?」


 ゆきの言葉に酒呑は懐かしそうに目を細める。


「ああ。ワシがずいぶん昔、人間界で修行をしていた頃にな。人との別れは早いと知っておったが、まさかここまで早いとはな……」


 生きていれば、70歳ぐらいだろうか。祖父の仲のいい友人にも孫ができたから、とかなんてふざけた理由で婚約したんだと思っていたが、どうやらそうではなかったらしい。

 ゆきは薄れゆく記憶の中の祖父を思い出す。優しくて、ゆきが遊びにくるといつも棚からたくさんのお菓子を出してきて、ゆきが満足するまで遊びに付き合ってくれた。両親に叱られた時なんかは、ゆきを匿って立ち直る時間を守ってくれた。


 そんな祖父は、酒呑にとっても大事な存在だったようだ。祖父との出来事を思い出しているのか、酒呑の目には優しい笑みが浮かべられている。


 記憶の中の祖父が、にっこりと笑っているような気がした。


 酒呑は一度目を閉じ、大きく深呼吸すると、やがて、その瞳をまっすぐにゆきへと向けた。

 

「ゆき殿にも自由に暮らして欲しかった。しかし、婚姻の適齢期となれば遠くから見守るだけ、といいわけにはいかない。遅かれ早かれ、我が家で保護するほかなかった」


 酒呑の真っ直ぐな言葉が胸に刺さる。それは、ゆきは生涯、九鬼家の元で暮らすしかないということだろう。

 目の前の道が断たれ、安全な結界という名の鳥籠に入れられたような、絶望がゆきに押し寄せる。

 あからさまにゆきが肩を落としていると、酒呑が意味深な笑みを浮かべた。


「今までの、ゆき殿ならば、な」


 酒呑の言葉にゆきが顔を上げる。ゆきと視線が合うのを待っていたかのように、酒呑はにやり、と口角を持ち上げた。


「胡月に妖力をもらい、また、胡月に妖力を与えた。その結果、今のゆき殿には胡月の匂いが染み付いておる。それも、他のものが易々と手が出せぬほどにな」


 酒呑の言葉にゆきの顔がぱぁーっと晴れわたる。


「じゃあ……!」


 酒呑はゆきの言葉に「ああ」とにこやかに答えた。


「今のゆき殿なら、人里へ戻っても良い。それに、もともとゆき殿を守るために結んだ婚約じゃ。対外的には今はまだそう名乗っておく方が良いだろう。だが、実際に婚姻を結ぶかどうかは胡月とゆき殿、未来の2人に任せるとしよう」


 ゆきが待ち望んでいた以上の言葉に、嬉しくて思わず息を呑む。もう、実家に帰れないのかと、絶望に呑まれる日もあった。しかし、ひょんなことから、ゆきは待ち望んでいた未来を掴むことができた。


 なんという幸運なんだろう……!


 実家に帰ったら、皆に話したいことがたくさんある。1日も早く帰って、弟の子育てを手伝いたいし、呉服店の仕事も覚えたい。やりたいことがたくさんある!

 とても嬉しいはずなのに……。小さな棘がちくり、とゆきの胸を刺す。完全に喜びきれない自分がいることに、ゆきは信じられない気持ちだった。


 ちらりと、胡月を盗み見る。


 その表情から気持ちは読めないが、ずっと婚約を嫌がっていたのだから、きっと嬉しいはず。私も一緒、同じ未来を望んでいたはずなのに、なぜか今はその事については考えたくなかった。


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