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台風一過、残った真実 前


 ゆきが目を覚ましてすぐ、酒呑から話があると言われ、海は虎徹に連れられて部屋から出ていった。虎徹もゆきがなかなか目覚めないことに心配していたようで、ゆきの声を聞くと目元を和らげて「よかった」と微笑んでいた。

 ゆきが思った以上に、九鬼家の人々がゆきを家族として向かい入れてくれていたんだと実感し、心配して申し訳ない気持ちとほんの少しの嬉しさが入り混じった複雑な心地になる。


 しばらくすると、酒呑が入室してゆきの布団を挟んで、胡月の向かい側に酒呑が腰を下ろした。


「まずは、ゆき殿。この度は我ら妖の世界の揉め事に、ゆき殿、そしてご家族まで巻き込んでしまい、申し訳ない」


 改まって深く頭を下げる酒呑に、ゆきは慌てて頭を上げるように頼みこむ。


「そもそも私が皆さんの言いつけを破って結界の外に出てしまったので……ことを大きくしてしまってすみません」


 ゆきの謝罪に酒呑はゆっくりと頭を上げると、「大事な親御さんを慮ってのこと、無理もない」とゆきの非を否定した。


「あの、お腹の傷は大丈夫ですか……?」


 まだ謝罪の言葉を続けそうな酒呑に、ゆきは先回ってずっと気になっていたことを尋ねた。意識が曖昧だったが、ゆきが捕まっていた時、酒呑は狼男の鋭い爪で腹を刺されていたはずだ。

 ゆきの言葉に酒呑は豪快に笑って見せた。


「あれくらいなんともない。まあ、まだ腹の中にあの男がいるっていうのが厄介なんだが……」


 腹の中に?あの男?


 驚愕の言葉を並べる酒呑に、ゆきはハッと思い出す。そういえば、酒呑はエドモンドを腹の中に引き摺り込んでいたのだ。衝撃的な光景すぎて、脳が現実として判断しなかったようで、すっかり記憶の外に葬られていた。


 ゆきが言葉を失っていると、胡月が咳払いをして、酒呑の笑いをやめさせる。ゆきが戸惑っていることに気づき、「すまんすまん」と襟を正す。


「あの日、何が起こっていたのか、ゆき殿がなぜ狙われたのか、ゆき殿にも話しておきたい。事件が起こってしまってから、こんなことを聞かされても、言い訳のように聞こえるかもしれぬが……。しかし、もう巻き込まれた身。ゆき殿にはそれを知る権利があると思う」


 酒呑のまっすぐで強い瞳孔が、不安げなゆきの顔を映し出していた。


「ゆき殿、聞いてもらえるだろうか?」


 ゆきはごくり、と唾を飲む。ゆきの知らない事実がそこにはある。それを知ることで、今の自分の認識が大きく変わるかもしれない。自分が何者かわからなくなるかもしれない。

 怖くないと言ったら嘘だが、それでも……。


「知りたいです」


 ゆきはまっすぐな視線を返す。自分に起こったことを、皆を巻き込んだ理由を、ちゃんと知らなくてはいけない、そう思った。

 迷いのない、ゆきのまっすぐな言葉に、酒呑は安堵したのか強張った双眸を崩す。


「わかった」


 酒呑はそう頷くと、長い長い闘いの全てをゆきに話し始めた。


 まず酒呑が語ったのは、先祖返りの歴史、そして、ゆきと胡月の婚姻の真実だった。


「先祖返り、という存在が貴重で、妖怪たちが子孫を残していく上で重要な存在だとは、前に話したな?」


 酒呑の言葉にゆきは頷いた。妖怪の出産は親子間の妖力の差で、互いの生命を奪ってしまう可能性がある。妖力の強い子を孕めば、母体の妖力を吸い取られ、死に至ることもある、と。しかし、もともと妖力自体を持たない先祖返りは、妖力を奪われて命を落とすことはない。その上、先祖返りのなす子は妖力が高い。

