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大騒動の、結末


 ゆきが放っていた橙色の光が、胡月へ注がれ内側から胡月の体を覆うように白く発光した。その光は、胡月がゆきに与えた時の何倍もの強さと量で、直視できないほどの明るさであった。


 2人の様子を陰から見ていた、大鴉天狗は目の前の光景に息を呑んだ。


 なんという強さ……これが、先祖返りの器の違いか……。


 胡月からゆきへと与えた妖力は、ゆきの体内でその器に適う量へと増幅し、そして、その力をそのまま胡月へ返したことにより、弱っていた胡月の妖力は元来通り、いや、それ以上の強さとなって胡月の身に宿った。


「全く、無茶なことをしよるわい」


 ゆきへ妖力を移すことも、その与えられた妖力を胡月へ戻すことも、両方、とてつもないリスクがつきもので、妖力を移したことで死に至る可能性もあった。また妖力が増幅したことにより、我を失い悪霊化することもある。どちらにしても、その者たちの生命に関わるため、禁術とされているものなのだ。

 胡月はともかく、ゆきはそのことについて知っていたとは思えない。胡月は自分の妖力を与えるだけなら、と思っていたかもしれないが、まさかゆきが妖力を返すとは思ってもみなかっただろう。

 妖力が全て移った後、その巨大すぎる妖力の受け渡しが、2人にどのような影響を与えるか……。


「最悪、我が手でどうにかせねばならんな……ん?」


 全ての妖力が胡月に移った、そのように見えたが大鴉天狗の目は誤魔化せなかった。


 胡月の妖力とは別の、橙色の小さな人魂がゆきの胸元に戻ろうとしていたのを、大鴉天狗ははっきりとその目で見つけたのだ。

 大鴉天狗はその人魂の気配に息を呑む。


「待ってくれ!」


 慌てて木の陰から姿を現すと、その人魂に慌てて声をかけた。人魂は大鴉天狗の存在に気づき、動きを止める。


「なんで、巫女殿の気配が……?!」


 困惑する大鴉天狗が人魂に手を伸ばすと、たちまち、美しい女性の姿となった。


「あら、鴉丸じゃない?久しぶりね。」


 その女性はどことなく、ゆきに似ていて、それでいて凛とした冷たさを孕んだ瞳で大鴉天狗に微笑んだ。


「なっ……!本当に巫女殿なんじゃな……?!」


 大鴉天狗は困惑しきった表情で、巫女と呼ぶ女性を凝視した。女性は「あら?冗談に見える?」とケロッとした顔で大鴉天狗を揶揄うように笑った。


「……っ、ワシがどんな思いでそなたを探していたと思っておる……!!」


 ずっと、ずっと探していたんじゃ……と怒りにも似た悲しみに、大鴉天狗は拳を振るわせる。そんな大鴉天狗の表情に、女性は笑うのをやめ、困ったように笑いながら「ごめんね」と大鴉天狗の頬へ手を伸ばした。

 触れたような気がしたけれど、女性の手は透けており実体はない。それは、この女性が死んで、なお、魂としてこの世に残っていることを物語っていた。


「おかしいと思ってたんじゃ……巫女殿が急に消息を絶ったかと思うたら、今度は九鬼の家に先祖返りの娘が嫁ぐなんて……でも、気配なんてこれっぽっちもなかった、一体、どうなっているんじゃ?」


「それは……」


 女性が答えようとした瞬間、2人の足元で胡月が唸る声がした。妖力が戻った胡月が目覚めようとしているようだ。


「ごめんね、私のこと、この子達にまだ知られるわけにはいかないの」


 女性はそう言うと、再び人魂の形となり大鴉天狗の手を離れていった。待て、と大鴉天狗が引き留めるも、人魂はその手をひらりと通り抜けて、ゆきの胸元へと帰っていく。


「鴉丸、会えて嬉しかったわ」


 人魂が溶ける、その瞬間に大鴉天狗へ向けた言葉は、風のせせらぎのように心地よく、耳へと溶けていった。


 呆然としている大鴉天狗の横で、胡月が目を覚ました。状況が掴めていないらしく、身体中を溢れる膨大な妖力に戸惑っているようだ。


「大丈夫か?若造」


 大鴉天狗が声をかけると、胡月は不思議そうに自身を包む光を眺めながら、「なんとか……」と呆然としながら答えた。

 そして、すぐにこの状況を作り出した張本人の存在に気づき、慌ててゆきを抱き上げた。


「おい!ゆき!!」


 先祖返りが与えられた妖力を返すことの危険性を、胡月はしっかりと分かっていた。硬く瞼を閉じたゆきをおもむろに揺さぶる。

 その姿からは尋常じゃないほどの焦りを感じ、大鴉天狗は思わず「大丈夫じゃ」と胡月の方に手を置いた。


「大丈夫、寝ているだけじゃ」


 大鴉天狗の言葉に、胡月が揺さぶるのをやめて、ゆきの口元に耳を当てる。小さいながらも、規則正しい寝息が聞こえてきた。


「これだけの妖力を移しておいて、本当に大丈夫、なんですか?」


 寝ているだけ、という現状が受け止められずに、疑心暗鬼な胡月に大鴉天狗は困ったように肩をすくめた。


 巫女殿の魂が入っておるから、死なぬ……とは言えんからな……。


 大鴉天狗は女性との約束を思い出し、内心悩みながらも、「年寄りの言うことは信じるんじゃな」と言い、仕舞い込んでいた羽を大きく広げる。


「疲れ切っとると思うて迎えに来たんじゃ。まだ、そちも本調子じゃなかろう。はよう乗れ」


 大鴉天狗は巨大な鴉の姿になると、その背に乗るように促した。生きているとは言え、2人ともかなりの無理をしており、まだ完全に安心はできない状況だ。一刻も早く、安全な場所で休養をするべきだろう。


 大鴉天狗の言葉に、胡月は小さく頷くと、規則正しい寝息を立てているゆきを抱え、その背に乗った。あまりにも軽すぎるゆきの身は、胡月が強く抱きしめていなければ、振り落とされてしまいそうなほどだ。

 先祖返り、と言われたところで、ただの18歳の少女なのだ。胡月ら妖怪とは全く違う、儚いその身を何度も危険に晒した。そのことに胡月は怒りのようなもどかしさを感じた。


 そして、その弱い少女は、気づかなくても良いことに気づき、その身の限界を超えてまで、胡月らのために無理をする。その危険性を知らないからか、突拍子もないことをしでかす。


「ただ、守られていればいいものを……」


 胡月の呟きは、ため息と共に空へと消えていった。

 

 

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