 子孫を残す上で、先祖返りはとても重要な存在だった。


「もちろん、貴重な存在に変わりないんだが……」


 酒呑は口籠もりながら、悩ましげに眉間に皺を寄せる。しばらく悩んだのち、意を決したように口を開いた。


「先祖返りの、妖力を受け入れる器の大きさを利用して、先祖返りを悪用する輩が増えてしまったのだ。ゆき殿、胡月から妖力をもらったのを覚えているか?」


「は、はい……」


「どんな風に感じた?」


 酒呑の言葉にゆきは顎に手を当て、当時のことを思い出す。たしか、あの時……。


「お腹の底にあったかい空気が流れ込んできて……その後、全身に大きく広がりました」


 ゆきの言葉に酒呑が大きく頷く。


「胡月が与えた妖力はごくわずかだったはず。それが増幅して、全身へと広がっていった……、つまり、先祖返りの持つ妖力の器が、与えられた妖力を増幅し、より強固なものにした。

 先祖返りの体を使って、増やした妖力を再び自身の身に返せば、より強い妖力をうむことができる。それは、そのまま妖としての強さに比例する」


 妖力を増幅……。ゆきは酒呑の言葉を反芻しながら、ちらりと胡月を盗み見た。計らずとも、増幅した妖力を胡月に返したことになった、ということなのだろう。胡月はバツの悪そうな顔で明後日の方を向いていた。


「先祖返りの身を使い、強い妖力を手にしよう、と企むもの達は先祖返りの身を顧みずに、無茶な妖力の受け渡しを行った。一度でも、下手をすれば妖力と一緒に、人間の生命力まで失われてしまい、死んでしまう先祖返りもいるのに、だ」


 酒呑の目が厳しいものに変わる。


「そもそも、胡月。妖力の弱った状態で、自身の妖力を分け与えること自体、妖怪にとって危険な行為だ。どうせお前のことだ、ゆき殿にろくに説明もしなかったんだろう。無事に2人とも生きていたからよかったものの……」


 酒呑の小言が始まり、胡月はげんなりとした顔になった。ゆきが目覚めるまで散々言われてきたのだろう。わかってるって、と胡月は酒呑の小言に不貞腐れた声で応じた。


「でも、あの時はああするしかなかった。俺は後悔も反省もしてない」


 清々しいほどに開き直った胡月の言葉に酒呑は頭を抱える。


「普通は、後悔はしてなくとも、反省はしてるというもんだぞ……」


 呆れ声の酒呑に、ゆきが「すみません。でも」と遮る。一方的に全ての責任が胡月にかかっているようで、ゆきは言わずにいられなかった。


「私の母を探すためにしてくれたことで……そのおかげで、母が見つかって、私は感謝しています」


 たしかに、ゆきはその行為のもつ危険性は知らなかったが、胡月のおかげで亜希を見つけ出すことができた。そのことは変わりない。

 ゆきの言葉に酒呑はそれ以上は強くいえず、うむ、と推し黙った。話を遮ってしまったが、もう一つ気になることがあり、ゆきは続けて酒呑に尋ねた。


「あの、母は……亜希さんは、あのあとどうなりましたか?」


 亜希とは車の中で別れたきりとなっている。ずっと気になっていた疑問に、酒呑は「ああ」とにこやかな顔になる。


「大丈夫、母子共に無事だ。幸信殿の話だと、病院についた頃に、すぐに陣痛が来たそうだ。元気な男の子だったよ。あんなに座敷童子の加護を受けた赤子は久しぶりだ。きっと、病に負けない強い子に育つだろう」


 酒呑の言葉にゆきは驚きと共に、深く安堵する。まさか、出産を終えていたとは思わなかったが、それでも、2人とも無事で本当に良かった。

 ゆきは赤子の結界の中で会った男の子を思い出す。


 あの子が私の弟、なんだ……。


 まだ実感は湧かないが、とても喜ばしい、清々しい気分だった。

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